2016年07月29日

夏のはじめに

夏のはじめのこんな時分に、あの人は生まれてきたのだなあ、と日が落ちる方角を見ながら思います。今さら、亡くなった人のことについてあれこれ語る必要もないのですが、今朝、このブログのアクセス解析を見たら、「以倉いずみ」さんのお名前で検索してきた方がひとりならずいらっしゃいました。それなら、1年に1度、生まれた日くらいは、彼女のことを思い出してもバチは当たらないだろうと考え直し、手持ちの画像を紹介しつつ彼女を偲びたいと思います。

【関連記事】
 ある訃報(2009年9月9日)
 以倉いずみさんを偲ぶ(2014年7月29日)

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上の写真は、完全に初公開のスナップ。私が初めて撮った以倉さんの写真です。当時の彼女は、某俳優事務所のマネージャー兼女優という立場でしたが、あるご縁からホームページのギャラリー用写真のモデルをお願いすることになり、その打ち合わせで渋谷でお会いした際に写したものです。(2003年3月19日)

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その10日ほど後、鎌倉まで出向いてギャラリー用に撮った2枚。表情の振り幅の大きさに驚かされました。(2003年3月29日)

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映画「いくつもの、ひとりの朝」の衣装合わせ。(2004年3月23日)

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朗読劇「崖」の本番直前、楽屋にて。共演の八幡朋昭氏と。(2005年7月9日)

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以倉さんは、実は結構いろいろなCMにも出ています。上の画像は、2004年オンエアのユザワヤのCMより。旦那と二人でリビングルームに「ベルギー製の素敵なカーテン」を吊るす若奥様の役でした。

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https://www.youtube.com/watch?v=YBG2ANg8ki4

こちらは、最近youtubeで発見した、森永チョコボールのCM。小学生の母親役です。2008年にアップロードされたものですが、オンエアは2007年だったと思います。

これ以外にも2005年ごろ、四国化成の塗り壁のCMに、赤ちゃんを抱いた母親の役で出演していました。「健康や環境にやさしい」ということをアピールするため、母子ともども生まれたままの姿(!)という、ちょっとドキドキするビジュアルでした(こちらはスチールも動画も手元にありません)。

このように、CMなどでは若奥様や若い母親を何度も演じた彼女でしたが、残念ながら現実においては、そうした姿を私たちに見せることなく旅立っていったのでした。

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posted by taku at 18:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月19日

映画『彦とベガ』トークショーレポート

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昨日(7/18)、少し前に告知した、映画『彦とベガ』のトークショーに参加して参りましたので、簡単にそのご報告を。まだ映画をご覧になっていない方のために、ネタバレ部分は白文字にしてあります。

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『彦とベガ』は、認知症の妻(原知佐子)と、彼女を献身的に介護する夫(川津祐介)、そしてその家に訪問介護のため訪れる若い男性(柳谷一成)の織り成す、ひと夏の物語です。脚本・監督は、現役の介護福祉士でもある谷口未央さん。

三連休の最終日、上映館のK's cinemaはほぼ満席。私は去年の夏に一度拝見していましたが、細かいところは記憶が曖昧なため、確認も含めて、今一度客席で鑑賞しました。

皆さん、本当に静かに、真剣にご覧になっていて、上映中は物音ひとつしません。携帯の着信音など、絶対に鳴らないという空気です。こういうおとなしい、日常を切り取った映画の場合、15分を過ぎたくらいから寝息を立て始める不心得者もいたりするのですが、今回はそういう方も皆無でした。それくらいお客様を劇中に引き込んで、ラストまで一気に見せて(魅せて)しまう映画を、谷口未央さんが、映画製作の勉強を始めてからわずか6年で作ったことに心から感嘆しました。

念のため申し添えますと、谷口さんは、2008年4月に関西から上京して、映画監督になるべく、ニューシネマワークショップという映画学校のクリエイターコース「ベーシック」に通い始めるのですが、その時の担当講師が私でした。そういうわけで、前回このブログで告知した時は、偉そうに「教え子」などと書いたのですが、実際には基本的なシナリオの書き方の講義と、個別に書いてきたシナリオの講評、出来上がった短編作品の講評をしたくらいで、手取り足取り映画製作について教えたわけではまったくありません。しかも、その時の講評では、私は彼女の短編について、割と辛口のことを言ったらしいですし…(双方とも、あまり具体的に覚えていないのです)。

そんなことを前フリに、トークは始まったのでした。

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『彦とベガ』のワンシーン

介護をめぐる家族の話、ベテラン俳優相手の演出の工夫、陰影を生かした画面作り、音楽に頼らないストイックな仕上げ、等々、製作準備から完成まで、話は多岐に及びましたが、実はこれらの点は、私がかつて製作した『火星のわが家』と通じるものがあり、また、『彦とベガ』同様『火星のわが家』にも天体観測のシーンが登場し、そこで彦(アルタイル)とベガの話が出てくるなど、思いのほか共通点が多く(製作した時の年齢も三十代なかばとほぼ同じ)、その不思議な「相似」で話は思いのほか盛り上がりました。ただ、お客様は『彦とベガ』はご覧になっていても、『火星のわが家』は見てらっしゃらないので、そのあたりは多少加減しましたが…。それから、実は『火星のわが家』も、初めは一家の主人が脳梗塞で倒れて認知症になってしまうという設定でした。これは実際の私の父のケースを元に最初の脚本を書いたのですが、やはり当事者の目線だと辛すぎて映像化は無理だと判断し、左半身麻痺という設定に変更していたのです。それに対し、谷口さんのご両親はいまだご健在で、今回の『彦とベガ』は、純粋に介護士という第三者の視点で発想したとのこと。だからこそ、認知症としっかり向き合うことができ、暖かさと客観性を併せ持った映画が作れたのでしょう。

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『火星のわが家』のワンシーン

トークの後半では、認知症の病態(ここがどこか、今がいつか、といった見当識の障害は進んでも、善悪の判断や感情は比較的失われない)や、認知症をめぐる周囲のケアのあり方などの話も出ました。家族にとっては、自分が敬愛していた配偶者や親が変貌していく過程を見るのは忍びないもので、ついつい否定的にとらえてしまうのですが、介護職は、それを「肯定」するところから始まる、という谷口さんの言葉には剋目させられました。しかし、それなら介護のプロに任せれば万事解決かといういうと、そういう簡単なものでもなく、介護も映画製作と同じ、正解のない永い永い営みであると痛感させられました。また、『彦とベガ』のラストについて、これはかなり多義的な解釈ができるもののように思えたのですが、谷口さんに言わせると、「お互いがお互いを誰だかわからなくなっても、すぐそばにいる―そういう夫婦の姿を見て欲しかったし、見たかった」とのことです。

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トークは25分ほどでしたが、谷口さんも私もそれでは話し足らず、劇場から歩いて数分のレトロな喫茶店に場所を移し、後半は撮影を担当した佐藤遊さんも加わって、日が落ちるころまで、お互いの作品やこれからの活動のことなどを語り合いました。

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左から私、監督の谷口未央さん、そして特別ゲストのエスパー伊東…ではなく撮影の佐藤遊さん

『彦とベガ』は22日、今週の金曜日までの上映です。まだご覧になっていない方は、だまされたと思って、是非ご覧になってみて下さい。今や誰にとっても他人事ではないテーマを、声高にならず、押しつけがましくもなく、ただ、真摯に、前向きに表現しています。

いや、こういったテーマ云々はひとまず置いて、純粋に1本の映画としても、大変見どころの多い作品です。私などは、川津祐介氏といえば「ワイルド7」における草波のハードボイルドなイメージが強かったので、氏がこれほど内面の繊細な演技に長けているとは予想外でした。愛する妻が、訪問介護の男を若い時の夫だと誤認して、次第になついていく様子を見つめる表情はあまりに切なく、私は何度も落涙を禁じ得ませんでした。そしてまた、かの「赤い疑惑」では三浦友和の母として、「赤い衝撃」では義理の姉として、山口百恵をいびりまくった名ヒール・原知佐子氏が、「可愛い?」を連呼する、実際可愛い認知症の老婦人を演じ(というより、その人生を生きている感じ)、生涯初めて(!)のヌードシーンを(2度も)披露。これだけでもびっくりですが、さらにそれが一瞬にして16歳の少女の裸身に変貌するという禁断のエロティシズム! まさに演出と編集の妙で、ここらあたりには谷口さんの隠れた変態性(?)がにじみ出ており見逃せません。とにかく、上映日はあと3日しか残っていませんので、どういう動機づけでも結構ですから、劇場にお越しいただければと思います。

映画監督というのは実に因果な仕事で、長い間苦労してやっと完成した作品をお客様に見ていただいて、ひとこと「よかった」「面白かった」というお言葉をいただく時以外、人生の喜びはないのです。かつての「教え子」が人生の時間の大半を捧げて作った第一回の劇場公開作品です。重ねてよろしくお願い申し上げます。

『彦とベガ』(2014年・64分)
7月22日(金)まで。連日13:00〜
劇場:新宿K's cinema

■映画『彦とベガ』公式サイト
posted by taku at 16:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

ウルトラマン放送開始50年

19660717.jpg ※画面はハメコミ合成です

今を去ることちょうど50年前、1966年7月17日(今日と同じ日曜日であった)。TBS系列で夜7時から放送が始まったのが、ご存じ「ウルトラマン」である。1963年生まれの私はこの時まだ3歳だったから、放送開始の時の詳細な記憶はない。しかし、毎週熱心に番組を見ていたのは間違いないし、シスコのウルトラマンチョコレートの懸賞に応募して流星バッチを2回ゲットしたこともある(残念ながら現物は今はない)。現代コミクスなどの雑誌を毎月愛読し、お絵描きといえばひたすら怪獣とウルトラマンであった。そして、最終回の放送日(1967年4月9日)が、ちょうど今の実家に引っ越した当日であったこともあり、ウルトラマンがゼットンに倒されたあのエピソードを新居で視聴した記憶ははっきりある。実はその時、後に「帰ってきたウルトラマン」を演じることになる、きくち英一氏が引っ越しの手伝いでうちに来ていた(きくち氏は日大芸術学部での父の教え子である)。彼と一緒に番組を見たというのも、今思えば不思議な体験であった(そのあたりの詳細はこちら)。

とにもかくにも、日本特撮史上に燦然と輝く番組が、今からちょうど半世紀前にスタートしたわけで、53歳の私としては、自分の人生とほぼ重なっているということもあり、感慨は尽きない。

しかし、「ウルトラマン」については、正直どうも筆が重い。今年は「仮面ライダー」の生誕45周年の年でもあり、4月にはそれにちなんだブログも何回か書いたが、「ライダー」については、特に何の抵抗もなかった。それが「ウルトラマン」になると、どうしていろいろ作品と関係ないところでブレーキがかかるのか。

まあ、無理やり文学的な表現をしてしまうと、仮面ライダーがあくまで人間の延長線上に位置する「大自然の使者」であるのに対し、ウルトラマンは宇宙の彼方(光の国)からやって来た、まさに人知を越えたヒーローであり、そんな彼が「100万ワットの輝き」を発すれば発するほど、そこに生じる影(すなわち闇)もまた、底知れず深くなる、ということだろうか。

「ウルトラマン」の実質的な原作者にしてメインライターだった金城哲夫は1976年に37歳の若さで死去(今年は金城哲夫の没後40年でもある)、それに先んじて監修者の円谷英二は1970年、その長男でメイン監督だった円谷一は1973年、雑誌の特集ページや図鑑の編集など、紙媒体で怪獣文化の普及に貢献した大伴昌司も同じ年の半月ほど前に世を去っている。円谷英二は68歳だから仕方ないとしても、円谷一は41歳、大伴昌司は36歳と驚くほど若い。何より、「ウルトラマン」の放送開始からわずか10年の間に、これだけの中心的人物が亡くなっているというのは尋常ではない。

その後も、怪獣デザイナーの成田亨が著作権をめぐって円谷プロと揉め事(後年には訴訟も)を起こし、正式な和解を見ずに亡くなったり、ウルトラマンのアクションボイスを担当した声優の中曽根雅夫がアパートの一室で人知れず旅立ったり、円谷一の三男の浩(「宇宙刑事シャイダー」)が、これも37歳という若さで他界したりと不祝儀が続き、そしてとうとう制作プロダクションだった円谷プロそのものが、長年の放漫経営の結果、円谷一族とは関係のない人間の手に渡ってしまう(現在の円谷プロ経営陣の中に「円谷」姓の人間はいない)。「ウルトラマン」50年の歴史を顧みると、そこにはまさに屍(しかばね)が累々と横たわっている印象だ。

しかし、「ウルトラマン」といえば、今や日本のみならず世界にも通用する特撮ヒーローの白眉である。どんなに悲惨なバックステージであったとしても、その歴史を冷静な目で検証するという作業は必要だと思う。というわけで、「ウルトラマン」放送開始50年の節目に、これぞお勧めという「ウルトラマン」関連本を4冊ほど紹介してみたい。


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『ウルトラマン昇天―M78星雲は沖縄の彼方』山田輝子(1992・朝日新聞社)
※1997年に朝日文庫から『ウルトラマンを創った男―金城哲夫の生涯』と改題して再販


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『金城哲夫―ウルトラマン島唄』上原正三(1999・筑摩書房)

この2冊は、金城哲夫の生涯を追った評伝。出版順に『昇天』→『島唄』という流れで読むのがわかりやすいと思う。『昇天』の著者・山田輝子は玉川学園高等部で金城の1年先輩で、金城が入学の面接試験を受けた場に立ち会っている。「南から来た少年」金城の描写が鮮やかだ。一方、『昇天』を書いた上原正三は、言わずと知れた金城の円谷プロ時代の朋友で、当然ながら「ウルトラマン」「ウルトラセブン」制作時のエピソードはきわめて具体的である。沖縄に戻ってからのエピソードは両書とも大差はないが、金城が息を引き取る際の描写が、『島唄』は妙に小説的なのが気になった。このあたりは宇佐美承からノンフィクションの手ほどきを受けた山田の方が、抑えた筆致である分、むしろ金城の無念の死を際立たせていたように思う。いずれにせよ、20代の絶頂から30代の転落(彼は文字通り、転落して世を去った)という、ドラマ以上にドラマチックな、何ともやりきれない生涯である。
なお、『昇天』では金城が沖縄時代に作った自主映画のタイトルが「よしやちる」と表記されているが、文庫化された『ウルトラマンを創った男』や『島唄』では「吉屋チルー物語」となっている。この映画は最近も沖縄で上映会が行われているが、「吉屋チルー物語」が正式のタイトルのようだ(筆者は未見)。

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『ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか?』河崎実(2001・メディアワークス)

タイトルだけ見ると「トンデモ本」のようだが、そして事実、「トンデモ本」的な要素もかなり入っているのだが、第三章「中曽根雅夫とはどんな人だったのか?」は大変に真面目なインタビューによる構成で(証言者は声優の田中信夫)、「タイガーマスク」のアントニオ猪木役以来、中曽根雅夫の隠れファンだった私としては、かなり衝撃的な内容だった。それ以外にも、「シュワッチ」というかけ声は「ウルトラマン」本編中では一回も使われておらず、それを最初に使用したのは永井豪である、といった意外な真実も記されており、著者のひたむきな「ウルトラ」愛が伝わってくる。

余談だが、私は河崎実監督が明治大学農学部の学生だった1979年に、彼が生田校舎の大教室で行った上映会を見に行ったことがある(実家から歩いて行ける場所だったので)。円谷プロからレンタルしたウルトラシリーズの16mmプリントと、ご自身の監督作「フウト」「√ウルトラセブン〜放浪の果てに」などが上映されていた。「√ウルトラセブン」は、上西弘次が実際に着用したセブンスーツを使用したというこだわりぶりで、お話や撮影手法もかなりハイレベルだったと思う(敵宇宙人の発する光線はシネカリグラフだったが)。

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『ウルトラマンが泣いている』円谷英明(2013・講談社現代新書)

円谷英二の孫にして、円谷一の次男である6代目社長の回想録。アマゾンのレビューなどを見ると、「こっちが泣きたい気分だ」などという酷評もあるが、円谷プロの常識はずれな経営状態がつぶさにレポートされており、よくこのやり方で何十年も会社として続けて来られたな、と感心するやら、いろいろな意味で身につまされるやら。沖縄に戻ったあとの金城哲夫が酒びたりだったのは上記の『昇天』や『島唄』で知っていたが、円谷一もまた晩年は酒に溺れていたようで、車で大涌谷まで行って発作的に一家心中(?)をしかけた話や、赤坂のクラブのママと再婚した話、ある朝突然倒れてそれきりだったという話など、初めて知る哀しいエピソードも多かった。円谷一は第二次怪獣ブームのさなか(「ウルトラマンA」の放送終盤時)に亡くなったが、順調に見えたウルトラシリーズを続けていくのがこれほど大変だったのかと、何度もため息をつきながら読んだ。ほかにもげんなりがっくり系エピソードがてんこもりなので、精神的に低迷している人は、あまり読まない方がいいかも…。

ちなみにこの本は、上記の3冊とは異なり、円谷プロの許諾が得られなかったのか、ウルトラマンや怪獣のスチール写真が1点も掲載されていない。仮にも円谷プロの元社長が書いた「ウルトラマン」関連本だというのに…(載っているのは円谷英二、円谷一、金城哲夫の人物ショットのみ)。このあたりにも追放された者の悲哀を感じる。宇宙猿人ゴリなら「この悔しさを忘れはしない」と歌うところだろう。

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「たのしい幼稚園」のテレビ絵本・宇宙猿人ゴリ(1)「ゴーゴースペクトルマン」(1971・講談社)
忘れられがちだが、この作品も今年で45周年だ!

いやあ、久々に長くなってしまった。気がつけば日曜日ももう夕方ではないか。特撮系の話を書いているとだいたいこのパターンだ。世間はウルトラマン50周年で大層盛り上がっているようだが、「サスケ」のオープニングナレーションにもあるように「光あるところに影がある」というわけで、今回はあえてその影の部分にスポットを当てた次第である(実際には影にスポットを当てると影は消えちゃうんだけどね)。
posted by taku at 17:57| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月16日

映画『彦とベガ』本日より公開

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最近ほとんど映画のことについて触れていない当ブログですが、今回は珍しく劇場公開作品のお知らせを。

『彦とベガ』という日本映画で、本日(16日)から22日まで、新宿のK's cinemaで公開しています。時間は連日13時〜(1日1回上映)。

■映画『彦とベガ』公式サイト

現役の介護福祉士が自身の体験から着想を得た、認知症の妻とその夫のドラマです。私は1年前に見ましたが、今でも心に作品の「芯」が残る、ある意味忘れがたい映画となっています。監督の谷口未央さんは37歳の若手ですが、大ベテランの川津祐介・原知佐子コンビを向こうに回し、たしかな演出力で現代の老いの姿を画面に刻みつけました。

実は、谷口さんはニューシネマワークショップという映画学校での、かつての私の教え子です。
若い人が、着実に成長していく姿を見るのは、こちらも刺激になりますし、なかなかいいものです。

あさって(18日)の上映終了後には、その谷口さんとトークをさせていただくことになりました。

ご興味のある方は、是非とも劇場に足をお運び下さい。
posted by taku at 21:36| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする