2016年07月19日

映画『彦とベガ』トークショーレポート

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昨日(7/18)、少し前に告知した、映画『彦とベガ』のトークショーに参加して参りましたので、簡単にそのご報告を。まだ映画をご覧になっていない方のために、ネタバレ部分は白文字にしてあります。

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『彦とベガ』は、認知症の妻(原知佐子)と、彼女を献身的に介護する夫(川津祐介)、そしてその家に訪問介護のため訪れる若い男性(柳谷一成)の織り成す、ひと夏の物語です。脚本・監督は、現役の介護福祉士でもある谷口未央さん。

三連休の最終日、上映館のK's cinemaはほぼ満席。私は去年の夏に一度拝見していましたが、細かいところは記憶が曖昧なため、確認も含めて、今一度客席で鑑賞しました。

皆さん、本当に静かに、真剣にご覧になっていて、上映中は物音ひとつしません。携帯の着信音など、絶対に鳴らないという空気です。こういうおとなしい、日常を切り取った映画の場合、15分を過ぎたくらいから寝息を立て始める不心得者もいたりするのですが、今回はそういう方も皆無でした。それくらいお客様を劇中に引き込んで、ラストまで一気に見せて(魅せて)しまう映画を、谷口未央さんが、映画製作の勉強を始めてからわずか6年で作ったことに心から感嘆しました。

念のため申し添えますと、谷口さんは、2008年4月に関西から上京して、映画監督になるべく、ニューシネマワークショップという映画学校のクリエイターコース「ベーシック」に通い始めるのですが、その時の担当講師が私でした。そういうわけで、前回このブログで告知した時は、偉そうに「教え子」などと書いたのですが、実際には基本的なシナリオの書き方の講義と、個別に書いてきたシナリオの講評、出来上がった短編作品の講評をしたくらいで、手取り足取り映画製作について教えたわけではまったくありません。しかも、その時の講評では、私は彼女の短編について、割と辛口のことを言ったらしいですし…(双方とも、あまり具体的に覚えていないのです)。

そんなことを前フリに、トークは始まったのでした。

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『彦とベガ』のワンシーン

介護をめぐる家族の話、ベテラン俳優相手の演出の工夫、陰影を生かした画面作り、音楽に頼らないストイックな仕上げ、等々、製作準備から完成まで、話は多岐に及びましたが、実はこれらの点は、私がかつて製作した『火星のわが家』と通じるものがあり、また、『彦とベガ』同様『火星のわが家』にも天体観測のシーンが登場し、そこで彦(アルタイル)とベガの話が出てくるなど、思いのほか共通点が多く(製作した時の年齢も三十代なかばとほぼ同じ)、その不思議な「相似」で話は思いのほか盛り上がりました。ただ、お客様は『彦とベガ』はご覧になっていても、『火星のわが家』は見てらっしゃらないので、そのあたりは多少加減しましたが…。それから、実は『火星のわが家』も、初めは一家の主人が脳梗塞で倒れて認知症になってしまうという設定でした。これは実際の私の父のケースを元に最初の脚本を書いたのですが、やはり当事者の目線だと辛すぎて映像化は無理だと判断し、左半身麻痺という設定に変更していたのです。それに対し、谷口さんのご両親はいまだご健在で、今回の『彦とベガ』は、純粋に介護士という第三者の視点で発想したとのこと。だからこそ、認知症としっかり向き合うことができ、暖かさと客観性を併せ持った映画が作れたのでしょう。

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『火星のわが家』のワンシーン

トークの後半では、認知症の病態(ここがどこか、今がいつか、といった見当識の障害は進んでも、善悪の判断や感情は比較的失われない)や、認知症をめぐる周囲のケアのあり方などの話も出ました。家族にとっては、自分が敬愛していた配偶者や親が変貌していく過程を見るのは忍びないもので、ついつい否定的にとらえてしまうのですが、介護職は、それを「肯定」するところから始まる、という谷口さんの言葉には剋目させられました。しかし、それなら介護のプロに任せれば万事解決かといういうと、そういう簡単なものでもなく、介護も映画製作と同じ、正解のない永い永い営みであると痛感させられました。また、『彦とベガ』のラストについて、これはかなり多義的な解釈ができるもののように思えたのですが、谷口さんに言わせると、「お互いがお互いを誰だかわからなくなっても、すぐそばにいる―そういう夫婦の姿を見て欲しかったし、見たかった」とのことです。

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トークは25分ほどでしたが、谷口さんも私もそれでは話し足らず、劇場から歩いて数分のレトロな喫茶店に場所を移し、後半は撮影を担当した佐藤遊さんも加わって、日が落ちるころまで、お互いの作品やこれからの活動のことなどを語り合いました。

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左から私、監督の谷口未央さん、そして特別ゲストのエスパー伊東…ではなく撮影の佐藤遊さん

『彦とベガ』は22日、今週の金曜日までの上映です。まだご覧になっていない方は、だまされたと思って、是非ご覧になってみて下さい。今や誰にとっても他人事ではないテーマを、声高にならず、押しつけがましくもなく、ただ、真摯に、前向きに表現しています。

いや、こういったテーマ云々はひとまず置いて、純粋に1本の映画としても、大変見どころの多い作品です。私などは、川津祐介氏といえば「ワイルド7」における草波のハードボイルドなイメージが強かったので、氏がこれほど内面の繊細な演技に長けているとは予想外でした。愛する妻が、訪問介護の男を若い時の夫だと誤認して、次第になついていく様子を見つめる表情はあまりに切なく、私は何度も落涙を禁じ得ませんでした。そしてまた、かの「赤い疑惑」では三浦友和の母として、「赤い衝撃」では義理の姉として、山口百恵をいびりまくった名ヒール・原知佐子氏が、「可愛い?」を連呼する、実際可愛い認知症の老婦人を演じ(というより、その人生を生きている感じ)、生涯初めて(!)のヌードシーンを(2度も)披露。これだけでもびっくりですが、さらにそれが一瞬にして16歳の少女の裸身に変貌するという禁断のエロティシズム! まさに演出と編集の妙で、ここらあたりには谷口さんの隠れた変態性(?)がにじみ出ており見逃せません。とにかく、上映日はあと3日しか残っていませんので、どういう動機づけでも結構ですから、劇場にお越しいただければと思います。

映画監督というのは実に因果な仕事で、長い間苦労してやっと完成した作品をお客様に見ていただいて、ひとこと「よかった」「面白かった」というお言葉をいただく時以外、人生の喜びはないのです。かつての「教え子」が人生の時間の大半を捧げて作った第一回の劇場公開作品です。重ねてよろしくお願い申し上げます。

『彦とベガ』(2014年・64分)
7月22日(金)まで。連日13:00〜
劇場:新宿K's cinema

■映画『彦とベガ』公式サイト
posted by taku at 16:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする