先週の木曜、シネマ・ロサで公開中の映画「半身反義」のゲストに呼ばれ、竹藤佳世監督とトークをしてきた。この作品は、かつて東京オリンピックや大阪万博の記録映画の現場チーフを務めた山岸達児をめぐるドキュメントで、高度成長期の日本人が抱いていた21世紀(未来)への夢と、その夢が現実の21世紀にいかにしぼんでしまったかが、脳梗塞で倒れた山岸氏の人生を振り返りながら淡々と綴られていく。自分が以前作った「火星のわが家」も、ほぼ同じテーマだったので、非常に親近感を覚えながら作品を見ることができた。
「火星のわが家」では、火星の土地を売るという「とんでもビジネス」を手がけていた初老の男・康平(出演:日下武史)が、山岸氏とまったく同じ右大脳半球の梗塞のために左半身麻痺、要介護の状態となる。しかし、康平はそれでもあの時代の夢を捨て切れず、自分の伝記の執筆に情熱を燃やす。山岸氏も作中で、自伝を書きたいと語る。未来を信じて生きてきたこの2人の姿は、とてもよく似ている。「火星のわが家」の場合は、そんな康平の願いを、次女(出演:鈴木重子)と居候の青年(出演:堺雅人)が、パソコン出版という形でかなえてやるが、「半身反義」では、監督の竹藤さん自身が、山岸氏の若き日々の追憶と幻想を、作品の中のドラマパートとして華麗に映像化する。若い世代が、今や老境を迎えたいわゆる「昭和ひとケタ世代」の夢の実現にひと役買う、という構造も、実は両作に共通しているのだ。
彼らの世代は思春期に終戦を迎え、新生日本でゼロからスタートしたせいか、悲惨な境遇にあっても夢を忘れない、言い換えれば、悲観や絶望が似合わない世代なのかも知れない。「このポジティヴさは、とても現代のわれわれシラケ世代には真似できないですよねえ」と竹藤さんと苦笑しつつ、トークはなごやかに終わった。
しかし、そういう竹藤さんだって、なかなかどうして、私などにはとても太刀打ちできないバイタリティの持ち主なのである。4年の歳月を費やし、ほぼ独力でこの「半身反義」を完成させただけでも功労賞ものなのに、それを海外の映画祭に出品し、配給宣伝の陣頭に立ち、そして現在は、映像個展をやっているアップリンクXとシネマ・ロサを行き来して、連日ゲストたちとのトークに励んでいる。しかも彼女には10歳になる娘さんもおり、母親の役割も果たしながら、映画作家としての人生を邁進しているのだ。
何がそこまで竹藤さんを駆り立てるのだろう。それは作家としての「業」としか言いようがないが、「作品と日々寄り添う以外に、作家としての生の充実はないのだ」という真理を、彼女は身を持って教えてくれているように思う。
映画「半身反義」公式ホームページ
竹藤佳世映像個展


