2014年05月21日

第8回 鎌倉アカデミアを伝える会

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5月17日、第8回鎌倉アカデミアを伝える会が、鎌倉市材木座の光明寺で開かれました。私がこの催しに参加するのは2009、12、13年に続き、これで4回目(2009年の「伝える会」の様子はこちら)。2006年の「創立60年記念祭」を含めると5回目の光明寺となります。さすがに、スタッフの顔見知りも増え、今回初めて、鎌倉市中央図書館で行われた事前打ち合わせや設営のお手伝いなどにも加えていただきました。

昨年、一昨年に続き、この日の関東地方は朝から晴天、絶好の行楽日和に。鎌倉駅周辺は、午前中から大勢の観光客でごったがえしていました。ただ、会場となった浄土宗の古刹・光明寺は、中心部からはかなり離れているため、週末でも人影はまばらです。
そんな静けさの中で当日を迎えた「伝える会」。昨年秋、三枝博音校長の手になる扁額(演劇科第1期生の故・廣澤榮氏が長年大切に保管していたもの)が鎌倉市中央図書館に寄贈され、今年初めて光明寺に展示されることになったので、あわただしい準備の合間を縫って、当時架かっていた場所(本堂と開山堂の渡り廊下)にセッティングしてみる一幕も。これは「伝える会」事務局の小泉親昴氏の発案でした。

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「幾何学を学ばざる者 この門を入るべからず」とギリシャ語で彫ってあります

13時の時報とともに記念碑の前で碑前祭が始まり、寺のお坊様2人による読経、そして「伝える会」会長の加藤茂雄氏(演劇科第1期生)が参加者を代表して碑前で合掌、記念撮影と続きます(ここまでは例年どおり)。

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「ここに鎌倉アカデミアありき」の碑の前で読経。今年はいつになく花がカラフル

13時半からは会場を書院に移し、まずは加藤茂雄氏の挨拶。
「最初の1回で終わってしまうんじゃないかって心配していたんですが、鎌倉っていいところですねえ。鎌倉同人会の方々と、中央図書館の平田恵美さんを中心とするうら若き女性グループ、そして光明寺さんのおかげで、8回を数えるまでになりました。卒業生としてこんな嬉しいことはありません」。

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加藤茂雄氏(演劇科第1期生)と若林一郎氏(同第2期生)

続いて光明寺の宮林昭彦法主のご挨拶。鎌倉アカデミアとの関わりと言うことで、講師だった吉田健一と高見順にまつわる思い出、そして、宗教というものは混沌とした時代にこそ強く希求されるというお話。ご自身の健康がすぐれないということも織り交ぜて話されましたが、これまでになく、法主個人の心情が表に出ていらしたように感じられました。

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光明寺の宮林昭彦法主。「60周年記念祭」からこの催しを支援してきた

ここからは、毎年趣向を凝らしたショートスピーチで、今年は3つありました。

まず高橋寛人氏(横浜市立大学教授)が昨年秋に行われた同大学の「三枝博音回顧展」を話の枕に、鎌倉アカデミア校長であり、横浜市立大学学長であった三枝博音が、いかなるスタンスの教育者であったかを、本人の文章や演説を引用しつつ考察しました。岡邦雄は三枝博音について「彼は死んだ時は学長という肩書きだったが、その精神は生涯、民間学者であった」というようなことを語ったそうですが、そうした自由な在野精神こそ、アカデミアの精神そのものという気がしました。横浜市立大学もアカデミア同様、一時期廃校の危機に瀕していたが、どうにか乗り切ったという話は初耳でした。

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扁額を前にスピーチする高橋寛人氏(横浜市立大学教授)

次に、服部博明氏(文学科1期生)が、「三上次男先生の書斎から」と題して、生涯私淑した三上次男の書斎に飾られていた扁額や色紙(三枝博音や吉野秀雄の手によるもの)などを紹介。これらの品々は、昨年三上次男夫人が亡くなり、北鎌倉の自宅が閉じられるのに伴って服部氏がお預かりしたものだそう。ひとつひとつの由来を語る服部氏の姿から、時を経ても変わらぬ師弟間の心の結びつきが伝わってきます。また、若き日の服部氏が自作して三上に謹呈した香合(香を入れておく蓋つきの小さな容器)が、40年の歳月を経てふたたびご自身の手元に戻ったというエピソードは、思わず目頭が熱くなるものでした。

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アカデミア資料の整理にも尽力した服部博明氏(文学科1期生)

お茶休憩をはさんで、後半は、人形劇団ひとみ座の劇団員・友松正人氏と伴通子氏が登場。鎌倉アカデミア演劇科の第1期生だった清水浩二(渡辺信一)氏が地元の仲間たちと1947年に結成した劇団「鎌倉青年芸術劇場」が翌年ひとみ座になり、今日につながっているという話は、当日配布の資料でも触れられていましたが、1954年にひとみ座に入団した伴通子氏の話は、その後のひとみ座の知られざる歴史にもおよび、清水氏がひとみ座を離れることになったいきさつなども、かなり赤裸々に語ってくださいました(会場にいらしたお客様は、大変レアな話が聞けたと思います)。後半は、友松正人氏が「ひょっこりひょうたん島」のキャラクターたちを自在に操りながら、人形の仕掛けについてレクチャーをしてくれました。

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「ひょうたん島」の人形と友松正人氏、伴通子氏(人形劇団ひとみ座)

その後は、三枝博音のご子息である三枝利文氏とさらにそのご子息・新氏のご挨拶、卒業生の岩内克己氏(演劇科第1期生)、若林一郎氏(演劇科第2期生)のご挨拶(休憩前には演劇科第1期生の津上忠氏も)などがあり、最後に加藤茂雄氏が、演劇科学生たちのたまり場だった「耽美荘」(光明寺境内の掘立て小屋。ひとみ座創設者の清水浩二氏もそこの住人)の思い出を語り、しめくくりに全員で「鎌倉アカデミア学生歌」を歌って16時半に閉会。

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三枝利文氏と加藤茂雄氏

とまあ、実にボリュームたっぷりの内容で、終わった時には正直ぐったりしていました。でも、この数回の中では一番盛会だったと思います。参加者の数も、今までで一番多かったとのことですし。
時間とともに薄れる記憶もありますが、逆に、時間の流れとともに、より鮮明に現れてくる歴史もあるように思います。鎌倉アカデミアというのは、それだけ深い「文化の鉱脈」だと言えるのではないでしょうか。


posted by taku at 21:24| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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