2013年08月02日

姫田忠義さんのこと

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姫田忠義さんが亡くなった(7月29日、慢性閉塞性肺疾患のため死去。84歳)。

記録映像作家・姫田忠義さん死去(朝日新聞デジタル)

「記録映像作家」「ドキュメンタリー映画監督」など肩書きは報道機関によってまちまちだが、宮本常一に師事し、1960年代から映像による日本各地の民俗文化の記録を行ってきた、その道の大先達である。膨大な作品群については、ネットなどで調べればすぐにわかることなので、ここでは繰り返さない。

姫田さんとは、実は2007年に何度かお目にかかったことがある。まだ民族文化映像研究所(民映研)の事務所が小田急線の鶴川にあったころだ。
その年私は『凍える鏡』という劇映画を撮って、当時は仕上げの真っ最中であったが、同時に、劇映画というものに根本的な疑問を抱き、それ以外の映像表現のあり方をいろいろと模索していた時期だった。民映研のアチックフォーラムに何回か参加したのも、そうした流れの中でのことだったと思う。

アチックフォーラムでは焼畑や漁労についての映画を観て、その後に姫田さんを囲んで、映画の内容について質疑応答する茶話会が行われた。それはまったくカジュアルなもので、姫田さんがどんな素人的な質問にも、やさしく丁寧に答えていらしたのが印象的だった。
姫田さんの提唱する「基層文化の記録」に興味を覚えた私は、『山と里のフォークロア』『子育ての民族をたずねて』といった著書を何冊か読んだが、もっとも鮮烈だったのは、自伝ともいうべき『ほんとうの自分を求めて』だった。
若き日の姫田さんは、勤務先だった住友金属で職場演劇に熱中し、やがてその道で生きることを志して会社を辞め、大阪から上京。しかし諸々の事情で3年間在籍した劇団を去り、末の弟の生活のためにNHK人形劇の演出などをやり、その後、宮本常一の影響で記録映像の世界に入っていく。「ドラマからドキュメンタリーへ」という変転は、そのころ劇映画の世界で大きな壁にぶち当たっていた自分には衝撃的で、同時に何かしらの「指針」を与えられたようにも思えたのである(『ほんとうの自分を求めて』は少年少女向けの読み物だが、平明な言葉から姫田さんの真摯な生き方や考え方、「旅」「民族」「文化」といったものとの向き合い方が伝わってくる名著である。創作者を志す人間ならずとも、一度は読む価値のある本だと思う)。

しかし、そうした思いを姫田さんに直接お伝えすることはなかった。アチックフォーラムでお目にかかる姫田さんは、どこまでも温順な老紳士だったが、そのお顔に刻まれた深い皺は、まさに年輪と呼ぶにふさわしいもので、決して平坦ではなかった人生を何より雄弁に物語っているように思われ、軽々しく話しかけることが、どうにも憚られたのだ。

ただ、一度私が、私よりもひと回り以上若い知人(といってもその当時すでに30を超えていたが)を誘ってフォーラムに参加した時、姫田さんは、
「今日は若い人が多く参加していて嬉しいですね」
というようなことを、我々の方を見ながらおっしゃってくれた。民映研からの帰り道、その知人は、
「最近あんまり『若い人』って言われることもなくなったけど、姫田さんから見ればボクらは若いんだろうね」
と笑いながらつぶやいていたのが今も記憶に残っている。

それから、いつの間にか6年が過ぎた。今年、私は初めてのドキュメンタリー映画『影たちの祭り』を製作し、どうにか公開まで漕ぎ着けたが、その直後にこの訃報である。実はこの映画の製作に際し、かかし座と私との間を取り持ってくれた劇作家の若林一郎さんは姫田さんとは旧知の間柄、また、かかし座の後藤圭代表も、1986年にアイヌ民話「木彫りのオオカミ」を影絵劇にした際、姫田さんから民俗学的な指導を受けたことがあった。そんな経緯からか、『影たちの祭り』の5月30日の完成試写の折には、お二人から、
「監督みずからがナレーションをやるっていうのは、姫田さん的だねえ」
などというご感想をいただいたのだった。私はまったくそれを意識していなかったのだが、なるほど、民映研で観た記録映画は、ほとんどすべて、監督の姫田さん自身が、現場の雰囲気を臨場感たっぷりに語っていた。私は今回、無意識にそれに倣ったのではないかと感じた時、いつか、姫田さんにもこの映画を見ていただく機会が持てれば、と考えた。しかし、ついにそれは叶わぬ夢となった。

訃報を知ったのが昨日のことで、あまり考えがまとまらないが、とにかく哀悼の意を込めてこの一文を綴った。2007年のアチックフォーラムへの参加がなければ、私が記録映画の世界に足を踏み入れることは恐らくなかっただろう。そしてあの時、「若い人」と言われたことで、もう少しふんばってみようかと思ったのも事実だ。そういう意味で、姫田忠義さんは私の大切な恩師である。謹んでご冥福をお祈りいたします。
posted by taku at 14:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする