2017年07月18日

『現代コミクス版 ウルトラマン』刊行!(2)

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7/15、立派に完成した『現代コミクス版 ウルトラマン』が届いた。実に美しく仕上がっており、私の手元にあった原本の状態を考えると、よくここまで修復してくださったと感慨もひとしおである。

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落書きも最新技術によってきれいに修復

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巻末が欠落していた「バルタン星人」もきっちり最後まで

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そして奥付には、数々のレジェンドな方々の下に「資料協力」として名前が…

この記念すべき復刻版の刊行にあたり、私は上巻では9エピソードほぼすべて、下巻では7エピソード中2エピソード分の原本を提供したことになった。半世紀以上のキャリアを持つウルトラファンとしては少しばかり誇らしい気もするが、その反面、自宅の押入れで人知れず50年も眠っていた漫画本が、いきなりスポットライトを浴びせられたようで、いささかの戸惑いを覚えてもいる。ドドンゴとミイラ人間のエピソードではないが、「発掘なんかしないで、このまま一万年でも三万年でも眠らせてあげればよかったのに…」というフジ隊員の声が聞こえてくるようだ。ファンとかマニアの心理というのは、実に複雑で厄介なものである。

ではいよいよ、この井上英沖版ウルトラマンの「見どころ」を、テレビ版との対比を中心に紹介していこう。まだ刊行前なので、画像は原本のものを使い、あくまで参考程度に…(「ウルトラマン」各エピソードをひととおりご存知の方を対象に書いていますので細かいあらすじは省略しています。ご了承ください)。

まずはネロンガとバルタン星人。ウルトラマン誕生編となるベムラーではなく、この2体がコミカライズの最初になったのは、撮影の順番で台本や怪獣デザインなどの資料が回されてきたためだろう(ともに最初期の撮影で飯島敏宏監督作品)。

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ネロンガのストーリーはほぼテレビ版どおりだが、古井戸から続く洞窟の中で、フジ隊員とホシノ少年が、かつてネロンガを退治した村井強衛門の骸骨と書置きを発見したり(上画像参照)、その後二人がずぶ濡れで海から上がってきたり、といった具体的な場面があるため、テレビ版よりも状況がわかりやすい。

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また、第1話ということもあり、ウルトラマンがピンチになった時のナレーションがほぼフルバージョンで掲載されている(原本ではカラータイマーが「ガラータイマー」と誤記されているが、復刻版ではちゃんと訂正されていた)。

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バルタン星人の方はページ数の関係か、テレビ版をかなりコンパクトにした感じだが、随所に楳図かずお版(「少年マガジン」連載)の影響が見られる(水かきがついたバルタンの足の形状や、バルタンに憑依されるのがアラシではなくイデである点、など)。また、中盤では「二十億三千万人」とされていたバルタン星人の全人口が、終盤には「二十万人」と一気に減らされているのはご愛嬌か。

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ジラースは、テレビ版では戦闘シーンが変にコミカルで、ウルトラマンがジラースの襟巻きをもぎ取って、元のぬいぐるみがゴジラであることをわざわざばらすなど、本編の世界観に水を差すおふざけ演出が気になったが、井上版のコミックは全編シリアスムード。少年グラフの記者がライター型カメラで盗撮していたのを中村博士に気づかれてフィルムを抜かれるくだりも、テレビ版はロングショットのため何度見てもよくわからないが、この井上版ではばっちり理解できるし、後半、釣り人の撒いたカーバイト(毒)のためにジラースが正気を失い、主人であるはずの中村博士を殴打、そのために変装がはがれ二階堂教授の素顔が現れるという流れもテレビ版よりずっとスムーズだ。戦いの後の静謐なラストも哀れを誘う。

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藤尾毅のイラストも迫力満点!

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ギャンゴは、ほぼテレビ版と同じ流れだが、ギャンゴを操る男・鬼田が、テレビ版ではいかにも不審人物的だったのに対し(演じるは鎌倉アカデミア映画科出身の山本廉!)、このコミカライズではなかなかおしゃれな紳士になっているのが新鮮。ギャンゴが「ギャンゴ〜」と鳴くのもおかしい。

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また、ラストのシークエンスでハヤタのあとを追いかけるのは、テレビ版ではフジ隊員だが、こちらはホシノ少年になっている。この方が流れとしては自然だろう(最初の台本ではホシノ少年だったのが、俳優のスケジュールの都合でフジ隊員に変更になったらしい)。

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ドドンゴは、よみがえって暴れるミイラ人間の迫力ある描写に注目。テレビ版では怪奇性を重視した猿人系のビジュアルだったが、こちらはクラシカルな「ミイラ男」のいでたちで、怪力の巨人という位置づけ。こういうアレンジには作家の嗜好を感じて興味深い(一方、楳図かずお版ではテレビ版以上に怪奇性が強調されていた)。さらに、最初はミイラを生け捕りにすることを科特隊に要請していた岩本博士が、惨状を見兼ねて、最後にはみずからスパイダーショットでとどめを刺す描写も秀逸(テレビ版ではスパイダーを撃つのはアラシ)。撃ち殺した後の博士の悲痛な表情も印象に残る。

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ガボラは、暴風雨の中でその凶暴な姿を現わすシーンにはかなりのインパクトがあるものの、テレビと違い、最初から頭部のひれが開いているのが残念。閉じていたひれが開いて、まったく風貌が変わるというあの衝撃的な場面を漫画でも再現して欲しかった。

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ぺスターは、テレビ版ではムラマツのセリフに差し替えられオフになってしまった岩本博士の元セリフがきちんと書かれている点に注目。これがあった方が後のドラム缶投下の流れがしっくり来る。

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燃えさかる製油所の中でのペスターとウルトラマンとの激闘。ほぼ消火活動しかしなかったテレビのウルトラマンより、ずっと見ごたえのあるクライマックスとなっている。ラストのイデとキャップとのやりとりはほぼテレビと同じだが、井上版ではその後に、製油所の責任者から被害が少なかったという報告もなされ、読んでいるこちらもほっとする(テレビ版はどう見ても製油所全壊)。

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新バルタン星人については、以前に大変長い記事を書いたのでこちらを参照して欲しい。やはり井上版は、毛利博士がバルタンのために犠牲になったという事実をきちんと提示している点が高ポイント。重要なキャラを忘れたままで終わりのテレビ版はいささか消化不良な印象を受ける。

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ヒドラに関しても同様で、テレビ版では、ムトウアキラ少年を轢き逃げしたトラックの運転手がヒドラに襲われたり罰を受けたりする描写がなく(「自首して逮捕されましたよ」というハヤタのセリフがあるだけ)、また、楳図かずお版でもヒドラが襲うのは、ムトウ少年ではなく作品冒頭で和子という女の子を轢いたトラックの運転手で、ムトウ少年を死に追いやった直接の犯人をヒドラが襲って復讐を果たそうとする描写があるのは、この井上版だけである。そしてそのトラックを巡って、ヒドラと科特隊、さらにウルトラマンの繰り広げる追跡劇がドラマのクライマックスとなっている(これは一部、楳図版でも類似の描写があるが)。ウルトラマンはヒューマニストなので、相手が人殺しの運転手でも見殺しにはせず助けるのだが、そんなウルトラマンの足元に駆け寄ってくる運転手に対し、ウルトラマンは目を合わるのを拒むかのように、ヒドラの方に視線を移す。その悪人への厳しい態度が、幼少時の私などには大変印象的であった。そしてヒドラは、ウルトラマンの手にかかるまでもなく、ふたたび元の石像に戻っていく。ドラマとしての完成度は、テレビよりもこの井上版の方が高いように思われるのだが…。

テレビの「ウルトラマン」は、もろもろの特撮(飛行、爆破、戦闘など)に尺を使いすぎ、いささか収まりの悪い話が散見されるが、そういったドラマ的な「ほころび」を、この井上版コミカライズがうまく補っているケースが複数あることは注目に価するだろう。さらに言うなら、あまり再放送などなかったあの当時、子供たちはこの『現代コミクス』を再読三読していたので、井上版コミカライズこそが、ある時期までは、子供たちの脳内に刷り込まれた「ウルトラマンのオリジナルストーリー」そのものであった。かくいう私もそうであり、だから、ある程度大人になって再放送を見るようになった時、ペスターとウルトラマンの対決シーンがないことや、毛利博士が生死不明のまま忘れ去られていたこと、ムトウ少年の轢き逃げ犯が劇中でヒドラに襲われていないことなどに納得のいかないものを感じたのである。同様の印象を持たれた方は私以外にもきっといるはずで、井上版ウルトラマンのストーリーテリングの妙を、今回の復刻版で再確認していただければと思う。

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復刻版には収載されなかった「テレビウルトラマンニュース」(クリックで拡大)

※『現代コミクス版ウルトラマン』上巻は7月22日発売です!
posted by taku at 13:21| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

『現代コミクス版 ウルトラマン』刊行!(1)

今日は「ウルトラマン」放送開始51年。それにちなんで、久々のウルトラネタを。去年の50年の時には、いささか辛口の文章を書いてしまったので、今回はめでたい話題をご紹介したい。単行本化は不可能と思われていた『現代コミクス版 ウルトラマン』(漫画・井上英沖)の復刊ドットコムからの刊行である。

現代コミクス版 ウルトラマン 上 -
現代コミクス版 ウルトラマン 上

「ウルトラマン」放映の昭和41年から昭和42年当時、現代芸術社から子供向け月刊誌として刊行されていた雑誌『ウルトラマン』。毎号2本のコミカライズ作品を収録していたこの雑誌は、今では希少性も高く、マニア垂涎のシリーズとして知られています。今回は収録作のほとんどを手がける井上英沖による作品を上下2巻に分けて一気に収録!
上巻では、創刊号(昭和41年11月号)から昭和42年3月号までに掲載された「ネロンガ・バルタン星人・ジラース・ギャンゴ・ドドンゴ・ガボラ・ぺスター・新バルタン星人・ヒドラ」の回を収録。各号の巻頭作のカラー頁をかつての色調で再現し、当時の雰囲気を極力生かして再構成した復刻版です。

「ウルトラマン」放送当時のコミカライズといえば、『少年マガジン』(講談社)連載の楳図かずお版と『ぼくら』(同上)連載の一峰大二版、そして『現代コミクス』(現代芸術社)連載の井上英沖版の3つがあるが、最初の2つが何度も単行本化されているのに対し、この井上版は、出版社がつぶれて原稿は行方不明、おまけに掲載誌もあまり古本市場に出回らないという悪条件が重なり、これまでただの一度も単行本化されていない。それだけに、往年の特撮ファンにとって、かなり食指が動くアイテムであることは間違いないだろう。実はこの本の約3分の2は、私の持っていた『現代コミクス』が原本となっている。

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放送当時は、この『現代コミクス』を毎月購読している子供も相当数いたはずだが、その多くは成長過程で手離してしまったのだろう、50年が経った今では所有している人もほとんどなく、思った以上にレアな存在になっているようだ。しかし、断捨離などという今日的な行為とは無縁の私は、この『現代コミクス』を7冊ほど自宅の押入れに保管していたため、ちょっと自慢したい気持ちもあって、以前このブログで2回にわたって取り上げたのであった(こちらこちら)。

そうしたら昨年3月、突如としてこんなメッセージが送られてきた。

はじめまして。私は(株)復刊ドットコムの編集部に所属しております政田美加と申します。
(中略)弊社で、1966〜67年に「現代コミクス」や「TBSコミックス」で連載されていた井上英沖氏の『ウルトラマン』を単行本化できないかと、いま連載当時の雑誌を探しております。(中略)
大嶋様のブログで、いくつかお持ちであるとのことを発見し、何とか一時的に拝借できないかと連絡いたしました。ご興味いただけましたら、ぜひ、直接お目にかかって弊社についてのご説明などさせていただけたらと存じます。
何卒よろしくお願い申し上げます。

大伴昌司編の『怪獣ウルトラ図鑑』をはじめ、かなりマニアックな特撮系書籍を次々復刻している、あの復刊ドットコムさんから直々のご依頼である。かねてから、その業務内容や刊行物には並々ならぬ興味を抱いていたので、早速、担当の政田美加さんと連絡を取り、何冊かの『現代コミクス』を手に、大門にある会社をお訪ねした。

担当の政田さんは、もともとは某大手出版社の写真雑誌の編集部にいらした方で私とほぼ同世代。しばらく前に復刊ドットコムに移り、童話や少女マンガなどの復刻に携わったが、特撮関連の書籍は今回が初めてだという。
「ですから、いろいろ教えていただければと思いまして」
と丁重に頭を下げられ、こちらも思い切り恐縮してしまった。特撮ファンというのは、同性の前ではそれを吹聴することにさほど抵抗はないが、異性には、どこかでそれを隠しておきたいという心理が働くようで、だから、政田さんのような同年代の女性を前にして、ネロンガがどうだとかジラースがどうしたとか、あれこれ話すことに、最初のうちは気恥ずかしさを感じていたのだが、話を進めてみると、政田さん本人も女の子ながら「ウルトラマン」には本放送時にかなりハマっていたということで(特にジャミラの回は鮮烈に印象に残っているとのこと)、そうした気恥ずかしさもいつの間にか消え失せていた。

政田さんによれば、『現代コミクス』の復刊リクエストはそれなりの数寄せられているものの、原本は国会図書館にも収蔵されておらず、滅多に市場にも出ず、出たとしても相当の高額で、目下手をこまねいている状態なのだという。私は、まずは特撮マニアの一人として、今回の企画は興味深々であることを述べたが、同時に、コレクターとしては少なからず不安があることも正直に話した。というのは、私が所有している現代コミクスには、経年劣化がかなり進んでいるものもあり、ただでさえ傷みが激しいこの雑誌を、これ以上悲惨な状態にしたくなかったのである。

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「もしこれを原本として使うとしたら、スキャンするために一度バラバラにしなくちゃいけないんでしょ?」
最近目にすることの多い「自炊」と呼ばれる書籍解体作業のイメージを頭に浮かべながら、おそるおそる聞いてみた。すると政田さんいわく、
「いえ、大変貴重な御本なのは承知していますので、製本したままの状態で、できる限り開いてスキャンする形になります。それでもやはり、開き癖のようなものは残ってしまうと思うんですが、それをご了承いただけるようであれば…」
とのこと。バラさなくていいというのを聞いて少しほっとした。
「そうですか。でも、これは結構デリケートな問題ですので、返答には少しお時間をいただけるとありがたいです」
と、その話題は一旦棚上げにして、もうひとつの懸案事項に触れることにした。
「ブログではそれなりのコレクターのように書いてしまいましたが、実際、私は『現代コミクス』をすべて所有しているわけではありません。巻末が欠落しているものもありますし、だから仮に私が承諾したとしても、私の持っているものだけでは復刻は難しいと思います」
そう正直に現状を伝えたところ、
「もちろん、大嶋さんがお持ちでないものは、ほかのコレクターの方にも声をかけてみるつもりですし、ネットオークションや漫画図書館なども活用して、原本のコンプリートを目指すつもりです」
とのお答え。やはり餅は餅屋、これまでもさまざまな方法を駆使して原本を収集し、多くの復刻本を世に出してきたのだろう。

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「バルタン星人の巻」より。ウルトラマン登場以降のページが欠落している

しかし、まだもうひとつ、気がかりなことがあった。それは、マジックなどで思い切り落書きなどが書き込まれたページが少なからずあることで(当時3〜4歳の子供のやることだから仕方ない)、それがそのまま原本として使えるか、という心配だ。

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上下とも「ネロンガの巻」より。「ナゾーサマ」などと番組を超えた書き込みも…
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しかし、それに対しても政田さんは、
「最近はスキャンやレストア(修復)の技術が進んでいるので、相当コンディションの悪いものであっても、原本として使用することが可能なんです」
と、最近ご自身が担当された復刻書籍のページをめくりながら、丁寧に説明してくれた。それは大変きれいに印刷された少女マンガだったが、実際の原本(週刊誌)は紙が薄いため、裏写り(経年変化でインクが紙の裏側にまで染みてくること)がひどく、セリフなども読み取れない状態だったらしい。それを、専門スタッフが1コマ1コマ修復して、まるで生原稿から起こしたかのような鮮明な画像に仕上げたのだという。

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上は「ジラースの巻」、下は「ヒドラの巻」。下右ページのイラストは梶田達二
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政田さんは私が持参した『現代コミクス』を丁寧に見て、
「月刊誌ということもあって、通常の週刊誌なんかより厚めの紙を使っていますよね。そのおかげで裏写りもほとんどありませんし、これなら、それほど修復に手間をかけなくても、元の風合いを活かした、かなりいい感じ復刻本がでできるのではないかと思います」
とおっしゃる。私も、50年も幻のままだったコミックの復刻本の出来上がりをイメージして、何だかわくわくしてきた。そしてそんな話を聞かせてくれる政田さんの声のなんと甘く心地よいことか。編集者が説明しているというより、物語の中の登場人物がセリフを喋っているようなのだ。そしてその甘い声にはどこかで聞き覚えがあるなあ、と思っていたら、なんとなんと、政田さんは、あの増山江威子さんのお嬢さんだったのである! 増山さんといえば、「ルパン三世」の峰不二子バカボンのママキューティーハニーか、とにかく小中学生時代のわれわれをこぞって胸キュン(死語)させたお色気ボイスの持ち主。政田さんの声は、その増山さんの声とウリ2つなのだ。何しろ、あの山田康雄氏が家に電話をかけてきて政田さんが出ると、疑いもなく増山さんだと思っていきなり用件を話し出す、などということが一度ならずあったほどだという。親子というのは顔だけではなく、声も似るものだというのを初めて知ったが、とにかく、そんな不二子ちゃんボイスの政田さんがこの復刻本の担当者ということもあって、私は数日におよぶ沈思黙考の末、手持ちの原本を、謹んで復刊ドットコムにお預けすることに決めた。「そうすれば出版完了までの間、折に触れて不二子ちゃんボイスの政田さんの声を聞くことができる」という下心があったことは否定できない。実際、それからは大した用事がなくても、
「その後、進捗状況はどうですか」
などと、月に一度くらいは編集部に電話を入れ、時にはバカボンのママを、時には如月ハニーをイメージしつつ、政田さんと話をするのが密かな楽しみになっていた(半分以上は冗談です、すみません)。

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『現代コミクス ウルトラマン』は全部で12冊刊行されているが、そのうち3冊は岸本修や加来あきらの筆によるもので、井上英沖は執筆していない。今回は井上英沖作品のみの復刻ということなので(個人的には現代コミクスすべてを復刻して欲しいという思いもあるが)、井上が執筆した9冊の「現代コミクス」を入手すればコンプリートとなる(上表の黄色のもの)。一方、私が持っている『現代コミクス ウルトラマン』は赤丸で示した7冊だが、そのうち井上執筆本は、1966年11、12月号、1967年2〜4月号の5冊だけで、あと4冊足りない(本当は1月号や5〜7月号も持っていたのだが、中学生くらいの時に処分してしまったのだ!残念!)。

その4冊を探すこと数ヵ月。やがて5月号は、私同様、ご自身のブログに現代コミクスの記事を書いていた「しら」さんからの借用が決まり、そして6、7月号の2冊は、まんだらけで販売されていたものを政田さんが見つけて購入したということだったが、最後の1冊、ドドンゴとガボラが登場する1月号が、どうしても見つからない。原本が9冊すべて揃わなければ、会社から正式なGOサインは出ないのだという(ドラゴンボール的な世界観ですな)。そんな時、たまたまその1月号がヤフオクに出品されていて今日の夜まで、という知らせが政田さんから入り、私も急遽入札に参加、それなりに激しい競り合いの末、想定額より安い金額でめでたくゲットすることができた(金額が低めだったのは巻末の数ページが欠落していたため)。数日後、無事に現物が届いた時には、ついに全冊が揃った充足感で、年甲斐もなく小躍りして喜んだものである。

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ついに手に入れた1月号。これも昔は持っていたもの。数十年ぶりの再会!

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めでたく9冊がコンプリート。1月号を復刊ドットコムに届けた際に撮影

以上が昨年9月のことであり、その後、政田さんは円谷プロや「ウルトラマン」各エピソードの脚本家の方、もしくはその著作権継承者に許諾を取る作業に取りかかる。だが、それが思いのほか難航したようで、ウルトラマン放送開始50年にあたる昨年中の刊行は間に合わなかったが、満51年を数えるこの7月に、めでたく日の目を見ることとなった。周年事業に1年程度の遅れはつきものである。私もこの間「鎌倉アカデミア創立70周年記念」と銘打った映画を公開したが、実は創立70年は去年のことであった。また、かの渡辺宙明先生の卆寿記念コンサートも年をまたいで行われたし、このくらいは許容範囲であろう。政田さん、長丁場本当にお疲れ様でした。

そしてついに一昨日(7/15)、完成した『現代コミクス版 ウルトラマン』が手元に届いたのだが、果たしてその出来栄えは…?

つづく

※『現代コミクス版 ウルトラマン』上巻は7月22日発売です!
posted by taku at 18:31| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月22日

おらが生田は特撮の町

昨日(10/21)の「じゅん散歩」(テレビ朝日系)で、川崎市多摩区生田が取り上げられていました。かつてこの町には、東映の生田撮影所(生田スタジオ)があり、そこで「仮面ライダー」などの特撮番組が作られていた、との説明が(第4話「人喰いサラセニアン」の映像もダイジェストで流れました)。

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これが当時の生田スタジオの写真。画像提供者は…そう、私です(右上にテロップが出ているのがおわかりでしょうか)。半月ほど前にテレビ朝日映像のスタッフの方から連絡があり、こちらのページで紹介されている画像を拝借したいとのことでした。あのころのスタジオ外観写真というのはほとんど残っていないそうです。
ひとつ気になったのは、番組の冒頭で、生田駅周辺の風景を映したあと、すぐ生田スタジオの画像に切り替わったこと。この見せ方だと、生田スタジオは生田駅の近くにあったと思う視聴者が少なからずいるのではないでしょうか。ちなみに実際の最寄駅はひとつ先の「読売ランド前」で、住所も川崎市多摩区細山(現在は麻生区多摩美)、生田駅周辺とは別エリアです。まあ、このあたり一帯の総称が生田(上菅村と五反村が合併して誕生)なので、大きな意味では間違っていないんですが(細かいところにこだわるのがマニアの悪い癖)。

さて、このあと生田スタジオの跡地に足を伸ばすかと思いきや、残念ながらそういったくだりはなく、散歩者が次に向かったのは、駅南口から歩いて数分のこの建物。

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今も生田に実家がある私にとっては、さんざん見たことのある外観だったのですが、カメラが中を映したのを見てびっくり!

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「デンジマン」「サンバルカン」「シャリバン」「ジャスピオン」など数多くのヒーロー番組の現場スチールが、これでもかと壁に貼られているではありませんか! 何とここは、それらの番組でヒーローのスーツアクターを担当した柴原孝典氏が代表を務める「オフィスワイルド」だったのです。まさか、こんなところにあったとは!

いやあ、生田は今も昔も特撮の聖地ってことですよ。地元民としては、少し得意げなのでした。
posted by taku at 21:52| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

「ウルトラマン」お気に入りエピソード

今年は梅雨明けも遅いし、何となく冷夏なのでは、と密かに期待していたのだが、大はずれでした。この容赦ない暑さ、いったいどうしてくれるんだって感じです。

というわけで、8月に入ったら、今年めでたく放送開始50年を迎えた「ウルトラマン」についていろいろ書こうと思っていたのですが、いまやその気力も萎え果てました。ごくごく簡単に、現時点でのお気に入りエピソードを列記するにとどめたいと思います(あくまで個人の見解です)。

「ウルトラマン」お気に入りエピソード ベスト5 (放送順)

第20話 恐怖のルート87(ヒドラ)
第30話 まぼろしの雪山(ウー)
第33話 禁じられた言葉(メフィラス星人)
第37話 小さな英雄(ジェロニモン)
第39話 さらばウルトラマン(ゼットン)

【次点】

第2話 侵略者を撃て(バルタン星人)
第7話 バラージの青い石(アントラー)
第16話 科特隊宇宙へ(バルタン星人二代目)

奇しくもベスト5はすべて金城哲夫脚本回で、それも後半に集中しています。彼はメインライターなのに、後半は「ウルトラマンが怪獣を倒す」という基本フォーマットをはずした話が多くなります(上記の5話はすべてそうです。ヒドラもウーも自然消滅、メフィラス星人とはドロー、ジェロニモンはイデが倒す、ゼットンも岩本博士が開発した新兵器で倒すといった具合)。

幼少期はもっとストレートな話が好きだったと思うのですが、今では、ウルトラマンと怪獣のバトルより、寓話的な世界観や、登場人物の葛藤描写などに強く惹かれます。金城哲夫という人は、当時まだ20代ながら、そういう深みのあるドラマを描けるライターだったのだなあ、と改めてその豊かな才能に感服します。

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posted by taku at 14:34| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

ウルトラマン放送開始50年

19660717.jpg ※画面はハメコミ合成です

今を去ることちょうど50年前、1966年7月17日(今日と同じ日曜日であった)。TBS系列で夜7時から放送が始まったのが、ご存じ「ウルトラマン」である。1963年生まれの私はこの時まだ3歳だったから、放送開始の時の詳細な記憶はない。しかし、毎週熱心に番組を見ていたのは間違いないし、シスコのウルトラマンチョコレートの懸賞に応募して流星バッチを2回ゲットしたこともある(残念ながら現物は今はない)。現代コミクスなどの雑誌を毎月愛読し、お絵描きといえばひたすら怪獣とウルトラマンであった。そして、最終回の放送日(1967年4月9日)が、ちょうど今の実家に引っ越した当日であったこともあり、ウルトラマンがゼットンに倒されたあのエピソードを新居で視聴した記憶ははっきりある。実はその時、後に「帰ってきたウルトラマン」を演じることになる、きくち英一氏が引っ越しの手伝いでうちに来ていた(きくち氏は日大芸術学部での父の教え子である)。彼と一緒に番組を見たというのも、今思えば不思議な体験であった(そのあたりの詳細はこちら)。

とにもかくにも、日本特撮史上に燦然と輝く番組が、今からちょうど半世紀前にスタートしたわけで、53歳の私としては、自分の人生とほぼ重なっているということもあり、感慨は尽きない。

しかし、「ウルトラマン」については、正直どうも筆が重い。今年は「仮面ライダー」の生誕45周年の年でもあり、4月にはそれにちなんだブログも何回か書いたが、「ライダー」については、特に何の抵抗もなかった。それが「ウルトラマン」になると、どうしていろいろ作品と関係ないところでブレーキがかかるのか。

まあ、無理やり文学的な表現をしてしまうと、仮面ライダーがあくまで人間の延長線上に位置する「大自然の使者」であるのに対し、ウルトラマンは宇宙の彼方(光の国)からやって来た、まさに人知を越えたヒーローであり、そんな彼が「100万ワットの輝き」を発すれば発するほど、そこに生じる影(すなわち闇)もまた、底知れず深くなる、ということだろうか。

「ウルトラマン」の実質的な原作者にしてメインライターだった金城哲夫は1976年に37歳の若さで死去(今年は金城哲夫の没後40年でもある)、それに先んじて監修者の円谷英二は1970年、その長男でメイン監督だった円谷一は1973年、雑誌の特集ページや図鑑の編集など、紙媒体で怪獣文化の普及に貢献した大伴昌司も同じ年の半月ほど前に世を去っている。円谷英二は68歳だから仕方ないとしても、円谷一は41歳、大伴昌司は36歳と驚くほど若い。何より、「ウルトラマン」の放送開始からわずか10年の間に、これだけの中心的人物が亡くなっているというのは尋常ではない。

その後も、怪獣デザイナーの成田亨が著作権をめぐって円谷プロと揉め事(後年には訴訟も)を起こし、正式な和解を見ずに亡くなったり、ウルトラマンのアクションボイスを担当した声優の中曽根雅夫がアパートの一室で人知れず旅立ったり、円谷一の三男の浩(「宇宙刑事シャイダー」)が、これも37歳という若さで他界したりと不祝儀が続き、そしてとうとう制作プロダクションだった円谷プロそのものが、長年の放漫経営の結果、円谷一族とは関係のない人間の手に渡ってしまう(現在の円谷プロ経営陣の中に「円谷」姓の人間はいない)。「ウルトラマン」50年の歴史を顧みると、そこにはまさに屍(しかばね)が累々と横たわっている印象だ。

しかし、「ウルトラマン」といえば、今や日本のみならず世界にも通用する特撮ヒーローの白眉である。どんなに悲惨なバックステージであったとしても、その歴史を冷静な目で検証するという作業は必要だと思う。というわけで、「ウルトラマン」放送開始50年の節目に、これぞお勧めという「ウルトラマン」関連本を4冊ほど紹介してみたい。


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『ウルトラマン昇天―M78星雲は沖縄の彼方』山田輝子(1992・朝日新聞社)
※1997年に朝日文庫から『ウルトラマンを創った男―金城哲夫の生涯』と改題して再販


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『金城哲夫―ウルトラマン島唄』上原正三(1999・筑摩書房)

この2冊は、金城哲夫の生涯を追った評伝。出版順に『昇天』→『島唄』という流れで読むのがわかりやすいと思う。『昇天』の著者・山田輝子は玉川学園高等部で金城の1年先輩で、金城が入学の面接試験を受けた場に立ち会っている。「南から来た少年」金城の描写が鮮やかだ。一方、『昇天』を書いた上原正三は、言わずと知れた金城の円谷プロ時代の朋友で、当然ながら「ウルトラマン」「ウルトラセブン」制作時のエピソードはきわめて具体的である。沖縄に戻ってからのエピソードは両書とも大差はないが、金城が息を引き取る際の描写が、『島唄』は妙に小説的なのが気になった。このあたりは宇佐美承からノンフィクションの手ほどきを受けた山田の方が、抑えた筆致である分、むしろ金城の無念の死を際立たせていたように思う。いずれにせよ、20代の絶頂から30代の転落(彼は文字通り、転落して世を去った)という、ドラマ以上にドラマチックな、何ともやりきれない生涯である。
なお、『昇天』では金城が沖縄時代に作った自主映画のタイトルが「よしやちる」と表記されているが、文庫化された『ウルトラマンを創った男』や『島唄』では「吉屋チルー物語」となっている。この映画は最近も沖縄で上映会が行われているが、「吉屋チルー物語」が正式のタイトルのようだ(筆者は未見)。

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『ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか?』河崎実(2001・メディアワークス)

タイトルだけ見ると「トンデモ本」のようだが、そして事実、「トンデモ本」的な要素もかなり入っているのだが、第三章「中曽根雅夫とはどんな人だったのか?」は大変に真面目なインタビューによる構成で(証言者は声優の田中信夫)、「タイガーマスク」のアントニオ猪木役以来、中曽根雅夫の隠れファンだった私としては、かなり衝撃的な内容だった。それ以外にも、「シュワッチ」というかけ声は「ウルトラマン」本編中では一回も使われておらず、それを最初に使用したのは永井豪である、といった意外な真実も記されており、著者のひたむきな「ウルトラ」愛が伝わってくる。

余談だが、私は河崎実監督が明治大学農学部の学生だった1979年に、彼が生田校舎の大教室で行った上映会を見に行ったことがある(実家から歩いて行ける場所だったので)。円谷プロからレンタルしたウルトラシリーズの16mmプリントと、ご自身の監督作「フウト」「√ウルトラセブン〜放浪の果てに」などが上映されていた。「√ウルトラセブン」は、上西弘次が実際に着用したセブンスーツを使用したというこだわりぶりで、お話や撮影手法もかなりハイレベルだったと思う(敵宇宙人の発する光線はシネカリグラフだったが)。

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『ウルトラマンが泣いている』円谷英明(2013・講談社現代新書)

円谷英二の孫にして、円谷一の次男である6代目社長の回想録。アマゾンのレビューなどを見ると、「こっちが泣きたい気分だ」などという酷評もあるが、円谷プロの常識はずれな経営状態がつぶさにレポートされており、よくこのやり方で何十年も会社として続けて来られたな、と感心するやら、いろいろな意味で身につまされるやら。沖縄に戻ったあとの金城哲夫が酒びたりだったのは上記の『昇天』や『島唄』で知っていたが、円谷一もまた晩年は酒に溺れていたようで、車で大涌谷まで行って発作的に一家心中(?)をしかけた話や、赤坂のクラブのママと再婚した話、ある朝突然倒れてそれきりだったという話など、初めて知る哀しいエピソードも多かった。円谷一は第二次怪獣ブームのさなか(「ウルトラマンA」の放送終盤時)に亡くなったが、順調に見えたウルトラシリーズを続けていくのがこれほど大変だったのかと、何度もため息をつきながら読んだ。ほかにもげんなりがっくり系エピソードがてんこもりなので、精神的に低迷している人は、あまり読まない方がいいかも…。

ちなみにこの本は、上記の3冊とは異なり、円谷プロの許諾が得られなかったのか、ウルトラマンや怪獣のスチール写真が1点も掲載されていない。仮にも円谷プロの元社長が書いた「ウルトラマン」関連本だというのに…(載っているのは円谷英二、円谷一、金城哲夫の人物ショットのみ)。このあたりにも追放された者の悲哀を感じる。宇宙猿人ゴリなら「この悔しさを忘れはしない」と歌うところだろう。

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「たのしい幼稚園」のテレビ絵本・宇宙猿人ゴリ(1)「ゴーゴースペクトルマン」(1971・講談社)
忘れられがちだが、この作品も今年で45周年だ!

いやあ、久々に長くなってしまった。気がつけば日曜日ももう夕方ではないか。特撮系の話を書いているとだいたいこのパターンだ。世間はウルトラマン50周年で大層盛り上がっているようだが、「サスケ」のオープニングナレーションにもあるように「光あるところに影がある」というわけで、今回はあえてその影の部分にスポットを当てた次第である(実際には影にスポットを当てると影は消えちゃうんだけどね)。
posted by taku at 17:57| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

倉田室長よ永遠なれ!!

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4月14日、アニメファンにも、特撮ファンにも、そして洋画吹き替えファンにも衝撃が走った。つい最近まで、あの雷のような威勢のいい、そして張りのある低音ボイスをわれわれに届けてくれていた大平透氏のまさかの訃報(4月12日、肺炎にて逝去、86歳)。この方だけは、いつまでもお元気でいてくれるイメージがあったのだが、最後は意外と早かった。まずは、生前の偉業に深く敬意を表し、謹んでご冥福を祈りたい。

いろいろな作品が頭に浮かんでくるのだが、日本に「声優」という職業が生まれる前から生のアテレコをやられてきた方なので、出演作も膨大な数である。代表作といわれるものだけあげても十指を軽く越えてしまう。メディアは一体、どのあたりの作品を氏の「メジャーワーク」として取り上げたのか気になり、ネットで訃報記事を調べてみたところ、以下のような結果になった(作品名のみ抽出、役名は省略)。

朝日新聞
「スーパーマン」「ハクション大魔王」「笑ゥせぇるすまん」「ザ・シンプソンズ」

読売新聞
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「おらぁグズラだど」「ハクション大魔王」「スター・ウォーズ」「ザ・シンプソンズ」「笑ゥせぇるすまん」

毎日新聞
「スーパーマン」「ハクション大魔王」「スター・ウォーズ」「笑ゥせぇるすまん」

東京新聞
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「ハクション大魔王」「笑ゥせぇるすまん」「科学忍者隊ガッチャマン」「スター・ウォーズ」

日本経済新聞
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「ハクション大魔王」「笑ゥせぇるすまん」

サンケイ新聞
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「スター・ウォーズ」「ハクション大魔王」「戦隊シリーズ」(ナレーション)「笑ゥせぇるすまん」

共同通信
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「ハクション大魔王」

時事通信
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「マグマ大使」「ハクション大魔王」「科学忍者隊ガッチャマン」「秘密戦隊ゴレンジャー」(などのスーパー戦隊シリーズ)「笑ゥせぇるすまん」

日刊スポーツ・スポーツニッポン(東京新聞と同記事)
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「ハクション大魔王」「笑ゥせぇるすまん」「科学忍者隊ガッチャマン」「スター・ウォーズ」

スポーツ報知
「スーパーマン」「ハクション大魔王」「スター・ウォーズ」「笑ゥせぇるすまん」

サンケイスポーツ
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「ハクション大魔王」「戦隊シリーズ」(ナレーション)

デイリースポーツ
「スーパーマン」「スパイ大作戦」「マグマ大使」「おらぁグズラだと」「ハクション大魔王」「科学忍者隊ガッチャマン」「スター・ウォーズ」「笑ゥせぇるすまん」

主だった新聞系13メディアを調べた結果だが、やはり、出世作である「スーパーマン」はすべてのメディアが、経歴とからめて記載していた。そして「ハクション大魔王」も、全メディアが紹介している(そんなに人気番組だったのか? とちょっとびっくり)。次いで多かったのが「笑ゥせぇるすまん」。晩年の代表作であり、最近までCMもオンエアしていたから、これは妥当なところなのだろう。

一方、私のような特撮ファンとしては、「マグマ大使」を取り上げたのがわずか2つのメディアだけだったのは少々淋しい。「戦隊シリーズ」などのナレーションに言及したのも3メディアだけであった。しかし、「マグマ大使」も「戦隊シリーズ」も、取り上げたメディアがあっただけ、まだ救われている。1年3ヵ月も放送され、しかも顔出しでレギュラー出演していた「スペクトルマン」(番組開始時は「宇宙猿人ゴリ」)については、トップクレジットだったのにも関わらず、ただひとつのメディアも取り上げていないのだ(まあ、充分予想された事態ではあるが)。

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「宇宙猿人ゴリ」(「スペクトルマン」)1971年1月2日放送開始

とはいえ、1963年生まれの私にとって、「大平透」といえば、「スーパーマン」でも「笑ゥせぇるすまん」でもなく、まず何より「スペクトルマン」の倉田室長(ボス)である。上に挙がった数々のメジャーワークについては、ほかの人がいろいろなところで充分書いたり語ったりすると思うので、このブログでは、マイナーワークとも言うべき「スペクトルマン」の倉田室長(ボス)に絞って、その知られざる魅力を紹介していきたい。

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倉田茂雄。42歳。公害調査局第八分室室長。妻・長男と都内の団地に暮らす。通称ボス(実際の大平氏は、撮影開始当時40歳になったばかりだが、ダブルの背広もダンディに着こなし、大変な貫禄である。現在のへなちょこな40代とはえらい違いだ)。

では、彼が指揮を執る「公害調査局」とは一体どのような組織なのか。
ここで、今や貴重な当時の文献を紹介しておこう。

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『怪獣カラー図鑑』(1971年・秋田書店)

この中に「われらは公害調査員」という特集ページがある。

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この記事内に、「国家公務員として、日本全国の公害に関するあらゆる調査・記録・科学分析などの仕事を使命とするのが公害調査員つまり公害Gメンである」との記述がある。一見、地方公務員のような地味さだが、彼らはれっきとした中央の官吏なのである。

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ちなみに、内閣に公害調査室が設置されたのはこの前年の1970年7月31日で、環境庁の発足は1971年7月1日。この番組はちょうどその中間に当たる1月2日にスタートしており、まさに時代状況を敏感に取り入れた設定と言えそうだ。しかし肝心のオフィスは雑居ビルの一室のようで、花形部署という印象ではない。記事にも、「公害調査室は、東京駅近くのあまりりっぱではない建物の一画にある」と正直に書かれている。

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そしてそれを裏付けるかのように、倉田ボスは第1話「ゴリ地球を狙う!」の初登場シーンでいきなり、
「予算は少ないし、設備も充分ではない。あるのは…情熱だけかも知れない」
とぼやく。まるでこの番組の制作体制のことを言っているようである。

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そこへ蒲生譲二(スペクトルマンの人間体)が公害Gメン志願者として転がり込み、後に正式配属となる。

お堅いはずの公務員職場に、型破りな新人が加入し、先輩たちにもまれながら事件を解決していく。そして、それを暖かく見守るボス。…これって、「太陽にほえろ!」と同じフォーマットでは??と、「太陽にほえろ!」が始まってから思ったものである。実際、実写のテレビドラマで上司を「ボス」と呼ぶのは「太陽にほえろ!」が最初のように思われがちだが、この「スペクトルマン」の方が1年半も早い。また「ストライプの背広をおしゃれに着こなす恰幅のいい中年上司」というイメージも、倉田室長と藤堂係長(石原裕次郎)に共通のものである。

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貫禄充分の倉田ボス(第19話)。なぜか後ろに「2001年宇宙の旅」のポスターが見える

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こちらは「太陽にほえろ!」の藤堂ボス(第1話)。石原裕次郎は当時38歳

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第1話の後半、大空を飛ぶスペクトルマンを指差し、「あれは何だ?」と叫ぶボス。「スーパーマン」へのオマージュか?

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第2話「公害怪獣へドロンを倒せ!!」より。負傷した蒲生を気遣うボス。後でも述べるが、このチームはなぜかスキンシップがさかんである。

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公害Gメン全員出動の図。最初のうちは、倉田ボスも現場に出向くことが多かったが、後半は多忙のためか、内勤が増えていく。このあたりも「太陽にほえろ!」の藤堂ボスと同じ?

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第10話「怪獣列車を阻止せよ!!」でのワンシーン。歩き疲れて座り込んだ有藤にボスは、
「だらしないぞ」
と一喝する。すると有藤はひとこと、
「ボスみたいにぼくはスーパーマンじゃないですからね」

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またしても「スーパーマン」ネタである。しかしボスはまんざらでもなさそうな表情。

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このすぐあと、怪獣に気づかれないよう、ボスは有藤の口を押さえるのだが…

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どう見ても無理やりキスしようとしているようにしか見えない。

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第15話「大地震東京を襲う!!」第16話「モグネチュードンの反撃!!」では妻(奈津子)と長男が登場。長男は「まもる」という名前(「マグマ大使」つながりか?)。

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まもるの誕生日に、部下ともどもプレゼントを大量に買い込むボス。かなりの親バカ。

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一行がバスを待っている時、突然大地震が発生(この回の特撮は力が入っている)。

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「一度燃えたところは二度と燃えない」と、部下を焼け跡に誘導するボス。さすが戦争経験者。

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激しい揺れのために団地のリビングルームが真っ二つに。何とこれはミニチュアではなく実際のセット。左隅でボスの奥さんが悲鳴を上げている。

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パニック映画のワンシーンのよう。このあたりは町田市鶴川の「お化けマンション」にて撮影。

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団地は今や倒壊寸前、まもるはベランダから宙吊りになってしまう。

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この時のボスは、動転のためか、まもるに呼びかける声が何度か裏返る。大平透の裏返った声というのもかなり珍しい。

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まもるが蒲生に救出されたあとも、寄り添ったままの2人。あつあつ夫婦である。

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第19話「吸血怪獣バクラー現わる!!」より。
この日のボスはちょっとご機嫌ななめ。たるんでいる部下たちを一喝。

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「ああまったく、どうしてこうウチの連中はとぼけているんだろうね」
と嘆く。

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第20話「怪獣バクラーの巣をつぶせ!!」より。
富士山内部に作られたシロアリ怪獣バクラーの巣を焼き払うため、スペクトルマンはガスタンクを両手に抱え上げ、

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それを富士山の火口に投げ入れるという暴挙に出る(スペクトルマンは無限大に巨大化できるという物凄い設定)。

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「お、ガスタンクじゃないか」と、冷静に状況を語るボス。

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その結果、富士山は大噴火。そんな大災害を目の当たりにしても、さすがボスは大物、

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「富士山だって、怒りたくもなるだろうよ。怪物の巣にされちゃあな」
のひとことですませている。

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第36話「死斗!! Gメン対怪獣ベガロン」より。
公害Gメンは「怪獣Gメン」に組織変更となり、最新鋭の装備や武器が供給されることに。

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テレショップのようによどみなく、新兵器の説明を続けるボスの姿がおかしい。隣りにいる新女性メンバーの紹介はそっちのけ。

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「ボスぅ〜」とせがまれて、やっと一同にお披露目。なかなかのべっぴんさんです(すぐに降板したのが残念)。

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箱根に怪獣が現われたとの知らせを受け、怪獣Gメン初出動。

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メンバーの服装はアクティブなものになったが、ボスだけは相変わらず背広姿。

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第48話「ボビーよ怪獣になるな!!」より。
「アルジャーノンに花束を」をベースにした、名作の誉れ高い一編。そば屋の三平(鶴田忍)との微笑ましいツーショット。

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「三平くん、何かいいことでもあったのかね」
と問いかけるボス。しかしその「いいこと」が大きな悲劇を招くことに…

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最終回「さようならスペクトルマン」より。
作品後半では本部で司令塔役に徹していたボスだが、最終回ということもあり、久々にみずから出動。

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蒲生が少年に渡した形見のペンダント(スペクトルマンのバックルを模したもの)を見て、その正体をはっきり悟るボス。

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「そうか。蒲生、やっぱり君は…スペクトルマン」
というモノローグが重く響く。

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スペクトルマンとラーとの最後の決戦。

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傷つきながらもダブルフラッシュでラーを倒し、猿人ゴリは自決。戦いを終えたスペクトルマンが故郷に帰る時が来た。もう蒲生譲二の姿には戻れないと母星のネビュラ71から宣告されているため、残念ながら、蒲生とボスとの別れの場面はなし。

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しかし、無言でスペクトルマンを見つめるその表情は、それまでボスが見せたことのないもので、かなり胸が熱くなる。

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そんなボスに、慎み深く頭を下げるスペクトルマン。

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帰還するスペクトルマンを見送る一同。「ウルトラセブン」の最終回と似ているようだが、あちらは全員が「セブン=モロボシ・ダン」だとわかっていたのに対し、こちらは、ボスだけが真実を知っている、というところが何となくいい。

以上、かなりダイジェストで倉田ボスの雄姿をご紹介してきた。先ほども書いたように、「スペクトルマン」は大平氏のメジャーワークとは言えないかも知れないが、その美声のみならず、人柄を感じさせる温顔や堂々たる体躯をたっぷり鑑賞できる、数少ない実写作品である。撮影現場での大平氏は、実際に「ボス」的な存在だったようで、自身が行きつけのブティックとタイアップして、他の出演者のスーツを用意したという逸話もあるらしい。
そんな現場のアットホームな雰囲気が、そのまま画面に現れているようで、公害Gメンの職場はいつも和やかで楽しそうに見える。新人の蒲生は、その奇行の多さゆえ、時にボスや先輩たちから変人呼ばわりされるが、それもいわば親愛の情の表れで、いじめのような陰湿さはまったく感じられない(この辺が、同時期放送の「帰ってきたウルトラマン」のMATと大きく違うところだ。あちらは岸田を筆頭に全員顔つきが険しく屈折した感じで、何かというと新人の郷に辛く当たる。チーム全体の雰囲気も暗く、子供心にもMATの連中には親しみを持てなかった)。公害Gメンチームの好感度の高さは、ひとえに「ボス」倉田室長の人徳、すなわち演じた大平氏自身の人徳によるもののように思われる。故人を偲びつつ、改めて第1話から見直してみたい作品である。

なお、この作品の終了から半年後、「科学忍者隊ガッチャマン」の放送が始まり、そこで大平氏は科学忍者隊の統率者である南部博士を演じることになる。実写特撮作品の正義側リーダーと、アニメ作品の正義側リーダーの両方を演じたのは、おそらく大平氏一人だけではなかろうか。

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そしてその数年後には、「秘密戦隊ゴレンジャー」をはじめとする東映戦隊ものやメタルヒーローシリーズのナレーションを担当、長きにわたって作品の水先案内人を務めることになる。その時代の戦隊ものやメタルヒーローものはほとんど見ているが、あのナレーションは、作品に大いなる「安定」をもたらしてくれたと思う。たとえ物語の展開が(例えば「時空戦士スピルバン」の最終回のように)かなり破綻していたとしても、あの声で語られてしまうと、「まあ、大平さんが言ってるんじゃ仕方ないか」と納得させられてしまう「押し出しの強さ」とでも言おうか。しかしその一方、あの時代の東映特撮のラスボスといえば、飯塚昭三氏が担当する率が高く、飯塚氏の声ももちろん好きだったが、たまには趣向を変えて、大平氏がラスボスをやってもいいのになあ、などとしばしば思ったのも事実だ。
「もうナレーターポジションが定着してしまい、ゴアのようなパワフル系の悪の帝王を演じることはないのだろうか」
と残念に思っていたので、1995年に「超力戦隊オーレンジャー」で皇帝バッカスフンドを演じた時にはかなり驚いたものである。ゴア以来、約30年ぶりのラスボス復活ということで大いに期待したが、最終回まで玉座に留まることなく、物語中盤で退場してしまったのは残念だった。

大平氏については、まだまだ語りたいことがあるが、かなり長くなったので今回はこの辺にしておこう。自分が幼少のころからなじみの深かった俳優、声優諸氏が、次々に天に召されていくのを見るのは、かなり辛いものがあり、自分がそれだけ年を取ったという現実と相俟って、得もいわれぬ喪失感に襲われる。しかしもう多くは語るまい。映像作品の中では、いつだって、彼らに会えるのだから。
posted by taku at 19:53| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

祝!仮面ライダー生誕45周年(おまけ)

仮面ライダー生誕45周年を祝い、タクラマブログがお送りするお宝シリーズのおまけ。前回で終わったはずだが、手元にこういうものが残っていたので、放送当時の資料として公開することにした(コンディションが大変悪いので、どうしたものかかなり悩んだのだが…)。

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『テレビマガジン』1972年9月号で「ショッカー怪人 人気コンテスト」が行われたのは特撮ファンなら周知の事実だが、その告知グラビアがこれ。全62体の写真をずらりと並べた「エントリー怪人カタログ」である。なお、『テレビマガジン』そのものは残っていないのであしからず。

★25ページのせつめいをよくよんで、ごうかしょうひんがあたる「人気コンテスト」におうぼしよう!

★「人気コンテスト」におうぼするときは (イ)すきな怪人 (ロ)つよいとおもう怪人 (ハ)こわかった怪人 を一つずつかいてください。くわしくは25ページをみよう。

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前に紹介した同年刊行の黒崎出版『仮面ライダー画報』では、旧1号編(1クール)の初期怪人も2クール以降に特写されたスチールが多く使われていたが、ここでは、撮影当時のスチールが比較的多く採用されているのが嬉しい(蜘蛛男、蝙蝠男、サラセニアン、死神カメレオン、蜂女など。さそり男はショッカーベルト着用なので撮影時のスチールではないが、出回った時期から推定して1クール撮影時と思われる)。

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今ひとつ注目すべきは怪人のナンバリング。

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1の蜘蛛男から34の狼男まで(1〜3クール)はきっちり放送順だが、35のプラノドン以降(4クール〜)は制作順に変わる。

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新1号編(5クール〜)の怪人も制作順で、48のドクモンドから58のナマズギラーまでつづく。

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59のサイギャングと60のセミミンガは制作ナンバーが逆だが、どちらも同じ塚田正煕組(2本撮り)なので流れは崩れていない。

そして、映画版に登場の2怪人、61のザンジオー、62のカミキリキッドで締めくくり。

ちなみに黒崎出版の『仮面ライダー画報』と同様、ここでも青色狼男(実験用)は、別個体にも関わらず、ひとつの怪人としてカウントされていない(記載なし)。一方のドクガンダーは、同一個体なのに、別怪人としてカウントされている。これには少々納得がいかないような…。
posted by taku at 21:18| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

祝!仮面ライダー生誕45周年(4)

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仮面ライダー生誕45周年を祝い、タクラマブログがお送りするお宝本シリーズ第4弾。前回につづき、今はなき黒崎出版から刊行の『仮面ライダー画報』(1972年4月5日発行)。放送開始1年を迎え、番組が一番の盛り上がりを見せていたころの本である。同時期には「超人バロム1」「変身忍者嵐」(ともに東映生田スタジオ制作)もスタートしており、「第2次変身ブーム」が頂点を迎えつつあった。

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ついに本郷ライダーの本格復帰。どうせならオートバイも、この時点で新サイクロンにして欲しかった(「性能アップしたサイクロンにのって…」と書かれている割に、マシンが相当くたびれているような…)。

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当時の男の子なら絶対に真似したことのある変身ポーズ。

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出ました地獄大使。初回撮影時のスチールで、メイクが薄め。また、右から2人めと3人めの戦闘員が「ゴッツンコ」しているのもおかしい(こんなスチールしかなかったのか?)。

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このサイケ(?)な2色カラーと無理やりなコラージュこそ、この『仮面ライダー画報』の最大の特色。以下、こういうページがこれでもかと続きます。

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死神博士と地獄大使の紹介。死神博士は映画版「仮面ライダー対ショッカー」の時のスチールで、戦闘員が抱いている少女は大道寺珠美役の斉藤浩子。一方の地獄大使は、先ほどのページと同様、撮影最初期(ドクモンドとギリーラが登場する56、57話)のもので、したがってこの2枚の撮影時期はかなり近い(ショッカー基地がともに新デザインであることからも明らか)。それにしても死神博士の説明が思い切りガセで笑える。「ライダー2号にたくらみをじゃまされ、消えていった。処刑されたという説もある」って、ひどすぎない?

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「最初のボス」ゾル大佐は、2色ページながら2ページが割り当てられている。「くも男をはじめ多くの怪人をあやつって」とあるが、蜘蛛男のころはまだゾル大佐は赴任していないので、「地獄サンダーをはじめ」が正しい。なお、前回の『図鑑』では狼男の扱いがはっきりしていなかったが、数ヶ月の間に設定が定着したようで、「みずから黄金の狼男に化け」と記述されている。

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大変有名な特写カット。生田スタジオにほど近い階段にて撮影。ちなみに、これは裏焼きではないが、あとでこれの反転写真が堂々と出てくるので要注目。

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1〜3月期の「仮面ライダー」といえば、何といってもダブルライダーの競演。まさに「怪我の功名」というべきか。

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ただ、このあたりのスチールは、すでに「テレビマガジン」に掲載されていたものが多かったので、新鮮味は乏しかった。

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随所にあらわれる謎の2色ページ。どうしてこういうカラーリングなの? ライダーのCアイなんてまん丸だし…。デザイナー寝ながら仕事をしてたのか?

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後半は「50怪人全員集合」。蜘蛛男からドクモンド、ギリーラまでを収録。

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懐かしい蜘蛛男、さそり男あたりから始まり、

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かまきり男、死神カメレオンと続くが、このころの印刷物に載る初期怪人の写真は特写スチールが圧倒的に多くなり、オリジナルデザインを拝めないのが残念(このかまきり男もマントなし)。

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特写スチールはショッカーベルトなし怪人もベルトを着用するのが定番だが、それをくつがえしたのがムカデラス。衣装を前後逆に着た上、本来なら着用義務があるベルトを着け忘れている。

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出ました裏焼きクラゲダール。先ほどの写真と比較していただきたい。

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同一書籍でここまで堂々と裏焼きを載せるのはいかがなものかと。

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珍しく戦闘員をフィーチャーしたページ。でも「こしゃくな下っぱどもめ!」って…

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来ました、無理やりなコラージュ。これだと小さくてわからないが、手前のエジプタスが思いきり「切り貼り」。どうしてこういう変なことをするのか。

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黄金の狼男。前回の『図鑑』では未掲載だったが、今回は、ゾル大佐の写真とともにきちんと収載。

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一方の青色狼男は、「別個体」なのに「別怪人」とは扱われず、ナンバリングもなし。

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加熱するコラージュ魂。左側のナメクジラーはおかしいでしょ。2体いるわけじゃないのに。

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さらに加熱するコラージュ魂。驚くべきことに、左のライダー、右のギルガラス、ともに切り貼りという荒業。じゃあ元の写真には何が写っていたの?

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第1話が蜘蛛男。それから1年経って、新1号ライダーの最初の怪人(制作順)がドクモンド。これはある種のゲンかつぎだろう。私が生田スタジオで撮影を見学したのも、このドクモンドのエピソードだったので思い入れは深い。

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映画版に登場のザンジオー、ドクモンドと同時撮影のギリーラ(この2体は4月放映)ときて、50怪人はこれで終了。

1年間で52話制作、4月放映の2話と映画版を合わせるとエピソード数は55になるが、怪人の数は50人、いささか計算が合わないようにも思えるが、これは前後編エピソードがいくつかあったためである(死神カメレオン、コブラ男、サボテグロン、ピラザウルス、キノコモルグの5体)。

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このシリーズ、今回でひとまず終わりです。
posted by taku at 17:53| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

祝!仮面ライダー生誕45周年(3)

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仮面ライダー生誕45周年を祝い、タクラマブログがお送りするお宝本シリーズ。第3回は、今はなき黒崎出版刊『仮面ライダー図鑑』(1972年1月20日発行)。「変身ブーム」華やかなりしころの一冊である。

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目次には一時期よく見た、怪人が電話をかけている特写。誰と何を話しているのか気になるところである。

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1月発行なので、レギュラー陣は40話以降のメンバーに。したがって山本リンダは掲載されず(藤兵衛の横で見切れているのが悲しい)。一方、この図鑑に登場するショッカー幹部はゾル大佐のみで死神博士のビジュアルはなし。

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カラーページは特写が中心で、怪人は登場時期別に分かれている。

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原作漫画の初回カラーページを転載。

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カメレオン男の背景イラストが岡本太郎っぽい。ロケで行く大阪万博を意識したか?

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ショッカー関連のページも多数。上記のように、子ども向けにしてはかなりエグい描写も(でも70年代は全体的にこんな感じでしたね)。

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カニバブラーとムカデラスが逆になっている。どちらも多足でパッと見は似てはいるが…

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ショッカーの火あぶりの刑。「最後まで抵抗したほりょも今では力を失い、グッタリ…」などと書かれているのだが、これは捕虜ではなく一文字隼人。当然このまま焼き殺されることはなく、戦いが始まる(32話より)。

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こちらは、初代幹部ゾル大佐の正体である狼男と、一文字ライダーとの格闘場面。このページを見て、「あれ、何かおかしい」と思われる方はいらっしゃらないだろうか。
白黒なので見過ごしてしまいがちだが、この写真の狼男は、明らかに全身青色の「実験用」であり、金色で隻眼の、あの狼男ではない。本編クライマックスにおいて、岩場で一文字ライダーと闘うのは、言うまでもなく金色の狼男である。にも関わらず、何故このようなスチールが掲載されているのか。なお、この図鑑の狼男のページにも、載っているのは実験用狼男のみであり、そこに「正体はゾル大佐の変身した姿」と説明が添えられている。これはどういうことなのだろう(下画像参照)。

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しかしながら、青色の狼男を「ゾル大佐の正体」と記しているのはこの図鑑だけではない。同じ時期の「テレビマガジン」でも、白煙の中から現れた狼男のカラー写真が、「ゾル大佐の正体」として堂々と紹介されているのだ。放送前のある時期に限っては、これこそが「公式」の設定だったのである。

何故このようなことになったのだろう。伝え聞くところでは、最初はゾル大佐の正体は、実験用と同じ着ぐるみの青色狼男であり、その着ぐるみで撮影も行われた。この図鑑や「テレビマガジン」に掲載されたのはその時の現場スチールというわけである(特写においてスモークなどの特殊効果をわざわざ使うとも考えにくい)。
しかし撮影の後で、「話の前半に登場した狼男と区別がつかない」という意見が出たため、急遽、金色の狼男を新しく作って再撮影に臨んだ、ということらしい。しかし、関連書籍などには、狼男の頭部が2体同時進行で製作されているエキスプロでのスチールが掲載されており、この件についてはいろいろと謎が残る。

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34怪人のすべて。「図鑑」というだけあって、1971年4〜12月に登場したすべての怪人を写真とイラストの双方で解説。ここからはモノクロページ。

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何と、蜂女がまさかのトップ。でも、写真は残念ながらCM撮影時の特写バージョン(ショッカーベルト着用。腰布は紛失?)。

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2番手は蜘蛛男。こちらも残念なショッカーベルト。イラストは石森プロが担当だが、

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たまに、石森章太郎オリジナルと思われるイラストが入る。

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まさに噴飯ものの「クロちゃんの探訪記」。
「どうせジャリ向けの本だから、この程度でいいだろう」という編集者のいい加減さがにじみ出ている。実際にロケ現場を「探訪」する気などはさらさらなかったのだろう。

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描かれたカメラの形がテレビ局のスタジオ仕様で、現実を思いきり無視している。「仮面ライダー」はフィルム制作のテレビ映画なのに…(この当時、生田スタジオを見学した経験があるだけに看過できない)

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1972年1月以降登場の新型怪人。ハエ男、カビビンガ、ナメクジラー、プラノドン。

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説明文を見ると、「死神博士」「デビル博士」と名称が混在している。この図鑑が入稿されたと思しき11月には、まだ設定がはっきりしていなかったのだろうか。

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巻末の見開き。山本リンダが写った唯一のページ(35話より)。

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最終ページ。カメストーンやトドギラーの姿もあるが、スノーマンやゴースターは掲載なし。実際の撮影順がよくわかる。

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右ページの撮影風景を拡大。これを見ると、実際にはどういうカメラで撮影しているか一目瞭然。「クロちゃんの探訪記」の編集者は、こういう写真もきちんと目を通していないのだろう。

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さて、これは以前から気になっていたことなのだが、この時代の特撮関連本をめくっていると、かなりの頻度で「裏焼き」写真に遭遇する。この図鑑もしかり。何しろ表紙写真(上画像)からして裏焼きである。

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正式な写真はこちら。

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また、先ほど紹介したこのページも、

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こちらが正しい向きである。

さて、どうしてこのような現象が起きてしまうのだろう。

この時代、というより、ほんの10年ちょっと前まで、印刷用のカラー写真は、ほとんどがリバーサル(ポジ)で撮られ、下画像のような状態で印刷に回されていた。

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だから、単純に現場のミスで左右を取り違えてしまったケースもあり得るが、多くの場合は恐らく、全体のバランスや顔の向きなどを考慮して、レイアウトの担当者が意図的に行っていたのだろう。実にふとどきな話である。表紙写真の場合、カニバブルラーの手のハサミが、本来とは逆になっているし、上の方のページにあったエイキングもムチのような手が反対である。

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当たり前のようにこう収まっているけれど、

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正解はこちら。

こうした、左右非対称の怪人の特徴を無視して画像をやたらと反転してしまうのは、オリジナルデザインの軽視に他ならないと思うのだが…(ショッカー怪人は基本的に左右対称デザインだから裏焼きが判明しにくい。左右非対称が売りのゲルショッカー怪人や、「デンジマン」のベーダー怪物なら、こうした裏焼きはすぐ発覚するだろう)。

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前々回紹介したこの写真も、戦闘員のホルスターが左右逆なことから裏焼きだったことが判明。正しくは下画像。

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ただ、こうした裏焼きは、怪獣や怪人に限ったことではなく、古くはビートルズやボブ・ディランのレコードジャケットなどでも行われていたそうだから、ある時期までは、印刷媒体の世界では暗黙の了解だったのかも知れない。

いやあ、こういうブログは疲れる! この間の「新案カード」の時も、撮影やスキャン、フォトショップでの画像処理、そして文章書きと2日以上かかっているし、今回も、ページのセレクトを含めると4日がかりだ。
やるべき事はたくさんあるのに、腰も肩甲骨もバリバリに痛いのに、その上、一文の得にもならないのに、何ていう馬鹿なことを!!!
と、自分で自分の行動が無性に腹立たしいのだが、一度作業を始めてしまうともう止められないのである。

3月15日放送の「NEWS23」のエンディングで、膳場貴子氏がドラクエ30周年について言及した際、
「子どものころに好きになったものというのは、大人になってもなかなか卒業できないもので、(今でも)どっぷりとはまっているんですが…」
と述べておられたが、まったく同じ心境である。人間は、子ども時代に心を奪われたものから、永遠に逃れられない定めなのだろう。

【次回予告】

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我らが仮面ライダー生誕45周年を祝う、タクラマブログが送った次なるお宝本は、今回に続き、黒崎出版刊『仮面ライダー画報』。ダブルライダーの登場、そして本郷ライダーの完全復帰と、放送開始1年にして絶頂期を迎えた「仮面ライダー」の魅力をあまさず紹介。地獄大使、死神博士の2大幹部、人気のザンジオーをはじめとする50怪人も全員集合する次回『仮面ライダー画報』にURLを合わせるのだ!(次回予告のナレーション風味で読んでね!)
posted by taku at 19:07| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月03日

祝!仮面ライダー生誕45周年(2)

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「仮面ライダー」誕生45年を祝い、私の手元にある放送当時の関連書籍をご紹介していくシリーズの第2弾。本日は放送開始の4月3日当日ということもありますので、もっともレア度の高い逸品をお目にかけましょう。

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『仮面ライダー図鑑 たのしい幼稚園新案カード』(講談社)

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「図鑑」と題されてはいますが、「新案カード」と添え書きがあるように、中身は全32枚のカードです(寸法は125×180mm)。

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発行日は1971年8月28日。前回紹介した『仮面ライダー怪人大画報』よりも2ヵ月弱あとで、一文字ライダーの変身ポーズも定着し、人気に火が点きつつあった時期のものといえます。

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前回も書いたように、「仮面ライダー」放送開始当時、私は小学2年生でした。小学2年生といえば、もうそれなりの自意識を備えています。実年齢よりも上に見られることを望むお年頃です。そんな8歳の少年にとって、「たのしい幼稚園」などと印刷された図鑑を本屋のカウンターに持っていくのは、かなりの屈辱感をともなう行為でしたが、それでも購入したのは、このカードのイラストに、不思議な魅力を感じたからです。60年代に一世を風靡した梶田達二や前村教綱といった怪獣絵師の写実的な表現とは違う、もう少し「アート(作品)」に近い感じといえばいいのでしょうか。そして、どうやらそれは思い込みではなかったようです(それについては後述します)。

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どれもかっこいいです。かつての怪獣絵師たちの絵は、ほとんどが写真を元にしていたため、ポーズが限定されていましたが、こちらはもっと自由度が高いように思います。

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背景の色や構図も、怪人のことをよくわかっている人が描いたように見受けられます。

本当はすべてをこのサイズでお見せしたいのですが、そうわけにもいかないので、以下はサムネイルで。

さて、このカード図鑑には3通りの怪人が収載されています。

1)テレビに登場した怪人

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カード32枚のうち、24枚までがこれに該当します。ですが、ピラザウルス以降は名前が微妙に違っているものが多くなり…

ヒトデライラ → ヒトデンジャー
カニバブル → カニバブラー
ピラニドン → アマゾニア
ムササビおとこ → ムササビードル
アリジゴク → 地獄サンダー
どくクラゲおとこ → クラゲダール
イソギンチャーゲル → イソギンチャック

という具合(左がカード、右が正式の名称)。これは、台本での呼称を使ったためだと思われます。このカードが実際に店頭に並んだのは8月中旬ごろだと思われますが、入稿はそのひと月くらい前でしょうから、ヒトデンジャーやカニバブラーの回はまだ完成していなかったのでしょう。そして、前回も書いたとおり、やはり制作が早かったキノコモルグは正式な名前になっています。もっとも、あきらかに制作前だったと思われるアルマジロングも、デザイン、名称ともに正確なものになっていますが…。なお、最後のイソギンチャーゲルについては、石森章太郎の原作漫画「海魔の里」に出てきたイソギンチャク怪人のアレンジのようで、実際のイソギンチャックとはかなり容姿が異なりますが、一応「原型」であると判断しました。

2)テレビに登場した怪人と同じモチーフだが、明らかに別デザインなもの

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カミキリむし → カミキリキッド
サメおとこ → ギリザメス
どくバラおんな → バラランガ

という解釈も成り立つと思いますが、どれもフォルムが違いすぎます。実際の怪人とオリジナルの中間という位置づけでしょうか。

3)テレビに登場しない怪人(完全オリジナル)

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マクロファンデス、ヒドラーゲン、タコおとこ、ワニおとこの4体。マクロファンデスはユニコルノスの原型だろうと長い間思っていたのですが、実は同じ「たのしい幼稚園新案カード」の『図鑑 ぼくらの仮面ライダー』に「いっかくじゅうおとこ」という怪人が掲載されているのを最近知り、どうみてもこっちが原型だろう、と判断した次第です。これらオリジナルデザインの怪人たちも、なかなか魅力的です。

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さて、これらの独自性あふれるイラストは、一体誰の筆によるものでしょうか。奥付けを見ても画家の名前はありません。しかし、私はこれを描いたのは、実際に「仮面ライダー」の美術を担当していた高橋章氏ではないかと推測しています。以下、そう考える理由をいくつか提示していきましょう。

まず、こちらをご覧下さい。

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上の2点は、第11話「吸血怪人ゲバコンドル」の冒頭シーンで、ショッカー基地内の壁面に飾られていた怪人の肖像(遺影?)です。怪人のデザインや造形、基地壁面の装飾画など、美術関連物の制作は、当時、高橋章氏が一手に引き受けていたということですから、これらの肖像も、おそらく高橋氏の手になるものでしょう。この劇中画と今回のカード、色使いといいタッチといい、よく似ていませんか?(特にさそり男の顔に注目して見て下さい)

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まだあります。

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こちらは、第23話「空飛ぶ怪人ムササビードル」の基地内のシーンです。手前に立つムササビードルは、ゆるキャラを思わせる愛嬌のある顔立ちですが、その背後の壁画のムササビは目が釣り上がり、異様な迫力です。ムササビおとこの表情にも同じような鋭さを感じませんか?

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さらにもうひとつ。下の左は雑誌に掲載されていたクラゲダールのデザイン画ですが、右のどくクラゲおとこのイラストにそっくりだと思いませんか?

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もし、私の推測が正しければ、この『仮面ライダー図鑑』は、作品本編の美術や造形を担当していたデザイナー本人によるイラスト集ということになり、例えて言えば、「ウルトラマン」の美術デザイナーだった成田亨氏の描いたウルトラマンや怪獣のイラストと同等の価値を持つものということになります。もしそうなら、ちょっとすごいことだと思うのですが…。

――などと書き綴っているうちに、すっかり日も暮れてしまいました。45年前の放送開始時間の19時半まであとわずかです。久しぶりに第1話「怪奇蜘蛛男」を見てみるとしましょうか(時間に合わせて視聴する愛好家の方がかなりいるんだろうなあ…)。

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posted by taku at 19:29| 特撮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする