2011年11月02日

ムーランルージュと中村屋

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新宿K's cinemaで「ムーランルージュの青春」を観る。

芝居とレビューを提供する常設劇場として1931年に開館し、戦後日本のエンターテインメントの礎を築いたムーランルージュ新宿座の実像や歴史に迫るドキュメンタリー。戦争を挟み20年間にわたってオリジナルのドラマを発信し続けた伝説の劇場の全ぼうを、延べ20人に及ぶ劇場出身者や関係者の貴重な証言とともに再構築。(「シネマトゥデイ」解説ページより)

実際に舞台に立っていた俳優やスタッフ、その家族などをコツコツ訪ね歩くインタビューと、当時の舞台の再現で構成されており、場面転換の際にはジオラマによる赤い風車の外観も登場。大変丁寧に作られたドキュメンタリー作品だった。

宣伝文によると「バラエティ」という言葉はこの劇場から始まったそうだが、現在テレビでたれ流されている白痴的なバラエティ番組よりは、はるかに娯楽性と多様性に富んだものが上演されていたようだ。

この作品の最大の見せ場は、何と言っても劇場のトップアイドルとして一世を風靡した明日待子のインタビューだろう。90歳を過ぎてなお矍鑠(かくしゃく)としており、現在も札幌で日舞の師匠を続けているという。お弟子さんの発表会で踊りを披露する場面も収録されていた。女は強し、である(公開初日には1人で札幌から上京し舞台挨拶をされたとのこと。その時に行けばよかった!)。

なお、ムーランルージュ新宿座のあった場所は現在の国際劇場付近(下写真参照)。ピンク映画の常設館で、紳士淑女にとっては、立ち止まったりするのが少々はばかられるところではある。作品中、当時の関係者5人がそこを訪ねてみるのだが、現在の建物の前で一同困惑したような表情を浮かべ、ある元女優は「悲しい…」と、本当に悲しそうな声をあげる。その悲しみは、思い出の場所が成人映画館になっていたからか、それとも、街全体の変貌ぶりによるものなのか…。

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ついでに言うと、この映画が上映されているK's cinemaはその国際劇場からわずか100メートル。まさに「ご当地」でのロードショーなのである。私はこの近くの高校に通っていたので、毎日のように歩いていた場所なのだが、そんな歴史に名を残す劇場がこの界隈にあったとは知る由もなかった。最近はこういう歴史の発見に胸をときめかすことが多くなった。そういう年代になってきたということなのだろう。

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新宿通りに出てみると、中村屋は建て替えのため休業中。戦後の昭和史とともに生きてきたこの建物も、ついにその役目を終えたということか。
レストランが店を閉めるのは知っていたが、カリーパンやピロシキなどの販売もすべて休止するとは思わなかった(中華まん同様、どこかで作って売るとばかり…)。私は中村屋のカリーパン&ピロシキの隠れ愛好者だっただけに、これは結構「悲しい」出来事であった。
posted by taku at 14:08| レトロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする