2015年04月14日

立ち退きの記(1)

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4月も半ばだというのにずいぶんと寒い日が続いています。
先週は桜が咲いているその上に、雪が降り積もったりしていました。

さて、桜といえば、以前はこのブログや旧サイトのコラムに、上の画像のような、部屋の窓から見える見事なソメイヨシノの写真を載せるのが春の恒例だったのですが、現在ではそれも叶わぬこととなってしまいました。というのは、そのソメイヨシノが間近かに見えたかつての住居(賃貸住宅)は昨年取り壊され、現在の私はそのころとまったく違う所に住んでいるからです。なお、昨年あたりから何度か実家の増改築のことを書いてきましたが、それは母が単独で暮らす一戸建ての話で、私の住み替えはそれとはまったく関係ありません。たまたま時期がぴたりと一致しただけです。そういったプライベートな出来事が重なってバタバタしたこともあり、2013年の10月から2014年の4月までは、まったくブログを更新していなかったのです。そのあたりのことを、1年半が経過した今、備忘録的に綴ってみようと思います。賃貸住宅に住む人はそれこそ無数にいるでしょうが、建物の取り壊しのために立ち退きを余儀なくされたという人はそれほど多くないと思いますので、貴重な体験だったかも知れません。

私は2006年12月に「向ヶ丘ハウス」という、アパートとハイツの中間くらいの賃貸住宅に入居しました(軽量鉄骨造2階建、全6室)。最寄り駅は小田急線の向ヶ丘遊園、そこから徒歩約15分で、すぐ近くに専修大学の生田校舎があります。この大学の図書館は地域住民に開放しているので、調べ物などはずいぶん重宝しました。

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さて、建物の方は、1972年に建てられたということでしたからその当時で築34年、当然、外観は多少くたびれてはいましたが、室内はきちんと全面リフォームされており、床も流し台もトイレも、そして浴室と給湯器も新品で、嬉しい追い炊き機能までついています。間取りは6畳のDKと6畳の洋間、4.5畳の和室、バス、トイレ別の2DKで36.45u。単身ながら、いささか荷物が多めの自分にとって、まさにぴったりのサイズです。これで共益費込みで6.9万円は安い! と、内見してたちまち気に入り、それまで住んでいた7.5万円の古いマンションを引き払ったのです。

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ちなみに前のマンションというのも最寄り駅は同じ向ヶ丘遊園でしたが、駅の近くだったため、電車の音や踏切の音がうるさく、あまり閑静とはいいがたい場所でした。それに対してこの「向ヶ丘ハウス」は、住宅地の中にあるため、一部の学生が時折騒ぐ以外は大変に静かで、しかも南側には生田緑地が広がっており、少し歩けば四季折々の自然を満喫できる大変に恵まれた環境だったのです。そしてまた「向ヶ丘ハウス」そのものも、かなり庭が広く、百日紅(サルスベリ)、レンギョウ、白木蓮、椿、キンモクセイ、ピラカンサなどの木々が植えられていて、敷地の中だけでも充分に季節の移り変わりを楽しむことができました(詳しくはこちらこちらのページをご覧下さい)。

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そして最初に書いた、見事なソメイヨシノ。これは実は、敷地内ではなくお隣りの庭に植わっている大樹なのですが、私の住居は角部屋で一番お隣りに近いため、あたかも自分の庭の桜であるかのように、花が眼前に迫ってくるのでした。満開を迎える時期になると、天気がいい日は毎日窓を開け放ち、朝から日没まで桜を飽かずに楽しんだものです。やがて散り時を迎えた花びらが、風に運ばれて部屋に舞い込んでくるのも、なかなか風情があるものでした。

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そんなのどかな環境の下で、私は『凍える鏡』『影たちの祭り』という2本の映画を作り、『龍の星霜』という亡父の評伝を書きました。あの東日本大震災の激しい揺れも、この部屋で体験しています。そしていつの間にか7年もの歳月が流れていました。

私が実家を出たのは今から20数年前、28歳の時で、それから5つほどの賃貸住宅を転々としましたが、7年も住んだのはこの「向ヶ丘ハウス」だけです。それくらいこの物件は私には心地よかったということなのでしょう。もし、何事もなければ、おそらく今でも当たり前のように住んでいたと思うのですが、幕引きの時は突然訪れました。

2013年10月1日。「向ヶ丘ハウス」オーナーのAさんから封書が届きました。このAさんは私よりひと回り年長の女性ですが大変に筆マメな方で、入居者それぞれに季節のお便りを下さるので、またそのたぐいかな、と最初は思ったのですが、中を見ると何やら様子が違います。

手書きの書簡には「私は以前から海外に出かけることが多く、現在では1年の半分以上が海外という生活である。そうなると、物件の管理が行き届かないことも起こり得る。以前から管理会社を入れてはいるが、最近は担当者が短期間で代わってしまうので困っていた。そんな時、地元の不動産会社からオファーがあったので、この機会に物件を譲渡することにした。その会社は分譲だけでなく賃貸も手がけているので、賃貸契約の継承もスムーズに行われることと思う」というようなことが書かれていました。これだけなら、単なるオーナーの変更で、これからはその新オーナーに家賃を払えばいいだけの話なのですが、同封されていた「貸主変更通知書」を読んで、事態はもっと深刻なのを感じました。

貸主変更通知書

借主 大嶋拓 様

大嶋拓様と私Aとの間で賃貸借契約を締結しております川崎市多摩区○○ 向ヶ丘ハウスを、下記の株式会社○○○○に譲渡予定であることをご通知いたします。
大嶋拓様との賃貸借契約は、引き続き新貸主に継承されることになりましたので、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、将来新貸主において、分譲事業が計画されることもありえますので、詳細については株式会社○○○○よりあらためて個別にお話しさせていただくことになっております。
重ねてどうぞよろしくお願いいたします。

新貸主 株式会社○○○○
旧貸主 A


将来新貸主において、分譲事業が計画されることもありえます」という文言がくせ者で、ここに書かれた「将来」というのは、5年後10年後などではなく、半年後かせいぜい1年後くらいの、かなり近い将来なのではないかと直感しました(こういう文書に不確定な計画についてわざわざ書くことはないと思いますので)。そしてその予感は的中し、それから2週間も経たない10月13日の夕刻、突然、空色の書類封筒がドアのポストに投げ入れられました。中に入っていた文書は以下のとおりです。

入居者各位殿

突然のお知らせ誠に申し訳ございません。

この度、当アパート(向ヶ丘ハウス)を事業用地として購入させていただきました株式会社○○○○営業担当のKと申します。

現所有者のA様からもお手紙が届いているとは思いますが、この度、当社で分譲住宅の予定をしています。つきましては、入居者皆様には大変ご迷惑をお掛け致しますが、建物の明け渡しのご協力をお願いしたく思います。

新しいお住まい探し等、当社も全面的に色々とご協力させていただきますので、何卒、良きご理解の程、宜しくお願い致します。

詳細については、私、Kが担当になりますので、ご意見等ご相談下さい。

宜しくお願いします。

平成25年10月吉日

株式会社○○○○
担当 K


「向ヶ丘ハウス」における穏やかな生活は、この日を以って終わりを告げたのでした。

※次回、不動産会社の立ち退き交渉の詳細が明らかに!
posted by taku at 16:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする