2017年05月17日

今、“鎌倉アカデミア”とは

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去る5月14日、鎌倉市川喜多映画記念館で、【鎌倉シネサロン】「今、“鎌倉アカデミア”とは」と題したイベントが行われました。『鎌倉アカデミア 青の時代』の上映、そして春風社代表の三浦衛さんと私によるアフタートークという二部構成。地元での先行上映ということもあり、チケットは発売後1週間たたずに完売したとのこと。入場できなかった皆様、申し訳ありません。せめてトークの雰囲気だけでもお伝えできればと、当日のレポートをお届けいたします。

まずは記念館の増谷文良さんから、
「5月14日は、71年前に鎌倉大学で授業が開始された日であり、その記念すべき日に、こうしたイベントが開催される運びになりました」
とのごあいさつがあり、続いて、私と三浦さんの簡単なプロフィールを紹介。そしてわれわれ2人が登壇し、トークが始まりました。

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まず私はごく簡単に、この映画の成立過程を説明。2006年の創立60周年記念祭の時には(70周年をやることはまずないだろう、こういう催しは最後だろうから)とりあえず記録としてビデオカメラを回したこと、その後、2011年の東日本大震災などもあって、自分の関心がドラマからノンフィクションへと移行し、そうした流れの中で、2012年あたりから意識的にインタビューを行っていったことなどを話しました。会場には「鎌倉アカデミアを伝える会」の方々もおいでになっていたので、改めて、この映画の完成までに、多大なご助力をいただいたことに謝意を述べさせていただきました。

そして、本日のゲスト、三浦衛さんとのトークに入ります。三浦さんに、この映画のご感想をうかがったところ、
「打ち合わせを含めて、今日で3回観たんですが、3回とも眠くならずに気持ちよく観られました」
との嬉しいお言葉。派手なアクションもお色気シーンもないドキュメンタリー映画は、午後のまどろみを招くのに最適なアイテムのはずですが、今回の上映に関する限り、三浦さんのみならず、会場のお客様も誰ひとり、船を漕いではいなかったように見えました。

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「新緑の季節に、新緑の場面があって、音楽が流れて……観てると不思議な感じがしてくるんですよね。今は2017年の5月なんだけど、だんだん時間がさかのぼっていく感じというか、過去と現在とを行ったり来たりしているみたいな……」

光明寺の一面の緑にナレーションとメインタイトルがかぶるシーンは、2年前のまさに今ごろ撮影したものなのですが、私自身、映画を観ていて、現在の情景のように一瞬錯覚したりしました。季節の同時性というのはすごいものです。そしておそらく71年前も、同じように一面の緑が光明寺を覆って、学生たちを迎えてくれていたのでしょう。

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三浦さんはつづけて、
「関係者の方のインタビュー、その話しぶりが面白いんですよね。言葉だけじゃなくて、細かい表情とかしぐさ、声のトーンなんかから、あの方たちが、鎌倉アカデミアにどんな印象を持っているのか、それを想像しながら観るのが面白かった」
とおっしゃいます。インタビューというと、言葉を切り取るものという考え方が一般的ですが、身体表現にまで目を向けていらっしゃるのには驚きました。しかし、映画というのは映像が必須なのですから、三浦さんのご指摘は大変的を射たものだと認識しました(トークのあと、三浦さんはあるご夫人の、インタビュー中に体の角度を変えるしぐさについて、「一種の色気」を感じたというようなこともおっしゃっていたのですが、私などはまったくそれに気づきませんでした。カメラを回した当人が、一体何を見ていたのかと恥じ入るばかりです)。

さらに三浦さんは、
「『自由』とはどういうことなのか。『自由』という言葉は小学校でも習いますが、その本当の意味はなかなか理解されません。しかし、鎌倉アカデミアで行われていた授業は、まさに『自由』を尊ぶものだったと思います。大切なのは、一人ひとりが自分の頭で考えること。自分と違う思想も受け入れること。アカデミアでは、それを、教師も学生も実践しようとしていたんですね」
「三枝学校長は、『楽しい学園』とは、自分(個人)の問題がそこにいけばみんなの問題になって普遍化される、みんなで共有して議論できる、と述べていますが、現在、学問の世界では極端なサイロ化(細分化)が進んでおり、個人の問題を普遍化する、というような大学教育はほとんど望めません」
と憤りを込めて語られます。三浦さんは現在は出版社の社長さんですが、二十代のころは高校の社会科の先生をされていた方で、それだけに、教育ということについては大いに思うところがおありのようでした。アカデミアでは教師が学生に、無給でも授業を行っていましたが、そうした教師の教える喜び、情熱についても共感されたようです。

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また、鎌倉アカデミアは戦後、あわただしく半年で作られた学校でしたが、三浦さんも高校の先生を辞めたあと勤めた出版社が倒産し、その後半年で会社を立ち上げた経験があり、その話を私が振ると、
「手作りの感じが、何か、共通するものを感じますね。三枝さんが、役所に何度も足を運んだりした話しなんかにしても……」
と微笑んでいらっしゃいました。鎌倉アカデミアは学校の歴史も教師の経歴も波乱に富んだものでしたが、三浦さんの半生も結構波乱に富んでおり、その意味でも親近感を持たれたようでした。

アカデミアの4年半の興亡について、私が、
「GHQの占領政策がわずかの間に変わり、アカデミアはそれに翻弄され閉校になりました。言ってみれば、あの時代の日本の混乱が、アカデミアの歴史を通して見えてくるといった形です。それは、初めから意図していたわけではないんですが」
と述べると三浦さんは、
「最初この映画を観た時、アカデミアは時代の『仇花』だったのかなと思いましたが、何度か観返すうちに、アカデミアではなく、時代の変化の方が『仇花』だったのではないかと考えを改めました。アカデミア精神の方がまっとうで、時代の方が流されて、本質を失ってしまったのではないかと」
と、厳しい提言をされていました。さらに続けて、
「大学などの教育現場では現在、とりわけ人文系は向かい風の状況になっています。『実学』でないものは役に立たない、切り捨てろという短絡的な考えが横行している。しかし、そういうものではないでしょう。鎌倉アカデミアには立派な校舎はなかったが、『学び舎』としての基本の形があった。お互いの思想を尊重する、自由の大学だった。現代では思想信条の違いを違いとして認めつつ、オープンに対話できるという場が非常に少ない。鎌倉アカデミアの精神は、今こそ見つめ直す意義があると思います」
と、口調は静かですが、熱い思いを披瀝されました。
私はすっかり圧倒されて拝聴するばかりでしたが、
「映画全体から、そうした鎌倉アカデミアの精神が立ち上がってきたとすれば、この映画を作った甲斐があったと思います」
と素直な心情を述べさせていただきました。

最後に三浦さんは、出版人にふさわしく、この映画を本にたとえ、
「エッセイを読んでいるような感じでした。余白のあるエッセイ。その余白が生きている、ゆえに、いろいろなとらえ方ができるという……」
と評してくださいました。過分なお褒めの言葉に、こちらは恐縮しきりでした。

そのうちにトークも終了の時間となり、会場にいらしていた方たちにマイクを回すことになりました。「鎌倉アカデミアを伝える会」副代表の小泉親昂さんからは、
「映画から熱を感じました。是非これからも、鎌倉で、アカデミアを伝える試みを続けていきたい」
という頼もしいお言葉。

この作品でも主演男優級の活躍をした加藤茂雄さん(演劇科第1期生)は、
「僕は卒業式で卒業証書をもらえたけど、最後の方の3、4期生は卒業式がなかったっていうのを見て、うるうるっときちゃったね」
と、珍しくウエットな表情を。しかし気分を変えて、映画では語られなかった、大日本紡績工場への移動公演に2年連続で参加して学費を免除されたというエピソードを語ってくださいました。

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また、「鎌倉アカデミア学生歌」を作詩した吉野秀雄氏(文学科教授・歌人)の義娘・美耶子さんと、作曲を担当した矢代秋雄氏(作曲家)夫人・矢代若葉さんがそろっていらしてくださっていたので、ひとことご挨拶をいただきました。

というようなわけで、地元ならではの大変中身の濃いトークイベントでした。ご来場いただいた方々に、心から御礼申し上げます。

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※『鎌倉アカデミア 青の時代』は5月20日から新宿K's cinemaで公開となります。ご来場を心よりお待ち申し上げております。

写真撮影:後藤桂子
posted by taku at 13:53| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする