
昨日(8/1)の朝日新聞の夕刊「惜別」欄に、加藤茂雄さんの記事が掲載されました。こういう記事を目のあたりにすると、いよいよ加藤さんは遠くに行ってしまったんだ、という思いが強くなります。現実は無常です。

去年の今ごろ(7/27〜8/2)はまさに、新宿ケイズシネマで『浜の記憶』が絶賛公開中でした。
加藤さんはほぼ連日劇場に顔を見せ、上映後には喜々として舞台挨拶をこなし、舞台を降りたあとも、ロビーでお客様と歓談していました。まさかあれが文字通り、加藤さんの俳優生活の掉尾を飾るイベントになってしまうとは…。(1年前のブログ→「『浜の記憶』東京公開終了」)

『浜の記憶』のフルキャスト。左から加藤茂雄さん、宮崎勇希さん、渡辺梓さん











でも、もしも公開が1年遅れて今年になっていたら、こんなに賑やかにイベントを行うことは不可能だったわけで、加藤さんは、絶妙のタイミングで主演をし、公開まで持っていってくれたと考えることもできそうです。そういう意味では、とてもラッキーな方だったのかも知れません(去年の今ごろはまさか、人と人とが直接触れ合う舞台挨拶のようなイベントが、自由に行えなくなる日が来るとは、夢にも思いませんでした)。








加藤さんのご葬儀は、6月18日、家族葬という形で行われましたが、その前日(6月17日)の夕刻に、ごく近しい関係者だけのお別れの儀がご自宅で営まれ、『浜の記憶』を代表して監督の私(大嶋)と宮崎勇希さんが参列し、最後のご挨拶をしてきました。棺の中の加藤さんは、ずいぶんお痩せになっていましたが、劇中でもかぶっていた愛用の帽子をかぶり、静かに眠っておられました。
お別れをすませたあと、足は自然と、歩いて数分の由比ヶ浜に向かっていました。今から2年前、『浜の記憶』の撮影で、連日のように加藤さん、宮崎さんと集ってながめた同じ海。でも、加藤さんはもういません。

実は『浜の記憶』のラストには、宮崎さん演じるユキが、加藤さん演じるシゲさんに、「2年後」のことを話すシーンがあります。ユキは明日のことのようにさらっと語り、シゲさんはそれを永遠のように受け取るのです。若者と老人との、時間の感覚のギャップを表そうとしたのですが、しかしまさか、実際の「2年後」に、加藤さんがいなくなっているとは、完全に想像の外でした。自分はなんて罰当たりな台本を書いてしまったのだろうと、胸がしめつけられるようでした。

今年の夏は、主だったイベントや祭りが軒並み中止となり、海水浴場も、神奈川県に関する限り、25箇所すべてが開設中止となっています。この由比ヶ浜も例外ではありません。
夏なのにひと気の絶えた浜、そして、そこに加藤さんもいない。この欠落は、容易に埋められそうにありません。

ここは由比ヶ浜の隅っこにある、坂ノ下地区海浜公園です。ありし日の加藤さんは、よくここでドラマや舞台のセリフの練習をしていたそうです。

源実朝の歌碑もあります。百人一首にも収められている、
「世の中は 常にもがもな渚こぐ 海人の小舟の 綱手かなしも」。
「この世の中は、いつも変わらずにあるといいなあ。渚を漕ぐ漁師の小舟が綱に引かれていく、その当たり前の風景さえ愛おしい」
と、実朝は日常のささやかな幸せを詠んでいるのですが、われわれの目の前にある現実は、とてもこの歌のとおりにはいかないようです。
さて、8月10日から、加藤さんの追悼上映が、鎌倉市川喜多記念館で行われます。『浜の記憶』と『鎌倉アカデミア 青の時代』の2本立てです。ただ、こういうご時勢なので「ぜひご参加ください」とは言えません。「どうぞ、ご無理のない範囲で…」と申しあげるのみです。
『浜の記憶』(2018年/52分)
8月10日(月・祝)10:00、12日(水)14:00、13日(木)10:00、14日(金)14:00、15日(土)10:00、16日(日)14:00
『鎌倉アカデミア 青の時代』(2016年/119分)
8月10日(月・祝)14:00、12日(水)10:00、13日(木)14:00、14日(金)10:00、15日(土)14:00、16日(日)10:00
※『浜の記憶』上映前に「加藤茂雄、戦争体験を語る」(約30分)を上映します。2018年8月に「かまくら平和寿まつり」で開催されたトークイベントの記録映像です。

加藤さんが自宅の障子に筆写していた大木惇夫の「戦友別盃の歌」
撮影:内田裕実 友井健人 宮崎勇希 大嶋拓