2020年08月02日

加藤さんのいない八月

8月の訪れとともに関東地方は梅雨明けしたようですが、まあ、何とも気が晴れないこと。新型コロナの感染者は日増しに増え続け、それなのに国は何の指針も示さず、先行きがまったく見えません。政治家というのは、本来は国民の「僕」であるべきなのに、どうしてこんなに国民の気持ちに寄り添わないで平気でいられるのか、そういうメンタリティでどうして政治家なんかになることを選んだのか、と、考えるほどに腹が立って胸がムカムカしてきます。コロナに関しては、他にもいろいろと思うこと、感じることが山積しているのですが、それをここに書いても何の解決にもならないのでこれでやめておきます。

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昨日(8/1)の朝日新聞の夕刊「惜別」欄に、加藤茂雄さんの記事が掲載されました。こういう記事を目のあたりにすると、いよいよ加藤さんは遠くに行ってしまったんだ、という思いが強くなります。現実は無常です。

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去年の今ごろ(7/27〜8/2)はまさに、新宿ケイズシネマで『浜の記憶』が絶賛公開中でした。

加藤さんはほぼ連日劇場に顔を見せ、上映後には喜々として舞台挨拶をこなし、舞台を降りたあとも、ロビーでお客様と歓談していました。まさかあれが文字通り、加藤さんの俳優生活の掉尾を飾るイベントになってしまうとは…。(1年前のブログ→「『浜の記憶』東京公開終了」

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『浜の記憶』のフルキャスト。左から加藤茂雄さん、宮崎勇希さん、渡辺梓さん


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でも、もしも公開が1年遅れて今年になっていたら、こんなに賑やかにイベントを行うことは不可能だったわけで、加藤さんは、絶妙のタイミングで主演をし、公開まで持っていってくれたと考えることもできそうです。そういう意味では、とてもラッキーな方だったのかも知れません(去年の今ごろはまさか、人と人とが直接触れ合う舞台挨拶のようなイベントが、自由に行えなくなる日が来るとは、夢にも思いませんでした)。

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加藤さんのご葬儀は、6月18日、家族葬という形で行われましたが、その前日(6月17日)の夕刻に、ごく近しい関係者だけのお別れの儀がご自宅で営まれ、『浜の記憶』を代表して監督の私(大嶋)と宮崎勇希さんが参列し、最後のご挨拶をしてきました。棺の中の加藤さんは、ずいぶんお痩せになっていましたが、劇中でもかぶっていた愛用の帽子をかぶり、静かに眠っておられました。

お別れをすませたあと、足は自然と、歩いて数分の由比ヶ浜に向かっていました。今から2年前、『浜の記憶』の撮影で、連日のように加藤さん、宮崎さんと集ってながめた同じ海。でも、加藤さんはもういません。

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実は『浜の記憶』のラストには、宮崎さん演じるユキが、加藤さん演じるシゲさんに、「2年後」のことを話すシーンがあります。ユキは明日のことのようにさらっと語り、シゲさんはそれを永遠のように受け取るのです。若者と老人との、時間の感覚のギャップを表そうとしたのですが、しかしまさか、実際の「2年後」に、加藤さんがいなくなっているとは、完全に想像の外でした。自分はなんて罰当たりな台本を書いてしまったのだろうと、胸がしめつけられるようでした。

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今年の夏は、主だったイベントや祭りが軒並み中止となり、海水浴場も、神奈川県に関する限り、25箇所すべてが開設中止となっています。この由比ヶ浜も例外ではありません。
夏なのにひと気の絶えた浜、そして、そこに加藤さんもいない。この欠落は、容易に埋められそうにありません。

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ここは由比ヶ浜の隅っこにある、坂ノ下地区海浜公園です。ありし日の加藤さんは、よくここでドラマや舞台のセリフの練習をしていたそうです。

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源実朝の歌碑もあります。百人一首にも収められている、
世の中は 常にもがもな渚こぐ 海人の小舟の 綱手かなしも」。

「この世の中は、いつも変わらずにあるといいなあ。渚を漕ぐ漁師の小舟が綱に引かれていく、その当たり前の風景さえ愛おしい」
と、実朝は日常のささやかな幸せを詠んでいるのですが、われわれの目の前にある現実は、とてもこの歌のとおりにはいかないようです。

さて、8月10日から、加藤さんの追悼上映が、鎌倉市川喜多記念館で行われます。『浜の記憶』と『鎌倉アカデミア 青の時代』の2本立てです。ただ、こういうご時勢なので「ぜひご参加ください」とは言えません。「どうぞ、ご無理のない範囲で…」と申しあげるのみです。

『浜の記憶』(2018年/52分)
8月10日(月・祝)10:00、12日(水)14:00、13日(木)10:00、14日(金)14:00、15日(土)10:00、16日(日)14:00

『鎌倉アカデミア 青の時代』(2016年/119分)
8月10日(月・祝)14:00、12日(水)10:00、13日(木)14:00、14日(金)10:00、15日(土)14:00、16日(日)10:00

※『浜の記憶』上映前に「加藤茂雄、戦争体験を語る」(約30分)を上映します。2018年8月に「かまくら平和寿まつり」で開催されたトークイベントの記録映像です。

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加藤さんが自宅の障子に筆写していた大木惇夫の「戦友別盃の歌」

撮影:内田裕実 友井健人 宮崎勇希 大嶋拓
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2020年06月18日

加藤茂雄さんの訃報

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『浜の記憶』主演俳優の加藤茂雄さんが、2020(令和2)年6月14日午前7時、慢性腎不全のため94歳で永眠されました。95歳のお誕生日(6月16日)を迎える2日前のことでした。
ご遺族の意向により、葬儀は6月18日に家族葬にて執り行われました。
謹んで加藤茂雄さんのご冥福をお祈りいたします。
(『浜の記憶』公式サイトより)

今、20時半すぎ。ヤフーのトップページに「俳優の加藤茂雄さん死去」の文字が。
「ああ、本当に逝ってしまわれたんだなあ」という寂しさとともに、砂を噛むような、ある後悔の念が頭をもたげてくる。

加藤さんに『浜の記憶』の出演を持ちかけたのは今から2年前、2018年の6月。加藤さんはとても元気だった。撮影は猛暑が収まった9月から10月にかけて行われ、年内に完成、公開も決まった。

お披露目の上映会を鎌倉の光明寺で行ったのが今から1年前、2019年の6月。母校・鎌倉アカデミアがあった場所での晴れ姿。加藤さんはとても嬉しそうだった。翌7〜8月の新宿での公開でも、連日のトークイベントに意欲的に参加。だが、都心の酷暑にやられ、少し体調を崩してしまった。でも、11月の横浜での公開では、また笑顔で舞台挨拶に臨んでいた。

それからわずか7ヵ月。2020年の6月。もう加藤さんはいない。100歳まで余裕で生きると誰もが思っていた、あんなに丈夫な加藤さんだったのに。

加藤さんは90歳を過ぎての映画初主演という、俳優としてこれまであまり例のない壮挙を成し遂げ、マスコミなどから取材を受ける機会も増えていたが、しかしそうした「ハレ」の日々は、肉体的にも精神的にも、思った以上にハードだったのではないだろうか。もし私が2年前、『浜の記憶』への出演をお誘いしなければ、加藤さんは今も元気なままで、飄々と長谷の海岸を散歩していたのではないか…。

そんな思いが、ずっと頭から離れない。

加藤さん、無理させてしまってごめんなさい。どうぞ安らかにお眠りください。
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2020年06月15日

IE11最後の日?

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かなり深刻な事態。ついに、IE(Internet Explorer)11が使いものにならなくなりつつある。今年1月にwindows7がサポートを終了した時点で予想はついていたのだが、自分にとっては長年肌になじんだ親しみやすいブラウザだったので、それ以降も使い続けていたのだ。

しかし、6月1日を境にTwitterが完全に見られなくなり、昨日あたりからyoutubeもまともに再生ができなくなってきた(Instaに至っては、数ヶ月前から閲覧不可)。これでは使い物にならない。やむなく、Edge、Firefox、Operaなどを使い始めたのだが、どれも今いちフィット感がない。個人的にはIE11は、「お気に入り」や「履歴」を右端にズラズラっと表示できるのが大変使いやすく、気に入ってきたのだが…(Firefoxでも似たようなことはできるのだが、ちょっとニュアンスが違うのだ)。

アナログ的な機械であれば、導入したままの状態で壊れるまで使えるのに、どうしてPCは、OSが変わったり、ブラウザが変わったりと、めまぐるしく使用環境が変化するのだろう。50代も後半になると、新しいシステムに慣れるまで結構時間がかかるので、今年に入ってからの「激変」には正直かなり困惑している。
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2020年05月01日

上映中止のお知らせ

5/14(木)〜17(日)に【俳優 加藤茂雄】と題して予定されていた、『浜の記憶』『鎌倉アカデミア 青の時代』鎌倉市川喜多映画記念館での上映は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、誠に残念ではございますが、一旦中止とさせていただきます。 再上映については、決まり次第、改めて映画記念館および作品の公式サイト等で告知いたします。何卒ご了承の程お願い申しあげます。

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2020年04月19日

『凍える鏡』 GYAO!無料配信

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映画『凍える鏡』が、4月21日(火)から5月20日(水) まで、GYAO!で無料配信されることになりました。「おうち時間」のひとときに、是非ご覧いただければと思います(ネットでの初無料配信を記念して、これまで使われていないアザーカットを数点貼っておきます)。


kogoeru_gyao.jpg □凍える鏡|映画|無料動画GYAO!


この作品が撮影されたのは2007年、今から13年も前の話ですが、内容については、当時よりも現在の方が、すんなりご理解いただけるのではないかと思っています。なぜなら、最近若い人たちがよく口にする「承認欲求」が根本のテーマとなっているから。「承認欲求」はツイッター、facebook、インスタグラムなどSNSの普及と相まって、この10年の間にすっかりなじみ深い単語となりましたが、2007年当時は、そこまで一般に浸透していませんでした。

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この作品では「自己愛性パーソナリティ(人格)障害」という症例を扱っていますが、それもシンプルに言えば、
他人から認められたい、誉められたい、それによって自己のアイデンティテイをどうにか確立したい
という、重度の「承認欲求中毒」のような状態です。自分の価値に自信が持てないため、常に他者からの賞賛を求め、それによって脆弱な自我を何とか安定させようと試みるわけです(しかし根本的な解決には至らない)。現代ではそういう人がますます増えてきているように感じられます。

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『凍える鏡』は、少年期に受けた実母からの虐待により、ありのままの自分を肯定できず、成人した後も、不安定な自己像にもがき苦しむ画家志望の青年(田中圭)と、彼をめぐるひと組の母娘(渡辺美佐子・冨樫真)の物語です。すでにご覧になった方も、未見の方も、この機会に是非ご覧いただければ幸いです。

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さらに、この作品のメインテーマも以下でお聴きいただけます。静かな雪景色に染み入るような名曲です。作曲は伊藤ひさ子さん。伊藤さん自身のピアノと、ヴィオラ、パーカッションによる生演奏です。



□『凍える鏡』公式サイト
□『凍える鏡』製作日記
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2020年04月05日

森を歩く

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気がついてみると、日本、いや世界中がとんでもないことになっていました。ほとんどの人が初めて味わう「非日常」なのだと思います。

これから先、一体どうなっていくのか。あと少し我慢すれば、事態は収束していくのか。それとも、もっともっと悪い方に向かうのか。まったくわかりません。わからないだけに、不安ばかりが募ります。

とりあえず、盛り場には行かず、なるべく人と会わないように生活していますが、あまり家の中に閉じこもっているのも心身の健康によくないので、最近は、歩いて15分ほどの森(林?)に出かけ、1時間ほど、木々のざわめきや鳥のさえずりの中に身を置いています。

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今、森はまさに芽吹きの時。日ごとに若々しい緑が木々を染め上げていきます。人の世の大騒動など、まるで別の世界の出来事のように。

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2020年04月02日

四月

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あちこちで桜が咲いています。でも、その花の下に、人の姿がありません。

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まるで書割りのような春の風景。

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2020年01月14日

さらばwin7

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2020年最初のブログですが、特にめでたいこともなく。というより、最近は心が萎えるような話ばかりでして。

実は先月、実家の母(88歳)が買い物に行く途中、学生の乗る自転車に追突され転倒、左手首を骨折して年末まで入院していました。手術で金属のプレートを埋め込み、術後の経過は順調、と書きたいところですが、年齢のせいかなかなか腫れが引かず、動きも以前のようにはいかず。現在も通院でのリハビリを継続中ですが、何かと気にかかることの多いこのごろです。

さて、今日でwin7のサポートが終了だそうで。サブで使っていたノートPCは、正月休みに7から10にどうにかアップグレードしましたが、メインのデスクトップは、入っているソフトの関係もあっていまだ7のまま。しばらくはノートをメインで使うことになるのでしょうか。7は2013年から7年間使ったので、いまだ10のオペレーションに慣れません。余計なお世話的機能が増えて、むしろ使いにくくなっているような気もします。しかし、人間の方がOSに慣れていくしかないのでしょうね。本当に、いろいろと面倒くさいことばかりです。
posted by taku at 16:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月17日

『鰰 hadahada』を読む

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春風社代表の三浦衛さんの第二詩集『鰰 hadahada』を読む。

「鰰」は共通語的には「はたはた」と読むが、秋田弁では「はだはだ」と濁る。私は秋田生まれの父を持つので、「はだはだ」と濁った方が、ブリコ(卵)が腹いっぱいに詰まったあのビジュアルが鮮明に思い浮かぶのだが、関東地方において「はたはた」が滅多に手に入らない昨今では、それをわかってくれる人がどれだけいるだろう。

この詩集は、タイトルのみならず、本文も「秋田ネイティブ」の言葉が全開という、かなり挑戦的な1冊。かなり読者を選ぶものになっているのではないか、という不安が少なからずあったがそれは杞憂で、大変にすがすがしい気分で読み終え、同時にまた、新たな発見に預かることもできた。

三浦さんは一昨年還暦を迎え、私も現在56歳。出会った時からすでに10年が過ぎ、お互い知らぬ間にひたひたと老いが迫っている。年を数えるほどに人は郷愁の想いが強くなり、涙腺も緩みがちになるのだろうか。三浦さんはどうか知らないが、半分秋田人の私などは、何でもないような描写に、何度か「うるっと」きてしまった。

たとえば、「世界の淵」。この詩の中に、「八郎湖」という単語が出てくる。「八郎潟」がかつて湖であったことに触れているのだが、「世紀の大事業」と言われた八郎潟干拓からすでに半世紀、現在は大潟村と呼ばれるあの場所が、巨大な湖であったことを直接見知っている人がどれくらい残っているのだろう。

耕耘機のエンジン音が
さびしい秋空に吸い込まれてゆく

この2行を目にしただけで、大潟村のどこまでも続く直線道路と、稲刈り後の荒涼たる光景が眼前に浮かんできて、何とも切なくなる。短い言葉ほど、映像に変換しやすいのかも知れない。

「安心の川」も印象的だ。

右にころがれば
祖父
左にころがれば
祖母

幼年時代の三浦さんが、祖父母にいつくしまれて育ったことは何となく聞いていたが、これを読むと、本当に「川の字」で寝ていたことがわかる。そして、実際見たわけでもないのに、その情景がはっきり目に浮かんでくるのだ。

わだしは
安心の川にいで
気がかりなごどは毛ほどもながった

詩の最後には、今も三浦さんの寝室には、祖父母の写真が飾られているとの記述があり、私も実際にそれを見て知っているが、初めて「こういうことだったんだ」と納得した。と同時に、そこまでの安心感に抱かれて成長することができた三浦少年は、なんと幸せな子どもだったことか、と心底うらやましく思ったのも事実である(しかしその一方で、「とじぇね(寂しい)わらし」)でもあったそうだから、人間というのは複雑なものだ)。

私は、日常的に詩集をめくるということは滅多にしない。というか、思春期以降、詩に対する自身の感応力の低さに絶望し、詩というものにほとんど触れないまま現在まで過ごしてしまったのだが、今回この『鰰 hadahada』を読んでみて、こういう、詩集のようなスタイルのものこそ、PCのディスプレイではなく、紙の本で読んだ方がいいのではないか、と強く感じた。
ページをめくること、文字と余白を味わうこと、そっと本を閉じること、などは身体感覚をともない、それゆえ、活字(この本は実際に金属の活字で印刷されている)の言葉との間に何かしらの共振作用が生じるようなのだ。先ほど書いたように、言葉が少ないこととも関係しているのかも知れない。とにかく、PCのディスプレイで散文を読むのとは違うトリップ感覚を味わえるのはたしかなようで、この本を読んでいる間、外界の音や光、匂い、温度といった刺激はほとんど知覚されず、そこにはまさに本と私だけが在り、三浦さんの感じた秋田というあたたかい「何ものか」に包まれているような不思議な感覚であった(こうした感覚は、PCやスマホでの読書ではなかなか味わえないような気がする)。おそらく今後、紙の本はますます減っていくのだろうが、紙の本でなければ味わえない「醍醐味」もあるのだと、今さらのように感得した次第である。

秋田弁バリバリのこの詩集を、最初は「いささか無謀では?」と思いながらページをめくり始めた私だったが、知らぬ間に三浦さんの術中にはまったようで、今は正直「やられた」という気分である。
方言はれっきとした日本語であり、異国の言葉とは違う。その地域に深く根ざしており、背後には永い歴史が横たわっている。一度ではわからずとも、二読三読するうち自然と心に感応し、頭で理解する以上に深く、体の内側に浸み込んでいくものだ。
「もっとも優れて民族的なものが、もっとも優れてインターナショナルなのだ」
という亡父・青江舜二郎の言葉が、改めて思い出されてくる1冊であった。

【付記】この詩集に収載の詩すべてが秋田弁というわけではありません。後半のものは、秋田に材をとっていても、語り口はほぼ標準語です。
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2019年10月12日

台風19号

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いや、もう、なんかとんでもないですよ。

叩きつけるような大雨と強風、おまけに地震。

テレビでは「生命を守ることを最優先してください」などと呼びかけているし、私の住む地域でも、避難指示や避難勧告が出て、隣の区では土砂くずれまで発生しているという。しかし、この荒れ狂う天気の中、外出するというのがそもそも…(最寄りの避難場所である小学校まで徒歩で10分近くかかるのだ)。

今はただ、少しでも早く台風が通り過ぎるのを待つばかりである。こういう時は、つくづく自然の猛威に対する人間の無力さを思い知らされる。
posted by taku at 19:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする