2019年04月23日

追悼 川久保潔さん

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声優の川久保潔さんが16日に亡くなった。享年89。

川久保さんとの付き合いはとても長い。物心ついたころからであるから50年以上だろうか。鎌倉アカデミア演劇科の第2期生で、私の父・青江舜二郎の教え子。学校がなくなったあとも、数人の教え子たちが、年に何回かわが家に遊びに来ていて、それは青江が病気で倒れるまで続いたが、その中に川久保さんの顔もあった。川久保さんの低音の声はひときわよく通り、その笑い声が家じゅうに響きわたっていたのをよく覚えている。

当時はテレビが家庭での娯楽の王様。わが家でもゴールデンタイムはほとんどテレビ三昧だった。その時見ていたテレビのアニメや洋画の吹き替えなどで思いがけず川久保さんの声を聴くと、家族で「ああ、出た!」と、大いに盛り上がったものである。あまり特撮ものには出なかった川久保さんだが、「ロボット刑事」(1973)では敵組織・バドーの首領の声をやっている。そのころ家に遊びにきた時には、私のカセットテレコに、
「今週はスプリングマンと、ロッカーマンが出てくるよ」などと首領の声のトーンで語ってくれたこともある。

時は流れて1983年。青江が亡くなった時には通夜、葬儀ともに駆けつけ、焼き場から骨が戻った際は、
「あの青江先生が、こんなに小さくなってしまうんだからなあ…」
と、祭壇に向かってつぶやいていた姿も忘れられない。

それから10年後の1993年に私が『カナカナ』という最初の劇映画を撮った時は、ヒロインの父親役で、ノーギャラで出演してくれたり、さらに、2004年に録音した、青江の生誕100年記念のボイスドラマ『水のほとり』でも、日下武史さん、柳澤愼一さんと絶品の声の芝居を聴かせてくれた。

2015年の暮れには『鎌倉アカデミア 青の時代』にインタビュー出演という形で出ていただき、当時のエピソードを2時間以上お話ししてくださった。さらに、この映画が公開された一昨年の5月には、アフタートークのゲストとして、若林一郎さんとともにK's cinemaのステージにも登壇してくれている(上写真)。ステージでは元気を装っていらしたが、この時にはすでにお痩せになっており、終わったあと楽屋で、「実は、この間、肺がんのステージ4と宣告されてね…」と、声を落とされていた。いきなりの話でこちらも驚いたが、なんと声をかけてよいのかわからなかった。そばにいた若林さんは、「まあ、年寄りのがんは進行も遅いから…」と慰めていらしたのだが…。

令和の改元を待たずして、いろいろな人がいなくなっていく。実に淋しいものである。
謹んで、川久保潔さんのご冥福をお祈りいたします。
posted by taku at 11:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする