
今日のトークゲストは劇団かかし座の女優・澤田晴菜さん。映画中の再現映像で「春の目ざめ」のヒロイン・ヴェンドラ役を演じてくれた方です。映画の中でも紹介していますが、劇団かかし座というのは鎌倉アカデミアの演劇サークル「小熊座」から生まれた劇団です。そういうご縁のある劇団と、どうにかコラボできないものかとあれこれ考え、再現映像出演という形でそれが実現したのでした。
ここまでのイベントゲストを振り返ると、初日は90代3人、2日めは80代2人、3、4日めが60代と、全員私より年上でしかも男性です。連日結構緊張してトークに臨んでいました。それが5日めにして一気に若返り、舞台に現れたのは20代の麗しい女性! 砂漠でオアシスを見つけた心境というと大げさですが、ここに来て少し肩の力が抜けた気がしました。
実はこの日は偶然、1948年当時、実際の「春の目ざめ」でヴェンドラを演じた演劇科2期生のMさんが観客席にいらしていて、新旧2人のヴェンドラが同じ場所にいるという、ちょっと不思議なめぐり合わせとなりました。
まずは、この日初めて映画全体を観た感想をうかがいました。澤田さんも2年前までは大学生だったので、当時のアカデミアの学生たちとほぼ同年代です。
「鎌倉アカデミアの名前や概略は知っていたんですが、実際に映像を見て、当事者の方たちのお話をうかがって、ああ、そういうことだったのか、と、初めて全体像がつかめました。楽しい学校だったんだろうなあ、今もしあったら自分も通ってみたかったなあ、などと考えながら観ました」
澤田さんとのトークは、撮影時のことに移ります。2016年1月に再現映像の撮影が正式に決まり、同じ月に劇団内でオーディションが行われたこと。若手俳優約10人に「父帰る」と「春の目ざめ」の抜粋台本が渡され、その時澤田さんは、どちらかといえば「父帰る」のおたね(長女)より「春の目ざめ」のヴェンドラをやりたいと思ったこと、などが語られました。
そしてヴェンドラ役に決まった澤田さんは、最初の稽古の日に、「春の目ざめ」の原作台本を読んでみたい、と私に申し出ました。抜粋台本は数ページですが、原作台本は全部上演すれば3時間近くになる大変長い戯曲です。私自身、かなりしんどい思いをしながら読んだのですが、澤田さんはそれをきっちり読了して稽古に臨みました。
「原作台本をお読みになって、どうでした」
「そうですね。難しい言葉がいっぱいでてきて、時代を感じましたけど、19世紀のドイツの、キリスト教がベースにある物の考え方とか、面白かったですね」

「春の目ざめ」のワンシーン
たしかに「春の目ざめ」は、キリスト教にもとづく禁欲主義的な倫理観が根底にあり、その大人がふりかざす倫理観を、早熟な青年・メルヒオールが壊していく、ある種の反逆劇であるといえます(そしてヴェンドラは、その犠牲になってしまう)。そして、もう1本の「父帰る」も、家父長的な倫理観に対する長男の反逆を描いたもので、そういった「レジスタンス演劇」を、鎌倉アカデミアの学生が上演したというのは、そのころの時代背景を考え合わせると大変興味深いことに思えます。
「ヴェンドラを演じるに当たって苦心したことってありますか?」
「通常の舞台ではお芝居を通しで(最初から最後まで)演じることが当たり前で、ハイライトシーンだけを、「抜き」で演じるという経験はほとんどなかったので、役作りには苦労しました。演じられていない部分も演じたという前提で、その先を演じなければいけないので、その手助けに、原作を何度も読み返して感情を追いかけたりして…」
メルヒオールを演じた賀來俊一郎さんは劇団の数年先輩で、アドバイスしあうことが多かったとのこと。実際の「春の目ざめ」でも、メルヒオール役はMさんの1年先輩の増見利清さん(俳優座の演出家)でした。
「抜粋台本じゃなくて、オリジナルの台本を読みながら、ここがわからない、ここってどう思うのかな、なんて、全体の稽古が終わった後もスタジオに残って、夜の9時過ぎまで賀來さんと意見交換をしてました。原作台本には、それぞれの親との関係なんかも描かれているので、それをふまえて、うちの親はどうだとか、そういう突っ込んだ話もしましたね」
そんな役の掘り下げまでしていたことは、初めて聞きました。でも、その甲斐あってか、奥行きのあるヒロイン像が出来上がったように思います。もちろん、それは他のキャラクターにも当てはまるでしょう。
この映画における再現映像は、当時演じられた舞台の「本番の様子」を再現したものなので、ある程度芝居がこなれていなくてはなりません。初々しさよりは、ある程度定まった感じ、が必要だと思い、通常の再現映像とは比較にならないくらい時間をかけました。「父帰る」「春の目ざめ」ともに本読み1日、立ち稽古2日、収録(本番)1日という贅沢なスケジュールで、お忙しい中、それだけの時間を捻出してくださった劇団かかし座のみなさんには、この場を借りて、心から御礼を申し上げたいと思います。
「かかし座さんの演目は大半が児童劇なので、当然ラブシーンはありませんよね。ですから澤田さんもそういうシーンは初体験だったはずで、多少ドキドキしたのでは?」
とうかがったところ、
「でも、芝居なので」と、当時の学生さんとまったく同じお答え。
「どうなるんだろう、ちゃんとできるかな、と最初は不安に思ったりしたんですけど、本番の時は冷静に、芝居としてやれましたね」
とのこと。もちろん、メルヒオール役の賀來さんの好リードもあってのことでしょうが…。
「ただ、干草場のシーンでは、藁(わら)が服についてかゆかったですね。動き回ると藁が粉になって舞うから咳込んだりもして…」
「当時を知る方の話によると、実際の公演では、藁は再現映像よりずっと多くて、役者の体が隠れるくらいの量だったそうです」
「それじゃあ、もっと大変だったかも知れませんね」

撮影終了後にスタッフ・キャストで記念撮影(2016年2月13日)
話題はふたたび、鎌倉アカデミアの校風のことに。
「自由な学校で、毎日楽しかったんだろうと思います。『みんなで作っていく』ということができたのは、時代も環境もよかったからなんでしょうね。私の通っていたのは4年制の女子大の音楽学部で、先生方の指導も親身だったし、実技試験なんかでは男子がいないので、男性役はプロの先生が演じたりして、かなり先生と生徒の関係は親密だったと思うんですけど、やっぱり鎌倉アカデミアとは違いますよね。お寺を間借りした学校、というこじんまりした感じだから可能だったような気がします。規模が大きくなりすぎちゃうと難しいんじゃないでしょうか」
また、ご自身が在籍するかかし座の原点が鎌倉アカデミアの演劇サークル「小熊座」であることに触れ、
「現実には、お客様の要望、観る側の要望で演目が決まってしまうことが多いと思うんですけど、小熊座では学生たちが、自分たちの演じたいものを選んでどんどんお客様の前で演じていた、というお話が印象的でした。でも、そういうのが演劇の原点なのかも知れないですね」
としめくくられました。そういえば、かかし座代表の後藤圭さんも、「まず観る側が楽しんでないとね」とことあるごとにおっしゃっていますが、それはそのまま、鎌倉アカデミアで培われた精神なのかも知れません。

ロビーで記念写真を撮ると、澤田さんはバタバタと高円寺に移動。これから知人のバレエの公演を観て、その後はすぐ 岐阜県下呂の劇団宿舎に戻るそうです。かかし座は2008年から下呂温泉合掌村の「しらさぎ座」で、影絵劇のレギュラー公演を行っており、澤田さんもこの春からそのメンバーとしてほとんど下呂に駐在しているのですが、今日(水曜)は休演日のため、新宿に来ることができたのです。そして明日から28日まで、また1日3回のステージをこなすとのこと。連日本当にお疲れ様です。また、「しらさぎ座」のほかのメンバーの方々も、お忙しいところご来場ありがとうございました!(今回の写真画像は、井ノ上舜雪さん、 細田多希さんにご提供いただきました)