2021年05月08日

ルリ子をめぐる冒険(9)映画「緑はるかに」公開まで

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浅丘ルリ子(本名:浅井信子)が「緑はるかに」のルリ子役に応募した時の写真。
読売新聞紙上での募集告知が1954年8月6日、締切は8月31日。この写真も8月に撮影したようで、かなり日焼けしている。

さて、今日、5月8日は、今からちょうど66年前に映画「緑はるかに」がロードショー公開を果たした記念すべき日である。というわけで、いつも以上に画像多めで話を進めていこう。

まずは前回のつづき。『ジュニアそれいゆ』1955年早春号から、中原淳一デザインによるルリ子の衣裳の数々を見ていこう。

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この映画の中の衣裳は、中原淳一先生が受け持たれています。ルリコのお母さまとか、他の大人の方たちのも中原先生のデザインですが、ここではルリコのドレスを御紹介しましょう。
「緑はるかに」は日活初のテクニカラー(天然色)の映画なので、ドレスの色彩にも中原先生はいろいろ心をくばられたようです。連載された物語では、ルリコのお父さまは病気の場面しか出ていませんが、映画では幻想の場面が多くあって、ルリコがお父さまと一しょに暮らしていた頃の愉しい美しいシーンが沢山見られるということです。(※実際はほんの少しです)
浅丘さんは、本当は中学二年生なのですが、映画では小学校六年のルリコです。それでこれらのドレスも子供っぽく見えますが、これはスカートをそのまま膝の下位まで長くするだけで中学から高校までの方たちにも似合うデザインです。(後略)

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「これはずっと旅をしている時に着ているジャンパー・スカート。下にスウェターを着るのです」……中原先生がデザイン画をかかれて、ルリコさんに説明していられます。或る日の撮影所での打合わせの一コマ。

当時、女学生の憧れだった中原淳一デザインの洋服を着られるというのは、大変な栄誉だったに違いない。浅丘ルリ子自身、『徹子の部屋』で、「(ルリ子役に)受かったことよりも、中原先生のお洋服が着られることの方が嬉しくって。すごく可愛いお服なんですよね」と語っている。

なお、「旅をしている時に着ているジャンパー・スカート」の写真は『ジュニアそれいゆ』には掲載されていないが、要するにこれである。

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このキャプチャ画像でわかるように、ジャンパースカートはライトグレー、セーターは薄いピンクなのだが、どういうわけかDVDのジャケット写真では、ジャンパースカートはスカイブルー、セーターはクリーム色になっている。

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恐らく白黒写真に後から着色したものと思われるが、どうして映画オリジナルのカラーリングにしなかったのだろう。

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ピンクのウールで作ったこのワンピースは、最初の場面に着る普段着です。衿にそった小さな丸いヨークは、可愛いギャザーを両側にちょっととって、胸のふくらみを出しています。ヨークと身頃の境を共布のループで押え、そのギャザーの上に飾られた二つのボウは、蝶々のようで可愛い。

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「小さな丸いヨーク」とか「可愛いギャザー」とか「共布のループ」とか、何のことだかさっぱりわからないが、映画だとこんな感じ。

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これはまだお父様がお家にいらっしゃった頃、いろいろの花が一杯咲いている春のお庭で遊んでいた時の回想の場面で着る、薄いグレーのジャンパースカートです。胸に飾られた花のアップリケは、ピンク、クリーム、ブルーといった淡い色のものばかりで、ピッタリさせずに、浮き上ったようにつけます。

ということなのだが、この「春のお庭で遊んでいた時の回想の場面」というのは映画本編のどこにも存在しない。撮影したのに尺の関係でカットされたか、それとも撮影さえされなかったのか……。もはや永遠の謎である。

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これもやはり楽しかった頃の回想の場面のクリスマスパーティの時に着るものです。真黒で張りのあるタフタで作った、地味な色合いのこの服は、ふっくらふくらんだスカート、ケープ風の肩を覆う様なカラー、スカート丈までの長いビロードのリボンによって、ジュニアらしい可愛いカクテルドレスとなりました。

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はいはい、このシーンはたしかにあったのだけど、座っている姿が引きで一瞬映っただけで、バストアップのショットは人形やプレゼントを抱えているためドレスはほとんど見えず。素敵なデザインなのに、実にもったいない。もう少し撮り方を考えて欲しかった。井上梅次監督はこれら一連の衣裳が、天下の中原淳一デザインだということを本当にわかっていたのだろうか?

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美しいスミレ色の薄手のウールでつくったこの服は、最後の場面で、お父様が無事にお帰りになって、一家揃って愈々ルリコに幸わせが訪れた時に着るものです。胸に飾ったボウは、濃い紫のグログランリボンです。後も前も浮いてつけられた肩幅一杯の真白いカラーは、取りはずしが出来るようにしてもいいでしょう。

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やっとまともにフルショットで見えるワンピースが……、と言いたいところだが、これも、映ったのはごくごく短い時間(ちなみに、白黒スチールでは胸元の大きなリボンがポイントだが、劇中ではかなり細身なものに変更されている)。

以上が中原淳一デザインによるルリ子衣裳のすべてである。1着1着コンセプチュアルに、丁寧にデザインされているのに、それがあまりうまく映画に活かされていないのはいささか残念に思う。

『ジュニアそれいゆ』には「ルリコ人形」の作り方も載っている。

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中原淳一いわく、

「緑はるかに」のルリコは、苦しさの中にもやさしい美しい気持を失わない、本当に良い少女です。さしえを画く時も、いつもそういう少女をあらわしたいと思っていました。(後略)

たしかに原作のルリ子は、映画の何倍も苦しい目、辛い目に遭ってきた。原作のストーリーを10ヶ月間追いかけてきた中原は、映画のルリ子が迎えた甘すぎるラストをどう感じたのだろう。

さて、日活の記録によると、映画「緑はるかに」は1954年のクリスマスイブ(12月24日)にクランクインし、1955年2月12日にクランクアップしたとのこと。90分という尺の割に撮影が長期間なのは、いかなる理由によるのだろう。撮影終了間際、読売新聞には次のような記事が載った。

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日活 緑はるかに 完成迫る

本紙に連載され好評を得た北条誠作「緑はるかに」は、日活初の色彩作品として最後の追い込みに入っているが、井上梅次監督の配慮から、子供たちに美しい夢を誘うようなみなみならぬ努力がつづけられている。(中略)
中原淳一考証の衣装、木村威夫の美術も国産色彩のコニカラー・フィルムに美しくうつるよう研究された。森の中、ルリ子の家、ショウ乳ドウ(鍾乳洞)内の科学研究所、幻想に出てくる月の世界、サーカスの内部セットなど文字通り目もまばゆい色のシンフォニーで、しかもうやわらかい感じが出るよう原色に白をまぜたハーフ・トーン(中間色の調子)が使われた。父親のとじこめられる科学研究所や幻想の月の世界もすべてこれビニールとナイロン製といったきらびやかなもので、おとぎの国にまよいこませようと努力している。
こうして去年の十二月末撮影に入ってからすでに五ステージ二十四セットを使い、セット数だけでも日活撮影所再開以来の最高記録といわれる。
読売新聞1955年2月10日夕刊

これを読む限り、慣れないコニカラー(3色分離ネガ)の撮影に手間取ったことと、美術セットの作り込みや組み換えに時間を取られたことが、長丁場の理由のようだ。それに加え、メインの出演者5人が義務教育期間中であることも、少なからず進行に影響したように思われる。

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こちらは同時期の「家庭よみうり」の記事。水の江滝子おばさん、という呼び方がおかしい。

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貴重な現場スチール。洞窟で初めてルリ子と三人組(チビ真、デブ、ノッポ)が出会うシーンを演出する井上梅次監督(後姿)。「キネマ旬報」3月上旬号より。

年度が代わり、4月9日の夕刊児童欄には、ついに映画の完成を知らせる記事が。

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美しい色、楽しい物語
えい画になった「緑はるかに」

日活でさつえいしていました、本紙連さいの「緑はるかに」(北条誠作)のえい画ができ上がりました。総天然色で、あらすじは、お父さまの研究のひみつが入っているオルゴールを中心に(中略)、ついに悪ものたちはつかまって、ルリ子は、お父さまとお母さまにめぐりあい、チビ真たちにも、幸福な日がおとずれます。
読売新聞1955年4月9日夕刊

公開1ヶ月前にもかかわらず、ネタバレ全開である。この時代はあまりそういうことは気にしなかったのだろうか。

約1週間後の4月17日には、「子供の日記念・児童映画会」の囲みで、試写会開催の告知記事。

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5月1日(日)午前10時、午後0時半、3時
池袋 豊島公会堂

◇招待方法◇ 小・中学校生徒に限り一校5名以上、20名以下まで招待します。申込み希望者は各校引率教員が往復ハガキに学校名、参加人数記入のうえ京橋局区内読売新聞社企画部あて申込んで下さい。締切(4月)22日までに必着のこと。抽選により各回900名計2,700名を招待します。

対象が小・中学校生のため、生徒個人ではなく、引率する教師が応募するという形になっている。これは言うまでもなくクチコミ宣伝のための一般試写なのだが、それにしても2,700名を招待というのは、結構な太っ腹である。

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5月4日の夕刊広告。左には大映のカラー映画「楊貴妃」が。大女優・京マチ子vs新人女優・浅丘ルリ子という構図。この時点では「緑はるかに」は5月10日からの公開を予定していたようだ。

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5月6日の夕刊広告。スペースの関係か、チビ真がハブられている。

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5月7日、公開前日の夕刊広告。今度はデブがハブられてしまう。メインのルリ子以外に4人も配置するのは難しかったのだろうか。

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よく見ると、ノッポの足元に「漫画本 トモブックス社」の文字が。

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なんと、公開に先立つ4月5日には、トモブック社より「映画物語シリーズ1 緑はるかに」と題したコミカライズも刊行されていたのである(画・わちさんぺい)。

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この漫画版、表紙と裏表紙、そして中扉まで映画版のスチールを使っているため、てっきり映画版のストーリーかと思いきや……

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中原淳一の魅力的な挿絵とは似ても似つかぬ、なんとも牧歌的なタッチの絵にまず軽いめまいを覚え……

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しかもあろうことか、ストーリーは完全に新聞連載の原作版を踏襲しているのだ!
これは、ルリ子とマミ子が「スミレ劇団」で悲惨な巡業生活を送っているところ。

映画版を期待して手に取った多くの少年少女も、これには肩透かしを食らった気分になったのではないだろうか。

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さて、話を映画版に戻そう。今も昔も興行界の慣例は変わらないようで、初日の8日には早速、「満員御礼」「スゴイ爆発的人気で日活系上映中!」の広告(追いパブ)が。個人的にはお隣りの資生堂の香水の広告も気になる。余白の美と呼ぶべきか…(値段が150円から18,000円ていうのも幅がすごいね)。

時を同じくして読売新聞系列の「週刊読売」に映画評が載るが、これが、思ったよりも辛口だった。

緑はるかに 日活作品 児童向きの色彩編

読売新聞に連載された北条誠作、中原淳一画のコドモ向き読物を原作として、女性プロデューサーに再生した水の江滝子がコニ・カラーを使用して製作した天然色作品。だから、あくまで観客の対象を小学校低学年に向けて、井上梅次脚本・監督も、つとめてその線を守ろうと努力している。(中略)
主役に選ばれた浅丘ルリ子も達者な児童劇団のワキ役に助けられ、まずまず、さしたる破たんはみせない。むしろおとなの俳優のまずさ、わざとらしさの方が目ざわりになるくらいである。ただ、前後の貝谷バレー団が出演する夢の場面は、コドモたちの幻想をさそうよりも、音楽にマッチしない動きや、白っぽけた色彩が、かえってブチこわしになりはしまいかと思うのだが、どんなものであろう。コドモたちの目もディズニー・プロ作品で案外こえているのではあるまいか。
コニ・カラーも前作の東映作品「日輪」とくらべたら大進歩のあとを、その技術的な所置にみとめるが、大映のイーストマン・カラーを念頭におくと、まだまだ研究の余地は十分にある。
週刊読売 1955年20号

ひとつ気になったのが、カラー作品としてどうか、という視点が前面に出ていること。しかし、これは当時の状況を考えるとやむを得ないのかも知れない。同年3月上旬の「キネマ旬報」の作品紹介記事にも、

この映画は今日本を風靡しているイーストマンカラーを使用せず、コニカラーシステムを使用して撮影されるが、国産カラーシステムの成果を知る意味で、作品そのものとはちがった大きな興味が持たれる作品である。

という一文があり、この時期、日本映画界は白黒からカラーへと、大きな時代の転換期を迎えていたことがわかる。

ちなみに、日本における映画会社ごとの最初のカラー作品は以下のとおり。

松竹 「カルメン故郷に帰る」(1951.3.21公開 フジカラー)
東宝 「花の中の娘たち」(1953.9.15公開 フジカラー)
大映 「地獄門」(1953.10.31公開 イーストマンカラー)
東映 「日輪」(1953.11.18公開 コニカラー)
新東宝 「ハワイ珍道中」(1954.9.14公開 イーストマンカラー)
日活 「緑はるかに」(1955.5.8公開 コニカラー)

ただ、厳密に言えば、日活は「緑はるかに」の前年の1954年に「白き神々の座」という山岳記録映画をイーストマンカラーで撮影、11月23日に公開している。だから、日活初のカラーは「白き神々の座」ということになるのだが、劇映画というカテゴリにおいては、「緑はるかに」が第一作で間違いはない。

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ここからは「緑はるかに」関連ビジュアル。まずはポスター2種。

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劇場配布用のチラシ。

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プレスシート(報道関係や業界向けの配布資料)。

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このプレスシートには、井上梅次監督の「コニ・カラーについて」という文章が掲載されているが、内容はまさに題名のごとしで、

その色の調子は、イーストマンよりはずっとハーフ・トーン(中間色)が出ます。つまりどぎつい色よりも自然の儘の調子が出るわけです。

などと、映画の内容はそっちのけ、ほぼテクニカルな説明に終始している。カメラマンや照明、美術などの技術スタッフではなく、監督みずからがこういう文章を書いていることからも、当時のカラー映画への関心の高さがうかがわれる。

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「緑はるかに」パンフレット(一般販売用)。

井上監督みずからが、「コニカラーはハーフ・トーン(中間色)が…」「どぎつい色よりも自然の調子が…」と書いているのに、それをまったく顧みない着色センス。特にこのパンフはひどい。ポスターやプレスシートはそれなりだったのに、これはどうしたことだろう。

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このまゆげはもはやギャグの域。

こうして次世代の期待を担ったコニカラーだったが、フジカラーやイーストマンの勢いに押され、間もなく映画の世界から淘汰されてしまう。そのため、コニカラー独自の3色分離ネガに対応できる現像所はなくなり、「緑はるかに」も長らくモノクロのプリントしかない状態が続いていたが、1990年代に東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)がオリジナルネガからカラー版を復元、そのおかげで現在も、DVDなどで当時の色彩をしのぶことができる。

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長々続いた「緑はるかに」小論も、一応次回で完結としたい。最後は、メディアミックスとしての「緑はるかに」、そして、「ルリ子」のその後などについて書いていく予定。
posted by taku at 14:45| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月21日

ルリ子をめぐる冒険(8)創造主・中原淳一

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読売新聞夕刊で絵物語「緑はるかに」(作・北條誠 絵・中原淳一)の連載が始まったのが1954年4月12日。約1ヶ月後の5月19日夕刊には映画化決定の記事が載り、そして8月6日夕刊においてヒロイン・ルリ子役募集の告知がなされる。

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読売新聞1954年8月6日夕刊

「緑はるかに」のルリ子*を一般募集

プロデューサー水の江滝子で映画化される本紙連載「緑はるかに」の主演ルリ子役を一般から募集する。応募要項次の通り。
十三歳から十五歳までの少女で、身長、体重を記入した簡単な履歴書一通、手札型以上の正面、横顔、正面全身の三種の写真(裏に住所氏名明記)を、東京都千代田区有楽町一の一日活株式会社宣伝部あて、八月三十一日までに送ること。

前にも書いたが、事前の宣伝を兼ねてヒロインを募集する、という手法は角川映画の「野性の証明」を完全に先取りしている。少なくとも私の知る範囲では、この作品以前にヒロインを一般公募した日本映画は思い当たらない。そういう意味では、「緑はるかに」は、「日活初の総天然色(コニカラー)映画」とともに、「日本初のヒロイン公募映画」という冠をつけてもいいのではないだろうか。

では、これ以降のヒロイン公募映画にはどんなものがあっただろう。ざっと以下のようなものが思い出される(漏れがあったらごめんなさい)。

1978年「野性の証明」 応募者 1,224人 薬師丸ひろ子
1980年「四季・奈津子」 応募者 9,500人 烏丸せつこ・佳那晃子・影山仁美・太田光子
1982年「伊賀忍法帖」 応募者 57,480人 渡辺典子 特別賞・原田知世
1983年 「アイコ十六歳」 応募者 127,000人 富田靖子

「野性の証明」の応募者が1,000人ちょっとと、知名度の割に少ないのが少々意外で、逆に「アイコ十六歳」は多すぎてよくわからない。「緑はるかに」は新聞報道によると「二千数百名」とのこと。

ちなみに、こうした公募の選考方法だが、今も昔もそれほど変わらず、だいたい以下の流れで進むことが多い。

1次審査(書類審査)
2次審査(面接審査T 何人かまとめてのグループ面接)
3次審査(面接審査U 個別面接)
4次審査(最終審査)

「緑はるかに」の場合も、2,000人以上の応募があったとしても、その全部をオーディションに呼んだとは考えられず、おそらく1次の書類審査で、100〜200人程度に絞り込んだものと思われる。そして東京・日比谷の日活本社でグループ面接と個別面接を(おそらく複数日で)行い、さらなる絞り込みがなされ、日を変えて、東京・調布の日活撮影所で、候補者7人から1人を選ぶ最終審査(カメラテスト)が行われたと推察される。

募集告知からちょうど4ヶ月後の12月6日夕刊には次のような記事が掲載された。

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読売新聞1954年12月6日夕刊

ルリ子*に浅井信子
「緑はるかに」主役当選決る

本紙に連載中の北條誠原作、中原淳一絵「緑はるかに」は日活で水の江滝子プロデューサーの第一回作品として、天然色による映画化の準備がつづけられ、さきほどからその主演の少女ルリ子役を一般から募集審査していたが、応募した二千数百名のなかからこのほど浅井信子(写真)が決定した。彼女は昭和十五年七月生れの十四歳で、千代田区今川中学二年に在学、小さいときから日本舞踊、歌謡曲を習ってきたひとみのきれいな少女で、執筆の作者と画家も交えた審査員は文句なく彼女を主役に迎えることを決定した。
なお、第四次の最終カメラテストまで残った高城瑛子(10)、山東昭子(10 ※正しくは12)、田村まゆみ(12)、斎藤みゆき(12)、久保田紀子(15)、味田洋子(13 ※正しくは12)の六名も本人の事情が許せば主演外の役で出演する。

見出しの「主役当選決る」には違和感を覚えるが(「当選」というと懸賞か何かに当たったような印象を受ける)、とにかくこうして、浅井信子がルリ子役に決まったことが、世間に示されたのであった。

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最終選考に残った方々と浅井信子。その後女優として活躍した方多数。

久保田紀子(15歳)
斎藤みゆき(桑野みゆき・12歳)
田村まゆみ(田村奈巳・12歳)
高城瑛子(滝瑛子・10歳)
山東昭子(12歳)
味田洋子(榊ひろみ・12歳)
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浅井信子(14歳)

しかし、この写真の浅井信子は、中原淳一の描くルリ子とはずいぶん雰囲気が異なっている。そこで、原作のビジュアルに合わせるべく、肩まであった長髪は大胆にカットされることになるのだが、それにまつわるエピソードがなかなかに興味深い。

浅丘ルリ子本人は、当時のことをこう回想している。

父は4姉妹のうち1人くらいは芸能界に進んで欲しいと願っていた。そこで私はダメ元≠ナオーディションを受けてみることにした。向かったのは会場となった東京・日比谷の日活本社。応募者はなんと二千数百人。のっけから人数の多さに圧倒された。
私には当時、面接で着る上等な服がなかった。そこで学校の友人からセーラー服を借りて受験した。セーラー服など着てくる応募者はいない。それが目立ってかえってよかったのかもしれない。
1次審査、2次審査……。候補者がどんどん絞られていく。最終のカメラテストに残ったのは私を含めて7人。(中略)

最終のカメラテスト会場は日活の調布撮影所。私は4年かけて伸ばした長い髪を三つ編みにして水玉のリボンで結んでいた。すると審査員でプロデューサーだった水の江滝子さんからこう聞かれた。
「あなた、受かったらその髪を切る勇気がありますか」
「はい、大丈夫です」
私はきっぱりと答えた。主人公のルリ子は前髪から耳元まで緩いカーブに切りそろえたショートカットが特徴。髪をバッサリと短く切るのに何のためらいもなかった。
カメラテストの直前。私はなぜか中原先生に呼ばれてメーク室に入った。大きな鏡の前に座った私の目元に先生がサラリと目張りを入れる。するとどうだろう。瞳がみるみる輝き始めたのだ。自分の変貌ぶりに私は息をのんだ。

(2015年7月5日『日本経済新聞』「私の履歴書」より)

ここでは、「受かったら切ります」というやり取りをした、と書かれているが、別な媒体ではいささかニュアンスが異なる。

浅丘「中学2年生のとき、読売新聞の連載小説『緑はるかに』の映画化で、主人公のルリ子役の募集があったんです。(中略)私の家は貧乏だったから、自分のセーラー服はヨレヨレ。裕福な友人に頼んで、きれいなセーラー服を1日だけ借りて、最終オーディションへ行きました。そこで、されるがまま、腰に届くくらいの長い髪を勝手にバッサリ切られて、カメラテストをしたら、『この子しかいない!』って私に決まったの」
中山「勝手に髪の毛を切るなんて、当時は荒っぽいですよね(笑)」

(2015年5月5日『女性自身』「中山秀征の語り合いたい人」より)

https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1611929/

ここでは「勝手に」髪の毛を切られ、カメラテストをして、その結果自分に決まった、と語っているのだ。また、つい最近の「徹子の部屋」(2021年2月2日放送)でも、以下のように、ほぼ同じ内容を語っている。

「あたし、背中まであったんですね、髪の毛が。それをバサッと、(中原淳一先生が)すごい切り方なさって、びっくりしました。何するの?、と思ったら、……あ、でも、髪を切られるってことは、あたしに決まっていいのかなって思って、それで黙って……、そしたら私に目張りを描いてくださって……見たら、うわー、すごい、こんなに目が大きく、綺麗になるんだ、と思って、それからずっと、(中原先生がやってくださったとおりに)目張りを入れてます」

さて、このエピソードをどうとらえればいいのだろうか。どうやら浅丘ルリ子の記憶の中では、髪は映画スタッフサイドの要望により、「オーディションの最中(カメラテスト直前)」「勝手に」「バサッと」切られた、ということになっているようだ。そしてDVDのライナーノーツも、この本人の記憶を元に、

11月23日の最終選考は、井上梅次、北条誠、中原淳一らの前でのキャメラテストだったが、その前に、中原は信子の前髪を切りショートカットにしたという。

と記述されているのだが、このエピソードが、私にはどうしても納得できなかった。インパクトのある話ではあるが、いくらワイルドな映画界とはいえ、堅気の、それもまだ14歳の女子の髪を、本人のきちんとした同意を得ないでいきなり切り落とすなどということが、果たしてあり得るだろうか。しかも、あれだけ繊細な「美の追求者」であった中原淳一が、4年もかけて伸ばした乙女の黒髪に無造作に鋏を入れるとは……。

人間の記憶というのは時間とともに変容するものである。時間が経つほど、何度も思い返すほどに、変容の度は高くなるという。したがって、本人の体験談といっても、100パーセント現実に起きたこととは断定できない(もちろん、本人は意識して記憶を書き換えているわけではないので、決して責めるべきことではないのだが)。

こういう時は、なるべく当時に近い資料に当たるのが、解決の早道と思い、中原みずからが編集兼発行人を務めていた『ジュニアそれいゆ』の1955年早春号を紐解いてみた。すると、浅丘の証言とはかなり異なる当時の状況が詳述されていた(どういうわけか、この誌面ではすべて「ルリ子」ではなく「ルリコ」と表記されている)。

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『ジュニアそれいゆ』1955年早春号。表紙ももちろん中原淳一

ルリコに決定した浅井信子さんは、浅丘ルリコという名前をつけられました。これからは浅丘ルリコさんと呼ぶことにしましょう。
さて、その浅丘ルリコさんは応募された始めから、長い長いおさげがまず人眼をひきました。中原先生の画かれているルリコは、あのルリコ・カットと最近云われている、前髪から横に続いて短い髪が後に少しカーヴして長くなっているのが第一の特徴なので、水の江さん始め審査員の人たちが「若しルリコにきまったらその髪を切ってしまう勇気がありますか?」と心配して尋ねられたところ、浅丘さんはすぐに「ハイ」とお返事されたということです。
ところで、いよいよ浅丘さんがルリコにきまりました。それから何度も皆が集まって打合わせの度に、浅丘さんの髪が問題になりました。水の江さんも「折角ここまで長くしたのにねェ、長くとかすと何かの精のように綺麗で惜しいわ。長い髪のルリコにしましょうか」ともおっしゃったそうですが、やっぱり新聞のさしえでルリコ・カットに親しんでいる読者の方たちのためにも、短い髪にしようということにきまりました。そこで、ルリコさんの断髪式が始まりました。鋏はルリコ・カットを始められた中原先生が持たれ、水の江さん始め出演するチビ真たちに囲まれて、その長い長いおさげの髪はみるみるこんなに可愛いルリコ・カットに変わりました。
「あんなに長くするまでに、四年もかかったっていうことをふっと思い出したら、耳許にブツッと鋏を入れる時、なんだか少しふるえてしまいましたよ」と中原先生は後で語っていられました。
浅丘さんは、その後人に会う度に「まァ、すっかり変ってしまったのね。でも、まるで中原先生の画にそっくりよ。画が動いているみたい……」と云われています。

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「いよいよ切っちゃうとなると惜しいだろうなア」「ルリコさん、平気かい?」チビ真、デブ、ノッポたちが心配そう。「だって前から切ってみたいと思っていたのよ」

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「本当に綺麗な髪ね。よく見ておきなさい」と水の江さん。「ルリコのような髪になるんだったら、私切りたいのよ」とルリコさん。

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「いよいよ切るとなるとなんだか急にこわくなった……」と、ルリコさんは鋏を入れる瞬間、ギュッと目をつぶってしまいましたが……だんだん髪は切られていきます。

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いかがだろうか。
髪をカットしたのは「オーディションの最中(カメラテスト直前)」ではなくヒロインに決定した後で、「勝手に」ではなく複数回の協議の結果であり、中原は「バサッと」ではなく、「ふるえながら」鋏を入れたということだ。共演者(チビ真、デブ、ノッポ)も立ち会って「断髪式」と称して行い、しかも取材のカメラまで入っているのだから、もはや外部に向けた映画宣伝の一環というべきで、関係者だけで行われたヒロイン選考とは性質を異にするものであることは明白だ。

しかし、こういう記憶の変容は、少なからずあることで、時間とともに、実際の出来事よりも、その時の感情が強く心に刻印される傾向があるように思う。やはり浅丘にとって、あの長い髪を切ることは、表向き納得した(させられた)とはいえ、内心は相当な葛藤、抵抗があったのだろう。それが長い歳月を経て、「自分の気持ちを無視して、勝手に切られた」というエピソードに書き換えられたと考えれば納得がいく。

さて、浅丘の証言には、カメラテストにおいて、中原が目張り(アイライン)を入れた、という印象的なエピソードも登場したが、上で引用した『ジュニアそれいゆ』にはその話は見当たらなかった。しかし、これについては、「緑はるかに」公開から2年後、1957年9月の『ジュニアそれいゆ』第17号において、中原と浅丘の対談が掲載されており、そこで以下のように語られている。

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ルリ子ちゃんと云うと、今から三年前の丁度今頃、「緑はるかに」の映画の主役のルリ子を募集した時のことを思い出す。その時、僕(中原)も審査員の一人だったが、あの時、沢山集った可愛い少女達の中で、一番美しく目立っていた少女がルリ子ちゃんだった。(中略)
「緑はるかに」の審査の時、沢山の少女がいる控室をちょっとのぞいたら、セーラーの制服を着たルリ子ちゃんがチラッと僕の方を向いたのを僕は覚えている。それで、
「審査の時、僕が控室を見たのを知ってた?」と聞くと、
「ええ、覚えています、でも私ね、初め全然知らなかったのよ、先生のこと。あの時先生にお化粧していただいたでしょう?」とルリ子ちゃんは云う。
そうそう、と僕も思い出した。
沢山の少女の中から最後に七人の少女が残り、カメラテストの時だった。はじめてドーラン化粧をする人たちのために撮影所のひとたちが手伝ってあげた時に、僕も手伝ってルリ子ちゃんのお化粧をしたのだった。その時も僕は、カメラテストでもルリ子ちゃんが一番だろうと思った事を又思い出していると、ルリ子ちゃんは、
「私ね、お化粧をして下さったのが中原先生だっていうこと、その時全然知らなかったのよ。この方誰だろうなんて思ってたの。そしたら後で中原淳一先生だったって知って、ウワー、だったらもっと顔を良く見ておくんだった――なんて云ったのよ」
と、例のクルッとした瞳をして云う。
あの時のルリ子ちゃんは、前髪を綺麗にカールして、長い長い髪を二つに分けて三つ編みにしたものを又くるっと輪にして白いリボンで結び、今のルリ子ちゃんよりも、もっと大人っぽい感じだった――と思い出してそのことを云うと、ルリ子ちゃんも大きくうなずいて、
「私がルリ子にきまって、先生が私の髪を切って下さったでしょう? それから急に子供っぽくなったって、自分でも思ったのよ」ということだ。

浅丘の記憶では、カメラテスト直前に、自分だけが特に中原に呼ばれてメイク室に入った、ということになっているが、実際は、7人の少女たちにカメラテスト用のメイクを施すために撮影所のメイクスタッフが駆り出されたが、人手が足りなかったようで、中原もヘルプとしてメイク室に入り、浅丘のメイクを担当した、というのが真相のようだ(そしてこの時点では、浅丘はメイクをしたのが中原だとわからなかったというのも面白い)。ただ、この時すでに中原は浅丘に注目していたようなので、「あ、この子は僕がやるから」という感じで浅丘のそばに陣取り、アイラインを引いたのだろう。もともとは人形製作者だった(すなわち立体造形から始めた)中原は、そのメイク技術も非凡なものがあったのは間違いなく、もし、浅丘以外の6人のメイクもすべて彼が担当していたら、もしかしたら歴史は大きく変わっていたのかも知れない(まあ、カメラテスト以前から、中原は浅丘を気に入っていたようなので、どちらにしろ浅丘が選ばれていたのだろうが)。
ちなみに、上の引用文の最後の2行を読むと、1957年の時点では浅丘本人も、ルリ子役に決まった後で髪を切ったことを認識している。

髪とメイクの話の検証がずいぶん長くなってしまったが、さて、めでたく断髪式を終えた写真がこれ。

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ただ、ひとつ気になるのは、原作のルリ子が右分けなのに対して、映画のルリ子が左分けであること。原作に合わせて右分けにすることも検討されたとは思うが、おそらく、浅丘のもともとの髪の分け方が、カット前の写真を見る限り左分けのようなので、それを尊重したということなのだろう。

ためしに原作の絵を左右反転して、写真と比較してみるとこんな感じ。

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絵を描いた本人がヘアカットをしているだけあって、絵の中のルリ子がそのまま抜け出てきたような印象を受ける。

これは中原も嬉しかったのではないだろうか。自分の描いた紙の上の存在に過ぎなかったルリ子が、こうして肉体を持ったヒロインとなったのだから。言ってみれば、ギリシャ神話のピグマリオン(彫刻の名人。自分の理想とする女性の像を彫り、その像に恋をし、ついにはアフロディーテの力で人間となったその女性と結ばれる)の心境を味わったわけだ。「ルリ子」というヒロイン名は北條誠の創案だが、ルリ子の原作ビジュアルを作り出し、そして映画化に際し、ルリ子に新たな命を吹き込んだ中原淳一こそ、ルリ子の創造主というにふさわしいだろう。

中原は絵物語「緑はるかに」の原作者のひとりとしてオーディションに立ち会い、ヒロインのヘアカットも手がけたわけだが、それだけにとどまらず、衣裳デザイナーとしても、映画「緑はるかに」と関わることになる。これは最初から決まっていたことなのか、あるいは、浅丘ルリ子という素晴らしい「素材」を発見した中原が、自分の「美」の体現者たりうる浅丘とのコラボを望んで、自ら衣裳デザインを買って出たのか……。今となっては定かでないが、『ジュニアそれいゆ』に掲載された一連のグラビアを見ると、中原が相当な思い入れを持ってこの仕事に臨んだことが伝わってくる。

次回は、中原淳一デザインによるルリ子の衣裳の数々、そして映画「緑はるかに」の製作から公開までの軌跡を追っていきたい。

いやあ、なかなか「緑はるかに」から離れませんねえ。「鉄腕リキヤ」や「チャンピオン太」のルリ子の話になるのはいつのことやら……。
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2021年04月17日

ルリ子をめぐる冒険(7)絵物語「緑はるかに」(後)

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大変お待たせしました。絵物語「緑はるかに」完結編でございます。

前回までのカオスなあらすじ

片山ルリ子は、1年前から北海道に出張している父に会うため、父の会社の同僚・田沢とともに旅立つ。その途中、ルリ子は汽車の中で、チビ真という浮浪児と知り合いになる。北海道に着き、病気で衰弱した父と再会するルリ子。父は、「田沢は悪人で私の研究の秘密を盗もうとしている」とルリ子に告げ、秘密を隠したオルゴールをルリ子に託して息を引き取る。ルリ子は逃げ出す間もなく田沢に監禁され、連日、容赦ない責めを受けるが、東京に戻る途中の汽車の中でチビ真の手助けで逃亡する。だが難を逃れたのもつかの間、父の訃報を知り北海道に向かっていたルリ子の母が、青函連絡船の事故で死亡したという新聞記事が。今やみなし児となったルリ子は、東京郊外の防空壕で、チビ真と仲間の浮浪児・デブとノッポと共同生活を始める。しかし、秘密を隠したオルゴールはくず屋に持ち去られ売られてしまい、また、田沢とその手下の執拗な追跡に、ルリ子と三人組は離ればなれに。
やがてルリ子は縁あってとある資産家の養女となり京都に移り住む。マミ子という少女も養女になり、妹のできたルリ子は明るさを取り戻すが、「あなたの歌」という公開番組に出演して歌を歌ったことから所在が田沢一味に知られ、養母、マミ子ともども淡路島に身を隠す。しかし一時京都に帰った養母は田沢の子分に幽閉され、養母が戻らないため宿泊代の払えないルリ子とマミ子は、宿屋のホールの演芸ショーに出て歌を歌う。その様子を見ていた「スミレ劇団」の上野という男にスカウトされるが、その実態は場末の旅回り一座で、上野はとんでもない悪党だった。ルリ子とマミ子はいつ果てるともない流浪の日々を送ることに……。
一方、チビ真たち三人組も、ルリ子の姿を求めて京都に向かっていたが、そこでルリ子の母とめぐり会う。母は事故を起こした青函連絡船に乗っていなかったのだ。また、行方がわからないと思われていたオルゴールも、母が古道具屋で買い求めていたと判明する。

三人組とルリ子の母は、ルリ子にめぐり会えないまま京都を離れるが、その帰途、汽車の中でオルゴールメーカーの社長・三谷と知り合いになる。三谷は、ルリ子の母が持っていたオルゴールに目をつけ、「これはうちの会社の製品だが、少し音程が狂っている」と気になることを言い、自分の名刺を渡す。

東京に戻った三人組は警察に行き、田沢たちの悪事を告げる。警察は田沢のアジトを捜索、しかし大入道とビッコは捕まったものの、田沢はアジトを放棄して逃走する。

さて、「スミレ劇団」で旅回りを続けるルリ子は、楽団のピアノ弾きのじいさんと仲良くなる。
あの鬼畜な上野も、このピアノじいさんだけには、あまり強く物が言えないのだ。

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ルリ子とマミ子には歌の才能があると見抜き、個人レッスンを施すピアノじいさん。「あなたの歌」での歌唱、淡路島の宿屋のホールでの歌唱、そしてこの個人レッスンと、映画版よりもこの原作の方が、ルリ子が歌を歌う場面が多い。この流れで、最後はルリ子とマミ子がプロの歌手をめざすという展開になるのか? と期待したが、そうはならなかった。

じいさんの名前は田沢春吉。若いころは名の知れたピアニストだった(え、田沢??)。しかし、たった一人の息子が不良になってしまったために世の中が嫌になり、旅の一座暮らしにまで身を落としてしまったという。

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長年の不摂生がたたったか、ピアノじいさんはみるみる病気が悪化して危篤状態に。

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じいさんは「生き別れになっている息子に渡して欲しい」と、財布とメダルをルリ子に託して息を引き取る。じいさんは、下足番のばあさんを丸めこむなど、ルリ子が劇団から逃げ出すための段取りをつけてくれており、そのおかげでルリ子とマミ子はどうにか劇団を脱出、東京に向かう汽車に乗り込む(じいさんの遺体は放置)。

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この車内に、またしてもオルゴールメーカーの社長・三谷の姿が。ルリ子は三谷から、三人組やルリ子の母のことを聞き、マミ子とともに三谷の家に厄介になることに(あまりに都合のよすぎる展開)。

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三谷の家にチビ真が訪ねてきて、ルリ子とチビ真、4ヵ月ぶりの再会。

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お母様とも、感動の再会。

三谷は、一同の前でいきなり名探偵みたいな口調になって、オルゴールの謎を解く。

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「この円筒の針を、誰かがいじったのです。あちこち、ほら、抜けているでしょ。短くしてしまったのもある。どうも、聞いていて、あっちこっち、メロディーやテンポが狂ってると思いましたが、そのせいですよ」

そして、「ブラームスの子守唄」の歌詞を書いた紙の、調子の狂っている音に赤い丸をつけると……
ねむれよあこ なをめぐりて うるわしはなさけば ねむれいまはいとやすけく あしたまどにといくるまで」

ねむのした まど

ルリ子は、北海道での記憶をたどり、父が入院していた病室の窓から、ねむの木が見えたことを思い出す。その木の下に、研究の秘密が埋められているのだ。「これでやっとすべてが明らかになる」と奮い立つ面々。しかし、田沢がその話を家の外で盗み聞きしていた。

田沢は、警察から釈放された大入道とビッコをふたたび仲間に引き入れ、ルリ子たちを追うように北海道へと向かう。ルリ子たちと田沢たちは現場で鉢合わせ、田沢はルリ子とチビ真を人質にして秘密を渡すよう迫る。しかし、ルリ子にはある「確信」があった。

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ルリ子が持っていた財布とメダルから、田沢こそピアノじいさんの息子だったことが判明。最初は否定した田沢だが、じいさんの臨終の様子を語るルリ子の言葉に涙を流し、ついに改悛の情を示す。そしてこれまでの償いにと、すでにかなり雪に埋もれている地面を懸命に堀り、凍傷になりながら、ついにルリ子の父が隠した箱を発見する。中には化学方程式が書かれた1枚の紙が入っていた。

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映画の田沢はただの悪党で終わったが、原作では、罪を悔い改め人間性を回復するまでをじっくり描いたのが印象的。

さて、ついに来ました、映画との最大の相違点。ルリ子の父の研究とは、果たしていかなるものだったのか?

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なんという、すばらしい発明でしょう。お父さまの発明した薬品によると、たった1ガロンで、東京から大阪まで、飛行機がとべるのです。それを畑にまけば、いままでの三倍もよけいに、お米がとれるのです。貧乏な日本にとって、これ以上の発明があるでしょうか……

最初にこれを読んだ時は、「いかにも子供だましだなあ。燃料にもなれば肥料にもなるなんて…」と失笑したのだが、念のためネットで調べてみたところ、最新(2020年)の研究として、海藻やミドリムシからバイオ燃料と肥料を生成したというレポートがあったので、あながち荒唐無稽とは言い切れない(ただ、日本の場合、米は畑ではなく田んぼで作るものが大半だと思うが…)。

そして一同は父の墓参りに行き、
「お父さまはいつも、あのきれいな空から、見ててくださるのね……」
とルリ子が空を見上げ、全員で「緑はるかに」の歌(映画の主題歌のことか?)を歌っておしまい。

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以上は新聞連載のラストで、物語の中盤、大入道に監禁された「京都のおばさま」のことは、きれいさっぱり忘れられている。一時はルリ子とマミ子の母代わりとなっていた人物なのに……。

たぶん、作者本人も新聞の担当者も本当に忘れていたのだろうが、さすがに単行本化の際、これはまずい、と気づいたのだろう。1955年8月刊行のポプラ社版では、父の研究が広く世間に知れ渡ったという説明のあと、しれっと以下のような場面が書き足してある。

そんなある日、また一つすばらしいニュースです。
あの、しんせつな京都のおばさまが、
「新聞でよみました」
といって、はるばる訪ねてきてくださったのです。
「おばさま、生きててくださったのね(おいおい)」
ルリ子がうれし涙にくれれば、
「逢いたかったわ……」
マミちゃんも、おばさまにしがみついて……そして、お母さまは、おばさまの前に手をついて、心からお礼をいうのでした。

まあ、大団円という感じで、こういうのはあった方がいいよね。

さて、原作版を超駆け足で追ってきたが、4つの疑問点はどうなっただろう。

1)川に落としたオルゴールが何故か古道具屋の店先に(あまりに唐突)

原作では、川に落とすという場面がそもそもなく、ルリ子→くず屋→古道具屋A→ある客→古道具屋B→ルリ子の母 というルートでめぐっていった。
一応理解できる範囲の移動ではあるが、逆に物語後半、オルゴールの争奪戦がまったくないのが少々物足りない。

2)ルリ子の両親の生死(死んだはずなのに生きていたという理不尽)

原作では、「父のみ冒頭で死亡、母は一時死亡が伝えられるも誤報で、実際は存命」という結果だった。
これも、理解できる範疇といった感じ。

3)オルゴールに秘密を隠した方法(鏡の裏というのは安易すぎる)

原作では、オルゴールの円筒の針に細工をして部分的に音程を狂わせ、その音で暗号文字を作るという、かなり巧妙な方法で秘密を隠していたことが判明(よくこんな方法を思いついたものだと素直に感心してしまう)。

4)研究の秘密とは何だったのか(最後まで明らかにされず書類が燃やされる)

原作では、「燃料にもなれば肥料にもなる薬品」というかなり画期的なもので、実用化も示唆されていた。

以上である。

なお、それ以外にも原作と映画の相違点は思った以上に多く、映画ではマミ子の母は存命で最後には母子再会を果たすが、原作ではマミ子は孤児という設定なので、母親は登場しない。また原作では田沢がサーカス団を経営していたという描写も一切ない。逆に、原作にあった、ルリ子が公開番組や宿屋のステージで歌うという、それこそミュージカル的な要素が映画ではまったく見られないし、ラストにおける田沢の改心もない。はっきり言うと、両者は(特に後半は)ほとんど別個のストーリーで、むしろ共通点を探すのが難しいくらいである。

時間が進むにつれ、映画のストーリーが原作から離れていったのは、前にも書いたように、原作の連載と映画化が並行して進んでおり、映画の脚本が完成した方が、連載の完結よりも早かったためであろう(したがって、原作の途中までしか参照できなかったということ)。荒唐無稽の度合いという点では、どちらも甲乙つけがたいところだが、ルリ子と三人組が力を合わせて悪に立ち向かう、ジュブナイル的な要素は、映画の方が明確だったと思うし、その一方、ドラマとしての収め方は、原作の方が納得のいくものだったように感じる。

いやはや、今年の初めに映画版を観た時には、まさかこんなに長い時間、この作品と関わるとは思わなかった。しかし、どんなものでも関わる時間の長さに比例して愛着が涌くもので、もはや「緑はるかに」に関しては、あまり突き放して語ることができなくなってしまった。ことにこの新聞連載の絵物語は、物語の展開はさておき、毎回の中原淳一の挿絵がとても魅力的で、これをながめているだけで何ともしあわせな気持ちになってくる。当時の読者の多くも、毎日この挿絵を楽しみにしていたのではないだろうか。
前々回にも書いたが、当時の中原は『それいゆ』『ジュニアそれいゆ』の編集兼発行人として多忙を極めていたのに、これだけクオリティの高い挿絵を毎日3点、アシスタントも使わず仕上げていたのだから頭が下がる。しかも大変残念なことに、これらの挿絵は、1955年のポプラ社版単行本にも収載されておらず、その後、印刷物として世に出た形跡もなく、ほぼ幻のイラスト群となっている。幸い、原画は残っているらしいから(2009年、茨城県天心記念五浦美術館で開催の「大正ロマン 昭和モダン 大衆芸術の時代展 〜竹久夢二から中原淳一まで」で展示されたとの情報あり)、ぜひ、いずれかの機会にオリジナルの画質で世に出していただきたいと思う(今回紹介した画像は、それなりに修正を加えてはいるが、何しろ元が70年近く前の新聞で紙も印刷状態も悪く、細部がかなりつぶれており、オリジナルの繊細なタッチを伝えられないのが大変残念である)。

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さて、映画版と原作版の両方のストーリーを把握した上で、次回は今一度映画版に目を向け、中原淳一描くところの絵物語キャラクターだった2次元ルリ子が、いかにして浅丘ルリ子演じる3次元ルリ子に進化を遂げたのかを見ていくことにしたい。
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2021年04月01日

世紀の大発見、その後

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前回紹介できなかったもの(1)。成田亨によるドゴラ。『世界大怪獣カード』用に描き下ろされたもの。

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前回紹介できなかったもの(2)。藤尾毅によるジラースとラゴン。『ウルトラマンカード』のための描き下ろし。

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前回紹介できなかったもの(3)。石原豪人による『パノラマ世界大怪獣』の表紙。メフィラス星人、ヒドラ、ケムラーが描かれている。

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前回紹介できなかったもの(4)。井上英沖による生原稿。『現代コミクス ウルトラマン』1月号「ガボラの巻」より。

初代「ウルトラマン」の放映時期(1966〜67年)に、現代芸術社から刊行されていた『現代コミクス ウルトラマン』関連の原稿や原画が、思わぬところで見つかった! という記事を、かなり気合いを入れて書き、「世紀の大発見!」と題して去年の11、12月に投稿したのだが、アクセス解析などを見る限り、ほとんど反響はなかった。

○世紀の大発見!『現代コミクス ウルトラマン』後日譚(1)
○世紀の大発見!『現代コミクス ウルトラマン』後日譚(2)

「今となっては、成田亨や石原豪人の原画といっても、食いついてくる人はいないのか」と少々淋しい気持ちでいたところ、どういうわけか、今年の3月になってから急にツイッターなどで大々的に拡散されたようで、アクセス数がえらいことになってきた。私のブログは、普段は1日に100人程度の訪問者なのだが、それがいきなり1日10,000人を超えたのだ(2008年のブログ開設以来初めての現象)。

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しかし「バズッた」のは1週間程度で、すぐ平常の数字に戻ったが、特撮愛好家の方々にはそれなりに情報が行き渡ったようで、こちらとしても嬉しい限りである。

さて、これら貴重な原画類の収蔵等について、新たな動きがあったのでこの場を借りて報告したい。このブログの「特撮」カテゴリでも紹介してきたように、かねてより私は、この時代の特撮関連書籍や資料をかなり収集保存してきており、どこかでこれらを一括管理、閲覧などもできる施設を運営することを考えてきたが、今回、こうした発見もあったので、長嶋武彦氏のご遺族とも協議した結果、鎌倉において、これら特撮関連資料の公開施設を立ち上げることで意見の一致を見た。コロナ禍がいまだ収まらないため具体的な開設時期は未定だが、名称は「鎌倉20世紀特撮伝承館(仮)」とし、ここ1、2年のうちにスタッフを揃え資料を整理、遠からず愛好家の方が閲覧できる場を提供したいと考えている。

……というのは全部ウソです。勝手な妄想です。今日はエイプリルフールなので、どうかお許しを。長嶋氏宅において発見されたお宝については、今後のことはまだ何も決まっていませんし、また、特に問い合わせも来ていないとのことです。本日、このブログを書くにあたり、ご子息の長嶋竜弘さんに電話で確認したので間違いありません。ツイッターで、某県立美術館に「すぐに連絡を取った方がいいですよ!」と薦めてくださった方もあったようですが、まあ、年度代わりで忙しい時期ですし、そうすぐには動けないですよね。しかしながら、長嶋武彦氏の遺されたものを、鎌倉市内で保管・公開できたら、という希望をご遺族が持たれているのは事実ですので、散逸などせず、なるべくいい形で、貴重な文化財が次世代に継承されていくのを願うばかりです。
posted by taku at 16:46| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月30日

ルリ子をめぐる冒険(6)絵物語「緑はるかに」(中)

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前回までのあらすじ

片山ルリ子は、1年前から北海道に出張している父に会うため、父の会社の同僚・田沢とともに旅立つ。その途中、ルリ子は汽車の中で、チビ真という浮浪児と知り合いになる。北海道に着き、病気で衰弱した父と再会するルリ子。父は、「田沢は悪人で私の研究の秘密を盗もうとしている」とルリ子に告げ、秘密を隠した小箱をルリ子に託して息を引き取る。ルリ子は逃げ出す間もなく田沢に監禁され、連日、容赦ない責めを受けることに……

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ある朝、田沢はルリ子を連れて汽車で東京に向かう(「北海道にいるといろいろうるさいから」とのこと)。

一方、父の急逝を知った母は北海道に向かっていた(ルリ子が電報で知らせたらしいが、ずっと田沢に監視されていたのにどうやって電報を打てたのかは不明)。

ルリ子は駅弁の包み紙で鶴を折って窓から飛ばす。すると、それをたまたま駅の近くにいたチビ真が拾い上げ、汽車の中にいたルリ子に気づき、汽車に飛び乗り、「あ、いつかのお嬢さんだ!」と確認し、「一緒にいるのは悪い奴なんだな」と超速理解し、「火事だ!」と車内で叫び、その騒ぎに乗じてルリ子を連れ、走っている汽車から飛び降りる。こうしてルリ子は田沢の毒牙から逃れたのであった。

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すごい展開でしょ? これに比べると映画版なんて可愛いもんですよ。

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飛び降りたところは畑で、大した怪我もなかったが、ルリ子は足をくじいてしまう。また、飛び降りた拍子に落とした小箱のふたが開き「ブラームスの子守唄」が流れてきて、ルリ子は例の小箱がオルゴールであることを知る(ちなみにオルゴールの色は、映画では「緑はるかに」のタイトルにちなんで緑だが、原作では赤となっている)。

○ブラームスの子守唄(youtube)

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ちなみに、こちらが映画におけるルリ子とチビ真。

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一方、原作におけるルリ子とチビ真がこれ。

チビ真は、その名のとおり「チビ」という設定なのだが、中原淳一の描くチビ真はどうもそうは見えず(ルリ子とほぼ同身長)、しかもかなりの美少年。普通にお似合いの美男美女カップルに見える。このあたりの一連の挿絵を見ていると、もう、あとのガキ2人(チビとノッポ)はなしで、この美男美女の冒険物語にした方がいいんじゃないかという気がしてくる(残念ながら話はそれとは真逆な方向に進んでしまうのだが)。

その晩は「親切なお百姓さんの家」に泊めてもらい、2人はオルゴールをいろいろ調べるが何も発見できない。とにかく東京へ帰ろうと、ヒッチハイクで東京方面に向かうトラックに同乗。するとその中で、トラック助手が読んでいた新聞に「青函連絡線、機雷に触れて沈没!」の大見出し。死亡者欄にはルリ子の母の名前が……。

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まさに怒涛の展開。谷ゆき子の漫画みたいですが、この時代の少女小説って、こういう不幸のオンパレードが常套手段だったんでしょうね。

悲嘆に暮れるルリ子。チビ真はそんなルリ子を励まし、東京郊外の隠れ家(防空壕)に連れていく。待っていたのは仲間のデブとノッポだった。
彼らはすべて孤児だが、映画とは違い、孤児院から脱走したわけではなく、最初から自立生活を営んでいる様子(学校に行っているかどうかは不明)。

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こちらが映画のデブとノッポ。

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原作はこれ。
先ほどのチビ真もそうだったが、中原淳一の描くデブとノッポは、それほど「デブ」でも「ノッポ」でもなく、おまけにかなり整った顔立ちなので、3人ともほとんど見分けがつかない。

一方、田沢は東京のアジトで、2人の手下、「メッカチの大入道」と「松葉杖をついた、小人のように背の低い男=ビッコ」に、ルリ子奪還の指令を出していた。うーん。いろいろと時代を感じさせる表現ですな。

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映画の大入道とビッコはコミカルな風体だったが、

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中原淳一の描く2人の手下は、とにかく不気味で恐ろしい(石原豪人の絵に通じるものを感じる。美少女や美少年以外のキャラはこうなってしまのだろうか)。

大入道とビッコは、紙芝居屋に5万円の賞金をかけてルリ子を探させたり、ピエロの扮装をして町を探索したりする(このあたりの描写は映画にも取り入れられている)。

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ピエロの扮装をした大入道とビッコ。映画だとコミカルなのに、

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中原の描くこの2人は、夢に見そうな凄まじい形相である。

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この不気味な悪人コンビは、一度は三人組と一緒に縄跳びをしていたルリ子を発見するのだが、チビ真は「この子はルリ子じゃなくて『トン子』」だと言ってシラを切る(思いつきにしてもすごい名前)。大入道とビッコはルリ子の顔を正確に知らないため、その場は引き下がるが、チビ真は「もうここは危険だ」と、すぐに隠れ家を変えることを決める。原作のチビ真は大変なリーダーシップの持ち主。

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引越しの準備に取りかかる三人組。ルリ子は三人組の、「ボロは着てても心は錦」的な魂の美しさに感激し涙を流す。

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上は連載30回、5月17日の紙面だが、その翌々日の5月19日、物語のすぐ右横に、「緑はるかに」の映画化を報じる記事が。

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「緑はるかに」映画化
ターキーの初製作で
作者・北條氏も協力申出る


本紙に連載中の北條誠と中原淳一のコンビによる「緑はるかに」は、この種の絵物語として始めての純情ものとして好評を博しているが、近く日活で映画化と決定、プロデューサーに転向したターキー・水の江滝子のプロデュース第一回作品として製作されることになった。(中略)その素材をさがしていたターキーがこれこそ≠ニばかりとびついたのがこの「緑はるかに」だった。たまたま原作者北條氏はSSK時代からのターキー・ファンで、学生時代は容ぼうもそっくりというのでターキーばりのヘアー・スタイルをしたというほど…。それだけに、映画化に際しては脚色協力を申出てターキーを感激させている。


結局この北條のラブコールは実を結ばず、脚本は井上梅次監督が担当することになるのだが。それにしても連載開始わずか1ヶ月にして映画化決定とは、ずいぶん段取りがいいような…。この記事では、映画の素材を探していた水の江滝子がたまたまこの絵物語を見つけた、ということになっているが、もしかしたら初めから映画化ありきの、いわゆる「メディアミックス作品」として企画されたのではないだろうか(同年8月からはニッポン放送でラジオドラマも始まるし、いろいろと手回しがよすぎるのだ)。

彼らの新しい隠れ家は、隅田川にかかる新大橋沿いに並んだ倉庫の影にある、半分壊れた掘っ立て小屋だった。その屋根の修繕のため、小屋にある物を全部外に出していたところ、通りかかったくず屋のじいさんが、そこにあったオルゴールを見つけ、無断で持ち去ってしまう。帰宅したじいさんはそれを孫たちに見せるが、孫たちに「おまんじゅうの方がいい」と言われ、古道具屋に30円で売り払う。

くず屋のじいさんがオルゴールを持ち去ったことに気づいた三人組はじいさんを見つけて詰問、古道具屋に売ったことを聞き出しそこに向かうが、オルゴールは売れたあとだった。その話を立ち聞きしていた大入道がチビ真を拉致してアジトに監禁、田沢はルリ子の居場所を言わせようとリンチを加えるが、チビ真は口を割らない。デブとノッポはチビ真を奪還しようとするが逆に捕まってしまい、ついにルリ子のいる隠れ家まで案内させられることになる。

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大入道たちに引っ立てられた三人組はその途中でくず屋のじいさんと遭遇、事情を察したじいさんは「こないだの罪ほろぼし」にと、あわてて隠れ家にいるルリ子にそのことを知らせ、ルリ子を川岸に停まっている小型船に隠す。ところがその船は出航してしまい羽田に着く。ルリ子は船の船頭さんに事情を話し、その家に2週間ほど厄介になることに。

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ここからルリ子と三人組は完全に離ればなれになる。連載開始が1954年4月で、このあたりの展開は6月。ようやく再会するのは10月下旬。物語は12月に完結なので、原作でのルリ子と三人組は、全体の半分以上一緒に行動していないのだ!

さて、チビ真たち3人は田沢たちのもとから何とか脱出。やがて古道具屋の店先で例のオルゴールを発見する(前の古道具屋で買った人が転売したということか)。三人組は靴磨きをして代金の1500円を貯め、買い戻しに店に行くが、すでにオルゴールは売れてしまっていた。買ったのは「35、6歳の女性」だと言う(このあたりの展開は映画でも踏襲されているが、原作では、ルリ子は靴磨きに参加していない)。

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一方のルリ子は、世話になった船頭さんのお得意様(かなりの資産家)の奥様がルリ子を引き取りたい、と言い出したため、京都に行くことに(まさかの展開。養子縁組など、法的な手続きはどうしたのか)。

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舞台は一転し、京都での豪邸暮らしが始まる。

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おばさま(養母)はやさしい人で、おじさま(養父)は海外赴任中で長期不在。

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愛犬のシェパード「ジュピター」と散歩した帰り、みなし児のマミ子と出会う。ルリ子のたっての希望で、マミ子もおばさまの家で一緒に暮らすことになる(もう何が何だか…)。

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ちなみにこちらが映画のマミ子。くりくりっとした髪型など、かなり原作に忠実な姿。

急に「妹」ができたルリ子は「お姉さん」としてバタバタしながらも充実した日々。

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ある日ルリ子は、マミ子にせがまれ、弥栄会館で行われていた視聴者参加の公開番組「あなたの歌」(NHKの「のど自慢」が元ネタか)に飛び入りで出演。赤面しつつマミ子とともに「子鹿のバンビ」を歌い、見事合格して賞品をもらう。

ちなみに日本におけるテレビ放送はこの前年、1953年に始まったばかり。放送局はNHKと日本テレビの2局だけだった。力道山、木村政彦組対シャープ兄弟のプロレス中継が行われ、何万という観衆が街頭テレビに群がったのはこの年2月の出来事。まさにテレビの黎明期である。掲載紙である読売新聞は日本テレビの関係会社なので、テレビの宣伝普及のため、こういう場面を入れることを奨励したのかも知れない。

なお、この物語では、ルリ子とマミ子が歌う様子が全国に流れたようなことが書かれているが、この当時はまだNHKは東京、大阪、名古屋の3局しか開局していない。 仙台、広島、福岡などの局が放送を始めたのが1956年、全国ネットの放送体制が整うのはそれよりさらに4年ほど先のことである。

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賞品をもらってご満悦のマミ子。ところが東京の喫茶店では大入道が、また、街頭テレビでは三人組が「あなたの歌」を見ていたからさあ大変。ルリ子が京都にいるとわかり、大入道たちも三人組も京都に向かう。

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三人組には京都に行く旅費などは当然なかったが、飛行場で映画スターの「石狩浩一郎」と遭遇し、彼に頼み込んで飛行機に乗せてもらう。

この「石狩浩一郎」、何かしら物語の展開に絡みそうな雰囲気を漂わせていたが、実際はただの捨てキャラであった。ただ気になるのは、そのネーミングがどうしても「石原裕次郎」を彷彿させること(しかもこの「緑はるかに」は水の江滝子の第一回プロデュース作品)。しかし、1954年には、裕次郎どころか、兄の石原慎太郎も、まだ作家デビューしていないので、ただの偶然ということになってしまうのだが……。

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テレビの反響は凄まじく、ルリ子とマミ子に関する問い合わせが放送局に殺到。

きのうのテレビで、かわいらしい、ルリ子とマミちゃんのすがたを見て
「一つ、うちの会社の専属スターにしようじゃないか」
と思ったのでしょうか。けさは早くから、ひっきりなしに、各映画会社、レコード会社の人が、つぎからつぎへと、住所をたずねてくるのでした。


これは記念すべき連載第100回(1954年8月6日掲載)なのだが、そんな物語のすぐ下に、

「緑はるかに」のルリ子役≠一般募集

の記事が載っているのが実に興味深い。

「一般人のルリ子がテレビで注目を浴び、映画会社などから問い合わせ殺到」というエピソードとシンクロするかのような「映画のルリ子役募集」の記事。あまりに出来すぎたタイミングで、映画製作サイドから原作サイドへ、何らかの要望があったように感じられる。先ほどの記事にあったように、原作の北條誠は学生時代からのターキーファンとのことなので、プロデューサー・水の江滝子のリクエストに、ノリノリで応えた、といったところだろうか。それにしても、こうした一連の流れをすべて水の江が画策したのだとしたら、話題作りにたけた、実に有能なプロデューサーとしか言いようがない。原作→映画化決定→ヒロイン募集、というプロセスは、角川映画の「野性の証明」(1978年)を20年以上先取りしている。

このヒロイン募集の反応は大きく、2千数百人の応募があったという。審査は第4次まで行われ、最終オーディション(カメラテスト)には「原作者」北條誠と中原淳一も審査員として参加、中原の目にとまった浅井信子がルリ子役に選ばれ、中原はヒロインのヘアカットや衣裳考証など、映画にも深く関わることになるのだが、そのあたりのお話は次々回以降に。

さて、京都に着いた三人組は、ルリ子の住所を訊くために訪ねた放送局の事務所で、何とルリ子の母と出会う(死んだはずなのに生きていた??)。

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実はルリ子の母は、乗船直前に腹痛になり、事故を起こした青函連絡線には乗っていなかったのだ。しかしすでに切符を買っていたため船客名簿に名前が載っており、それで死亡者扱いにされてしまったという(どうでもいい話だが、挿絵における京都のおばさまとルリ子の母のビジュアルが、顔も髪型も服装もまったく同じため、いささか混乱してしまう。せめて片方は着物でなく洋服にしてくれるとありがたかったのだが……)。

母は東京に戻ってからずっとルリ子を探し続けていたが、テレビでその姿を見て、急ぎ京都に来たのであった。そしてまた、古道具屋からオルゴールを買ったのがルリ子の母だったことも判明する。ルリ子の母と三人組は京都に逗留し、手分けしてルリ子を探すが、その行方は杳として知れない。

一方、当のルリ子は、そんなことは露ほども知らず……

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「変な男(大入道とビッコ)がお宅の住所を聞きにきました」と放送局から電話を受けたおばさまは、難を逃れるため和歌山&九州への旅行を思い立ち、ルリ子とマミ子を連れて出かけたが、その途中で車窓から淡路島を見たルリ子が、
「行ってみたいわ、あの島に……」
とつぶやいたことで行き先を淡路島に変更、有名な鳴門の渦潮をのんきに見物しているのだった(このあたりの行き当たりばったり感がすごい!)。

それなりの日数が経ち、旅費もそろそろ心細くなったため、おばさまは単身、京都の豪邸に戻るが、張り込んでいた大入道たちによって、使用人もろとも監禁されてしまう。

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「やい、いわねえな。どうしても強情はるんなら、一ついたいめを見せてやろうか?」

ルリ子の居場所を言わせようと、和服のおばさまに鞭を振るう大入道。ああ、これぞ「伊藤晴雨の責め絵」的世界。映画におけるお母様の鞭打ちはここから発想されたのか…?

一方、淡路島の宿屋に居残ったルリ子とマミ子は、おばさまが一向に戻って来ないため宿代も払えず、その支払いのため宿屋のホールの演芸ショーに出て歌を歌う。

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恥ずかしがりのルリ子にはかなりの苦行だったが、目立つことの大好きなマミ子はノリノリ。

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そしてこれが評判を呼び「スミレ劇団」の上野という男にスカウトされる。

「宿代は肩代わりする、全国各地を回れる、学校にも通わせる、君たちはたちまちスターだ」
などの甘言に惑わされ、「スミレ劇団」入りを承知するルリ子とマミ子。だが「スミレ劇団」の実態は場末の旅回り一座で、上野はとんでもない悪党だった。

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哀れ、ルリ子とマミ子はいつ果てるともない流浪の日々を送ることに……。

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よろよろと立ち上がって、またばったり……
「ふん、大げさなやつだ。いくらそんなことして見せたって、だまされんぞ。さあ歩け、歩かなけりゃこれだぞ」
ビュンと、ムチをふって見せました。

あ〜、またしてもこの展開。どうでもいいけど、悪漢が女を鞭打つっていう描写が多すぎません? まさに無限地獄の如し。
哀れルリ子の運命やいかに??

つづく(次で完結の予定)
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2021年03月15日

ルリ子をめぐる冒険(5)絵物語「緑はるかに」(前)

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前回まで3回にわたり、映画「緑はるかに」の作品レビューをしてきたが、観る前の期待を大きく裏切る、まさに突っ込みどころ満載の作品で、正直、どう受け止めればいいのか困惑してしまった。ライナーノーツによると、井上梅次監督は当時公開されたばかりの「オズの魔法使」にインスパイヤされたらしい。たしかに、「オズの魔法使」も可憐な少女と3人の間抜けなお供が繰り広げる娯楽作品である。しかし、あちらがファンタスティックミュージカルとしての統一性を備えているのに対し、こちらは、冒頭とラストのみミュージカル風、話の序盤(ルリ子が逃げ出すまで)はミステリー風、そこから先は子供向けコメディ風という具合で、どうにも一貫性に乏しい。
「1955年当時の児童映画としては、これでOKだったのだろうか?」などと考えつつネット検索してみると、やはり、同じように感じた人が多かったようで、辛口のレビューが大半を占めている。

「死ぬほど期待してたのにあまりのつまらなさに泣きそうになる。お遊戯会レベル」
「完全にお子様ランチ。実験的カラーと浅丘ルリ子と言う逸材を使いながら、こんな内容かと思うと残念。物語の展開はご都合主義」

中には、
「原作は読売新聞に連載されたというから、脚本の責任が大きいのかもしれない。ストーリーは、リアリズムなどあまり気にしないつくりである…」
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20100811_01-2/

というものもあった。たしかに、
「原作は新聞の連載小説なのだから、こんなにハチャメチャなはずはない。すべては脚本の問題であろう」
と考えるのも無理はない。私も同意見である。

そこで、この映画のいくつかの問題点、すなわち、

1)川に落としたオルゴールが何故か古道具屋の店先に(あまりに唐突)
2)ルリ子の両親の生死(死んだはずなのに生きていたという理不尽)
3)オルゴールに研究の秘密を隠した方法(鏡の裏というのは安易すぎる)
4)研究の秘密とは何だったのか(最後まで明らかにされず書類が燃やされる)

以上4点と、それ以外にも、全体に場当たり的と思われるストーリー展開が、原作ではどのようになっているか、確かめてみようと考えた。

しかし、事は思ったほど簡単ではなかった。映画の「緑はるかに」は、DVDになっていたからすぐに手に入ったが、映画化と同じ1955年にポプラ社から刊行された単行本はとうの昔に絶版になっており、Amazon、日本の古本屋などのネットショップ、ヤフオク、公共図書館などで検索してもまったく見つからない。国会図書館での収蔵は確認できたが、これは最終手段である。

次に、新聞連載時のものを縮刷版で読むことを考えたが、なんと、読売新聞はまだこの時代には縮刷版を出していない。マイクロフィルムの状態で保存している図書館まで行って読むしか方法はなさそうだ(収蔵館はかなり限られている)。
しかし、どうにも原作の内容が気になって仕方がないので、緊急事態宣言のさなか、C県立中央図書館とF市総合市民図書館をハシゴして、マイクロフィルムを数回に分けて閲覧、そして最後に国会図書館で単行本を読み返してきた(単行本にはラストなど若干の加筆がある)。

おそらく、「緑はるかに」の映画と原作を対比した記事は他にないと思うので、お時間の許す範囲でお付き合いいただければと思う。

原作は読売新聞夕刊に「少年少女向け絵物語」として1954年4月12日から12月14日まで全210回にわたって連載。作は北條誠(北条誠とも表記)、絵は中原淳一。この2人は、中原が編集長を務めた『ひまわり』の連載小説などですでにコンビを組んでおり、その年代の読者にはおなじみの顔合わせであった。

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『ひまわり』1950年2月号

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長編少女小説「病める薔薇」より。「エス」の香りが漂ってきます。

少々前置きが長くなったが、ではいよいよ本題に。まずは連載開始前日(1955年4月11日)夕刊に載った告知文。

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ながらくご愛読していただいた「バシリカの宝刀」にかわって、明日から新しく、絵物語「緑はるかに」を連さいいたします。作者は、みなさんおなじみの北条誠先生。絵は、美しい少女をえがいて有名な中原淳一先生です。
物語の主人公は、ルリ子というやさしい心と、すがたのなかに、しっかりした性格をもっている少女です。ルリ子のお父さんは科学者でした。お父さんののこされたある鉱物のひみつをさぐろうと、悪者がルリ子を苦しめますが、ルリ子は、けなげにたたかい、こ児の少年真平君も、ルリ子を助けてくれます。そしてひみつは、あれやこれやと、深いなぞにつつまれて行く面白いお話です。題名の「緑はるかに」は、こうした美少女ルリ子の苦難のはてに、ひろびろとつづく希望と、いのりをこめたものです。ではみなさんも、ルリ子といっしょに「緑はるかに」をご期待ください。

わかったようなわからないような紹介文である。ルリ子は「やさしい心と、すがたのなかに、しっかりした性格をもっている少女」で、「ひみつは、あれやこれやと、深いなぞにつつまれて行く面白いお話」だそうだが、日本語としてだいぶ怪しいような…。本当にこれは当時の読売新聞の記者が書いたのだろうか?

まあ、連載が始まる前は細かいことは決まっていないだろうし仕方ないだろう、と思いつつ本文を読み進めてみたのだが、これがまた、映画とどっこいどっこい、いや、その斜め上を行くカオスな展開で、正直何度も腰を抜かしそうになった。
「新聞の連載小説なのだから、ハチャメチャなはずはない」という予想は完全に裏切られたのである。

百聞は一見にしかず。まずは最初の数回をご覧いただこう。絵物語というだけあって、毎回、中原淳一のイラストが3点も入るというゴージャスさ。話の内容はどうあれ、これはファンにはたまらなかっただろう。このころの中原は『それいゆ』『ジュニアそれいゆ』の編集長として多忙を極めていたはずだが、毎回きっちり3点、挿絵を執筆していたのだから恐れいる。ちなみに、単行本にはこの中原淳一のイラストは一切収載されていない。その後ほかの書籍に掲載されたという話も聞かないので、かなりレアなイラスト群だと思う。

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ルリ子の家に田沢が来て父のいる北海道に誘うところまではほぼ映画と同じなのだが、原作では田沢と出かけるのはルリ子だけで、しかも車で奥多摩、ではなく、ちゃんと汽車と青函連絡線を乗り継いで北海道まで行く。また、父と田沢は同じ会社の同僚という設定。なお、映画ではルリ子の苗字は「木村」だったが、原作では「片山」である。

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青森に向かう汽車の中で、田沢の持っていたリンゴを取ろうとして捕まりそうになった浮浪児(チビ真)をルリ子が助け、チビ真は「いつか、きっとお礼するよ」と言って姿を消す(東京の浮浪児であるチビ真がなぜ青森行きの汽車に乗っていたかは永遠の謎)。

映画の田沢は多少ユーモラスな面もあったが、中原の描く田沢はただただ恐ろしげ。不精ひげがまた怪しさを倍加させている。

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ルリ子は病院で衰弱した父と再会。父は「田沢は悪人で研究の秘密を盗もうとしている」とルリ子に告げる。

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父の病状は日を追うごとに悪化、父は田沢の目を盗んでルリ子に小箱(オルゴール)を渡し、「それを持って、にげておくれ」と言い残して息を引き取る(本当に死ぬ)。

しかし、ルリ子は映画のようにスピーディーに逃げ出すことができず、田沢とその一味に監禁され、朝から晩まで責め立てられるのであった。

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「かくさずいえ。いわなきゃ、こうしてやるぞ!」
と、きょうもまた、田沢の子分たちに、ひどいめにあわされて……ぐったり、床(とこ)の上にたおれて、とろとろまどろめば、その夢(ゆめ)の中に
「ルリ子、にげておくれ、早く!」
ああ、お父さまのお声。神さま! ルリ子は、格子(こうし)のはまった窓(まど)にすがって、ぽろっと、涙(なみだ)をこぼしました。

いやあ、映画ではお母様が鞭打たれていましたが、原作では、ルリ子本人が「ひどいめにあわされて……ぐったり」していたんですねえ。当時の新聞小説は思った以上にエグイ。これをこのまま映像化しなかったのは、井上監督の良心か、はたまた日活サイドの自主規制か…。さすがに、何も知らない14歳の新人女優にそんなシーンをあてがうことは憚られたということでしょう(どうせなら鞭打たれ悶絶するルリ子の姿も見てみたかったような気もしますが…)。してみると、原作の方が映画よりも容赦ないということになり、はてさて、これからのルリ子を待ち受ける過酷な運命は??

つづく
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2021年03月14日

ルリ子をめぐる冒険(4)映画「緑はるかに」(後)

前回までのあらすじ

小学6年生のルリ子は、北海道にいる科学者の父が病気になったと聞き、母とともに迎えの車に乗ったが、それは父の研究の秘密を盗もうとする某国スパイ一味の罠だった。両親とともに奥多摩にある研究所に捕らえられたルリ子は、発明の秘密を隠したオルゴールを瀕死の父から託され、どうにか脱出。孤児院から抜け出してきたという三人組と行動をともにすることになるが、スパイ一味に追われ、オルゴールを橋から川に落としてしまう。失われたオルゴールを求めて一行は東京に向かい、そして古道具屋の店先でそれを発見。靴磨きをして金を貯め、オルゴールを買い戻そうとするが…


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5日が経って無事に1500円が貯まり、5人はいさんで古道具屋に向かうが、ショーウィンドーにオルゴールの姿はなかった。店主に聞くと、今朝、「27、8歳くらいのキレイな奥さん」に売ったと言う(妙に具体的だ)。

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ルリ子たちが気を落として店を出た直後、大入道とビッコが店を訪れる。緑のオルゴールが店先に並んでいたことを聞きつけてやって来たのだ。それがすでに売れてしまったこと、そして、ルリ子たちも買いに来ていたことを店主から聞いた2人はすぐそれを田沢に報告。田沢は、
「いい手があるぞ。オルゴールかルリ子か、どっちかが引っかかる罠だ」
と2人に耳打ちする。

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田沢の命を受けた大入道とビッコがピエロの格好で、
「明日、サーカスに緑のオルゴールをご持参の方には、5万円を差し上げます」
と歌いながら町中を宣伝して回る(フランキーを出すならこのシーンでもよかったんじゃないかと思ったが、それだとフランキーも直接の共犯になるから無理だったのだろうか?)。それにしてもこの時代に5万円とは…。大変な太っ腹である。

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その話は5人の耳にも届いたが、チビ真は「あの広告を見てサーカスを調べに行ったら大入道がいた」と報告、ルリ子たちは、「ユニオンサーカス」が田沢一味の本拠地であることを知る。このままでは緑のオルゴールは田沢たちの手にわたってしまうかも知れない。しかし、顔を知られている自分たちがうっかり出て行けば捕まってしまう…。

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チビ真は、自分が以前いた孤児院「光の家」に行き(どう見ても絵です)、

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仲間たちに応援を要請(子供たちが浴衣姿で坊主刈りか坊ちゃん刈りなのが時代を感じさせる)。

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翌日、「ユニオンサーカス」の前には、オルゴールを持った子供たちの長蛇の列が。

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列には、面を被り顔を隠したルリ子、三人組とマミ子、そして「光の家」の孤児たちも混じっていた。

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そんな中、並んでいる子供の顔をうかがおうとする27、8歳くらいの婦人が…

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楽屋で田沢は、集まったオルゴールを調べていたが、どれもこれも偽物。

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だが、最後の最後に本物を発見する。
「これだ!」

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それを廊下で聞いていたチビ真たちは、楽屋に飛び込み、

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田沢の手からオルゴールを奪い取る。

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ルリ子と三人組、「光の家」孤児たちと田沢一味との、サーカス小屋での大乱闘。
ついにノッポからルリ子に、オルゴールが手渡された!

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そんな中、先ほどの婦人がマミ子を見つけ抱きしめる。彼女こそマミ子の母親だった。

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ドタバタの乱戦が続く中、警官隊がなだれ込んで来る。「光の家」から子供が集団脱走してサーカスに向かったとの通報を受け出動して来たのだ。

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警官隊の隊長は山田禅二(当時40歳)。「特別機動捜査隊」の田中係長など、叩き上げの刑事役がよく似合う俳優だが、こんなに昔から警官役だったのか、と思わず頬がゆるむ。

チビ真は隊長に、「こいつらは外国のスパイです」と告げるが、田沢は、「こいつらこそスリや不良です」とうそぶき、また、ルリ子の手にあるオルゴールは自分のものだから返させて欲しいと要請する。ルリ子は思わず激昂し、

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「いいえ! この中には大事な秘密が隠されています。ほんとにこいつらはスパイなんです!」
と、この作品で初めて、感情をあらわにした金切り声をあげるが、この声のトーンは、明らかに後年の浅丘ルリ子に通じるものがあった。

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そんなルリ子の熱弁も空しく、隊長は田沢に言われるまま、ルリ子のオルゴールに手をかけるが、

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その時「隊長、奥に木村博士が」という部下の声。

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そしてルリ子の父母、まさかの再登場。

え、え、え???

完全に、口(くち)ポカーン状態。あんたたち死んだはずでしょう? それなのに、ちゃんと立って歩いてますよ。

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「お父様、お母様!」
抱きつくルリ子。感激の再会、と言うのとは明らかに違う、強烈な違和感。

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木村博士ははっきりした口調で隊長に「この男たちを捕まえてくれ」と伝え、田沢らはあえなく逮捕される。

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「お父様も、お母様も、生きてらっしゃったのね」
「秘密を言えと毎日責められてね、今度こそダメかと思ったよ」
と言いつつ、あの時よりずいぶん元気そうな木村博士。奇跡の回復力。
三人組は自己紹介し、博士は、
「ルリ子が大変にお世話になったようだね」
と礼を言う(あんた、なんで知ってるの?)。

うーん。これはダメなんじゃないかなあ。子供向けだからいいの? こういうことをやるから「子供だまし」って言われるんじゃないの? いろいろと大変納得の行かないクライマックスである。

さらにここからも、いささか首を傾げる展開。

木村博士はチビ真から渡されたオルゴールの蓋を開けるが、流れてきたメロディが違う。ルリ子は「あ! これじゃない!」と顔色を変える。これだけ苦労してきたのに、偽物だったのか…と肩を落とす一同。

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その時、本物のオルゴールのメロディが聞こえて来る。

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曲の流れている園長室に向かったルリ子が見たのは、母親とともに緑のオルゴールに耳を傾けているマミ子の姿だった。

マミ子の母は、マミ子が一人で東京に向かったという手紙が届いたので、毎日、子供が集まりそうな所を探していたのだと言う。有島店主の言っていた、「27、8歳のきれいな奥さん」とはこの母親のことだったのだ。母親はオルゴール好きなマミ子のために、これを買い求めたというわけ。

これまでの事情を理解したマミ子は、そのオルゴールをすぐルリ子に渡す。そしてルリ子から博士の手に。

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博士はオルゴールの蓋の鏡をはずし、方程式らしきものが書かれた数枚のメモを取り出す。それにしても鏡の裏とはずいぶん単純な隠し方である。その程度の細工なら、以前、田沢たちがオルゴールを入念に調べた時に発見されそうなものだが…。ちなみに原作のオルゴールの秘密はこれよりずっと「高度」であるが、それについては後述する。

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木村博士は警官隊の隊長からライターを借りると、なんと、そのメモに火をつけて燃やしてしまう。どんな研究だったのかは、結局最後までわからずじまい。
「これは永久に悪い人たちに追われる秘密なんです。焼いた方がいいんですよ」
と博士。これにも口(くち)ポカーンである。
だったらどうしてそんなものをオルゴールに隠してルリ子に託したのか。

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ネットでこの作品の感想を検索していたら、以下のような文章があった。まったく同感である。

一番解せないのは、この世にない方が良いと判断した自らの研究を、わざわざオルゴールの中に入れ、娘に持って逃げさせると言う危険で愚かな行為をする木村博士。
それを必死に追い求めたルリ子ちゃんの目の前で、博士自ら書類を焼いてしまうと言う行為は、娘の気持ちを逆なでするだけだと思うのだが…
通常、この手の争奪戦で敵が破れ、秘密が守り抜かれた場合、ラストでその研究が実現し、みんなで「平和利用」などを誓って喜びあう…と言うのがパターンではないかと思うだけに、正に意表を突かれる展開と言うしかない。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/eigahyou69/midoriharukani.html

原作では、上の感想にあるように、作品の終盤で父の残した研究が実用化されることになり、ルリ子たちがそれを喜びあう描写もある(これについても後述する)。ただ「緑はるかに」の映画化は原作の連載と並行して進んでおり、映画の脚本が完成した時には原作はまだ完結しておらず、したがって原作のラストを映画のラストに反映することができなかったという事情もある。

以下は完全にエピローグ。

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プロローグでは、たった一人でベランダに佇んでいたルリ子だったが、今、ルリ子のそばには、三人組とマミ子の姿が。

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ルリ子の両親の計らいで、三人組はこの家から学校に通うことになり、母親と暮らし始めたマミ子も、今日は泊りがけで遊びに来たというわけ(ちなみに、自分の家にみなし児を引き取って一緒に暮らす、という設定は、「タイガーマスク」の若月ルリ子とまったく同じである。ルリ子が兄と運営する孤児院「ちびっこハウス」はもともとはルリ子の父母が私財を投じて始めたもので、ルリ子と兄はそこで孤児たちとともに育ったのだ)。

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ルリ子がオルゴールの蓋を開けると、例のメロディが流れてきて、またしてもストーリーと無関係な幻想の世界へと誘われる。しかも今度はルリ子単独ではなく、三人組、マミ子も一緒に…

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「5人の夢は大空へ飛びます」とナレーションは語るが、これは一体どう解釈したらいいのだろう。プロローグでは単なるルリ子の脳内妄想に思えたが、5人が共通の幻覚を見るということは、「星の世界」とやらはこの作品の中では実在するということなのか。

もしそうであるなら、岡田眞澄扮する月の王子様とやらが、人智を超えた力で、一度は死んだ父と母を生き返らせた、という展開にすればよかったのではないか。もともと現実離れしたストーリーだし、こういう異世界のセットまで組んだのだから、完全なファンタジー作品にした方が潔かったように思う。

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妙にガタイのいい人が踊っているなあ、と思っていたら、後の石原裕次郎夫人(北原三枝)であった。

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ルリ子を先頭に、以下、三人組とマミ子がカメラ目線で行進してくる。おそらくカーテンコール的な意味合いだろうが、映画でこういう趣向はいかがなものか。

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そんなこんなで、音楽だけが盛り上がる中、ヒロインみずからエンドマークを持って「おわり」。

レビューが思った以上に長くなってしまったので、映画と原作との違いなどについては次回に。

※動画の一部がYoutubeに上がっていたので、さりげなくリンクを張っておきます。

○プロローグ(星の世界)
○ダイジェスト&主題歌

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。
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2021年03月12日

ルリ子をめぐる冒険(3)映画「緑はるかに」(中)

前回までのあらすじ

小学6年生のルリ子は、北海道にいる科学者の父が病気になったと聞き、母とともに迎えの車に乗ったが、それは父の研究の秘密を盗もうとする某国スパイ一味の罠だった。両親とともに奥多摩にある研究所に捕らえられたルリ子だが、研究の秘密を隠したオルゴールを瀕死の父から託され、どうにか脱出。孤児院から抜け出してきたという三人組と行動をともにすることに。


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翌朝、洞窟で目を覚ました4人は、近くの池まで行き顔を洗う。

「まあ、キレイなお水ね」
なんて言ってはいるものの、どこからどうみてもスタジオにあつらえた小さいプール。

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デブ(右端)がうがいをしているそのすぐ隣りでルリ子が同じ水で顔を洗っているのを見ると、何だか気の毒に思えてしまう。

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三人組は朝食の木の実や果物を探しに行き、ルリ子は池のほとりで野菊(食用?)を摘み始めるが、繁みに隠れていた田沢、大入道、ビッコのスパイトリオに拉致される。

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戻って来た三人組は、地面に落ちていた野菊からルリ子の拉致を悟り、彼女が故意に落として行ったと思われる野菊の後を追って吊り橋をわたり、エレベーターに乗って、研究所までたどり着く。

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前にも出てきた洞窟の断面(すごい特撮)。右に吊り橋の端が見える。

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研究所では、ルリ子が大入道に両腕を押さえられ、田沢がオルゴールを入念に調べているところだった。

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三人組は壁のスイッチを適当にいじくり、

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一部の機械をショートさせる。このあたりもコント風演出全開で、

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これにはルリ子も苦笑い、である(笑っているのがわかる)。

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途中でエレベーターを止められ、扉をこじ開け脱出したら、今度はそのエレベーターに押しつぶされそうになるなどの危険に遭うが、どうにか難を逃れる。

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なおも追ってくる田沢一味と、吊り橋の上でオルゴールの奪い合い。

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ここら辺は実際の橋ではなくオープンセットで撮られている感じ。

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ここでもルリちゃん笑ってるんだよね。案外楽しかったのか? あるいは照れ笑い?

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敵が手にしたオルゴールをチビ真が奪おうとしたその時、

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オルゴールは橋の下の川に真っ逆さま。一同呆然。

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と同時に、重量オーバーのためか吊り橋の綱が切れ、橋は真っ二つに(特撮班ご苦労様)。

絶対に死傷者が出るレベルの事故だが、子供向け映画なので敵味方とも全員無事。ルリ子&三人組と田沢一味が川の両岸に分かれてしまう。

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こんな時も笑っているルリちゃん。劇団出身の子役たちは必死で芝居をしているのに。でも、演技経験ゼロの素人がいきなりヒロインに抜擢されたのだから、随所に「素」が出てしまうのは仕方がない。むしろ、現在の「大女優・浅丘ルリ子」からは想像もできない初々しさが好印象。

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橋が分断されたおかげで、4人は田沢一味の追跡をひとまず逃れる。
「あの流れはどこまで行ってるのかしら」
「東京さ」

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落ちたオルゴールは、川を下って東京方面に流れていく。この辺の描写は、映画「緑の小筐」(1947年・大映・監督 島耕二)との類似を指摘する意見もある。

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ルリ子&三人組も、オルゴールを追いかけるように川に沿って東京へ向かう。

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旅を続ける4人のバックに主題歌(作詞・西條八十 作曲・米山正夫)がフルコーラスで流れる。

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緑はるかな 地平の彼方(あなた)
だれかよんでる まねいてる
汽車もいく 馬車もいく
思い思いの 夢のせて
ああ しあわせは どこにある

旅の小鳩の 翼が折れて
青いリボンに 雨がふる
父いずこ 母いずこ
歌え形見の オルゴール
ああ しあわせは どこにある

ビルの都(みやこ)は つめたいけれど
のぞくやさしい 青い空
泣かないで 行きましょう
今日も希望(のぞみ)の 花摘みに
ああ しあわせは どこにある

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その途中、4人はマミ子(渡辺典子)という家出少女と道連れになる。田舎で祖母と暮らしていたが、東京で歌を歌っている母親に会いたくなり、東京に行くところだと言う(父親はいない様子)。こうして一行は5人にふくれあがる。

※このマミ子は原作でも途中から登場するキャラなのだが、ルリ子の妹分的な存在として作者が思いつきで投入した感じで、大した活躍もしないまま、後半はほぼ忘れられて終わる。そんなわけで、映画でもあまり存在価値がない、と言いたいところだが、実は、伏線回収という点で、原作よりはきちんとした役割が与えられている。

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ところ変わってこちらは東京のある街。
空き地に小屋が建てられ「ユニオンサーカス」の公演が行われている。

フランキー堺(当時25歳)演じるピエロがいきなり登場し歌い踊る。呼び込みをしているという設定のようだが、同一画面に映っているのはエキストラばかり。他のキャストとまったく絡まない、フランキーの完全独演会である(しかもメイクが濃いので、言われないとフランキーなのか谷啓なのかよくわからない)。

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いささか不可解な出演形態だが、実は、この「緑はるかに」の公開5日前に封切りされた日活の「猿飛佐助」の主演がフランキー堺で、製作・水の江滝子、監督・井上梅次、スタッフも撮影・照明・録音が同じで、市川俊幸、内海突破、有島一郎など出演者もかなりダブっている(一部撮影期間が重なっていたのかも知れない)。そういうつながりでの「特別出演」のようだが、登場時間わずか1分40秒、カット数2カット。テストと本番で2時間もあれば撮影は終わったのではないか。

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どんな形であれ、当時売出し中のフランキー堺の名前を入れておけば、少なからず集客がアップするだろう、という製作側の思惑が透けてみえるようだが、せっかく出演するのであれば、単独ではなく、どんなに短くてもいいから浅丘ルリ子との掛け合いを見てみたかったと思う。

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さて、そのフランキーは出番の最後に「ユニオンサーカス」の園長室のドアを差し示すのだが、その中にいたのが何と田沢であった。世を忍ぶ仮の姿としてサーカス団を運営していた、ということなのだろうが、いささか唐突な話だ(フランキーの演じるピエロも田沢の手下だったことになる)。

田沢に、オルゴールもルリ子たちの行方も皆目わからないと報告している大入道とビッコ。
「この世の中から消えてなくなったわけではあるまいし。草の根を分けても探し出せ!」
と発破をかける田沢。

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一方、東京に着いたルリ子たちは、廃墟を隠れ家にして共同生活を始めていた。デブとノッポが靴磨きをして生計を立てているのだった。
全員分のおむすびを作っているルリ子。終戦からほぼ10年が過ぎているのだが、どうにも「戦後」を感じる光景である。

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ルリ子たちがオルゴールの話をしているのを聞いたマミ子は、オルゴールなら持っていると言いバスケットの中から取り出して見せるが、それは桃色と黄色の別物だった。
マミ子はオルゴールが大好きなので、去年、母親が買ってくれたのだと言う(これ伏線です)。

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マミ子のオルゴールの音色を聞くうちにルリ子は、幸せだったかつてのクリスマス(1年or2年前)を思い出し、
「あのころはよかったわ〜 父もいたいた母もいた〜」
と口パクで歌い出す(歌はやっぱり安田祥子)。

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絵に描いたような回想シーン。

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プレゼントをもらい満面の笑みのルリ子。

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父も母も元気そうだ。

それにしても庶民とはかけ離れた、なんともゴージャスな暮らしぶり。木村博士は何かの発明で巨大なパテント料でも手にしていたのだろうか。

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しょぼ〜んとしてルリ子の歌を聞く一同だったが(映画は開始からすでに1時間が過ぎてあと30分しかないため)、泣いてばかりいるわけにもいかず、ノッポ、デブ、マミ子は靴磨きに出かけ、ルリ子とチビ真はオルゴールを求め、当てもなく河口付近にたたずむ。

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そこでたまたま大入道&ビッコと遭遇(たまたまにも程がある)。

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またも追いかけっこが始まり、

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ルリ子とチビ真は古道具屋のタンスの中に身を隠す。

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大入道とビッコが去った後、2人は店主に謝って一度店を出るが、その店のショーウィンドーに、緑のオルゴールが飾られているのを発見する。
余談だが、チビ真のボロボロの服とルリ子のシミひとつない洋服との対比が笑える。ルリ子だって(推定)10日以上は着たきりすずめのはずなのに…。この辺はさすがのヒロイン待遇である。

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蓋を開けてメロディを聞くと、まぎれもなくルリ子が持っていた、あの緑のオルゴールだった(奥多摩で落としたオルゴールが巡り巡ってこの店にあったというのだが、もう少し経緯が語られないと話に説得力がないような…)。

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これはルリ子のオルゴールだから返して欲しい、と店主に頼むチビ真。しかし店主いわく、
「元は誰の物だろうと、金を払って仕入れてきたものだから。1500円なら売りましょう」
演じるは有島一郎。岡田眞澄とフランキー堺には裏切られたが、有島はきちんとルリ子と「共演」していた。この当時38歳とは思えぬ落ち着きで、もう芸風も完成されている。

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ルリ子とチビ真は隠れ家に戻り、あとの3人にことの次第を報告。デブは、
「靴磨きを5人でやったら、1日300円。5日間で1500円ぐらい貯まるさ」
と言い、5人は翌日から早速ガード下で靴磨きを始める(ガード下の靴磨きというのも時代を感じるが、この当時はまだ日常的な風景だったようだ)。

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可愛いルリ子にお客が殺到し、あとの4人はヒマを持て余す、などというシーンがあってもいいような気がしたが、それはなかった(この靴磨きのシーンもそうだが、どうも全体的にルリ子のアップが少ない。あまりアイドル的な売り方をすることは考えていなかったのだろうか)。

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1日の仕事が終わるごとに、ショーウィンドーのオルゴールを眺める5人。このあたりの展開はテンポもよく、明るい音楽と相まっていい感じ。

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雨の日には閑古鳥が鳴くが、翌日は靴が汚れているため繁盛するという流れも、さながら人生の縮図のようである。

さて、4人は無事にオルゴールを手に入れることができるだろうか? というところで次回につづく。

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。
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2021年03月10日

ルリ子をめぐる冒険(2)映画「緑はるかに」(前)

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まずは浅丘ルリ子の映画デビュー作「緑はるかに」から紹介していこう。

正直に言うと、今回、浅丘ルリ子の経歴をネットで調べるまで、こういう作品があったことはまったく知らなかった。不勉強と言われても仕方ないが、概要を知るほどに食指が動く映画である。何より興味を引かれたのは、まったく演技経験のない普通の中学2年生が、一般公募で選ばれていきなり主演デビューを果たしたこと、そしてそれが「ザ・女優」のイメージが強い浅丘ルリ子だったという意外性である。しかも、ヘアカットと衣裳デザインは、美少女イラストで一世を風靡したあの中原淳一(これもかなり異色)。フランキー堺、有島一郎、岡田眞澄といった、個性派俳優陣との共演も興味をそそる。そしてメガホンを取るのは、「嵐を呼ぶ男」「鷲と鷹」から「江戸川乱歩の美女シリーズ」「スーパーガール」「ミラクルガール」まで、何でもござれの井上梅次監督。というわけで、かなりの期待を胸に早速DVDを注文し、視聴してみたのだが……。

以下、私的な感想も交えつつレビューをしていきたい。

全国の少年少女を湧かせた讀賣新聞連載絵物語の映画化。
全国2千人から選ばれた浅丘ルリ子主演、
日活初の豪華総天然色映画巨篇!

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製作/水の江滝子 原作/北條誠(讀賣新聞連載)
撮影/柿田勇 照明/岩木保夫 録音/橋本文雄
美術/木村威夫 衣裳考証/中原淳一 舞踊構成/飛鳥亮
編集/鈴木晄 助監督/井田探 色彩技術/小林行雄(日本色彩)
音楽/米山正夫
主題歌=コロムビアレコード
作詞・西條八十 作曲・米山正夫
「緑はるかに」河野ヨシユキ、安田祥子
「ルリ子の歌」安田祥子
コロムビア ひばり合唱団 
現像/日本色彩映画株式会社
脚本・監督/井上梅次
日活公式ページ

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。

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牧歌的なメロディーの主題歌が流れ、ほのぼのした映画なのかなあ、と想像していると…

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自宅のベランダで、ひとり淋しげに空を見つめる主人公・ルリ子(生身の人間というよりお人形さん的な可愛らしさですな)。
科学者の父親が北海道へ行って1年も経つのに、便りがないのが心配なのだ。

実際の浅丘ルリ子は当時中学2年生(14歳)だが、物語の設定は小学6年生(12歳)なので、中原淳一はそのあたりを考慮してやや幼くみえる衣裳デザインにしたらしい。

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ルリ子は父からもらったオルゴールを開く。するとたちまち幻想の(星の)世界へ…

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学芸会的というか、なんとも児童劇的なセット。リアリズムの排除という点では、木村威夫らしいと言えないこともないが。

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ルリ子の右側にいる月の王子様が当時19歳の岡田眞澄(ただ立っているだけでひとことのセリフもなし。がっくり)。ちなみにこのシークエンスは物語とはまったく関係がない(なくても問題なし)。ただ単に「ミュージカル風の群舞シーン」を作品に入れたかっただけのように思える。

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ルリ子はここで「さみしいさみしいルリ子です〜」と自己紹介の歌を歌うが、残念ながら口パクで、実際に歌っているのは安田祥子。浅丘ルリ子本人が語るところでは、「美空ひばりに憧れて、歌手を目指していたが、小学校6年生の時、テイチクのオーディションに落選。そこで歌は諦めた」とのこと。あまり歌唱は得意ではなかったということか(それでも後年、そのテイチクから30枚以上のシングルを発表しているのだが)。

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無駄に長い幻想シーンが終わると、母が慌てた様子でルリ子を呼びにくる。

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「お父様がご病気なんですって。ひどくお悪いから、すぐ、私とルリ子に来るようにですって」
母親役は藤代鮎子。この人のプロフィールはよくわからないが、当時40歳ぐらいか。日本映画データベースによると、大映京都(1948〜1951)、松竹京都(1953〜1954)、日活(1955〜1957)と渡り歩いた脇役俳優のようだ。

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父の病気を知らせて来たのは北海道の研究所長を名乗る田沢という男。

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演じるは植村謙二郎。『ウルトラセブン』第9話「アンドロイド0指令」のおもちゃじいさんの若かりし日の姿である(といってもこの時すでに40歳)。一目見ただけで堅気でないと誰もが気づく、わかりやすいキャスティング。

ルリ子は母とともに、田沢の案内で父の元へ向かうことに。

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しかし田沢の部下が運転する車は、駅とは違う方向へ。いぶかしがるルリ子と母に、田沢は拳銃を突きつける。彼らは某国のスパイであった。

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田沢の部下・ビッコ(役名)と大入道(役名)。演じるは内海突破と市村俊幸。

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一行は奥多摩に作られた秘密の研究所へ(吊り橋とエレベーターを利用)。

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近未来的(?)なイメージの研究所セット。

田沢いわく、ルリ子の父・木村博士は「ここですげー研究を完成した」とのこと。
「宅がここに?」と母。自分の夫のことを「宅」と言うのが何ともレトロ(今はまず言わないだろう)。

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しかし完成したとたん、博士は書類を全部焼いてしまい、そして病気になってしまったという。
「お前たちが博士から研究の秘密を聞き出せ。そうすれば博士ともども東京へ返してやる」と田沢。

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木村博士と、ルリ子&母の涙の対面。
博士は病気でかなり弱っているようだったが、
「殺されても、お前たちを犠牲にしても、研究の秘密をあいつらに教えるわけにはいかん。善良な地球の人々のためにも」
と、悲壮な決意を語る(その研究は、平和利用すれば人類に幸福をもたらすが、悪用すれば災厄をもたらすものらしい。まあ定番の説明ですな)。

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木村博士を演じているのは往年の二枚目俳優・高田稔。私の世代では『ウルトラQ』の実質第1話「マンモスフラワー」の源田博士が思い出されるが、この時すでに55歳。14歳の娘の父親にしては少々年を取りすぎでは? もう少し若い俳優はいなかったのだろうか。まあ、年がいってる分、衰弱している感はよく出ていたが…。

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誰かの視線を感じてはっとするルリ子。

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壁に飾られた仮面越しに、田沢たちが様子をうかがっていたのだ。

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この演出はどこかで見覚えが…と思ったら、『江戸川乱歩の美女シリーズ』第2作「浴室の美女」(1978年)のワンシーンであった(こちらも井上梅次監督作品)。

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一夜明けて、ルリ子が目を覚ますと、母の姿がない。

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あわれ母は隣室で鞭打たれていた。鞭の音と悲鳴が響き渡る。思わず耳を塞ぐルリ子。

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木村博士に精神的な揺さぶりをかける田沢の卑劣な作戦なのだ。

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このあたりも『美女シリーズ』的で、とても子供向け映画とは思えない。ネットの感想で「和服の御婦人を縛り上げて、鞭打つなんて、伊藤晴雨の(責め絵の)よう」というのを見たが、まさにそんなノリである。これも監督の趣味だろうか。

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博士はルリ子に、「わしはもうダメだ。秘密を持って逃げてくれ…」と言い、それからは衰弱のため会話不能となり、筆談でやり取りするのだが、その間(2分ぐらい)ずっと母が鞭打たれる音と悲鳴が聞こえ続けている。なんともサディスティックな演出。

「オルゴール ハヤクニゲロ」とノートに記す博士。
博士は昨夜のうちに、ルリ子が持ってきていた緑のオルゴールに、研究の秘密を隠したらしい。

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ルリ子に後事を託した博士はついに力尽き、

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その20秒後に母もこときれる。子分のビッコが「親分、死んでますぜ」と言う(よく覚えておいてください)。

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「お父様…ルリ子は行きます。さようなら!」
ルリ子は父の亡骸に別れを告げ、オルゴールを持って決然脱出。

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木村博士の様子を見に行った大入道は「博士がくたばってますぜ!」と田沢に報告(これもよく覚えておいてください)。
田沢は博士の枕元にあるノートを見て、ルリ子がオルゴールを持って逃げたことを知り、大入道、ビッコに後を追わせる。

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ルリ子はエレベーターで外に出て、吊り橋をわたり、

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洞窟の中に逃げ込むが、

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突然現れた、赤、黄、青の鬼(の面)を見て気絶してしまう。

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追ってきた大入道とビッコも、鬼(の面)に驚いて逃げ出す。このあたりの演出は妙に喜劇的で、先ほどの「伊藤晴雨の責め絵的世界」とのギャップが激しい。

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気絶したルリ子を抱えて洞窟の奥に運ぶ3人の鬼たち。どさくさにまぎれて触りまくり。

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ルリ子が気づくと、被っていた面をはずして正体を見せる。

冒険を探して東京の孤児院「光の家」を飛び出してきたと言うチビ真(浅沼創一)、デブ(石井秀明)、ノッポ(永井文夫)の3人。さながら「ズッコケ三人組」(以下「三人組」と表記)。

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頼まれもしないのに下手クソな自己紹介の歌を歌い始める三人組。無理にミュージカル仕立てにしなくてもいいのに…。すでに作品が始まって30分、全体の3分の1を過ぎているというのに、一向に盛り上がっていかないのが残念。

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「あたしがヒロインなのに、どうしてアップも見せ場も少ないの」
と泣き出すルリ子(嘘です)。

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実際は、
「あたしもみなし児なの。お父様もお母様もスパイに殺されちゃったの」
と言って泣くのだが、父親が絶命したのはそばにいたからわかるとして、母親の死は認識していないはずなんだけどね。

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ルリ子の涙が呼び水になって、三人組も泣き出す。どうにも湿っぽくていただけない。

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今度はルリ子が三人組を慰めるという展開。4人は指切りで友情を誓う。

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おや、みなし児たちとともに夜空を見上げ明日の幸福を祈るその姿は…

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「タイガーマスク」のルリ子さんを彷彿させるものがあるじゃないですか! と勝手にわくわくしつつ、だいぶ長くなったので今回はこの辺で。
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2021年03月09日

ルリ子をめぐる冒険(1)プロローグ

今年(2021年)、漫画連載&アニメ放送終了から50年を迎える「タイガーマスク」(1968年連載開始、1969年放送開始)のヒロインの名前は若月ルリ子

wakatsukiruriko01.jpg 若月ルリ子(声:山口奈々/野村道子)

同じく今年、漫画連載&ドラマ放送開始から50年を迎える「仮面ライダー」(1971年)のヒロインが緑川ルリ子

midorikawaruriko01.jpg 緑川ルリ子(演:真樹千恵子)

また、少しさかのぼるが手塚治虫原作の「バンパイヤ」(1966年漫画連載開始、1968〜69年に水谷豊主演でドラマ化)のヒロインは岩根山ルリ子

iwaneyamaruriko01.jpg 岩根山ルリ子(演:嘉手納清美)

ドラマにおける立ち位置はそれぞれ違うものの、いずれも魅力的な女性たちである。

他にも「氷点」(三浦綾子の小説。1964年連載開始、1966年ドラマ化)の序盤で殺されてしまう医師の娘の名前も辻口ルリ子だったりして、私が幼少期のころの漫画やテレビは、まさに「ルリ子花盛り」という感じだった。

tsujiguchiruriko.jpg 辻口ルリ子(演:植田多華子)

1960〜70年代におけるこうした「ルリ子」現象はいかにして生じたのか。要するにその名前の由来だが、あのころ大変な人気女優であった浅丘ルリ子にあやかったものと考えるのが自然だろう。
その浅丘ルリ子(1940・昭和15年生まれ)は三十路を過ぎた1971年に、ひとつ年下の石坂浩二と結婚。これ以降、漫画やテレビなどでルリ子という名のヒロインはほとんど見られなくなる。やはり既婚者にヒロインのイメージを重ねるのは厳しいということなのだろうか。これも時代の流れ、で終わってしまうような話だが、ここでひとつの疑問が頭をよぎった。

「そもそも浅丘ルリ子の『ルリ子』は、本名なのか?」

いくら何でも、昭和15年生まれでカタカナ表記はないだろう、と思ってネットで調べてみたら、本名は「浅井信子」。どちらかといえば地味な名前である。それが14歳の時に、映画「緑はるかに」のヒロイン「ルリ子」役のオーディションに応募して2000人以上の中から選ばれ、役にちなんだ「浅丘ルリ子」の芸名でデビューすることになるのだ。そうした「歴史的事実」に触れるうち、私は図らずも「ルリ子をめぐる冒険」の渦の中に引き込まれていった。

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この記事では、浅丘ルリ子のデビュー作である「緑はるかに」の映画版(1955年5月公開)と原作(1954年4〜12月連載)におけるルリ子の活躍を振り返りつつ、同じ時期に連載が始まった、梶原一騎・原作、吉田竜夫・画による「少年プロレス王 鉄腕リキヤ」(『冒険王』1955年3月号〜1957年12月号)に登場するヒロイン・ルリ子との関連を探り、さらに同コンビによる漫画「チャンピオン太」(『週刊少年マガジン』1962年1号〜1963年52号)のヒロイン・るり子を経て、「タイガーマスク」のヒロイン・若月ルリ子が誕生するまでの流れを追っていきたいと思う。
posted by taku at 21:31| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする