まずは浅丘ルリ子の映画デビュー作「緑はるかに」から紹介していこう。
正直に言うと、今回、浅丘ルリ子の経歴をネットで調べるまで、こういう作品があったことはまったく知らなかった。不勉強と言われても仕方ないが、概要を知るほどに食指が動く映画である。何より興味を引かれたのは、まったく演技経験のない普通の中学2年生が、一般公募で選ばれていきなり主演デビューを果たしたこと、そしてそれが「ザ・女優」のイメージが強い浅丘ルリ子だったという意外性である。しかも、ヘアカットと衣裳デザインは、美少女イラストで一世を風靡したあの中原淳一(これもかなり異色)。フランキー堺、有島一郎、岡田眞澄といった、個性派俳優陣との共演も興味をそそる。そしてメガホンを取るのは、「嵐を呼ぶ男」「鷲と鷹」から「江戸川乱歩の美女シリーズ」「スーパーガール」「ミラクルガール」まで、何でもござれの井上梅次監督。というわけで、かなりの期待を胸に早速DVDを注文し、視聴してみたのだが……。
以下、私的な感想も交えつつレビューをしていきたい。
全国の少年少女を湧かせた讀賣新聞連載絵物語の映画化。
全国2千人から選ばれた浅丘ルリ子主演、
日活初の豪華総天然色映画巨篇!
製作/水の江滝子 原作/北條誠(讀賣新聞連載)
撮影/柿田勇 照明/岩木保夫 録音/橋本文雄
美術/木村威夫 衣裳考証/中原淳一 舞踊構成/飛鳥亮
編集/鈴木晄 助監督/井田探 色彩技術/小林行雄(日本色彩)
音楽/米山正夫
主題歌=コロムビアレコード
作詞・西條八十 作曲・米山正夫
「緑はるかに」河野ヨシユキ、安田祥子
「ルリ子の歌」安田祥子
コロムビア ひばり合唱団
現像/日本色彩映画株式会社
脚本・監督/井上梅次
(日活公式ページ)
※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。
牧歌的なメロディーの主題歌が流れ、ほのぼのした映画なのかなあ、と想像していると…
自宅のベランダで、ひとり淋しげに空を見つめる主人公・ルリ子(生身の人間というよりお人形さん的な可愛らしさですな)。
科学者の父親が北海道へ行って1年も経つのに、便りがないのが心配なのだ。
実際の浅丘ルリ子は当時中学2年生(14歳)だが、物語の設定は小学6年生(12歳)なので、中原淳一はそのあたりを考慮してやや幼くみえる衣裳デザインにしたらしい。
ルリ子は父からもらったオルゴールを開く。するとたちまち幻想の(星の)世界へ…
学芸会的というか、なんとも児童劇的なセット。リアリズムの排除という点では、木村威夫らしいと言えないこともないが。
ルリ子の右側にいる月の王子様が当時19歳の岡田眞澄(ただ立っているだけでひとことのセリフもなし。がっくり)。ちなみにこのシークエンスは物語とはまったく関係がない(なくても問題なし)。ただ単に「ミュージカル風の群舞シーン」を作品に入れたかっただけのように思える。
ルリ子はここで「さみしいさみしいルリ子です〜」と自己紹介の歌を歌うが、残念ながら口パクで、実際に歌っているのは安田祥子。浅丘ルリ子本人が語るところでは、「美空ひばりに憧れて、歌手を目指していたが、小学校6年生の時、テイチクのオーディションに落選。そこで歌は諦めた」とのこと。あまり歌唱は得意ではなかったということか(それでも後年、そのテイチクから30枚以上のシングルを発表しているのだが)。
無駄に長い幻想シーンが終わると、母が慌てた様子でルリ子を呼びにくる。
「お父様がご病気なんですって。ひどくお悪いから、すぐ、私とルリ子に来るようにですって」
母親役は藤代鮎子。この人のプロフィールはよくわからないが、当時40歳ぐらいか。日本映画データベースによると、大映京都(1948〜1951)、松竹京都(1953〜1954)、日活(1955〜1957)と渡り歩いた脇役俳優のようだ。
父の病気を知らせて来たのは北海道の研究所長を名乗る田沢という男。
演じるは植村謙二郎。『ウルトラセブン』第9話「アンドロイド0指令」のおもちゃじいさんの若かりし日の姿である(といってもこの時すでに40歳)。一目見ただけで堅気でないと誰もが気づく、わかりやすいキャスティング。
ルリ子は母とともに、田沢の案内で父の元へ向かうことに。
しかし田沢の部下が運転する車は、駅とは違う方向へ。いぶかしがるルリ子と母に、田沢は拳銃を突きつける。彼らは某国のスパイであった。
田沢の部下・ビッコ(役名)と大入道(役名)。演じるは内海突破と市村俊幸。
一行は奥多摩に作られた秘密の研究所へ(吊り橋とエレベーターを利用)。
近未来的(?)なイメージの研究所セット。
田沢いわく、ルリ子の父・木村博士は「ここですげー研究を完成した」とのこと。
「宅がここに?」と母。自分の夫のことを「宅」と言うのが何ともレトロ(今はまず言わないだろう)。
しかし完成したとたん、博士は書類を全部焼いてしまい、そして病気になってしまったという。
「お前たちが博士から研究の秘密を聞き出せ。そうすれば博士ともども東京へ返してやる」と田沢。
木村博士と、ルリ子&母の涙の対面。
博士は病気でかなり弱っているようだったが、
「殺されても、お前たちを犠牲にしても、研究の秘密をあいつらに教えるわけにはいかん。善良な地球の人々のためにも」
と、悲壮な決意を語る(その研究は、平和利用すれば人類に幸福をもたらすが、悪用すれば災厄をもたらすものらしい。まあ定番の説明ですな)。
木村博士を演じているのは往年の二枚目俳優・高田稔。私の世代では『ウルトラQ』の実質第1話「マンモスフラワー」の源田博士が思い出されるが、この時すでに55歳。14歳の娘の父親にしては少々年を取りすぎでは? もう少し若い俳優はいなかったのだろうか。まあ、年がいってる分、衰弱している感はよく出ていたが…。
誰かの視線を感じてはっとするルリ子。
壁に飾られた仮面越しに、田沢たちが様子をうかがっていたのだ。
この演出はどこかで見覚えが…と思ったら、『江戸川乱歩の美女シリーズ』第2作「浴室の美女」(1978年)のワンシーンであった(こちらも井上梅次監督作品)。
一夜明けて、ルリ子が目を覚ますと、母の姿がない。
あわれ母は隣室で鞭打たれていた。鞭の音と悲鳴が響き渡る。思わず耳を塞ぐルリ子。
木村博士に精神的な揺さぶりをかける田沢の卑劣な作戦なのだ。
このあたりも『美女シリーズ』的で、とても子供向け映画とは思えない。ネットの感想で「和服の御婦人を縛り上げて、鞭打つなんて、伊藤晴雨の(責め絵の)よう」というのを見たが、まさにそんなノリである。これも監督の趣味だろうか。
博士はルリ子に、「わしはもうダメだ。秘密を持って逃げてくれ…」と言い、それからは衰弱のため会話不能となり、筆談でやり取りするのだが、その間(2分ぐらい)ずっと母が鞭打たれる音と悲鳴が聞こえ続けている。なんともサディスティックな演出。
「オルゴール ハヤクニゲロ」とノートに記す博士。
博士は昨夜のうちに、ルリ子が持ってきていた緑のオルゴールに、研究の秘密を隠したらしい。
ルリ子に後事を託した博士はついに力尽き、
その20秒後に母もこときれる。子分のビッコが「親分、死んでますぜ」と言う(よく覚えておいてください)。
「お父様…ルリ子は行きます。さようなら!」
ルリ子は父の亡骸に別れを告げ、オルゴールを持って決然脱出。
木村博士の様子を見に行った大入道は「博士がくたばってますぜ!」と田沢に報告(これもよく覚えておいてください)。
田沢は博士の枕元にあるノートを見て、ルリ子がオルゴールを持って逃げたことを知り、大入道、ビッコに後を追わせる。
ルリ子はエレベーターで外に出て、吊り橋をわたり、
洞窟の中に逃げ込むが、
突然現れた、赤、黄、青の鬼(の面)を見て気絶してしまう。
追ってきた大入道とビッコも、鬼(の面)に驚いて逃げ出す。このあたりの演出は妙に喜劇的で、先ほどの「伊藤晴雨の責め絵的世界」とのギャップが激しい。
気絶したルリ子を抱えて洞窟の奥に運ぶ3人の鬼たち。どさくさにまぎれて触りまくり。
ルリ子が気づくと、被っていた面をはずして正体を見せる。
冒険を探して東京の孤児院「光の家」を飛び出してきたと言うチビ真(浅沼創一)、デブ(石井秀明)、ノッポ(永井文夫)の3人。さながら「ズッコケ三人組」(以下「三人組」と表記)。
頼まれもしないのに下手クソな自己紹介の歌を歌い始める三人組。無理にミュージカル仕立てにしなくてもいいのに…。すでに作品が始まって30分、全体の3分の1を過ぎているというのに、一向に盛り上がっていかないのが残念。
「あたしがヒロインなのに、どうしてアップも見せ場も少ないの」
と泣き出すルリ子(嘘です)。
実際は、
「あたしもみなし児なの。お父様もお母様もスパイに殺されちゃったの」
と言って泣くのだが、父親が絶命したのはそばにいたからわかるとして、母親の死は認識していないはずなんだけどね。
ルリ子の涙が呼び水になって、三人組も泣き出す。どうにも湿っぽくていただけない。
今度はルリ子が三人組を慰めるという展開。4人は指切りで友情を誓う。
おや、みなし児たちとともに夜空を見上げ明日の幸福を祈るその姿は…
「タイガーマスク」のルリ子さんを彷彿させるものがあるじゃないですか! と勝手にわくわくしつつ、だいぶ長くなったので今回はこの辺で。