2014年11月26日

消えゆくダイエー

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ダイエー“最後”の株主総会 イオンの完全子会社化承認

流通大手イオン傘下のダイエーは26日、神戸市中央区の神戸ポートピアホテルで臨時株主総会を開いた。ダイエー株を保有する株主にイオン株を割り当てる株式交換を提案、賛成多数で承認した。2015年1月からイオンの完全子会社となり、イオングループの新しい食品スーパーの中核として赤字体質の脱却を図る。

上場企業として一般株主が参加する株主総会は今回が事実上、最後。東京証券取引所1部のダイエー株は12月26日に上場廃止される。イオンの岡田元也社長は今年9月、傘下の食品スーパーを再編する方針を示している。中内功氏(故人)が1957年に創業し、半世紀以上にわたり親しまれてきたダイエーの屋号も、18年度までに消える見通しだ。(後略)
2014年11月26日13時15分 神戸新聞NEXT

先日のフランス映画社に続き、またもなじみの深かった企業がその看板を降ろすことになった。

ダイエーといえば、川崎市多摩区で生まれ育った私としては、小学校以来、向ヶ丘店でずいぶん買い物をした思い出がある。ジーンズ、コート、オリジナルブランド「ブブ」の電気あんか、布団、本棚、そして日々の食料品等々。ダイエーは一回に5,000円以上買い物をすると自宅に配送してくれる「クイック」というサービスを行っているので、つい最近まで、米や酒類などをまとめ買いして届けてもらっていた。去年の秋に引っ越しをしてからは、近所にダイエーがないため、めっきり利用の機会は減ってしまったが、長年にわたって「買い物がしやすいスーパー」という印象を抱いていた。しかし「買い物がしやすい」というのは言い替えれば「いつ行っても混み合っていない」=「品物をゆったり選べる」=「レジも待たされず快適」という意味であり、客としてはそれでよくても、企業としてはアウトなのだろう。かつては「大英帝国」に引っかけて「ダイエー帝国」などと呼ばれ、球団まで所有して栄華を極めていたのだが…。

経済にまったく疎い私には、ダイエー凋落の原因などさっぱりわからず、「やはりこれも時の流れか」などとつぶやくしかない。

しかし、ここで話を終わらせてしまってはあまりに中身が薄いので、先ほど書いた、私にとって大変なじみ深いダイエー向ヶ丘店について少しだけ追加情報を。

何とこの店舗、前に書いた大船観音と同様、かの特撮ドラマ「シルバー仮面(ジャイアント)」の撮影で使われ、画面に登場しているのだ。放送当時はまったく認識していなかったのだが、だいぶあとになって何度か動画を見ているうち、はたと気がついた。

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第22回「弾丸!!ミサイルキック」(1972年4月23日放送)
脚本:上原正三 監督:田村正蔵 特技監督:大木淳
(C)宣弘社


いわばここも、特撮作品のロケ地(聖地)というわけ。早速キャプチャ画像と、現在の店舗写真(2014年11月撮影)とを比較してみよう。

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ひとみ(夏純子)がリカ(北村佳子)の誕生日のプレゼントを買うデパート(?)として登場。建物の外観はほとんど変わっていない。

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店内3階。エスカレーターも40年前のまま。当時は奥に玩具店「キデイランド」があったが、現在は家電のノジマになっている。なお、ここでひとみが買ったプレゼントの人形が、物語の鍵を握る最重要アイテムとなるのだが、内容について触れるとまた長くなりそうなので今回は省略(興味のある方は「弾丸!!ミサイルキック」で検索してみて下さい)。

ちなみにこのダイエー向ヶ丘店は、1977年に第1回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)に入選した、忘れがたき8ミリ映画「ひとかけらの青春」(監督は大久保健吾氏、私は脚本と出演で参加)のロケ地でもある。主人公の中学生カップルがここの文房具売り場で交換日記用のノートを買い、外でソフトクリームを食べる、という場面を撮影したのだ(当然無許可)。たしか1月の終わりの日曜で、大変寒い日だったのを覚えている。そのころの向ヶ丘店は入り口に噴水もあり、地元のヤング(死語)のちょっとしたデートスポットだった。

この思い出多きダイエー向ヶ丘店も、数年後にはイオン向ヶ丘店と名前を変えるのだろうか。
posted by taku at 20:09| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

フランス映画社破産

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大学のころから、このマークがオープニングに入った映画をどのくらい観ただろう。ハリウッド映画に代表される、いわゆる大作映画にほとんど魅力を感じなかった自分にとって、一番肌に合ったのが、フランス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ映画だった。そしてそれらの多くが、この会社の配給だったのだ。

ミニシアターブームの終焉と言われて久しいが、確実にひとつの時代が幕を閉じたのを感じる。

フランス映画社が破産 「勝手にしやがれ」配給

フランスなど欧州で製作された映画の老舗配給会社、フランス映画社(東京)が東京地裁から破産手続きの開始決定を受けていたことが19日、分かった。負債総額は約3,800万円。

1968年に設立。「ベルリン・天使の詩」「勝手にしやがれ」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」など往年の名作を国内のミニシアターを中心に配給してきた。(中略)

しかし近年は映画ファンがハリウッド大作や国内の娯楽映画に傾斜し、苦戦を強いられていた。ことし8月末から事業を停止していたという。

2014年11月19日13時27分 共同通信
posted by taku at 14:24| レトロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

ナゾー様の素顔を見た!

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(C)第一動画

前回のブログで、アニメ版「黄金バット」の悪の首領「ナゾー様」について、かなり熱く書き連ねてしまったが、その魅力のひとつともいうべきあの美声の持ち主、すなわち島宇志夫についてはわからないことが多い。ネットの百科事典などを見ても、経歴はほとんど記載されておらず、没年も不明となっている。部下のマゾを演じた内海賢二が近年まで旺盛に活動しており、情報も豊富なのとは対照的である。「ナゾー様」を演じただけあって、まさに謎の声優ということか。

しかし、その謎多き島宇志夫について、ひとつ新たな事実が判明した。下の写真は、わが実家の改築に伴い、亡父の所持品を整理していた時に出てきた劇団「雲」の第17回上演パンフレット(1968年8月23日発行)。

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演目は、ユージン・オニール作の「氷屋来る」で、その出演者の中に、何と島宇志夫の名前が!!

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それも、主役である酒場経営者ハリー・ホープを演じた内田稔、ホープの亡き妻の弟エド・モジャーを演じた渥美国泰につづく3番手で、「雲」の中心メンバーであった小池朝雄や仲谷昇よりも先の番手である。すごいぞ島宇志夫!

ここでの島宇志夫はパット・マグロインという元警部補の役。同パンフの「登場人物紹介」によれば「かつて職権を利して羽ぶりをきかせすぎて職を免ぜられ、以来ホープの御気嫌をとりむすんでは、酒をたかって夢みにふける」という人物。そして、パンフには稽古場での写真も載せられており…

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これが素顔のナゾー様=島宇志夫(「黄金バット」放送終了5カ月後のお姿。当時37歳)

いかにも「利権にまみれて職を失い、ふてくされて酒場にたむろする中年男」といった風情である。
この時代の声優は、声優を専業としているわけではなく、俳優が兼業していることがほとんどだったとはいえ、すでに「特別機動捜査隊」や「黄金バット」でお茶の間におなじみとなっていた島宇志夫が、メインに近い役どころで新劇の舞台に立っていたとは予想外であった。

そして気になるのが、名前の前に書かれた「特別参加・造形」の文字。「特別参加」は、劇団「雲」のメンバーではない、外部の俳優が、この公演だけ特別に出演する、という意味だと理解して間違いないと思うが、「造形」というのが理解できない。パンフの<舞台製作>の欄には、金井大道具、高津装飾美術などの名が連なり、そういった業者が舞台美術に関わっていたと思われるが、それ以外に、島宇志夫が何かしらの造形作品を制作し、作品中に登場させたのだろうか。とすれば、彼はそういった技術を修めた人物ということになるのだが…。もしかしたら島宇志夫の経歴を探るヒントのひとつがここに隠されているのかも知れない。

しかし、もうひとつの可能性として、この「造形」というのが、彼が当時所属していた劇団、あるいは事務所の名前であるという考え方も否定できない。何しろ1960年代は、アングラブーム真っ盛りで、かなり意表を突いたネーミングの劇団が多数存在した時代である。劇団「造形」というのがあっても不思議ではない。

と、ここまで書いてから、気になって、「劇団 造形」のキーワードで検索してみたら、あらら、こっちの方が正解であった。早稲田大学演劇博物館のサイトで「劇団造形」の上演記録を見ることができ、それによれば活動期間は1961〜68年。「ぶどうの会」などにも関っていた天野二郎が主に演出を担当し、ウーゴ・ベッティの「牝山羊ヶ島の犯罪」「イレーネに罪はない」、遠藤周作の「海と毒薬」などの作品を上演していた。「海と毒薬」では芸術祭にも参加している。島宇志夫は、この劇団に籍を置く、れっきとした新劇俳優だったのだ。これは私にとっても思いがけない発見であった。こうなると、島宇志夫以外にどういう俳優がこの「劇団造形」に所属していたかも知りたくなってくるが、ネットでは情報を得ることができなかった。今後、折を見てさらに調査してみたいと思う。

それにしても、あらためて劇団「雲」のパンフに載っている俳優陣をながめると、わが愛する特撮作品に出演歴のある顔ぶれが多く、思わずにんまりする。

koriyakitaru03.jpg ←クリックで拡大します。再クリックでさらに拡大

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内田稔は、あまり特撮と縁がないようだが、実は「ジャンボーグA」のサタンゴーネの後半の声がこの人だったりする(ババラスとの掛け合いがおかしい)。あと、「ミラーマン」第17話でも刑事役で顔出し出演しているらしい(筆者は未見)。

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仲谷昇は「ウルトラマンレオ」第31話で特撮デビュー。この時は悪役(子どもたちを眠らせる謎の花咲かじいさん=実はバーミン星人)だったが、その後正義派に転身、「スパイダーマン」のインターポール捜査官・間宮重三、「大戦隊ゴーグルファイブ」の本郷博士、「巨獣特捜ジャスピオン」の宇宙仙人エジンと、70〜80年代の東映特撮ではヒーローのサポート役を好演した。

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名古屋章三谷昇。「ウルトラマンタロウ」のZAT隊長と副隊長がこんなところで共演しているとは! なお三谷昇は「宇宙刑事ギャバン」の魔女キバでも有名。個人的には「電子戦隊デンジマン」第13話のアドバルラー人間態が忘れがたい。

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有川博といえば、近年印象深かったのは「トーソーシン」のCMのお父さんだが、特撮では「風雲ライオン丸」第1話の弾獅子丸の兄・影之進と「超人機メタルダー」の仰木舞の父・信吾(後半のシリアスな展開を引き締めた)。「星獣戦隊ギンガマン」の長老オーギというのもあったが(これはメイクがちょっと…)。

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「宇宙鉄人キョーダイン」第31話でデスガッター人間態を演じ、「流し台に化ける」という前代未聞の作戦で特撮史に名を刻んだ橋爪功

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ご存じコム長官こと西沢利明。「宇宙刑事シリーズ」や「スパイダーマン」のガリアなど、ヒーローを牽引する存在としてなじみ深いが、「怪奇大作戦」第13話では鬼畜な科学者、「コンドールマン」第1話ではサドラー人間態など悪役も。

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最後に神山繁。特撮と言えるか判断の分かれるところだが、「スケバン刑事」でヒロイン・麻宮サキの父を殺害した海槌剛三を演じた。ここからは完全に余談だが、海槌剛三が、劇中の回想シーンで、証拠隠滅のため、侵入した部屋に火を放つという場面がある。ちなみに神山繁は「赤い激流」(宇津井健の友人の医師役で出演)でも、劇中の回想シーンで、証拠隠滅のため、侵入した部屋に火を放つという、まったく同じシチュエーションを演じているため、私の中ではどうしても「神山繁=放火犯」という印象が強い。実際はインテリっぽい役が多い俳優なのだが…。

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これだけの顔ぶれが一堂に会した舞台、是非観てみたかった…

「ナゾー様」役の島宇志夫から、ずいぶんと話が広がってしまったが、あらためてこの顔ぶれをながめると、その多くがすでに故人であるという事実に気づき、いささか悄然とする。ついこの間まで、私は彼らの熱演をブラウン管を通してながめていたはずなのに…。人生の短さをしみじみ思うとともに、自分もそれだけ年を取ったのだなあと改めて感じる秋の終わりである。
posted by taku at 18:42| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月12日

ナゾー様に捧ぐ

今年の夏、実家の改築工事に伴い、押入れの中のものの整理と移動を行ったところ、40年以上前のお宝(もしくはガラクタ)が大量に出てきたのは以前書いたとおりです。かなり珍しいアイテムもあるので、シリーズ化してご紹介するつもりだったのですが、雑事に取り紛れてそれきりになってしまっていました(改築工事というのは、着工してからも、壁や天井のクロスを決めたり、カーテンや家具を選んだり、いろいろ面倒なことがあるのですよ!)。
その工事もそろそろ終わりが見えてきたので、久しぶりに御蔵出しの逸品をご披露いたしましょう。

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ページをめくるとあの高笑いがよみがえる!「黄金バット」絵本3冊!(少年画報社)

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新しい(笑)「黄金バット」大判ブロマイド集!(コダマプレス)

両方とも、今やほとんど市場に出回っていないようです。大判ブロマイド集の方は、これと別バージョンの、「新しい」と銘打たれていないもの(発行元は同じコダマプレス)が、まんだらけで10,000円で販売されているようですが。


アニメ版「黄金バット」は1967年4月1日に放送開始で、ちなみにその8日後の4月9日(「ウルトラマン」の最終回の日)に、私の一家は現在改築中の家に引っ越しています。当時の私はまだ4歳で幼稚園にあがる前でしたが、再放送ではなくリアルタイムで欠かさず視聴していた記憶があります。当時放送されていた特撮ドラマやアニメのなかでもかなりのお気に入りだったことは、上記のような複数のアイテムを所有(他にも小出信宏社の「黄金バット」かるたもありましたが残念ながら紛失)していたことでも明らかです。

ではそのアニメ版「黄金バット」のどこにそんなに魅かれたかと言えば、ヒーローである黄金バットの活躍、などではまったくなく(黄金バットは、ナレーションでも「強い、絶対に強い!」と言い切っているとおり、強すぎて面白味がないのです)、これはもう敵側の首領「ナゾー様」をおいてほかにありません。私はそのころ、お絵描きといえばナゾー様、ノートや絵本の自分の名前を書く欄にも「なぞーさま」などとしきりに書いていました。もはや完全なナゾー様フェチです。

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これがナゾー様のお姿だ!(C)第一動画

ではその「ナゾー様」のどこにそんなに魅かれたかと言えば、言葉で説明するのは難しく、この魅力はもうアニメを見ていただくしかないありません。しかし、現在「黄金バット」は(DVD-BOXが販売されたことはあるものの)、多くの人が気軽に見られる作品ではないしなあ…、などと思いつつ、「ナゾー様(あくまで様づけ)」で検索してみると、これが意外なほど多くヒットしてくるではありませんか。画像検索すると、ナゾー様の萌え系キャラのイラストまで上がってくる程で、
「どうしてこんな事態に?」
「いつの間にナゾー様人気がここまで過熱したの?」
と、47年前からのファンとしては少なからず胸がざわめきます。

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なぜ今ナゾー様なのか?(C)第一動画

理由はすぐにわかりました。何と、2011年4月から、ニコニコ動画の「フルアニMAX」で、「黄金バット」が毎週月曜日に1話ずつ、1年にわたって配信されていたのです。それを見た往年のファンは、(黄金バットの活躍というより)ナゾー様の一挙手一投足に大喜び、そして年若いアニメファンの心をも鷲掴みにしたことは、いくつか残存しているまとめ動画のコメントなどを見ても明らかです。

というわけで、今さらではありますが、その偉大なる悪の科学者ナゾー様の魅力について、私の考えるところをここでまとめてみたいと思います。

1)デザインの秀逸さ

子どもが夢中になるキャラクターのデザインというのは、概してシンプルで、それでいてインパクトがあるもの。ナゾー様のデザインがまさにそれで、割と単純な描線で成立しているものの、目が4つでそれぞれ色が違い、しかも左手は鉄の爪で下半身は円盤という、「異形」にしてミステリアスな存在。大変なインパクトです。

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かっこよすぎるナゾー様!(C)第一動画

2)正体が不明

上記のとおりの姿かたちなので、人間なのか怪物なのか宇宙人なのかサイボーグなのかわからないという不気味さがあります。アニメの第3話でヤマトネ博士は、
「先の大戦争の時に世界を征服しようとした国(多分ナチスドイツ)のために働き、その時死んだ思われていた科学者エーリッヒ・ナゾーが生きていたのです」
と、国際会議の席で発言していますが、最終回では怪獣に変身したような描写があったり、またヤマトネ博士も、第3話での発言などすっかり忘れたように、
「(ナゾー様は)人間ではなかったかも知れないねえ」
などと語ったり、結局よくわかりません(ナゾー様の正体については、紙芝居、絵物語、映画などによって設定が異なるようです。詳しく書くと長いので、ご興味のある方はこちらをお読み下さい)。でも、正体のわからなさが、その黒ずくめの姿と相俟って、独特の魅力を醸していたように思います。

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紙芝居版のナゾー様。目は2つだが、左右の指が3本と2本。これはこれで怪しい

3)「ロ〜ンブローゾ〜」

実はナゾー様の「魅力」というか「魔力」に取りつかれた人というのは、そのほとんどがこの謎(ナゾー)の呪文にやられてしまったのじゃないかと本気で思います。もし、アニメのナゾー様が、この「ロ〜ンブローゾ〜」という言葉を発しなかったとしたら、彼はここまで歴史に残るキャラクターとなり得たかどうか(今やネットではRBZという略称まで出来ているのですから驚くばかりです)。これ以降も、
「ルロロロロロロロ〜」(「超人バロム1」のドルゲ)や、
「バ〜ラバラバラバラバンバ」(「イナズマン」の帝王バンバ)など、
悪の首領が意味不明な呪文を唱えるケースはいくつか出てきますが、いずれも不気味さだけが強調されていて、「ロ〜ンブローゾ〜」の内包する文学性には遠くおよばないと感じます(「ロ〜ンブローゾ〜」の意味については、イタリアの精神科医で犯罪心理学の研究をしていたチェーザレ・ロンブローゾの名前から取ったとする説が有力で、このあたりのセンスもナイス!)。

4)その美声

しかし、そのように文学性に彩られた呪文も、ここまで効果を上げたのは、演じる島宇志夫の、一度聞いたら忘れられない知的な美声あってのものだと思います。もし、ナゾー様の声優が島宇志夫以外の人物であったとしたら、これほど多くのナゾーファンが21世紀にまで沸いて出たでしょうか。島宇志夫は「特別機動捜査隊」のナレーションで有名ですが、もっともっとアニメや吹き替えなどでも活躍して欲しかったと思います(「マジンガーZ」の生みの親の兜十蔵博士も演じていましたが、プロローグだけの出演で残念でした)。

5)マゾとの掛け合い

ナゾー様は組織のトップなので、外に出ることはほとんどなく、移動可能な無敵の城「ナゾータワー」の中で作戦を考え、命令を下します。そしてその命令を実行するのが忠実な部下のマゾ(今考えるとすごい名前)で、このマゾとナゾー様との毎回の掛け合いが、まあ、マンネリズムではあるのですが、とにかく面白くて目が離せないわけです。正体不明の容姿で威厳あふれる声のナゾー様と、やさ男で高めの声のマゾとのコントラストも絶妙の一語に尽きます。作戦に失敗した部下は容赦なく処刑するナゾー様ですが、なぜかマゾに対しては寛大であるあたりも微笑ましいのです(この2人の掛け合いの魅力については、ニコニコ動画の視聴者の方たちが的確なコメントを多数投稿していました)。マゾを演じたのは先年亡くなった内海賢二で、「黄金バット」と同時期には「魔法使いサリー」でサリーのパパ(魔法の国の王様)を演じていました。私は「魔法使いサリー」は好きなアニメでしたがサリーのパパだけはなぜか怖くて、パパが登場するたびに、テレビから顔をそむけていました。だからサリーのパパとマゾが同じ声優だと知った時は、何とも不思議な気がしたものです(それだけ演じ分けが巧みだったということなのでしょう)。

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まさに名コンビ!マゾとナゾー様(C)第一動画

6)おそらくは本邦初の悪役キャラソン

これはいささかこじつけかも知れませんが、1967年当時、「ナゾーのうた」というキャラクターソングが作られていたという事実。この曲がおそらく日本では初の悪役のキャラソンであるらしいと知って、あらためてナゾー様の偉大さを再認識しました。言い方を変えるなら、アニメの制作スタッフがキャラソンを作りたくなってしまうほど、ナゾー様という存在は魅力的だったということです。同時期にオンエアの(実写ですが)「マグマ大使」のゴアや、「ジャイアントロボ」のギロチン帝王は、どちらも私の大変愛する悪の組織の首領ですが、彼らにさえキャラソンは存在しませんでした。1970年代に入ってやっと、「宇宙猿人ゴリ」や「レインボーマン」「コンドールマン」などで敵側の歌が登場してきますが、「黄金バット」はそれらにかなり先んじていたわけです。


文句なしの名曲! あの「ロ〜ンブローゾ〜」も聞けますよ!

まあそんなわけで、ナゾー様崇拝歴47年の私としては、この世に同胞が思いがけず多くいて嬉しく思う反面、自分だけのナゾー様が大衆化してしまっていることに対し、一抹の寂しさを感じたりもするのでした(地下アイドルを応援していたはずが、いつの間にかメジャーになってて複雑、みたいな心境でしょうか)。

今回のブログにちなんで、すごく久しぶりでナゾー様のイラストを書いてみました。

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心からの敬意を表し、お手本なしの下書きなし。マッキーで一発勝負。

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全体を黒く塗って、目に色をつけたらナゾー様の出来上がり。鉄の爪の形が今イチでしたが、まあ何とか格好がついたような…。

今後も不定期で、お宝もしくはガラクタをご紹介していく予定ですのでどうぞお楽しみに。
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2014年11月10日

一輪のバラ

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ダイニングキッチンに飾られた一輪のバラ。
先日、「黄昏にロマンス」を観劇した際、座席に置かれてあったもの。可児市文化芸術振興財団の主催公演にちなみ、可児市のバラを観客全員にプレゼント、という趣向なのだとか(同市には世界最大級のバラ園があるらしい)。
あれから5日が経つが、部屋の温度が低いせいか、まだまだ美しさを保っている。

私の場合、芝居というのは、どんなにインパクトが強いものであっても、数日でその印象が薄れてしまうのだが、今回は、キッチンでこのバラと目が合う度、舞台のワンシーンが自然と脳裏によみがえってくる。やはり、同じ劇場で同じ芝居を観劇した有機物同士だからだろうか。なかなか気の利いたプレゼントだと思う(どうせなら、リダがロディオンの入院先を訪ねる場面で、このバラをお見舞いの品として登場させてもよかったような…。そうすれば舞台と観客との一体感はもっと強くなったようにも感じられるのだが、それだとやりすぎだろうか)。

というわけで、前回のブログでは書かなかった、印象に残るリダのセリフをいくつか。

「私が女優を辞めたのは、(息子を亡くすという形で)『現実』の死を身近に体験した後、舞台の上で『作りもの』の死を演じることがしっくり来なくなったから。でも、サーカスは違う」(細かい言い回しは不正確だが、文意だいたいはこんな感じ)

「(サーカスにいた時代は)しあわせだったかどうかはわからない。でも、毎日がとっても楽しかった」(これって結構大切なことじゃないかと思う)

要するに、渡辺美佐子さん演じるリダは、若いころは舞台女優だったが、一人息子を戦争で亡くしたあと、サーカス団に移って、そこでパフォーマーとしてステージに立つようになったということ。このあたりの「変遷」は、ドラマから身体表現に関心が移りつつある現在の私などには、まさにド真ん中のセリフだった。

「黄昏にロマンス」は本日まで吉祥寺シアター、11月20日(木)〜24日(月・振休)まで、可児市文化創造センター・小劇場にて上演
posted by taku at 13:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月06日

黄昏にロマンス

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昨日(11/5)はプロデューサーの露木栄司氏と、平幹二朗・渡辺美佐子の二人芝居「黄昏にロマンス」(アレクセイ・アルブーゾフ作)を観に吉祥寺シアターへ。

渡辺美佐子さんに「凍える鏡」という映画に出ていただいてからかなりの年月が経つが、いまだにお芝居の招待状を送って下さるのは嬉しい限りである。と言うものの、ここ何回かは公私の雑事に取り紛れ、ご無沙汰を申し上げてしまったのだが。露木氏も同様だったらしく、久々に顔を揃えての観劇となった。

ちなみにこの作品は、どういう事情か、公演の度にタイトルが変更されており、これが日本では5回目の舞台化となる。参考までにこれまでのタイトルと出演者を挙げてみると、

ターリン行きの船 (1979) 尾上松緑 杉村春子

古風なコメディ (1980) 米倉斉加年 越路吹雪

ふたりのカレンダー (2005) 団時朗 黒柳徹子

八月のラブソング (2013) 加藤健一 戸田恵子

といった具合で、かなりの実力派俳優が演じてきた演目であることがわかる。物語は、フライヤーの言葉を借りれば、「人生の黄昏を迎えた孤独な男と女。二人に奇跡のロマンスが…」といったもので、成熟した大人のためのラブ・ファンタジーということになるのだろうか(もっと詳しくお知りになりたい方は、「黄昏にロマンス」特設サイト)。

客席を見渡す限り、観客の年齢層はかなり高めで、50少し過ぎの私や40代後半の露木氏が、あきらかに年少者に分類されるような印象だった。老境を迎えた男女の話を、実際に八十代の男女優が演じるわけだから、客層もまたそれに近くなるのは当然なのかも知れないが…。しかし、そのせいだろうか、上演時間前までにすべての方がきちんと着席されており、芝居が始まってからのこのこ入場してくる不埒者(ほとんどすべての映画、演劇でこういう輩が数人はいる)がゼロだったのは、実に気持ちがよかった。

さて、肝心のお芝居についてだが…、正直、芝居と割り切って見ることがなかなか難しい作品であった。物語はサナトリウムの外科医ロディオン(平幹二朗)と、動脈硬化で入所中のリダ(渡辺美佐子)との出会い(面談)から始まり、場面を変えつつ、性格がまるで異なる二人の距離が、巧みなセリフの応酬とともに少しずつ縮まっていく。同時に、互いの半生や現在の孤独な境遇が少しずつ明らかになっていくのだが、その語られる内容が、どうしても演者の方と重なってしまい、単なるセリフとして聞き流すことができなかったのだ。

周知のことだが、渡辺さんはこの芝居の稽古に入る直前の10月5日、ご主人の大山勝美氏を亡くされている(それも長い闘病ではなく、わずか数日の入院で)。それを考えると、別れてもなお最愛の夫のことを誇らしげに語るリダ(=渡辺さん)の姿はことさら痛々しく、何だか見てはいけないものを見ている気持ちになってしまったのである。

もちろん、これはこちらの勝手な、そして余計なイマジネーションの為せる業で、渡辺さんは元来、経験に基づく「私生活的」な芝居はよしとしないタイプの女優さんであることもわかっている。出産を経験してからの方が、出産シーンを演じるのが難しくなったというエピソードもあるくらいだ。だから、上記のような印象を私が抱くのは、渡辺さんとしても本意ではないだろうが、先日(10/22)放送の「徹子の部屋」で、大山氏は結婚当初から渡辺さんが女優を続けることに賛成で、出演する舞台は必ず初日に見に来ていたこと(ただ一度だけ、入院中で見られないことがあったらしい)、今回の舞台も大山氏のために初日のチケットを取ったばっかりだったこと、などを知っていたので、勝手に想像力がたくましくなってしまったのだ。

繰り返しになるが、これは私の観劇態度にこそ問題があるのであって、芝居そのものはさすが大ベテラン二人の顔合わせで、セリフに歌にダンスに早替えと盛りだくさん、舞台美術もしゃれていて、ほろりとさせつつ最後は安らかに見終えることのできる上質な舞台作品に仕上がっていたと思う。

終演後、ロビーで一瞬渡辺さんとお目にかかり、露木氏ともども、ご無沙汰のお詫びとご挨拶を申し上げたが、ほかにも渡辺さんお目当てのお客様も多くいらしたため、われわれ「若輩」は早々にその場を引き上げた。当然、芝居の感想などをお伝えする余裕はなかったが、舞台がはねた後の渡辺さんは、これまで何回となく拝見した終演後の晴れやかな表情と何ら変わることなく、私の勝手な感傷がいかに的外れなものであったかを痛感したのであった(もちろん、その心中はご本人しか知る由もないが)。今回、私と露木氏は、ささやかなお菓子とともに、大山氏のご霊前に捧げる意味合いの品も用意したのだが、それはいささか場違いな差し入れだったのかも知れない(ただ、露木氏も私も、大山氏が主導した時代のTBSドラマにはかなりの影響を受けているので、この機会に哀悼の意を伝えることは、われわれにとっては意味のある行為だったのである)。

人生の黄昏を迎えた孤独な男女・ロディオンとリダは、物語の幕切れでパートナーとしての関係をスタートさせ、それを舞台上で演じる女優・渡辺美佐子は、人生の黄昏の中でパートナーを失いながら、今日も、明日も、あさっても舞台に立つ。これほど不条理な現実に一片の戸惑いも見せずに対処する彼女は、まさに生粋の舞台人と言うべきであろう。しかしそう思う一方、5年ほど前、渡辺さんのライフワークとも言える「化粧」の座・高円寺こけら落とし公演 初日打ち上げの場で、人目をはばかることもなく大山氏の腕に自分の腕をからませ、「今もラブラブ」といった様子の渡辺さんの笑顔がはっきりと脳裏に浮かぶ。彼女がこれからも舞台に立ち続けることは、それを望んだ大山氏への供養にもなるのかも知れない。

「黄昏にロマンス」はウィルメイドなファンタジーとして、観客の期待を裏切らないハッピーエンドを迎えるが、今から40年近く前に書かれたということもあり、今日の超高齢化社会の中で見ると、「添い遂げる相手が見つかれば幸せ」という価値観にはいささか前時代的なものを感じる。私などはこの物語よりも渡辺さん自身の生き方から、現代の黄昏世代のたくましさや「あるべき姿」を強く教えられたのであった。

「黄昏にロマンス」東京公演は11月10日まで
※ 過去のブログ:渡辺美佐子さんの一人芝居
posted by taku at 17:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする