2017年02月22日

鈴木清順監督を偲ぶ

鈴木清順監督の訃報が届く。第一報は今日の15時過ぎ、鎌倉市川喜多映画記念館のキューレーターの方からの電話で、一瞬言葉を失った。

93歳という年齢を考えれば、世間的には大往生ということになるのかも知れない。しかし、昨年と一昨年、直接お目にかかってお話しした時の印象からすれば、酸素吸入は常時行っているものの体調は安定、頭もしっかりしており(奥様の献身的な介護の賜物だろう)、まだまだお元気であり続けると信じていただけに、ショックは大きかった。

清順監督は、今年5月に公開される私のドキュメンタリー映画『鎌倉アカデミア 青の時代』に、アカデミア映画科の第一期生として出演しておられる。そのインタビューでお会いしたのが2015年の5月。都内のご自宅マンションにうかがっての収録だったが、最初は30分程度のはずが、意外なほど話がはずみ、気がつけば2時間近くもお邪魔してしまっていた。

次にお目にかかったのは、その鎌倉アカデミアの創立70周年記念祭が行われた2016年6月で、なんと清順監督は、不自由なお体にも関わらず、鎌倉・光明寺での記念祭に奥様同伴でご参加されたのである。その際には、話はアカデミアから離れて「ツイゴイネルワイゼン」や「陽炎座」の鎌倉ロケのことにもおよび、思いがけず楽しいひとときを過ごすことができた。

昨年の10月下旬に、映画が完成したというご報告をした時も、その日のうちにyoutubeの予告編をご覧になったというお話だったから、
「じゃあ是非、本編は映画館でご覧になって下さい。鎌倉までお出かけになれるんだから、新宿なんて余裕でしょう」
と、奥様に伝言をお願いし、電話を切ったのであった。それからわずか4ヶ月足らずで、今日の訃報である。こんなことなら、先にDVDをお送りして見ていただくべきだったと悔しくて仕方ないのだが、もはやどうにもならない。

鈴木清順監督の映画界における輝かしい功績については、語ってくれる人がいくらでもいるだろうからここではあえて触れまい。ただ私は、それまで一面識もなかった私に対し、大変真摯かつ紳士的な対応をしてくれた監督に、心からの感謝を申し上げるだけである。

10年近く前から、清順監督が公の場に姿を見せることはほとんどなく、インタビューなどもすべて断っているという話は複数の関係者から聞いていた。しかし、私はどうしても、清順監督が映画を志す原点となった鎌倉アカデミアでの日々を、直接お会いして聞きたかった。そしてダメもとで交渉したところ、何と、あっさりOK。
「3ヵ月しか通ってないし、ほとんど覚えていないけれど、それでもよかったら」
というお返事で、こちらが拍子抜けしたくらいだ。しかも「ほとんど覚えていない」などとはご謙遜、入学のきっかけから野田高梧のシナリオの授業、恩師・重宗和伸との交流、松竹入社のいきさつ、幻の処女シナリオ「生きながらえて」のことや、アカデミアの同級生だった前夫人とのなれそめまで、ひとつひとつ丁寧に、誠意を持って答えて下さったのである。

そして、この時にいろいろお話になったことで過去のあれこれが心に蘇ってきたのだろうか、翌年の70周年記念祭は、誰の誘いでもなく監督ご自身が、「行ってみようかな」と腰を上げたのだという。

20170222_01.jpg

今も目を閉じると、顔をほころばせた清順監督の温顔が脳裏に浮かび、こちらも自然と心がじんわり温かくなってくる。数々の修羅をくぐった末に到達した菩薩の境地とでもいうのだろうか。インタビューの時、珍しくガチガチに緊張してすぐにカメラを回そうとしていた私に、
「まあ、もっとゆっくりして下さいよ」
と優しく声をかけて下さり、帰り際には、
「また遊びに来て下さい」
とにこやかに見送ってくれた清順監督。結局、それが叶うことはなかったのだが…。

わずか2度の邂逅であったが、その印象は今も強く心に刻まれている。監督という職業において、最後にものを言うのは、やはりその人間自身の魅力なのではないだろうか。日活での解雇事件の際、多くの映画関係者が清順監督を支持したのは、作品の魅力もさることながら、その人間的魅力も大きな要因だったように感じられるし、そしてまた後半生において、個性派俳優として鳴らしたのも、やはりその人間としての輝きが、多くの人を惹きつけたからではないかと、私には思えてくるのである。

突然の訃報に接し、いまだ頭の中がまとまらないが、まずは清順監督に心からの感謝と哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りしたいと思う。どうぞ安らかにお眠り下さい。

20170222_02.jpg
2015年5月29日撮影


posted by taku at 18:12| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。