2015年09月11日

ド超人ド3匹!

赤塚不二夫の生誕80周年を勝手に記念して、40数年前の雑誌から赤塚不二夫と「フジオ・プロ」周辺の隠れた作品を紹介するシリーズ第2弾。

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今回の引用元は『ぼくらマガジン』1970年38号ほか。

前回の「現金(げんなま)カッパライ作戦」は、21世紀に入ってから単行本収録がなされているという点で、かなりレア度は低かったが、今回は本当に幻の作品。何しろ「ド超人ド3匹!」で検索をかけても、出てくる記事はほんの数件で、しかも、とりいかずよしの単独作品のように書かれているし、画像にしても、あがってくるのはキン肉マン関連の「超人」など関係ないものばかり(2015年9月11日調べ)。

掲載誌が、わずか1年半で廃刊になった『ぼくらマガジン』、しかも連載回数が極端に短かったこともあり、今やその存在を記憶している人もほとんどいないのではないか。しかも、フジオ・プロに所属していた複数の漫画家がリレー形式で執筆しているため、著作権の扱いも面倒くさそうで、もはやこの先再録や単行本といった形で世に出ることもないだろう。しかし、アナーキーな70年代初頭にパッと咲いてパッと散ったこの作品は、今一度顧みるべき魅力を備えていると思う。実際、このころ小学校1年生だった私は、連載第1回目で、この作品にかなり「シビレて」しまったのである。

まずは連載開始前の37号の予告ページから。

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「フジオ・プロ競作連載」とあり、長谷邦夫、古谷三敏、とりいかずよしの3人の名前が。1年前の「現金(げんなま)カッパライ作戦」でも顔を揃えていた、フジオ・プロの主要メンバーである。

イラストは左から、スケスケじじい(長谷邦夫担当)、そのむすめ(古谷三敏担当)、むすこ(とりいかずよし担当)。この3人がすなわちタイトルになっている「ド超人」のド3匹なのだが、キャラクターデザインにはそれぞれ若干変更が見られ、むすめのアラビアンスタイルは本編には登場せず、また、むすこも顔の露出がこれより多くなっている。まあ、新連載予告の時には、まだデザインが固まっていないというのはよくあることだが…。

ではいよいよ第1回(38号)のご紹介を。

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最初の数回はスケスケじじいがメインキャラなので作者表記は「長谷邦夫とフジオ・プロ」。以下、むすめメイン回(古谷三敏担当)、むすこメイン回(とりいかずよし担当)と続き、連載終了という流れであった。

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道の側溝(ドブ)を駆け抜けて颯爽と登場した「ド超人」のリーダー・スケスケじじいが読者にあいさつ。自分たちは「正しい社会をきずくため 神がこのけがれたる地球上につかわされたスーパーマン」であると語る。

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第1回ということで、スケスケじじいの超能力「ドスケール」(透視力)を使って登場人物全員の紹介(この透視力を使う時、必ず「ゲーテいわく、光あれ!」というのがミソ。私はこれがかなりお気に入り)。
トキワ荘チックなぼろアパートに、親子3人が住んでいるという設定で、スケスケじじいは押入れ、むすめはベッド、むすこはトイレ、という具合にシェアしている。

このように同一コマに複数の漫画家の絵が共存しているのは、タッチの違いもよくわかり、今あらためて見ると大変興味深い。分離する前の藤子不二雄作品(「オバケのQ太郎」「パーマン」など)を思い起こさせる。

このあとスケスケじじいは、顔見知りの警官に「大福を1こ買いたいが、どれが一番多くあんこが入っているか透視してくれ」と頼まれるが、「なんたる日本国家のだらく」と怒りの鉄拳制裁を下し、日本にはまだ大福も買えない貧しい人がいる、と考えて、通りがかりの主婦から無理やり350円の募金をくすねる。しかしそれを寄付するかと思いきや、「朝めしがまだじゃったい」と近所の食堂に入り…

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このあとも、一目ぼれした食堂の女店主をデートに連れ出すなどかなりむちゃくちゃ。そもそも、大福のあんこを透視してくれと言った警官のことを怒るくせに、自分も海老天の中を透視するという同レベルのことをやっているのだ。しかしスケスケじじいのアナーキーさは、どこかほのぼのしており、赤塚不二夫ほどの悪意や狂気は感じられず、ギャグとして安心して読んでいられる。実は私は、長谷邦夫の描くこういうキャラが割と好みである。だから「天才バカボン」などでも、長谷が代筆した話の方が正直肌に合うのだが、生粋の赤塚ファンからすれば、長谷の描く赤塚ワールドは毒が足りないということになるのだろう。

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さて、話はいよいよ佳境に。やりたい放題のスケスケじじいは、ヒッピー風の若者や、先ほどの警官や主婦に追い回されピンチに。家に戻ってむすめとむすこに加勢を頼む。

むすめの超能力は「ド・ベッタリキッス」。キスした人間を思うままにあやつることができる。
この娘、一見すると目元涼しい美人なのだが、マスクを取ったら実は…というビジュアルで、このあたりは口裂け女を先取りしているようにも思える。

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そして最終ページでやっとむすこが登場し、超能力「ジャンボうんこ」(とりいかずよしギャグ)でしめくくる。

こんな感じで、第1回めは顔見世興行的な要素もあって、かなり面白く読んだのだった。何より素晴しいのは、冒頭で、「正しい社会をきずくため、神がこのけがれたる地球上につかわされた」と言いながら、正しい社会を築くための行動をまったくしていないこと。「本人は善意を行っているつもりなのに、それが裏目に出て…」というパターンとも違い、まったくのナンセンスギャグで、このあたりはさすがフジオ・プロ作品という感じがする。当然、それ以降も期待して読んだのだが、古谷三敏担当のむすめメイン回は、なぜかむすめが偏執狂的な男に付きまとわれ四苦八苦するような話で、超人としての活躍場面もほとんどなく、ライトなギャグ路線とはほど遠かった(これはこれで作家の個性だと思うが)。また、とりいかずよし担当のむすこメイン回は、やはりというべきか「トイレット博士」と同系統で下ネタ率が高く、これまた「何か違う」という印象だった。結局、私は長谷邦夫の描くスケスケじじいの魅力にはまっただけで、ほかのキャラクターにはあまり思い入れることはできなかったのである。そうこうしているうち、連載はあっという間に終わってしまった。

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むすめメイン回の扉。作者表記は「古谷三敏とフジオ・プロ」。古谷三敏の描く女性は美しい!

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最終回の扉。むすこメイン回なので作者表記は「とりいかずよしとフジオ・プロ」。やっぱり古谷三敏の描く女性はとても魅力的。

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最終回前半部分。こうやって3人が部屋で話している場面は、先ほども書いたように、複数の漫画家の競作という感じが伝わってきて好ましい。

この回はご覧のとおりむすこメイン回で、ある事情から一度は自分の超能力を封印するのだが、最後にはやむを得ず「ジャンボうんこ」をひり出し事件を解決するというもの(かなり切ない話なのだが、これが最終回というのも…)。

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最終回の最終ページ。「ド3匹」の雄姿でしめくくってはいるが、実際にこの3人が「チーム」としてひとつの事件に挑むというエピソードは1回もなく、それが実に残念なところである(スケジュールの関係で真の競作というのは難しかったのだろうか)。しかし、今やそれぞれ一枚看板となった長谷邦夫、古谷三敏、とりいかずよしの3人が、フジオ・プロ時代にこういう画期的な試みを行っていたことは注目に値すると思う。最後に、この知られざる作品に今一度スポットが当たることを祈りつつ、
ゲーテいわく、光あれ!
posted by taku at 20:29| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする