2018年11月30日

FAXは過去の遺物か

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わけあって宅配のお弁当を頼むことになり、店舗に電話して、月替わりの献立表をFAXしてくれるよう、20代と思われる電話口の女性に頼んだのだが、40分以上経っても送られてこない。再度電話すると、まだ送っていないという。
「FAXくらいすぐ送れるでしょう?」と言うと、
「私、今日、臨時でこちらの事務所に来てまして、ここのことが何もわからないので……」とのこと。
「いや、わからないって言っても、FAXの送り方くらいわかりますよね」と聞くと、
「いえ、その……」と口ごもったまま。もう少ししたら店長が戻ってくるというので、じゃあ改めて電話します、と言い置いて電話を切ったのだが……。

「こんなことってあるの??」と首を傾げつつ、恐る恐るネットで
「若者 FAX 使えない」
と検索してみたところ……

結論。最近の若い人の多くはFAXが使えないそうです。メールやLINE世代には、もはや完全に過去の遺物だそうで。時代は変わるとしか言いようがない。先日は、最近の若者が電話で通話しなくなってきていることにかなりの衝撃を受けた私だが、またしても、頭をガツンとやられたようなショックに見舞われた。

「最近の若者は……」などというフレーズを多用するようになったら、老人に近づいた証拠と思って間違いないのだろうが、それにしても、ついこの間まで当たり前だったものが、若い世代にあっさり否定されてしまうのはかなりのダメージである。

しかしながら、今回の一件に話を戻せば、その宅配の弁当店は、献立表はメールではなくFAXで送るのがデフォルトということであり、であるならば、そこで働いている人間は、臨時とはいえ、FAXくらいは操作できないとまずいんじゃないの???

などと、いささか愚痴めいたことを綴ってしまいました。あまり楽しい話でなくて申し訳ありません。
posted by taku at 16:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祝!「ナマハゲ」ユネスコ無形文化遺産登録

ナマハゲ「ウォー、登録されたどー」と雄たけび

秋田県男鹿市役所では29日、ユネスコの政府間委員会のインターネット中継動画を大型スクリーンに映し、集まった市民ら約100人が審議を見守った。「男鹿のナマハゲ」の無形文化遺産登録が決まると、拍手と歓声に包まれ、ナマハゲ姿の男性5人も「ウォー、登録されたどー」と雄たけびを上げて喜んだ。





というわけで、やりましたナマハゲさん。怪異な形相に出刃包丁という物騒な姿で、長きにわたって東北の幼児たちを恐怖のどん底に突き落としていたあの方々にスポットライトが。亡父・青江舜二郎の故郷の「まれびと」で、私なども幼少以来、正月の秋田物産展で何度となくお目にかかっていた異形の来訪神が、ついに国際的な存在として認知されたわけです。それを記念して、今から6年前にアップした動画を再度貼っておきます(男鹿真山伝承館で撮影したもの)。なお、この動画のナマハゲさんには角がありませんが、もともと彼らは「神」あるいは「神の使い」で鬼ではないため、本来角は生えていないそうです(角が生えた鬼の顔は、観光化にともなうアレンジだとか)。
posted by taku at 11:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

1台のガラケーを10年使った結果

今を去ることちょうど10年前の2008年11月27日、45歳の時に、5年ぶりで携帯を機種変更した。その少し前の9月12日のブログには、
「2Gから3Gへの移行のためか、一部メールの受信がうまくできなくなり、いささか不便なことになっている。5年をメドに、そろそろ買い替えを考えなくてはならないのか……」
などと書かれている。

そして新たに手に入れたのがこれ。

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SoftBank 821T(東芝製)

この年お目見えしたばかりの、ソフトバンク初のシニア向け端末。当時まだ40代なかばだったが、すでに老眼の兆しが見えていたため、文字の大きさに魅かれてこの機種を選んだのである。

それから、実に10年の歳月が流れ去り、その間に社会では、自民党が一度下野したり、東日本大震災が起きたり、東京オリンピックが決まったり、平成が終わることになったり、と実にいろいろなことがあった。
個人的には、この10年の間に、2度の引っ越しと実家の増改築があり、作品としては、『凍える鏡』のDVD化、秋田魁新報での「異端の劇作家 青江舜二郎 激動の二十世紀を生きる」の連載、その単行本化として評伝『龍の星霜』(春風社)の刊行、ドキュメンタリー映画『影たちの祭り』『鎌倉アカデミア 青の時代』の製作および公開、そして目下編集中の新作の撮影などがあった。
そして世間では、特に2010年以降、驚くほどの勢いですっかりスマホが普及&定着してしまったが、私の手元には、依然としてこの携帯だけが存在し、外部との貴重な連絡ツールとなっている。

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10年フルに使った割には、それほど痛んでいないと思うのだが…


【よくある(ありそうな)質問】

Q1 10年もバッテリーが持つのか?
A1 持ちます。あまり携帯を重用していないかと言えばそういうこともなく、ごく普通に通話やメールを行っているのですが、1回充電すれば3日くらいは持つし、何の問題もなく使えています。

Q2 スマホに乗り換えようとは思わないのか?
A2 あまり考えていません。最近老眼が進んできたため、タブレットの細かい文字を見るのは辛いものがあり、ネットはPCでと決めています。

Q3 LINEとか出来ないと不便なのでは?
A3 使ったことがないのでどう不便なのかわかりません。この間、久しぶりに劇映画を撮って、若い(20、30代の)人たちとやりとりした時、彼ら彼女らはLINEが主体で、あまり電話というものもしなくなってきていると知り、少なからずカルチャーショックを受けましたが…

Q4 さすがにガラケーがなくなったらスマホにするでしょ?
A4 日本では携帯電話がかなり特異な進化を遂げており(だからガラパゴスなどと呼ばれる)、その使い勝手のよさゆえに手放せずにいるユーザーが一定数いると思うので、いきなりなくなることはないと思うのですが。最近も、下のような報道がなされているようですし…

■携帯市場の中古ガラケー販売、2018年1〜10月で過去最高に

Q5 最近のスマホのカメラの進化はすごいぞ。4K動画も撮れるぞ! そういうのに魅力を感じないのか?
A5 あまり感じません。カメラはカメラとして必要に応じて調達すればすむと思うので。たしかにスマホは、今や電話機能にとどまらず、カメラ、ビデオカメラ、テレビ&ラジオチューナー、レコーダー、プレーヤー、PC、交通カード等々、生活で必要なあらゆるニーズに応えてくれるように見えますが、何でもかんでもひとつの機械でこなす、というのは便利な反面、危険でもあると思います。先日、江ノ電のある無人駅で、ベンチにひっそりと置き忘れてあるスマホを見つけ、駅員さんのいる駅まで届けましたが、あれを落とした人は、手元に戻るまで生きた心地もしなかったことでしょう。リスクの分散を考えるなら、一極集中はNGです。そういう意味でも、携帯電話はあくまで電話として使うべきで、メールが打てて、一応のカメラが付いていれば、もうそれ以上望む必要はないと、個人的な意見ですが、思います。

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10年前の携帯でも、このくらいの画像は撮れます。2年前の写真ですが、自宅の庭でなった柿です。

というようなわけで、今後も、おそらく壊れるまで、私はこの携帯を使い続けると思う。10年前のブログにも書いたが、携帯に限らず、機械、道具のたぐいは「壊れるまで使う」というのが個人的なデフォルトなので。それにしても、10年前に届いたメールがいまだにこの中に入っているというのはいささか切ないものである。中には(もろもろの事情で)もう連絡が取れなくなってしまった人もいるし……。でも、消せないんだよなあ……。
posted by taku at 14:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする