2015年03月02日

初句会

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先週の土曜日(2/28)、生まれて初めて「句会」なるものに参加してきました。

といっても本格的なものではなく、春風社社長の三浦衛さん宅で毎月行われているホームパーティー(通称「御殿山クラブ」)での趣向のひとつで、当然参加者はほとんどが俳句に関してはまったくの素人。ただ、「御殿山クラブ」常連の写真家・橋本照嵩さんが、知る人ぞ知る、かの「点々句会」のメンバーなので、彼を「宗匠」に仕立てて「遊んでみよう」という話になったそうです。ちなみに今回のテーマは今の季節=「春」とのこと(このように、季節以外に特に制約を設けないのを「当季雑詠(とうきざつえい)」と言うらしいです)。

私は「御殿山クラブ」にもかなりのご無沙汰でしたし、しかも今回はまったくなじみの薄い俳句も作らなくてはならないということで、いささかハードルが高かったのですが、世に言う「句会」というものがどのように行われているのか興味があったので、恥をかくのを覚悟の上で、実に数年(!)ぶりに、JR保土ヶ谷駅からのだらだら坂を登っていったのでした。

三浦さん宅到着は14時少し前。すでに常連の方数名が日本酒を片手に上機嫌でしたが、やはり、この日のメインイベントである句会が気になってか、皆さん杯を干すペースもどこか控えめです。やがて参加者も10人を超え、午後の日差しが西陽へと変わるころ、いよいよ句会が始まりました。上は75歳から下は13歳まで、性別も年齢も職業もまちまちの11名が参加です。

なお、句会の進め方については、いろいろな方法があるようですが、今回は巷でのやり方をかなり簡略化(合理化)したもののようでした。以下、簡単にそのプロセスを書いておきます。

(1)まず参加者全員が、配られた縦長の短冊(正式には「投句用紙」と呼ぶそうです)2枚にそれぞれに一句ずつ、計2句を記入する(その場で考えるのではなく、事前に考えてきていたものを清書するという感じ。これには名前は書きません)。

(2)記入が終わったら、短冊を2つ折りにして中が見えないようにして、三浦さんが用意したA4の書類封筒に「投句」。

(3)全員の「投句」が終了したところで、三浦さんがそれをシャッフルし、11名が2句づつ詠んだ全22句を1枚の「清記用紙」に書き写す(本当はこの書き写しも参加者が分担して行うようですが、今回は進行をスムーズにするため三浦さんの単独作業でした)。

(4)その「清記用紙」を人数分コピーして参加者全員に配る(これについても、本来は1枚のものを回し読みするようですが、こちらの方が合理的だと思います)。

(5)参加者は、配られた「清記用紙」に自分の句が間違いなく転記されているかを確認したのち、そこに書かれた句を精読して、お気に入りの5句を選び、各自に配られた「選句用紙」に書き写す。「清記用紙」には句の上に番号も書かれているので、その番号も一緒に記載する(ここの説明が不徹底だったため、あとから橋本宗匠がしきりに「何番?」と問いただすハメになりました)。なお、この時に自分の句を選ぶのは禁止で、必ず他の参加者が作った句の中から選ぶ。5句選んだ上で、1番のお気に入りに◎をつける(この辺も「天地人方式」とか、いろいろ採点方法があるそうですが、今回は最初なのでざっくり)。

(6)選び終わったところで、いよいよ「披講」。参加者がひとりずつ順番に、自分が選んだ5句を披露する(ここでやっと、「声を出して句を詠む」という、素人がイメージする「句会」の場面になります。いやあ、「句会」ってのはこんなにも面倒くさいというか、段取りが多いものだったんですね。またこの「披講」にもいろいろ決め事があって、自分の投句した俳句が読み上げられた時は、大きな声で自らの俳号をさっと名乗らなくちゃいけないとか、披講中に私語は厳禁だとか、橋本宗匠は薀蓄を垂れてらっしゃいましたが、なにぶんド素人句会ですから、その辺はグダグダでした)。

(7)全員の「披講」が終わったあと、橋本宗匠と三浦さんとで一応結果の集計を行い、選ばれた数、◎の数が多かった3句の表彰。最後に橋本宗匠から簡単な講評があって、記念すべき第一回の句会は終了。

以上が大まかな流れですが、いやあ、初めての試みというのは面白いものですねえ。(1)の「投句」の時は、全員、メモやら手帳やらを見ながら、物も言わず一心に短冊に向かい、三浦さん宅には約10分、ほぼ完全な静寂が訪れました。こんなことは「御殿山クラブ」始まって以来じゃないでしょうか。
(5)の、他の参加者の句を選ぶ時にもふたたび静寂が部屋を覆いますが、明らかに静寂の種類が違うのです。このあたりも、人間の微妙な心理が垣間見えるようで興味深い時間でした。
そして(6)の「披講」では、それまでの緊張感から一気に解放されたせいなのか、ひとつひとつの句が読み上げられるたび、「なるほど」とか「おお」とか「うん」とか、すべての反応が肯定的というか、とにかく大変に大らかな空気が部屋を支配していたのが印象的でした。自分の歌が選ばれた、あるいは自分の選んだ句を他の人も選んでいた、というのは素直に嬉しいものですし、逆に、自分は選ばなかった句だけれど、声に出したのを聴くと、なかなかいい句だったとか、そういう発見も多々ありました。ひと口に「春」というけれど、いろいろな捉え方があるものだ、とも思いましたし、皆さん初めてという割に、ずいぶんレベルの高い句をこさえて来ていたのにも正直驚きました。いずれにせよ予想以上の盛り上がりで、句会の後はさぞやお酒も進んだのではないかと想像しています(私はあいにく所用のため、句会終了とともに失礼しました)。

以下、印象に残った何句かをここでご紹介したいと思います。

春きても空気吸うのはマスクごし
飛び梅をおおいつくすか杉花粉
「ちがうもん」花粉症だとくしゃみ言う

以上3句は「花粉症」ネタですが、ほかにも数句ありました。アレルギー性疾患が季語となるのもやはり時代でしょうか。

水温むそこかしこにて猫会議
水温み鳥鳴く里の人何処(いずこ)

この2句は、初句はほとんど同じ(春の季語)なのですが、そのあとに展開される情景がまったく違います。前者はのどかな春、後者は荒涼たる無人の春です。わずか12文字でここまで異なる世界観を構築するとは、日本語の力というのはあなどれません。

梅の香の白く匂ひて幾夜かな
梅寒し酒で内(なか)からぬぐだまる ※「ぬくくなる=温まるの意」

この時期ならではという感じで、梅を詠み込んだ句も多く見られました。私も個人的に梅は大好きな花で、桜と違い、かなり長い間ぽつりぽつりと咲いて目を楽しませてくれるのを、春が来るたび好ましく思っています。そんなわけで、近所を散歩していた時にたまたま目にした風景を何のひねりもなく、

あるじなき家の庭にも梅ひらく

という句にしてみたところ、割に好評だったので、やはり素人は変にこねくり回したりせず、わかりやすい言葉でつづるのが一番いいのだなと思った次第です。

今回参加されていた装丁家の桂川潤さんは、橋本宗匠とならび、句会経験者でいらっしゃるようでしたが、その桂川さんが「例えて言うなら、俳句は静止画(写真)、短歌は動画(映画)なんですよね」とおっしゃっていたのが深く心に残りました。五七五の俳句は一瞬の光景を捉えるところまでで、その先に七七を加えることでドラマが生まれてくるということのようです。自分は一応写真も映画もやったことがある人間ですが、こんな比較対照は今まで考えたこともありませんでした。

いやはや、人間50年以上生きてきても知らないことはいくらもあるものです。これまで俳句とも短歌ともほとんどなじんだことのない私ですが、この初句会を境に、今までとは少し何かが変わっていくのかも知れません。

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これが当日の「清記用紙」。全22句が何となく読めるかも…
posted by taku at 17:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする