2017年08月31日

『鎌倉アカデミア 青の時代』今後の上映予定

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映画『鎌倉アカデミア 青の時代』の今後の上映予定をお知らせします。

まず9月は、23日(土・祝)に第11回小田原映画祭にて1回だけの特別上映。小田原は鎌倉アカデミア演劇科1期生の廣澤榮(脚本家)の出身地であり、ご当地ゆかりの映画として上映されることになりました。会場は小田原コロナシネマワールド、13:30からです。上映後には、生前の廣澤と半世紀におよぶ交流があった加藤茂雄さん(俳優)と私(大嶋拓)のトークもあります。

また、同じ9月23日(土・祝)から29日(金)まで、名古屋シネマテークにて、連日12:35からの上映となります。公開2日目の24日(日)には、上映後の舞台挨拶に参加する予定です。

つづいて10月7日(土)から13日(金)までは、横浜シネマ・ジャック&ベティにて(上映時間はもう少ししたら決まると思います)。こちらは初日の7日(土)に舞台挨拶にうかがう予定です。

そして11月11日(土)には第12回鎌倉芸術祭にて、ご当地鎌倉でのイベント上映。会場は鎌倉駅東口から徒歩3分の鎌倉生涯学習センターホール、10:00/13:30/18:00 と、3回上映されます。2回目の上映後、15:40からは加藤茂雄さん(俳優)と私(大嶋拓)のトークが行われる予定です。

今のところ、年内の上映は以上です。ご来場を心よりお待ちしています。
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2017年08月30日

恐怖山荘(3) 闇を引き裂く怪しい物音

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アリ騒動、蚊の襲撃ときて、もはや生き物の脅威について書くこともないと思っていたが、ところがどっこい、2度あることは3度ある、台風5号が本州を縦断した次の日の晩、事件は起こった。

山荘のある信濃町というところは、台風が来ていても来ていなくても、どういうわけか夜の間に雨が降ることが多く、その晩もかなり勢いのある雨音が響いていた。そんな中、1時くらいに床に就いたのだが、ひと眠りして目を覚ますと、カサカサッ、カサカサッ、と隣のダイニングからなにやら物音がする(その物音で目が覚めたという方が正確かもしれない)。それは虫の羽音などではない、もっと生活感のある、人間に近い存在が発する音のように聞こえた。まさか、この山荘に侵入者が?(いやあ、これって結構怖いですよ。大声で助けを求めても誰か来てくれるような場所でもないし…)。
とにかく、その物音の主を確かめるべく、そっと、かつてはアリの巣だった引き戸を開け、ダイニングに向かったところ、物音は冷蔵庫とシンクの間に置かれた、高さ30センチ、直径24センチほどのブルーのくずかごから聞こえてきていた。

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この中で何物かがうごめいている。まずは人間ではなくてよかった、と胸をなで下ろしたが、では何か? 暗がりでちらっと姿を見る限り、ネズミのようだ。ゴミをあさっているようにも見えたが、実際にはくずかごにはゴミはほとんど入っていない。とすると、案外深いかごなので、入ったはいいが、自力では脱出できなくなり、それでもがいているのかも知れない。さて、この闖入者をどうしたものかと思いつつ、時計を見ると4時半。春風社の三浦衛社長なら起床時間かもしれないが(こちらを参照)、自分の感覚ではまだ真夜中である。ネズミの捕獲や観察などを本格的にやり始めては、貴重な睡眠時間が台無しである。というわけで、相手がくずかごの底でごそごそやっているその隙に、大きな段ボール箱で蓋をして、くずかごごと別室に移動した。これで敵は生け捕りの状態。朝になったらゆっくりとその姿を拝ませていただこう。

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そして9時。ついにご開帳である。おそるおそる段ボールの箱を取り去ると、そこにいたのは…

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やはりネズミでした。つぶらな瞳がなんとも可愛い。

先ほども書いたように、このくずかごにはほとんど何も入っていなかったのだが、どうやらヤツは、くずかごの上の方にぶら下げてある生ごみ系の袋から、フライパンの油を拭いたティッシュを引っ張りだし、それと一緒にくずかごに落下、そのままひと晩を過ごしたらしい(下画像参照)。

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「かなり深さがあるので、このかごからは出られないだろう」と、たかをくくって動画撮影を始めた時、事件は起きた!(下動画をご覧ください)



まさかの逃走である。一瞬の隙をつかれたというか何というか。一度逃がしてしまうと、人間がすばしっこいネズミを捕まえられるはずもなく。ヤツは冷蔵庫の裏に姿を隠し、その数分後、反対側の戸棚の影に移動したが、いつの間にかその戸棚の影からも姿を消し、それ以降は行方不明である。動画を見ていただくとわかるのだが、33秒あたりでヤツが窓に向かってダッシュする様子が映っている。だが、残念なことにそこは網戸になっていたのでヤツは外に出られず、室内を彷徨することになってしまったのだが、もし網戸でなく、普通に窓が開いていれば、今ごろは外に出ていたはずで、私も厄介ばらいができたということになるのだが…。

それにしても、ヤツはどこから来たのだろう。私の知らないうちに、この山荘に住み着いていたのか、それとも、どこかに抜け穴があって、自由に外との出入りを繰り返しているのか…。だとしたら、仮に外に放り出したとしても、また容易に侵入し、イタチごっこならぬネズミごっこがえんえん繰り返されるということになるのだろう。まあ、都心の住宅の屋根裏にもハクビシンが棲みつくくらいだし(私の実家にも数年間ハクビシンが棲んでいたが、東日本大震災を境に姿を消し、屋根裏には大量の糞だけが残された)、年代物の木造住宅には、小動物が出入りする穴などは無数に開いていると思っていた方がいいのかもしれない。

「この地球にいるのはわれわれだけではない。知らないうちに、異星人が侵入しているのだ」
とは特撮ドラマなどでさんざん言われていることだが、こんな僻地の山荘でも、
「この山荘にいるのはわれわれだけではない。知らないうちに、異生物が侵入しているのだ」
とつぶやかなければならないとは、なんとも難儀なことである。
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2017年08月29日

恐怖山荘(2) 吸血地獄

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アリ騒動もひと段落し、ようやく平穏な高原の夏休みを満喫できると思ったのだが、どうも、大自然の懐(ふところ)は人間様に対しては優しくないことが多いようだ。時を空けず、今度は、さらに実害のある敵との戦いが始まった。

その敵とは、蚊。たかだか蚊とあなどるなかれ、このごろのヤブ蚊は凶暴化しており、衣類の上からでも刺してくるし、一度刺されると直径2センチほども赤く腫れ上がり、その痛み交じりの痒みは4、5日も続くのだ。一度痒みが引いてきた、と喜んでいると、数時間後にまたぶり返す、という繰り返しで、それが就寝中だったりするともはや拷問の域である。

外出の時は極力肌をさらさないようにしたり、歩きながら両腕をぶんぶん振り回して自主防衛をするものの、部屋の中ではどうしようもない。窓を開け放つ時には必ず網戸にしているのだが、それでも奴らは周到に入り込む。そして音もなく、姿も見せぬまま、吸血行為を繰り返すのだ。この恐ろしさ、おぞましさには戦慄するしかない。
「え、蚊って『プーン』ていう音がするし、姿も見えるでしょ?」
と突っ込んだアナタ、アナタは多分お若い(四十代までの)方なのでしょう。人間、半世紀以上生きてくると感覚器官もだいぶ錆びついてきて、蚊の飛ぶ音(モスキートノイズ)などの高周波を聞き分けることが困難になるし、目のピント調節機能も衰えるから、体長6〜7ミリ程度の蚊の姿をしかととらえて、両手でパチン!と打ち据えることなども至難の業となるのだ。

参考までに…(音量注意)

ちなみに私は13,000Hzまでしか聴き取れませんでした。

かくて、室内でこうして文章を打っている間にも、奴らの吸血は静かに続き、私は痛み交じりの痒みに悶え続けるのだ。昼夜を問わず、液体型の電気蚊取りは点けるようにしているのだが、蚊が床に落ちている姿がいまだ確認できていないところを見ると、あまり効き目はないのかも知れない(実際のところ、虫を殺すような有毒物を日常的に焚いているのもあまり気分のいいものではないので、数時間ごとに点けたり消したりを繰り返すものだから、ますます効果も薄まるのだろう)。

こうして、見えない吸血鬼を撃退する術(すべ)もないまま、日々ぶり返す痒みと新たな痒みに耐えつつ、北信濃での休日は過ぎていくのだった。

今回の話は、「人間というのは生まれながら罪深い生き物なので、どんな環境に身を置いても、すべてにおいて満たされた時間を持つことはできないのだ」という教訓のようである。

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2017年08月28日

恐怖山荘(1) 白と黒の悪魔

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そろそろ夏も終わりだが、今年の夏、黒姫の山荘で私が体験した、血も凍る恐怖の体験談をお届けしたいと思う。心臓の弱い方、臆病な方は、くれぐれもこの先を読まないことをお勧めする(一応警告)。

それは7月下旬のある日のこと。新幹線と北しなの線を乗り継いで日没のころに黒姫着。朝と夕方しか運転しない路線バスに揺られ、1年ぶりの山荘にたどり着いた。簡単な荷物整理と夕食を済ませ、今夜は早く休もうと23時ごろに床を取り、ダイニングと寝室の間の引き戸を閉めようとしたその瞬間、惨劇は起きた。

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バラバラバラッ、と、突然何かが頭上から降ってきたのだ。床に落ちた白い粒と黒い粒…黒い粒は動いている。アリだ。そして白いのは卵。アリが、何と引き戸の上の隙間に巣を作っていたのだ。

アリのほうも寝込みを襲われた感じでパニクっており、慌てて卵をどこかに避難させようとしている。向かう先がわかっているわけもないのだが、とにかく卵を守ろうとする本能が彼らを闇雲に動かしているのだろう。こちらも、しばらくは呆然とその様子をながめていた。しかし、ファーブルならいざ知らず、深夜にいつまでもこんな「観察」などしていられない。

それにしても、どうしてわざわざ人の家の中に巣を作るのか! 山のアリだったら普通に土の中に巣を作ればいいじゃないか! すでにお休みモードだったのに、一気に覚醒してしまい、その怒りも手伝って、この不法侵入者には速やかにお引取りいただくことにした。本来殺生は嫌いだが、放置してはこちらの安眠や穏やかな生活が妨げられるのは確実なので、心を鬼にして殺虫剤の噴霧である。やがて数十の白と黒の粒は動かなくなった。それらの躯(むくろ)は、掃除機に吸わせるのも気が進まなかったので、薄いビニールの袋(スーパーの品物を詰めるところに設置されているペラペラのやつ)にまとめて入れて捨てることにした。その際、アリの卵なるものに初めて触ってみたのだが、ぷにぷにして少し湿り気のある、いかにも生命の根源という感じの物質であった。この卵ひとつから、果たしてどれくらいの数のアリが生まれてくるのだろう?(注:後日ネットで調べたところ、基本的に卵ひとつからアリ1匹のようだ。それにしてはでかいなと感じるのは私だけ?)

その夜はそれで終わったが、翌朝、その引き戸を開閉するとまたバラバラバラッと白黒の粒が落ちてくるという前夜の状況がそっくりそのまま再現され、頭を抱えてしまった。これはもう「元から絶たなきゃダメ!」と一念発起し、お世辞にも立て付けのいいとは言えない引き戸をどうにかはずして、その上をじっくり見てみた。

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まあこんな状態で、まだかなりのアリと卵が存在している。今回の不法侵入に対しては、一網打尽で臨むという方針をすでに決定しているので、もはや躊躇することなく、前夜と同じ方法で、数十分後、ついに駆除は完了した。

この山荘でももうずいぶん寝泊りしているが、こんな経験は初めてである。木を食べる白アリならいざ知らず、どうして普通のアリが家の中に巣を作るに至ったかは大いなる謎である。また、アリのコミュニティには女王アリがいるはずだが、今回その女王を発見することはできなかった。もしや、女王は密かに逃げ延び、捲土重来を計っているのではないか。だとすると、私もまだまだ枕を高くして眠れないわけだが…。

最近ちまたでは、外来種であるヒアリの脅威が問題となっているようだが、見慣れた在来種のアリも、時として思いがけない脅威をもたらすことがあるのだ(このシリーズ、あと2回続きます)。
posted by taku at 18:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

密会の映画館

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今月初めに降ってわいた女優S・Y(50歳にして再ブレイク中!)と同世代医師とのW不倫疑惑。「スケバン刑事」世代の自分としては、最近妙にきれいになって往年の輝きを取り戻したかに見えたS・Yに少なからずときめくものを感じ、Eテレの「物理基礎」までチェックするようになっていたのだが、そんな矢先の週刊誌報道である。
「何でだよ〜」というガッカリ感とともに、ああ、ときめく相手がいると、やっぱり女性は美しくなるのね、と妙に納得するものもあった。

S・Yと医師は、果たして一線を越えたのか越えていないのか、みたいなことでワイドショーなどは騒いでいたようだが、実際どこまでの関係になっていたかは、これはもう本人同士にしかわからないことである。ただ、これは私見だが、男女とも五十代ともなると、その辺の行為そのものへの欲求は、若い人たちほど露骨ではなくなるのではないだろうか。私は現在54歳で噂の医師とほぼ同い年なのだが、二十代や三十代のころの性的エネルギー(フロイトの言うところのリビドー)と現在のそれとを比較してみると、その低下は圧倒的で、同じ人間でどうしてこうも変わるのかと首を傾げることが多い。もっとも、生殖年齢を過ぎれば性欲が減退していくのは自然の摂理でである。異性を求める気持ちは死ぬまで継続すると思うが、加齢とともに、プラトニックなものに回帰していくような気がする。したがって今回の件も、たしかに「恋人つなぎ」はしたかも知れないけれど、それはいわば双方の精神的な結びつき、親愛の情を示すものであり、ただちにドロドロの愛欲行為に直結するものではないように思われるのだ。もちろん、だからといって、既婚者同士がこういう形で密会していいということにはならない。いや実際のところ、瞬発的、火遊び的な激しい一夜の情事よりも、長期間(関係は5年におよぶという報道もあり)の深く静かな精神的結合の方が、双方の夫婦関係に大きなダメージをもたらすものとなるだろう。

S・Yと医師とは、これからどうしていくつもりなのか? それぞれの家庭は今後どうなっていくのか? いろいろと興味は尽きないが、私自身は独身で結婚歴もないため、配偶者以外を好きになる気持ちも、配偶者に裏切られる気持ちもリアルに想像することができない。この問題について論じるのはこの辺にした方がよさそうだ。

【追記】その後、S・Yと医師とは不倫関係を認め、S・Yは女優としての活動を自粛するに至った(「物理基礎」も11/22放送までとのこと。トホホ)。私は上に、「双方の結びつきは精神的なものではないか」というようなことを書いたが、それははかない一ファンの願望に過ぎなかったようだ。(10/6)

さて、この報道で私が興味をそそられたのは、大きく取り沙汰された別宅マンションでの密会ではなく、7月26日夜の「横浜の映画館デート」である。週刊誌によれば「準新作映画を上映する小さな映画館」とのこと。記事には「横浜・伊勢佐木町裏の路地に到着」などと書かれていたため、当初ネットなどでは、この映画館は伊勢佐木町の横浜ニューテアトルではないか、とささやかれていた。しかし、横浜ニューテアトルではその時期、2人が鑑賞したという『光をくれた人』は上映されていない。また、映画を見終わったあと、S・Yが先に劇場の階段を下り、入口でチラシを物色していたと書かれているが、横浜ニューテアトルは劇場が地下にあるので、映画を見終わったあとは、階段を上らなくてはいけない。
以上の2点から、映画館が横浜ニューテアトルでないことは明白である。となるとどこか。その時期に『光をくれた人』を上映していた横浜の映画館はひとつだけだったので、答えはすぐにわかった。それは、『濱マイク』シリーズの舞台になったことでも知られる「横浜日劇」のお隣りで旧「横浜名画座」、すなわち現在のシネマ・ジャック&ベティである。そう当たりをつけた上で例の「恋人つなぎ」写真を見直すと、たしかにチラシ置き場も入口外観も、シネマ・ジャック&ベティ以外の何物でもない。実は、拙作『鎌倉アカデミア 青の時代』が10月にこの劇場で上映されることになっており、最近も何度かここを訪ねて打ち合わせをしているので、チラシ置き場や入り口周辺などは、かなり見慣れた風景なのであった(ちなみに前作『影たちの祭り』は横浜ニューテアトルで上映されている)。

というわけで、私は今、自分の映画が公開される映画館が、時のスキャンダルの舞台となった事実、というより、あのS・Yが、何度となく足を向ける劇場であったという事実に、少なからず胸をときめかせている(チラシを物色するということは、次もまた観に来る意志があるということだ。できるなら『鎌倉アカデミア 青の時代』も観に来て欲しい!)。
最後に宣伝ぽくなってしまい恐縮だが、渦中のS・Yもお忍びで利用する横浜の映画館シネマ・ジャック&ベティにて、『鎌倉アカデミア 青の時代』が10/7〜13に公開となります。横浜近辺の皆様、どうぞお誘い合わせの上ご来場ください。
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2017年07月23日

イベントレポート完成!

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早いもので、『鎌倉アカデミア 青の時代』の東京公開から2ヵ月が過ぎ、大阪シネ・ヌーヴォ神戸アートビレッジセンターでの上映も無事終了しました。上映もひと段落といったところですが、また9月以降、名古屋シネマテーク横浜シネマ・ジャック&ベティなどで公開していきますのでどうぞお楽しみに。また、9/23には小田原映画祭でも上映が予定されています。

さて、大変大変遅くなってしまいましたが、新宿K's cinemaで公開中連日行ったイベントの模様をレポートにまとめましたので、徒然にお読みいただければ幸いです。劇場で回していたビデオを元にして書いていますが、逐語起こしではなく、適宜編集が加わっていることをご了解ください。また、臨場感を出す意味もあり、イベントが行われた日付でアップしてあります。

『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(1)ゲスト:勝田久、加藤茂雄、岩内克己(5/20)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(2)ゲスト:川久保潔、若林一郎(5/21)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(3)ゲスト:高橋寛人(5/22)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(4)ゲスト:山口正介(5/23)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(5)ゲスト:澤田晴菜(5/24)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(6)ゲスト:田中じゅうこう(5/25)
『鎌倉アカデミア 青の時代』イベントレポート(7)ゲスト:加藤茂雄、若林一郎(5/26)
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2017年07月18日

『現代コミクス版 ウルトラマン』刊行!(2)

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7/15、立派に完成した『現代コミクス版 ウルトラマン』が届いた。実に美しく仕上がっており、私の手元にあった原本の状態を考えると、よくここまで修復してくださったと感慨もひとしおである。

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落書きも最新技術によってきれいに修復

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巻末が欠落していた「バルタン星人」もきっちり最後まで

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そして奥付には、数々のレジェンドな方々の下に「資料協力」として名前が…

この記念すべき復刻版の刊行にあたり、私は上巻では9エピソードほぼすべて、下巻では7エピソード中2エピソード分の原本を提供したことになった。半世紀以上のキャリアを持つウルトラファンとしては少しばかり誇らしい気もするが、その反面、自宅の押入れで人知れず50年も眠っていた漫画本が、いきなりスポットライトを浴びせられたようで、いささかの戸惑いを覚えてもいる。ドドンゴとミイラ人間のエピソードではないが、「発掘なんかしないで、このまま一万年でも三万年でも眠らせてあげればよかったのに…」というフジ隊員の声が聞こえてくるようだ。ファンとかマニアの心理というのは、実に複雑で厄介なものである。

ではいよいよ、この井上英沖版ウルトラマンの「見どころ」を、テレビ版との対比を中心に紹介していこう。まだ刊行前なので、画像は原本のものを使い、あくまで参考程度に…(「ウルトラマン」各エピソードをひととおりご存知の方を対象に書いていますので細かいあらすじは省略しています。ご了承ください)。

まずはネロンガとバルタン星人。ウルトラマン誕生編となるベムラーではなく、この2体がコミカライズの最初になったのは、撮影の順番で台本や怪獣デザインなどの資料が回されてきたためだろう(ともに最初期の撮影で飯島敏宏監督作品)。

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ネロンガのストーリーはほぼテレビ版どおりだが、古井戸から続く洞窟の中で、フジ隊員とホシノ少年が、かつてネロンガを退治した村井強衛門の骸骨と書置きを発見したり(上画像参照)、その後二人がずぶ濡れで海から上がってきたり、といった具体的な場面があるため、テレビ版よりも状況がわかりやすい。

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また、第1話ということもあり、ウルトラマンがピンチになった時のナレーションがほぼフルバージョンで掲載されている(原本ではカラータイマーが「ガラータイマー」と誤記されているが、復刻版ではちゃんと訂正されていた)。

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バルタン星人の方はページ数の関係か、テレビ版をかなりコンパクトにした感じだが、随所に楳図かずお版(「少年マガジン」連載)の影響が見られる(水かきがついたバルタンの足の形状や、バルタンに憑依されるのがアラシではなくイデである点、など)。また、中盤では「二十億三千万人」とされていたバルタン星人の全人口が、終盤には「二十万人」と一気に減らされているのはご愛嬌か。

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ジラースは、テレビ版では戦闘シーンが変にコミカルで、ウルトラマンがジラースの襟巻きをもぎ取って、元のぬいぐるみがゴジラであることをわざわざばらすなど、本編の世界観に水を差すおふざけ演出が気になったが、井上版のコミックは全編シリアスムード。少年グラフの記者がライター型カメラで盗撮していたのを中村博士に気づかれてフィルムを抜かれるくだりも、テレビ版はロングショットのため何度見てもよくわからないが、この井上版ではばっちり理解できるし、後半、釣り人の撒いたカーバイト(毒)のためにジラースが正気を失い、主人であるはずの中村博士を殴打、そのために変装がはがれ二階堂教授の素顔が現れるという流れもテレビ版よりずっとスムーズだ。戦いの後の静謐なラストも哀れを誘う。

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藤尾毅のイラストも迫力満点!

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ギャンゴは、ほぼテレビ版と同じ流れだが、ギャンゴを操る男・鬼田が、テレビ版ではいかにも不審人物的だったのに対し(演じるは鎌倉アカデミア映画科出身の山本廉!)、このコミカライズではなかなかおしゃれな紳士になっているのが新鮮。ギャンゴが「ギャンゴ〜」と鳴くのもおかしい。

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また、ラストのシークエンスでハヤタのあとを追いかけるのは、テレビ版ではフジ隊員だが、こちらはホシノ少年になっている。この方が流れとしては自然だろう(最初の台本ではホシノ少年だったのが、俳優のスケジュールの都合でフジ隊員に変更になったらしい)。

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ドドンゴは、よみがえって暴れるミイラ人間の迫力ある描写に注目。テレビ版では怪奇性を重視した猿人系のビジュアルだったが、こちらはクラシカルな「ミイラ男」のいでたちで、怪力の巨人という位置づけ。こういうアレンジには作家の嗜好を感じて興味深い(一方、楳図かずお版ではテレビ版以上に怪奇性が強調されていた)。さらに、最初はミイラを生け捕りにすることを科特隊に要請していた岩本博士が、惨状を見兼ねて、最後にはみずからスパイダーショットでとどめを刺す描写も秀逸(テレビ版ではスパイダーを撃つのはアラシ)。撃ち殺した後の博士の悲痛な表情も印象に残る。

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ガボラは、暴風雨の中でその凶暴な姿を現わすシーンにはかなりのインパクトがあるものの、テレビと違い、最初から頭部のひれが開いているのが残念。閉じていたひれが開いて、まったく風貌が変わるというあの衝撃的な場面を漫画でも再現して欲しかった。

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ぺスターは、テレビ版ではムラマツのセリフに差し替えられオフになってしまった岩本博士の元セリフがきちんと書かれている点に注目。これがあった方が後のドラム缶投下の流れがしっくり来る。

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燃えさかる製油所の中でのペスターとウルトラマンとの激闘。ほぼ消火活動しかしなかったテレビのウルトラマンより、ずっと見ごたえのあるクライマックスとなっている。ラストのイデとキャップとのやりとりはほぼテレビと同じだが、井上版ではその後に、製油所の責任者から被害が少なかったという報告もなされ、読んでいるこちらもほっとする(テレビ版はどう見ても製油所全壊)。

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新バルタン星人については、以前に大変長い記事を書いたのでこちらを参照して欲しい。やはり井上版は、毛利博士がバルタンのために犠牲になったという事実をきちんと提示している点が高ポイント。重要なキャラを忘れたままで終わりのテレビ版はいささか消化不良な印象を受ける。

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ヒドラに関しても同様で、テレビ版では、ムトウアキラ少年を轢き逃げしたトラックの運転手がヒドラに襲われたり罰を受けたりする描写がなく(「自首して逮捕されましたよ」というハヤタのセリフがあるだけ)、また、楳図かずお版でもヒドラが襲うのは、ムトウ少年ではなく作品冒頭で和子という女の子を轢いたトラックの運転手で、ムトウ少年を死に追いやった直接の犯人をヒドラが襲って復讐を果たそうとする描写があるのは、この井上版だけである。そしてそのトラックを巡って、ヒドラと科特隊、さらにウルトラマンの繰り広げる追跡劇がドラマのクライマックスとなっている(これは一部、楳図版でも類似の描写があるが)。ウルトラマンはヒューマニストなので、相手が人殺しの運転手でも見殺しにはせず助けるのだが、そんなウルトラマンの足元に駆け寄ってくる運転手に対し、ウルトラマンは目を合わるのを拒むかのように、ヒドラの方に視線を移す。その悪人への厳しい態度が、幼少時の私などには大変印象的であった。そしてヒドラは、ウルトラマンの手にかかるまでもなく、ふたたび元の石像に戻っていく。ドラマとしての完成度は、テレビよりもこの井上版の方が高いように思われるのだが…。

テレビの「ウルトラマン」は、もろもろの特撮(飛行、爆破、戦闘など)に尺を使いすぎ、いささか収まりの悪い話が散見されるが、そういったドラマ的な「ほころび」を、この井上版コミカライズがうまく補っているケースが複数あることは注目に価するだろう。さらに言うなら、あまり再放送などなかったあの当時、子供たちはこの『現代コミクス』を再読三読していたので、井上版コミカライズこそが、ある時期までは、子供たちの脳内に刷り込まれた「ウルトラマンのオリジナルストーリー」そのものであった。かくいう私もそうであり、だから、ある程度大人になって再放送を見るようになった時、ペスターとウルトラマンの対決シーンがないことや、毛利博士が生死不明のまま忘れ去られていたこと、ムトウ少年の轢き逃げ犯が劇中でヒドラに襲われていないことなどに納得のいかないものを感じたのである。同様の印象を持たれた方は私以外にもきっといるはずで、井上版ウルトラマンのストーリーテリングの妙を、今回の復刻版で再確認していただければと思う。

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復刻版には収載されなかった「テレビウルトラマンニュース」(クリックで拡大)

※『現代コミクス版ウルトラマン』上巻は7月22日発売です!
posted by taku at 13:21| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

『現代コミクス版 ウルトラマン』刊行!(1)

今日は「ウルトラマン」放送開始51年。それにちなんで、久々のウルトラネタを。去年の50年の時には、いささか辛口の文章を書いてしまったので、今回はめでたい話題をご紹介したい。単行本化は不可能と思われていた『現代コミクス版 ウルトラマン』(漫画・井上英沖)の復刊ドットコムからの刊行である。

現代コミクス版 ウルトラマン 上 -
現代コミクス版 ウルトラマン 上

「ウルトラマン」放映の昭和41年から昭和42年当時、現代芸術社から子供向け月刊誌として刊行されていた雑誌『ウルトラマン』。毎号2本のコミカライズ作品を収録していたこの雑誌は、今では希少性も高く、マニア垂涎のシリーズとして知られています。今回は収録作のほとんどを手がける井上英沖による作品を上下2巻に分けて一気に収録!
上巻では、創刊号(昭和41年11月号)から昭和42年3月号までに掲載された「ネロンガ・バルタン星人・ジラース・ギャンゴ・ドドンゴ・ガボラ・ぺスター・新バルタン星人・ヒドラ」の回を収録。各号の巻頭作のカラー頁をかつての色調で再現し、当時の雰囲気を極力生かして再構成した復刻版です。

「ウルトラマン」放送当時のコミカライズといえば、『少年マガジン』(講談社)連載の楳図かずお版と『ぼくら』(同上)連載の一峰大二版、そして『現代コミクス』(現代芸術社)連載の井上英沖版の3つがあるが、最初の2つが何度も単行本化されているのに対し、この井上版は、出版社がつぶれて原稿は行方不明、おまけに掲載誌もあまり古本市場に出回らないという悪条件が重なり、これまでただの一度も単行本化されていない。それだけに、往年の特撮ファンにとって、かなり食指が動くアイテムであることは間違いないだろう。実はこの本の約3分の2は、私の持っていた『現代コミクス』が原本となっている。

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放送当時は、この『現代コミクス』を毎月購読している子供も相当数いたはずだが、その多くは成長過程で手離してしまったのだろう、50年が経った今では所有している人もほとんどなく、思った以上にレアな存在になっているようだ。しかし、断捨離などという今日的な行為とは無縁の私は、この『現代コミクス』を7冊ほど自宅の押入れに保管していたため、ちょっと自慢したい気持ちもあって、以前このブログで2回にわたって取り上げたのであった(こちらこちら)。

そうしたら昨年3月、突如としてこんなメッセージが送られてきた。

はじめまして。私は(株)復刊ドットコムの編集部に所属しております政田美加と申します。
(中略)弊社で、1966〜67年に「現代コミクス」や「TBSコミックス」で連載されていた井上英沖氏の『ウルトラマン』を単行本化できないかと、いま連載当時の雑誌を探しております。(中略)
大嶋様のブログで、いくつかお持ちであるとのことを発見し、何とか一時的に拝借できないかと連絡いたしました。ご興味いただけましたら、ぜひ、直接お目にかかって弊社についてのご説明などさせていただけたらと存じます。
何卒よろしくお願い申し上げます。

大伴昌司編の『怪獣ウルトラ図鑑』をはじめ、かなりマニアックな特撮系書籍を次々復刻している、あの復刊ドットコムさんから直々のご依頼である。かねてから、その業務内容や刊行物には並々ならぬ興味を抱いていたので、早速、担当の政田美加さんと連絡を取り、何冊かの『現代コミクス』を手に、大門にある会社をお訪ねした。

担当の政田さんは、もともとは某大手出版社の写真雑誌の編集部にいらした方で私とほぼ同世代。しばらく前に復刊ドットコムに移り、童話や少女マンガなどの復刻に携わったが、特撮関連の書籍は今回が初めてだという。
「ですから、いろいろ教えていただければと思いまして」
と丁重に頭を下げられ、こちらも思い切り恐縮してしまった。特撮ファンというのは、同性の前ではそれを吹聴することにさほど抵抗はないが、異性には、どこかでそれを隠しておきたいという心理が働くようで、だから、政田さんのような同年代の女性を前にして、ネロンガがどうだとかジラースがどうしたとか、あれこれ話すことに、最初のうちは気恥ずかしさを感じていたのだが、話を進めてみると、政田さん本人も女の子ながら「ウルトラマン」には本放送時にかなりハマっていたということで(特にジャミラの回は鮮烈に印象に残っているとのこと)、そうした気恥ずかしさもいつの間にか消え失せていた。

政田さんによれば、『現代コミクス』の復刊リクエストはそれなりの数寄せられているものの、原本は国会図書館にも収蔵されておらず、滅多に市場にも出ず、出たとしても相当の高額で、目下手をこまねいている状態なのだという。私は、まずは特撮マニアの一人として、今回の企画は興味深々であることを述べたが、同時に、コレクターとしては少なからず不安があることも正直に話した。というのは、私が所有している現代コミクスには、経年劣化がかなり進んでいるものもあり、ただでさえ傷みが激しいこの雑誌を、これ以上悲惨な状態にしたくなかったのである。

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「もしこれを原本として使うとしたら、スキャンするために一度バラバラにしなくちゃいけないんでしょ?」
最近目にすることの多い「自炊」と呼ばれる書籍解体作業のイメージを頭に浮かべながら、おそるおそる聞いてみた。すると政田さんいわく、
「いえ、大変貴重な御本なのは承知していますので、製本したままの状態で、できる限り開いてスキャンする形になります。それでもやはり、開き癖のようなものは残ってしまうと思うんですが、それをご了承いただけるようであれば…」
とのこと。バラさなくていいというのを聞いて少しほっとした。
「そうですか。でも、これは結構デリケートな問題ですので、返答には少しお時間をいただけるとありがたいです」
と、その話題は一旦棚上げにして、もうひとつの懸案事項に触れることにした。
「ブログではそれなりのコレクターのように書いてしまいましたが、実際、私は『現代コミクス』をすべて所有しているわけではありません。巻末が欠落しているものもありますし、だから仮に私が承諾したとしても、私の持っているものだけでは復刻は難しいと思います」
そう正直に現状を伝えたところ、
「もちろん、大嶋さんがお持ちでないものは、ほかのコレクターの方にも声をかけてみるつもりですし、ネットオークションや漫画図書館なども活用して、原本のコンプリートを目指すつもりです」
とのお答え。やはり餅は餅屋、これまでもさまざまな方法を駆使して原本を収集し、多くの復刻本を世に出してきたのだろう。

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「バルタン星人の巻」より。ウルトラマン登場以降のページが欠落している

しかし、まだもうひとつ、気がかりなことがあった。それは、マジックなどで思い切り落書きなどが書き込まれたページが少なからずあることで(当時3〜4歳の子供のやることだから仕方ない)、それがそのまま原本として使えるか、という心配だ。

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上下とも「ネロンガの巻」より。「ナゾーサマ」などと番組を超えた書き込みも…
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しかし、それに対しても政田さんは、
「最近はスキャンやレストア(修復)の技術が進んでいるので、相当コンディションの悪いものであっても、原本として使用することが可能なんです」
と、最近ご自身が担当された復刻書籍のページをめくりながら、丁寧に説明してくれた。それは大変きれいに印刷された少女マンガだったが、実際の原本(週刊誌)は紙が薄いため、裏写り(経年変化でインクが紙の裏側にまで染みてくること)がひどく、セリフなども読み取れない状態だったらしい。それを、専門スタッフが1コマ1コマ修復して、まるで生原稿から起こしたかのような鮮明な画像に仕上げたのだという。

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上は「ジラースの巻」、下は「ヒドラの巻」。下右ページのイラストは梶田達二
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政田さんは私が持参した『現代コミクス』を丁寧に見て、
「月刊誌ということもあって、通常の週刊誌なんかより厚めの紙を使っていますよね。そのおかげで裏写りもほとんどありませんし、これなら、それほど修復に手間をかけなくても、元の風合いを活かした、かなりいい感じ復刻本がでできるのではないかと思います」
とおっしゃる。私も、50年も幻のままだったコミックの復刻本の出来上がりをイメージして、何だかわくわくしてきた。そしてそんな話を聞かせてくれる政田さんの声のなんと甘く心地よいことか。編集者が説明しているというより、物語の中の登場人物がセリフを喋っているようなのだ。そしてその甘い声にはどこかで聞き覚えがあるなあ、と思っていたら、なんとなんと、政田さんは、あの増山江威子さんのお嬢さんだったのである! 増山さんといえば、「ルパン三世」の峰不二子バカボンのママキューティーハニーか、とにかく小中学生時代のわれわれをこぞって胸キュン(死語)させたお色気ボイスの持ち主。政田さんの声は、その増山さんの声とウリ2つなのだ。何しろ、あの山田康雄氏が家に電話をかけてきて政田さんが出ると、疑いもなく増山さんだと思っていきなり用件を話し出す、などということが一度ならずあったほどだという。親子というのは顔だけではなく、声も似るものだというのを初めて知ったが、とにかく、そんな不二子ちゃんボイスの政田さんがこの復刻本の担当者ということもあって、私は数日におよぶ沈思黙考の末、手持ちの原本を、謹んで復刊ドットコムにお預けすることに決めた。「そうすれば出版完了までの間、折に触れて不二子ちゃんボイスの政田さんの声を聞くことができる」という下心があったことは否定できない。実際、それからは大した用事がなくても、
「その後、進捗状況はどうですか」
などと、月に一度くらいは編集部に電話を入れ、時にはバカボンのママを、時には如月ハニーをイメージしつつ、政田さんと話をするのが密かな楽しみになっていた(半分以上は冗談です、すみません)。

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『現代コミクス ウルトラマン』は全部で12冊刊行されているが、そのうち3冊は岸本修や加来あきらの筆によるもので、井上英沖は執筆していない。今回は井上英沖作品のみの復刻ということなので(個人的には現代コミクスすべてを復刻して欲しいという思いもあるが)、井上が執筆した9冊の「現代コミクス」を入手すればコンプリートとなる(上表の黄色のもの)。一方、私が持っている『現代コミクス ウルトラマン』は赤丸で示した7冊だが、そのうち井上執筆本は、1966年11、12月号、1967年2〜4月号の5冊だけで、あと4冊足りない(本当は1月号や5〜7月号も持っていたのだが、中学生くらいの時に処分してしまったのだ!残念!)。

その4冊を探すこと数ヵ月。やがて5月号は、私同様、ご自身のブログに現代コミクスの記事を書いていた「しら」さんからの借用が決まり、そして6、7月号の2冊は、まんだらけで販売されていたものを政田さんが見つけて購入したということだったが、最後の1冊、ドドンゴとガボラが登場する1月号が、どうしても見つからない。原本が9冊すべて揃わなければ、会社から正式なGOサインは出ないのだという(ドラゴンボール的な世界観ですな)。そんな時、たまたまその1月号がヤフオクに出品されていて今日の夜まで、という知らせが政田さんから入り、私も急遽入札に参加、それなりに激しい競り合いの末、想定額より安い金額でめでたくゲットすることができた(金額が低めだったのは巻末の数ページが欠落していたため)。数日後、無事に現物が届いた時には、ついに全冊が揃った充足感で、年甲斐もなく小躍りして喜んだものである。

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ついに手に入れた1月号。これも昔は持っていたもの。数十年ぶりの再会!

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めでたく9冊がコンプリート。1月号を復刊ドットコムに届けた際に撮影

以上が昨年9月のことであり、その後、政田さんは円谷プロや「ウルトラマン」各エピソードの脚本家の方、もしくはその著作権継承者に許諾を取る作業に取りかかる。だが、それが思いのほか難航したようで、ウルトラマン放送開始50年にあたる昨年中の刊行は間に合わなかったが、満51年を数えるこの7月に、めでたく日の目を見ることとなった。周年事業に1年程度の遅れはつきものである。私もこの間「鎌倉アカデミア創立70周年記念」と銘打った映画を公開したが、実は創立70年は去年のことであった。また、かの渡辺宙明先生の卆寿記念コンサートも年をまたいで行われたし、このくらいは許容範囲であろう。政田さん、長丁場本当にお疲れ様でした。

そしてついに一昨日(7/15)、完成した『現代コミクス版 ウルトラマン』が手元に届いたのだが、果たしてその出来栄えは…?

つづく

※『現代コミクス版 ウルトラマン』上巻は7月22日発売です!
posted by taku at 18:31| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月29日

日下武史さんを偲ぶ会

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昨日(6/28)、「日下武史さんを偲ぶ会」に行ってきた。場所は浜松町から徒歩7〜8分の自由劇場。日下さんが出演する舞台を観に何度も通った場所だ。まさかそこで、最後のお別れをすることになろうとは…。

駅から劇場への道を歩くうちに、明らかにそれとわかる劇団関係の参列者の姿が増えていく。彼ら彼女らが一様にフォーマルな葬儀のいでたちであることに大きな不安を覚えた。会の案内には「平服にてお越しくださいますよう」と書いてあったが、それは建前で、やはりこういう場にはそれにふさわしい格好をしてくるもの、というのが暗黙の了解なのか。案内の言葉を真に受けて、思い切り平服(カジュアルシャツとチノパン)で来てしまった私は、劇場すぐそばの、海岸通りを右に折れる道に進むのをためらい、一度は通りを直進し、そのまま帰ってしまおうとした。
「こんなラフな格好で参列するのは、故人を偲ぶにはふさわしくないのでは? 何より、おごそかな会の調和を乱してしまうのでは?」
通りを行き過ぎたあと、道の片隅で立ち止まって5分弱あれこれ考えたが、やはりせっかく現地まで来たのだからと思い直し、外に出していたカジュアルシャツをチノパンの中に入れ直して劇場に向かった。

すでに一般参列時間の14時を回り、入り口は大勢の参列者でにぎわっている。とは言うものの、一般参列者は少なめで、大半が劇団もしくは芸能界関係者のように見えた。芳名用紙に記入し、それを受付で3ッ折のしおりと引き換えてもらって劇場の中へ。ステージ中央には花で形づくられた劇団四季の竪琴マーク、そしてそれに包み込まれるように、日下さんのご尊影が飾られていた。
参列者は一時客席で待機し、順番が来たら献花するという流れ。会場にはありし日の日下さんの名セリフの数々が流れている。10分弱くらいで順番が来て、白いカーネーションを手渡され、4人1組の列を作って献花。カーネーションを手向け、日下さんに最後のお別れをする。合掌の時間は、1分弱くらいだっただろうか。同じ列の人たちと無言のうちに呼吸を計り、そろって一礼し献花台を離れる(こういう「間合いを読む」という行為は日本人の得意技のように思う)。

こうして、おおやけの場でお別れをすませてしまうと、いよいよ日下さんが遠くに行ってしまったという感じがして、あらためて淋しさがこみあげる。

日下さんの思い出については、先月、こちらに書いたとおりだが、『火星のわが家』に出ていただいた1998年からわずか20年足らずで、劇団四季をめぐる状況も、ずいぶん変わってしまったものだと思う。あの年、四季はJR東日本の広大な敷地に「首都圏初の常設専用劇場」として、四季劇場[春]と[秋](場所は自由劇場の並び)を華々しく開場。同じころ、地方都市にも常設劇場が次々オープンし、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。

それから19年。[春]と[秋]は、竹芝エリア再開発のためという理由で一時休館となり、一方、創立以来劇団のトップを務めた浅利慶太氏は、2014年に経営者の座を離れ新事務所を設立、そして、もうひとりの創立メンバー日下さんは、四季に籍を置いたまま、異国の地でひっそりと旅立った。

世の中に常なるものはないとはよく言われることだが、時の流れは静かで、そして残酷である。

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日下武史さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
posted by taku at 17:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

『鎌倉アカデミア 青の時代』東京公開終了

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映画『鎌倉アカデミア 青の時代』、新宿K's cinemaでの公開は、昨日(5/26)、盛況のうちに終了しました。

時期はずれの猛暑(1〜3日目)や雨模様(最終日)にも関わらず、ご来場くださいました多くのお客様(鎌倉アカデミアゆかりの方も大勢いらっしゃいました)、ご登壇いただいたゲストの方々、そしてスタッフ不足を細やかな配慮でカバーしてくださったK's cinemaの皆様に、心より御礼申し上げます。

おかげさまで、これまで劇場公開した映画の中で、もっとも「作ってよかった」と感じた作品になりました。これも、『鎌倉アカデミア 青の時代』という作品を取り巻くすべての方々の熱い思いの賜物です。本当にありがとうございました。

新宿での公開は終わりましたが、大阪では6/9まで上映、その後、神戸、名古屋、横浜とまだまだ公開は続きます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

■『鎌倉アカデミア 青の時代』上映情報
posted by taku at 17:18| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする