
前回に続いて「パーにする」設定周辺のお話。まだまだ書きたいことがいろいろとあるので…。
「パーマンの秘密を他人に知られたら、パーにするぞ」というのが、旧「パーマン」において、スーパーマンがパーマンたちに言い渡したペナルティであった。しかし、脳細胞破壊銃をちらつかせることはあっても、スーパーマンが実際に手を下して、パーマンのうちの誰かをパーにした、という描写は、原作にもアニメにも存在しない。これはまあ、秘密がばれたことが一回もないので当然だが、夢やイメージシーンでさえ、みつ夫やパー子やパーやんがパーになってエヘラエヘラしているという場面は一度も出てこなかった。このあたりにF先生の児童マンガ家としての良心を見る気もする、と言いたいところだが、実は『週刊少年サンデー』20号に、驚くべきシーンが存在する。

この号では「週刊パーマン」という7ページのカラー特集が組まれているのだが、その中に次のようなマンガが…。

登場するのはオバQとパーマン2号。オバQはバナナの代償に2号からマスクとマントを借りてパーマンとなるのだが…

その正体をカバ夫とサブに明かしてしまったところ、その瞬間パー(サブいわく「オパーQ」)になってしまうのだ!(脳細胞破壊銃を使わなくても、遠隔操作でパーにできるということか)
いくら作品中ではないといっても、れっきとした掲載誌の特集ページでのことなので、かなりのインパクトがある。一体どういう意図でこのマンガは描かれたのだろう。
これは想像だが、「パーにするぞ」と口で言うだけでは説得力がない。パーマンの秘密を知られると、実際こういう結果になるのだ、というのを読者の少年少女に知らしめたい。しかし作品中でやるのはさすがにまずい。そこで、誰でも知っているが「パーマン」のキャラクターではないオバQを使って、その状態をマンガで見せてやれ、という遊びごころがF先生の頭に去来したのかも知れない(もっともこの特集ページは、F先生自身ではなく、アシスタントのしのだひでお氏かヨシダ忠氏の筆によるものに思える)。
この「週刊パーマン」は、上記のマンガのほかにも、

特別公開!! パーマン大探検(藤子先生の頭の中を調査)

特別図解 パーマン本部基地
など見どころ多数。

パーマンタイムズには、パーマン2号が6601倍のパワーを出したとか、パー子は団地に住んでいるとか、他ではお目にかかれない珍情報が満載。
どうしてこういうものが「大全集」の巻末に収載されなかったのだろう。「オパーQ」はNGとしても、ほかのページはそれほど問題はないように思えるのだが。
さて、ここからは「パーにする」というペナルティとは関係はないが、「パー」「クルクルパー」「くるう」などの表現が変えられた例を紹介していこう。

現在「はじめましてパー子です」に収められているこの場面、もともとは小学三年生版「パー子登場」で描かれたもので、初出の『週刊少年サンデー』には載っていない。よって現物を確認することはできなかった。「弱むしけむし」を現わすのにあの指は意味不明だろう。オリジナルは「パーマンじゃなくてクルクルパーだわ」。

小学三年生版「パー子登場」をベースにした白黒アニメ版の「パーマンくらべ」ではパー子はしっかり、

「パーマンじゃなくてクルクルパーだわ」と身振り付きで言っている(こうでなくっちゃね)。

「鉄の棺桶%ヒ破せよ」より。オリジナルは「にげろ!! パーやんは気がくるった!!」だが、現在は「にげろ!! パーやんはいったいなにを考えているんだ!!」に。

「パーやん気がくるったな」とあきらめ顔の1号。これも「パーやんやっぱり変だよ」とかなりマイルドなセリフに。

「きみはもしやパーマンでは…」という問いに「そうですねん、ぼくはパーです」とボケをかます関西人。現在では「えっ、パーマン、どこにどこに」と、まったく違うニュアンスに変えられている。

なお、「大全集」5巻には「くるわせ屋」というエピソードが収録されているが、これもかなりセリフが変えられているようだ(初出雑誌は『小学館コミックス』で、これも現物を確認できず)。
元のセリフは「殺し屋がたのまれて人を殺すように、くるわせ屋は人をきちがいにして金をもらうんだ」というものだったらしい。それにしても「人の人生をくるわせて〜」とは、ずいぶん苦しい改変である。狂わせるのは頭だろう! そんなの小学生でもわかるぞ。

「くるわせ屋」といえば、反射的に、現在絶賛封印中の「怪奇大作戦」第24話「狂鬼人間」が思い浮かぶが、あちらは1969年2月の放送、この「くるわせ屋」は1968年3月号掲載なので、こちらが約1年早い。パーマンのこのエピソードが、「狂鬼人間」のストーリーに何らかの影響を与えたのでは?という推測も、時系列的には成り立つわけだが…。

もっとも、前回も書いたように、1960年代はこうした話がかなり頻繁に作られていた時代で、同時期の『週刊少年サンデー』に連載されていた「バンパイヤ」(手塚治虫)にも、人類を原始人の状態に戻す「マッドPA(パー)」という薬が登場し、それが物語後半のキーアイテムとなっている。

マッドPA(パー)の開発者は手塚先生の友人・熱海教授なのだが、容赦なく「キチガイ」呼ばわり。ちなみに「バンパイヤ」は手塚先生自身が主役顔負けの大活躍をする快作で、作中ではマッドPA(パー)の製造まで行っている。

また、今回この一連の記事を書くにあたり、当時の『週刊少年サンデー』をあれこれめくっていたところ、「おそ松くん」(赤塚不二夫)のこんな回を見つけた。
監督から下手くそと罵倒された俳優が、「演じる」のではなく「なり切る」という、いわゆるスタニスラフスキーシステムに則ってさまざまな役に「なり切る」訓練を重ねていく。

行動は次第にエスカレート、本人は自分の名演に酔いしれるが、周囲からはキチガイ扱いされてしまうという話。

もう全編「きちがい」のオンパレードで、最後は精神病院に入れられるという鉄板のオチ(この話が現在、単行本に収録されているかは不明だが、収録されているとしてもセリフはかなり修正されているだろう)。これらを見ても明らかなように、当時の『週刊少年サンデー』には、手塚・赤塚・藤子の三巨頭が、そろって「気がくるう」ネタを扱ったマンガを発表していたのである。その是非をここで論ずる気はないが、作品というのはほぼ例外なく時代の落とし子であり、その時代の雰囲気を知るためにも、セリフは発表当時の言葉のままで読むのが適当であると思う。「おことわり」を入れた上でのオリジナル表記復帰がもっと一般化して欲しいものである。

ハイカップの宣伝のお子様も「クルクルパー」の「パー」!
後半は「パーマン」から離れてしまったが、「パーマン」ネタは多分まだつづく予定。