2018年01月18日

パーマン原典購読(1)

年も改まってかなり経ったが、もう少し「パーマン」ネタを続けてみたい。

「大全集」の目次ページにも断り書きがあるように、F先生は単行本化の際、元の原稿に加筆修正を施すことが多かったようだ(手塚大先生の影響だろうか)。これは「パーマン」も例外ではなく、『少年サンデー』での連載第1話「パーマン誕生」や「はじめましてパー子です」、名作「パーマンはつらいよ」、ハードな展開の前後編「鉄の棺桶%ヒ破せよ」、そして最終回「スーパー星への道」などにもかなり手が加えられている。「大全集」も、一昨年出た「てんとう虫コミックス」新装版も、70年代に単行本化されたものを底本にしているということなので、雑誌に掲載された時の「完全なオリジナル」を目にすることは、もはや今日では難しいということになる。
そこで今回から2回にわたって「パーマン原典購読」と題して、『少年サンデー』掲載時のオリジナルと現行の単行本とを比較し、どういう風に加筆や修正が行われたのかを検証していきたい。

通常、こういう比較は、before、afterの順で行うことが多いと思うが、今回は、現在流通しているものが最初はこうだった、という流れでご覧いただきたいので、after、beforeの順で画像を紹介していくことにする。

plus01.jpg

第1話「パーマン誕生」。『少年サンデー』1967年2号掲載時は14ページだが、単行本では18ページ。4ページも増えている。この見慣れた扉も加筆されたもので、

org01.jpg

オリジナルの扉はこちら(「大全集」1巻の表紙で使用)。

はじめの4ページはオリジナルのままで、特に変更箇所はない。しかし、『サンデー』ではキャラクター表記が「ミツ夫」「ミチ子」「カバオ」となっており、現行の「みつ夫」「みち子」「カバ夫」と微妙に異なっている。

plus02.jpg

加筆修正が始まるのは5ページ、みつ夫とスーパーマンとの出会いの場面から。

org02.jpg

こちらがオリジナル。間違い探しの要領で見比べてみてほしい。

plus03.jpg

右のスーパーマンはオリジナルだが、みつ夫と風景は加筆されたもの。

org03.jpg

オリジナルと比較すると、みつ夫の表情や等身の違いがよくわかる。

これら一連の加筆は、1970年の「虫コミックス」(虫プロ商事)ではなく、1976年の「ホーム・コミックス」(汐文社)の刊行時に行われたものと推測される(「大全集」1巻巻末には、虫コミックス版だけの第1話オープニングシーンが掲載されているが、それを見る限り、みつ夫の顔にそれほど大きな違いは見られないので)。

plus04.jpg

このコマなどは、人物は元原稿のままだが、それを切り貼りして縦長にし、画面に広がりを持たせている(このパターンが結構あることに驚く)。

org04.jpg

元はこんな感じ。

plus05.jpg

やたらと有名なスーパーマンの自己紹介シーンも、

org05.jpg

オリジナルはこんなに控えめ。

スーパーマンはともかく、みつ夫の顔は違和感ありまくりで、オリジナルで描かれたものと明らかに雰囲気が違う。

mitsuo1967.jpg
みつ夫(1967年)

mitso1976.jpg
みつ夫(1976年)

顔全体における目の面積が小さくなり、目と目の間隔も広くなったため、コミカルさが薄れ、かなり大人っぽい顔立ちになっている(こうした加筆修正は、いきなり作品の世界観が変わってしまうような気がして、あまり好みではないのだが、それについてはあらためて述べたい)。

plus06.jpg

2段ブチ抜きのスーパー星の紹介も加筆によるもので、

org06.jpg

元は実にシンプル。

plus07.jpg

微妙な言葉の変更についてはご覧のとおり。

org07.jpg

この件についてはこちらでさんざん書いたので今回はスルー。

plus08a.jpg

plus08b.jpg

パーマンの超能力を紹介するシークエンスは、現行のものは1.75ページを使っているが、

org08.jpg

オリジナルでは1ページ。比較してみると、元原稿を活かしつつ、大ゴマを使ってダイナミックに表現しているのがわかる。単行本にすると紙面が雑誌よりかなり小さくなってしまうので、そうした点も考慮したのだろうか。

plus09.jpg

また、コピーロボットの説明シーンは、現行のものにはロボットがみつ夫の顔になる過程が2段目に描きこまれているが、

org09.jpg

オリジナルにはそうした描写はない。また、「この脳細胞破壊銃でほんとのパーにしてやる」の元コマがかなり狭かったこともわかる。


さて、みつ夫の加筆部分については、顔を見れば容易に判断できるが、これがパーマンになると、マスクをかぶっているため、見分けるのがいささか難しい。しかし、実は顔以外にも見分ける大きなポイントがある。それは、60年代の「オバQ」「パーマン」が「4本指」で描かれているのに対し、70年代以降の「ドラえもん」「新オバQ」は「5本指」で描かれているということ。

アニメや漫画における「4本指」は、歴史的にはディズニーが発祥で、それが手塚大先生を経て藤子不二雄両先生に引き継がれたということらしいが、70年代以降は写実主義の時代に入ったからかあまり見ることはなくなる(アニメの「パーマン」も、60年代の旧作は4本指だが、80年代の新作は5本指である)。ここで紹介している加筆修正は70年代に行われたものなので、5本指になっているものが多い。

plus10.jpg

加筆された1、2、3コマ目の人物の指はしっかり5本。

org10.jpg

オリジナルはあくまでシンプル。指は4本。

plus11.jpg

2段目右のパーマンとみち子のツーショットは加筆コマだが、注意しないとわからない。

org11.jpg

こちらがオリジナル。コマの配置も微妙に変わっている。

plus12.jpg

よくよく見ると、みち子の前髪の数が違う。加筆は3つだが、

org12.jpg

オリジナルは2つ。

plus13.jpg

パーマン初の人命救助に出動。加筆なので指は5本。

org13.jpg

オリジナルは指4本。

飛行機を墜落から救う場面も、先ほどの超能力の紹介と同様、コマを大きめにして迫力を増加させているが、それほど大きな修正はないのでここでは省略。

plus14.jpg

そしてこれ。ヒーロー物の第1回にふさわしい決意表明のシーン。
「なったからにはがんばらなくっちゃな。ぼくにできるはんいで」
などというセリフは実にF先生チックなのだが、実はこれもすべて加筆。

org14.jpg

オリジナルでは、飛行機を救ったすぐあとに、「さて、そろそろ家へ帰るか」となっており、あくまで日常ベースの物語という感じ。また、みち子のセリフが「子どものスーパーマンが…」になっている。

という感じで、第1回は終了。いやあ、これは思ったより時間と手間がかかる! 本当は「はじめましてパー子です」も手をつけたかったが、とても時間が足りない。しかもこれだけ労力を使っても、「パーマン」に興味のない人には、あんまり面白くないような気もするし…。今後どうするか、ちょっと考えます。
posted by taku at 18:12| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

F先生まぼろしのサイン

noborito_dora.jpg

前回のブログに、

当時生田に住んでいた私にとって、藤子不二雄先生というのはご近所の大先生であり、小学3年の時、友人とご自宅までサインをもらいに行ったこともあります。

と書いたので、忘れないうちにその時のことを記しておこう。しかし、このことについて書くのは、正直いささか気が重い。それは、最後まで読んでいただければおわかりだと思う。

あれは小学3年の、秋だったか春先だったか、あまり暑くも寒くもないころだったと記憶している。休み時間に何人かの級友とマンガの話をしていた時、Aくんが、
「うちの近所には藤子不二雄が住んでるんだ」
と言うので、
「それじゃあ、サインをもらいに行こう」
という話になり、やはり近所のBくんも誘って、3人で学校の帰り、F先生のご自宅にうかがったことがある。

「生田に藤子不二雄が住んでいる」ということはすでに知っていたが、歩いていける距離だというのは正直意外だった。もっとも、この時期はすでに生田スタジオで「仮面ライダー」の撮影を見学したこともあったので、「マスコミで有名な存在が、手をのばせば届くところにある(いる)」ということには大して感動も驚きもなかった(今考えると、生活圏内に「仮面ライダー」と藤子不二雄両先生がいたというのはかなりすごいことだと思うのだが)。

小学校から歩いて10分もかからない静かな住宅街に、F先生のお宅はひっそりと建っていた。門柱には「藤本弘」「藤子不二雄」というふたつの表札が掲げてあったと思う。当時は新築して間もないころだったはずだが、とりたてて華美な印象はなく、子ども心にも、
「え、これがあの藤子不二雄先生の家なのか? ずいぶん普通だなあ」
と、ちょっと肩透かしを喰った気分だった。あれだけ想像力豊かなマンガを描く人だから、家ももっと非日常的な建物の方が似つかわしく思えたのだろう。

さて、今でも解けぬ謎なのが、どうしてAくんは、「黒い藤子不二雄」(A先生)ではなく「白い藤子不二雄」(F先生)のお宅に、私とBくんを案内したのかということ。誰でも知っているように、F先生宅とA先生宅はほぼ隣り同士である。そして当時はまだFとAとにわかれていなかった時期で、どちらがどの作品を描いているかは一般には知らされていなかった。それを考えると、A先生のお宅を訪ねてもおかしくなかったはずなのだが、Aくんはしっかり「小学生御用達」である「白い藤子不二雄」(F先生)のお宅の門の前に立ったのだった。

そこで、呼び鈴を押すまでに、3人してかなり躊躇したような記憶がある。いくら近所といっても、Aくんも直接の面識はなかったようだし、いきなり「サインをくれ」というのもずうずうしすぎるのではないか、と小学生の頭でもそう考えたのだ。しかし、せっかく来たのだからということで、多分Aくんが、意を決して呼び鈴を押した。少しの静寂。やがて家の中から、40代のご婦人が出てきた。F先生の奥さまだったと思う。
「…あの、ぼくたち近所の小学生なんですけど、藤子先生のファンで、是非、藤子先生のサインが欲しいんですけど」
なんてことを言ったのだと思う。すると奥さまは、
「今、主人は仕事でいないんですよ」
とおっしゃった。これは、当時のわれわれには少々意外な返事だった。何故なら、あの時代のマンガには、漫画家が自分の家でうんうんうなって執筆している様子がよく描かれていたからだ。そして私の父も作家で自宅が仕事場であったから、漫画家が昼間、「仕事でいない」というのがどうもピンとこなかったのである。
「先生はいないんですか」
「そう、お昼間は東京の仕事場でお仕事をして、帰りは遅いの」
この仕事場というのはもちろん、藤子スタジオのことを指しているわけで、この日のやりとりで、私は藤子不二雄という漫画家は家と仕事場をわけているということをはっきり知った(あらためて雑誌などのおたよりの宛先を見ても、住所は市川ビルの藤子スタジオになっていた)。

とにかく、F先生は不在だという。われわれ3人はしばし顔を見合わせた。先生がいないんじゃ、サインはあきらめるしかないのか…。そんなわれわれの心中を察したかのように、奥さまは、
「じゃあ、描いてくれるように頼んでおくから、2、3日したら取りに来てちょうだい」
とおっしゃったのである。
「え、いいんですか?」
思いがけない話に、われわれは身を乗り出した。
「絵は何がいいの? ドラえもん? オバQ?」
その当時の小学生には、学年誌に数年連載中のドラえもんがなじみ深かったが、一方、「新オバQ」もアニメが放送中で、人気は伯仲していた。しかしわれわれは期せずして3人とも、オバQをリクエストした。
「オバQね。わかりました」
われわれは奥さまに御礼を言い、その日は引き上げた。

そしてその2日後、われわれ3人は約束どおりふたたびF先生宅を訪れ、そこで奥さまから、間違いなくF先生直筆の、オバQイラスト入りサインを、頂戴したのである。手渡されたのは色紙ではなく藤子スタジオの原稿用紙で、青のサインペンでイラストのメイン部分、赤のサインペンでオバQのくちびるとサインが描かれていた。しかも3枚ともポーズが違っている!!
われわれは子どもながらにF先生の細やかな心遣いに感激し、何度も御礼を申し上げてお宅を引き上げたのであった。

こうして、アポなしの藤子不二雄宅訪問は、先生と直接お目にかかることはかなわなかったものの、念願のサインをいただくという、大変大きな収穫を得て終わった。帰り道は、AくんもBくんも私も、かなり興奮していたと思う。ポーズの異なった3枚のオバQをどうやって分配したのかは記憶にないが、多分ジャンケンでもして、勝った者から好きなのを選んだのだろう。私は、割と正面向きのポーズのものを手にすることになった。

それにしても、一面識もない近所の子どもの訪問に、嫌な顔ひとつせず対応した奥さまは本当にできた人だなあとあらためて思う。もっとも、当時の生田は新興住宅地で子どもの数がやたら多かったから、この手の不意の訪問者は日常茶飯事だったのかも知れないが…(それでもああした等身大の対応は、なかなかできることではないと思う)。

さて、こうしてめでたくサインをもらえたというのに、なぜ私はこのブログの冒頭で「いささか気が重い」などと書いたのか。それは、その時のサインが、現在、私の手元に残っていないからである。

この不始末については、あまりにも腹立たしく、本当に、何度自分の頬を張り飛ばしても足りないくらいだ。これよりもっと前の時代の「現代コミクス」などは保存してあるくせに、どうしてF先生のサインが手元にないのか?

処分したという記憶はないのに、どうしても、どこを探しても、見つからないのだ。実に悲しい。そして、取り次いでくださった奥さま、お忙しいところサインを描いてくださったF先生にも本当に申し訳ない。

しかし、こういう、やるせないこともあるのだ。これをお読みの方にも申し訳ない気持ちでいっぱいである。せめてものお詫びのしるしとして、記憶を頼りに再現してみたのがこちら。

obaQ_saigen.jpg

拙い再現ですが何卒お許し下さいますよう。青と赤の配色とサインの位置はこんな感じだったと思う(実際には縦長の原稿用紙の中央に描かれていた)。

ちなみに、最近ネットオークションなどで、人気漫画家のサイン色紙がかなり出回っているようだが、その多くは偽物で、出品者自身が描いているケースもあるらしい。安易に入札するのは避けたいものだが、私も上の再現サインを描いている時、何だか自分が偽物の製造に手を染めているような錯覚に陥り、ちょっと後ろめたい気分であった。
posted by taku at 16:32| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

お宝年賀状

昨年暮れは、4回連続で藤子不二雄先生ネタを書いたということもあり、半世紀近く所蔵してきたお宝年賀状を特別に公開することにしました。昨日、実家の物置からやっとのことで見つけ出したものです。

nengajo1973.jpg

まずは1973年。ネットで検索してみても、70年代のものはあまり見つからなかったので、割とレア度は高いのかも知れません。「ジャングル黒べえ」の黒べえ、赤べえ、パオパオが目立つ場所に描かれていますが、これらのキャラはまったく見たことがなかったため、しきりと首を傾げたのを覚えています(「ジャングル黒べえ」は放送・連載ともこの年の3月に開始)。当時の私は小学3年生でした。

nengajo1975.jpg

こちらは2年後、1975年。73年の賀状はF先生のキャラがメインでしたが、こちらはキレイに左半分がF先生、右半分がA先生のキャラになっています。「プロゴルファー猿」はこの前年(1974)に連載が始まったばかりですが、キャラクター全員にゴルフクラブを持たせていることから推察して、すでにかなりの話題作だったことがうかがえます。私は小学5年生でしたが、この時期『少年サンデー』は読んでいなかったので、「プロゴルファー猿」のことはほとんど知りませんでした。

nengajo1975omote.jpg

ネットオークションなどで入手したものでない証拠として、一応表面も載せておきます。差出人は藤子スタジオで、住所は今は亡き市川ビル(ぼかしをかける必要はなかったかも…)。

小学生のころは、何度となく藤子スタジオ宛にファンレターを送っていたので、ファンサービスの一環として、こういう年賀状が送られてきたのです(ついでに言うと、当時生田に住んでいた私にとって、藤子不二雄先生というのはご近所の大先生であり、小学3年の時、友人とご自宅までサインをもらいに行ったこともあります。しかしその話はやや長くなるのでまたの機会に)。

最後に、これは藤子不二雄先生ではありませんが、やはり何度かファンレターを出した永井豪先生(ダイナミックプロ)の年賀状(1974年)。

nengajo1974.jpg

こちらは、左上の筆者の絵のみオリジナルで、あとはそれぞれの掲載誌の絵を転載しています。年賀状用の1枚絵を書き下ろすだけの時間的な余裕はなかったということでしょうか。上から「バイオレンスジャック」「マジンガーZ」「ドロロンえん魔くん」「キューティーハニー」。4作中3作がアニメ放映中だったというのもすごいです。ちなみに「マジンガーZ」は『少年ジャンプ』での連載を終え、『テレビマガジン』に移っていました。
posted by taku at 20:39| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

F&A 活動開始30年

fujiko1968.jpg


fujiko1968_02.jpg
(2点とも『週刊少年サンデー』1968年1号の新春特集ページより)

今年(2017年)は、パーマンの放送開始から50年ということで、パーマンネタを3回ほど書いてきたが、実は、今年は「2人で1人のマンガ家・藤子不二雄」がコンビ解消を発表してからちょうど30年という節目の年でもある(30年前の今ごろ、1987年12月23日の消印で、出版関係者に挨拶状が送付された)。だから、今回はパーマンをお休みしてそちらを取り上げてみたい。最初は「コンビ解消30年」というタイトルをつけてみたのだが、「解消」というと何となくマイナスのイメージが付きまとうので、藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aという二人のマンガ家が新たに誕生した記念の年ということで、「F&A 活動開始30年」にしてみた。

19880130asahi.jpg

こちらは1988年1月30日の朝日新聞(クリックで拡大)。そのころの私は大学卒業間際、就職を目前に控えており、人生の中でももっとも藤子マンガと遠かった時期だと思うが、それでもこうして新聞を切り抜いていたところを見ると、やはり無関心ではいられなかったのだろう。

この記事には、「ドラえもん」「パーマン」はF先生、「忍者ハットリくん」「怪物くん」はA先生の作品であると書かれており、これは、幼年期からの藤子不二雄ファンにとっては、サンタクロースの正体をばらされたような、結構な衝撃であった。小学生時代、「まんが道」を繰り返し読んだ者としては、2人でアイデアを出し合い、2人で机を並べて執筆するというのが「藤子スタイル」だと、信じ込まされてきたからである。

mangamichi.jpg

『週刊少年チャンピオン』(1971)より。最初の「まんが道」は「チャンピオンマンガ科」というマンガ入門講座のラスト2ページに「マンガ道」のタイトルで掲載されていた。

もっとも、「藤子スタイル」を喧伝したのは「まんが道」だけではない。雑誌の特集ページなどでも「藤子不二雄は2人で1人、常に合作をしている」というアピールがなされていた。

以下は、前回紹介した『週刊少年サンデー』の「週刊パーマン」より。

fujiko24H01.jpg

「10時半ごろ、仕事場の、スタジオゼロに到着」
「さっそく、サンデーの、アイデアをふたりで相談」

fujiko24H02.jpg

「おひるごはんは、両先生とも、奥さんのつくったお弁当」
「午後は、サンデーの絵を、フーフーいってかく」

fujiko24H03.jpg

「夜は、テレビマンガをみて、いろいろふたりで話しあう」
「夜もふけたころ、いっしょに、家に帰る」

obaQ01.jpg

一度ネタがばらされてみると、「ドラえもん」の描線と「怪物くん」の描線はたしかに違う。しかしこれはコロンブスの卵のようなもので、言われるまではっきり気づかなかった人の方が多いのではないだろうか。それは、先ほど書いた合作アピールのせいもあるが、それ以外にもうひとつ、1960年代の代表作「オバケのQ太郎」では、キャラクターを分担して、実際に共同で執筆していたという事実が大きい。

obaQ03.jpg

オバQとほかのオバケ、大原パパ&ママはF先生、正ちゃん、伸一兄さん、小池さんはA先生が担当。

perman18.jpg

また、実は「パーマン」でも、パーマン1号(みつ夫)をはじめとする主要キャラはF先生だが、パートナーであるパーマン2号といじめっ子キャラのカバ夫&サブはA先生が担当している(カバ夫の独特の目の形を見れば明らか)。

小さいころから「オバQ」や「パーマン」を読んでいた私たちの世代は、2人の微妙に異なるタッチがひとつの作品の中に自然に共存しているのを見ていたため、どちらのタッチも「藤子不二雄」として認識し、その認識が後年になっても続いていたのだろう(もっともこのころは、共作ということを意識して、両氏とも相手の作風に似せて描いていたような印象も受ける)。

shin_obaQ.jpg

「新オバケのQ太郎」(1971〜73)のころになると、2人のタッチがかなり異なってきているのが明らかに。

perman_saru.jpg

1980年代の「パーマン」。この時期の「パーマン」はパーマン2号やカバ夫、サブもすべてF先生が描いているが、「プロゴルファー猿」を意識したこのページの2号だけは、A先生が描いているようにしか見えない。

33年におよぶコンビ解消の理由については、当事者だけしかわからないことなので、詮索する気はさらさらないし、その是非を論ずるつもりもないが、上の新聞記事を読み返して「はっ」としたのが、この時の両先生が、今の私と同じ50代なかばであったこと。やはりこの年代というのは、青少年期から背負ってきた荷物を一度肩から下ろし、これまでの道のりを振り返り、自分や周囲を見つめ直す時期なのだろうか。記事のインタビューでF先生は「何か新しいことやれるのではないか」と将来に期待を寄せ、一方、A先生は「50代で初めて独り立ち。だから不安ですよ」と語る。人生の後半戦に臨むお二人の心には、文字どおり期待と不安が相半ばしていたに違いない。

「不安ですよ」と漏らしたA先生がいまだご壮健で、「新しいこと」と夢を語ったF先生がこのあとわずか8年で他界したことを思うと、人生のままならなさにため息だけがこぼれる。ともあれ、コンビ解消の後も、2人の間ではそれまでと変わらぬ友情が継続していたというのがうらやましい。多くの忘れがたい作品を世に送り出した2人で1人の「藤子不二雄」に、改めて感謝と賞賛の意を表したい。

fujiko1967.jpg

『週刊少年サンデー』1967年2号新春特集ページ。「無人島へいって、のんびりと、くらすのが、ボクたちの、夢と希望です」
posted by taku at 19:25| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

パーマン放送開始50年(3)

perman11.jpg

前回に続いて「パーにする」設定周辺のお話。まだまだ書きたいことがいろいろとあるので…。

「パーマンの秘密を他人に知られたら、パーにするぞ」というのが、旧「パーマン」において、スーパーマンがパーマンたちに言い渡したペナルティであった。しかし、脳細胞破壊銃をちらつかせることはあっても、スーパーマンが実際に手を下して、パーマンのうちの誰かをパーにした、という描写は、原作にもアニメにも存在しない。これはまあ、秘密がばれたことが一回もないので当然だが、夢やイメージシーンでさえ、みつ夫やパー子やパーやんがパーになってエヘラエヘラしているという場面は一度も出てこなかった。このあたりにF先生の児童マンガ家としての良心を見る気もする、と言いたいところだが、実は『週刊少年サンデー』20号に、驚くべきシーンが存在する。

weeklyperman01.jpg

この号では「週刊パーマン」という7ページのカラー特集が組まれているのだが、その中に次のようなマンガが…。

weeklyperman04.jpg

登場するのはオバQとパーマン2号。オバQはバナナの代償に2号からマスクとマントを借りてパーマンとなるのだが…

weeklyperman04a.jpg

その正体をカバ夫とサブに明かしてしまったところ、その瞬間パー(サブいわく「オパーQ」)になってしまうのだ!(脳細胞破壊銃を使わなくても、遠隔操作でパーにできるということか)

いくら作品中ではないといっても、れっきとした掲載誌の特集ページでのことなので、かなりのインパクトがある。一体どういう意図でこのマンガは描かれたのだろう。
これは想像だが、「パーにするぞ」と口で言うだけでは説得力がない。パーマンの秘密を知られると、実際こういう結果になるのだ、というのを読者の少年少女に知らしめたい。しかし作品中でやるのはさすがにまずい。そこで、誰でも知っているが「パーマン」のキャラクターではないオバQを使って、その状態をマンガで見せてやれ、という遊びごころがF先生の頭に去来したのかも知れない(もっともこの特集ページは、F先生自身ではなく、アシスタントのしのだひでお氏かヨシダ忠氏の筆によるものに思える)。

この「週刊パーマン」は、上記のマンガのほかにも、

weeklyperman02.jpg
特別公開!! パーマン大探検(藤子先生の頭の中を調査)

weeklyperman03.jpg
特別図解 パーマン本部基地

など見どころ多数。

weeklyperman05.jpg

パーマンタイムズには、パーマン2号が6601倍のパワーを出したとか、パー子は団地に住んでいるとか、他ではお目にかかれない珍情報が満載。

どうしてこういうものが「大全集」の巻末に収載されなかったのだろう。「オパーQ」はNGとしても、ほかのページはそれほど問題はないように思えるのだが。

さて、ここからは「パーにする」というペナルティとは関係はないが、「パー」「クルクルパー」「くるう」などの表現が変えられた例を紹介していこう。

perman12.jpg

現在「はじめましてパー子です」に収められているこの場面、もともとは小学三年生版「パー子登場」で描かれたもので、初出の『週刊少年サンデー』には載っていない。よって現物を確認することはできなかった。「弱むしけむし」を現わすのにあの指は意味不明だろう。オリジナルは「パーマンじゃなくてクルクルパーだわ」。

per09.jpg

小学三年生版「パー子登場」をベースにした白黒アニメ版の「パーマンくらべ」ではパー子はしっかり、

per10.jpg

「パーマンじゃなくてクルクルパーだわ」と身振り付きで言っている(こうでなくっちゃね)。

perman13.jpg

「鉄の棺桶%ヒ破せよ」より。オリジナルは「にげろ!! パーやんは気がくるった!!」だが、現在は「にげろ!! パーやんはいったいなにを考えているんだ!!」に。

perman14.jpg

「パーやん気がくるったな」とあきらめ顔の1号。これも「パーやんやっぱり変だよ」とかなりマイルドなセリフに。

perman15.jpg

「きみはもしやパーマンでは…」という問いに「そうですねん、ぼくはパーです」とボケをかます関西人。現在では「えっ、パーマン、どこにどこに」と、まったく違うニュアンスに変えられている。

perman16.jpg

なお、「大全集」5巻には「くるわせ屋」というエピソードが収録されているが、これもかなりセリフが変えられているようだ(初出雑誌は『小学館コミックス』で、これも現物を確認できず)。
元のセリフは「殺し屋がたのまれて人を殺すように、くるわせ屋は人をきちがいにして金をもらうんだ」というものだったらしい。それにしても「人の人生をくるわせて〜」とは、ずいぶん苦しい改変である。狂わせるのは頭だろう! そんなの小学生でもわかるぞ。

perman17.jpg

「くるわせ屋」といえば、反射的に、現在絶賛封印中の「怪奇大作戦」第24話「狂鬼人間」が思い浮かぶが、あちらは1969年2月の放送、この「くるわせ屋」は1968年3月号掲載なので、こちらが約1年早い。パーマンのこのエピソードが、「狂鬼人間」のストーリーに何らかの影響を与えたのでは?という推測も、時系列的には成り立つわけだが…。

vampire01.jpg

もっとも、前回も書いたように、1960年代はこうした話がかなり頻繁に作られていた時代で、同時期の『週刊少年サンデー』に連載されていた「バンパイヤ」(手塚治虫)にも、人類を原始人の状態に戻す「マッドPA(パー)」という薬が登場し、それが物語後半のキーアイテムとなっている。

vampire02.jpg

マッドPA(パー)の開発者は手塚先生の友人・熱海教授なのだが、容赦なく「キチガイ」呼ばわり。ちなみに「バンパイヤ」は手塚先生自身が主役顔負けの大活躍をする快作で、作中ではマッドPA(パー)の製造まで行っている。

osomatsukun01.jpg

また、今回この一連の記事を書くにあたり、当時の『週刊少年サンデー』をあれこれめくっていたところ、「おそ松くん」(赤塚不二夫)のこんな回を見つけた。
監督から下手くそと罵倒された俳優が、「演じる」のではなく「なり切る」という、いわゆるスタニスラフスキーシステムに則ってさまざまな役に「なり切る」訓練を重ねていく。

osomatsukun02.jpg

行動は次第にエスカレート、本人は自分の名演に酔いしれるが、周囲からはキチガイ扱いされてしまうという話。

osomatsukun03.jpg

もう全編「きちがい」のオンパレードで、最後は精神病院に入れられるという鉄板のオチ(この話が現在、単行本に収録されているかは不明だが、収録されているとしてもセリフはかなり修正されているだろう)。これらを見ても明らかなように、当時の『週刊少年サンデー』には、手塚・赤塚・藤子の三巨頭が、そろって「気がくるう」ネタを扱ったマンガを発表していたのである。その是非をここで論ずる気はないが、作品というのはほぼ例外なく時代の落とし子であり、その時代の雰囲気を知るためにも、セリフは発表当時の言葉のままで読むのが適当であると思う。「おことわり」を入れた上でのオリジナル表記復帰がもっと一般化して欲しいものである。

fujiya_hi-cup04.jpg
ハイカップの宣伝のお子様も「クルクルパー」の「パー」!

後半は「パーマン」から離れてしまったが、「パーマン」ネタは多分まだつづく予定。
posted by taku at 17:55| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

パーマン放送開始50年(2)

perman50th.jpg

何とか2017年のうちに書いておかなくちゃ、と、年末も押し迫ったあわただしい中で始まったこのシリーズ、今回は、旧「パーマン」世代なら誰でも多かれ少なかれ気に留めているに違いない、カラーアニメ化にともなう設定と名称変更の問題について書いていきたい。

2号(ブービー)の住んでいるのが動物園でなくなったり、時速が91キロから119キロにアップしたり、というのはそれほど大きな問題ではなく、ここで取り上げたいのは、「パーマンの秘密を他人に知られた場合」のペナルティ、そして「スーパーマン」から「バードマン」への名称変更である。

perman04.jpg

まずは秘密を他人に知られた場合のペナルティについて。旧作では上画像のように、スーパーマンは「脳細胞破壊銃でほんとのパーにしてやる」と言っているが、新作アニメが始まった1983年以降の書籍では、すべて「細胞変換銃で動物に変身させてやる」に変更されている。

perman05.jpg

「……だめだ、ひみつをうちあけると、ぼくはパーになる」(→「動物にされる」に変更)

perman06.jpg

さらに、「おじさんは精神病院から脱走してきたんだね」というセリフも、「おじさんはぼくをからかってるんだね」に変更(「映画の宣伝も大変だね」というバージョンもある)。以上は「パーマン誕生」より。

思い起こせばこのころは、映画、マンガ、テレビなどで、精神に異常をきたす描写や「気ちがい」という言葉は、かなり頻繁に登場していた(「パーマン」と同時代で有名なものとして、1967年放送の「ウルトラセブン」第8話「狙われた街」がある)。それが、1970年代の中盤以降、某団体のクレームをきっかけに、「気ちがい」「気が狂う」という表現は自粛(禁止ではない)されるようになり、また、精神に異常をきたす描写自体も、見かけることが極端に減っていった(「めくら」「つんぼ」「おし」「かたわ」といった身体的なハンディキャップを表す言葉が差別用語と見なされ、使用が控えられるようになったのもほぼ同じ時期)。すなわち、旧「パーマン」(1966〜68)は「気ちがい」という言葉や描写が頻繁に使われていた時代の作品、新「パーマン」(1983〜85)は、そうした言葉や描写が忌避されていた時代の作品なのである(しかし最近は「おことわり」を入れて、当時のままの言葉で放送、出版するケースが増えている。前述の「狙われた街」でも、「まるでキチガイ病院だ」というキリヤマ隊長のセリフは近年無修正で放送されることが多い)。

nerawaretamachi.jpg
「狙われた街」より。左が「まるでキチガイ病院だ」と言い放った直後のキリヤマ。

「パーマン」ではもともと「気ちがい」というストレートな言葉はほとんど使われていないが(「気がくるう」はたまに出てくる)、「パー」という言い回しも、「頭がおかしい」とほぼ同じ意味であるため、時代の流れにしたがって変更を余儀なくされたということだろう。しかし、その代案が「動物にする」というのはどうも釈然としない。2号はもともと動物(チンパンジー)なのでペナルティにならないではないか(2号の場合は別の動物に変えられるということのようだが…)。

もともと、秘密を知られた場合にパーにされるというのは、ペナルティと同時に口封じの意味合いも強い。たしかに動物に変えてしまえば喋れないので口封じにはなるが、あまりに突飛で、現実味に乏しい。これは前々から考えていたことなのだが、「記憶を消す」でよかったのではないだろうか。

実際、新アニメの410話「さよならパー子」(1984)では、パー子が海外留学のためパーマンをやめるとバードマンに申し出るシーンがあり、それを受けたバードマンは、脳細胞破壊銃としか思えない銃を取り出し、
「この銃は、君のパーマンであった部分の記憶をすべて消してしまう。残酷なようだが、パーマンの秘密を守るためには仕方ないのだ」
と宣告している(結局パー子はパーマンをやめず、記憶も消されないのだが)。

sayonaraPerko.jpg
「さよならパー子」より。旧パーマン世代にはびっくりの、かなり胸熱な展開。

これが普通に放送されたのなら、「記憶を消す」というペナルティはまったく問題ないことになる。実はこのエピソードは、1週間ほど前にネットでその存在を知り、数日前に初めて視聴して大いに驚いたのだが、もしかすると新アニメのスタッフも、「動物にする」というペナルティには違和感を覚えていたのかもしれない。

ただ、「パーマンであった部分の記憶を消す」だけでは、口封じにはなってもペナルティとしてはいささか弱いので、秘密を知られてしまった場合には「すべての記憶を消す」とすればいいと思う。人間が、生まれてから現在までのすべての記憶を失ってしまえば、頭の中は真っ白、パーと大差はない。しかし、いわゆる記憶喪失(全生活史健忘)は「気ちがい」とは違うので、これならクレームも発生しなかったと思うのだが…。今から30年前の設定変更について今さらああだこうだ言っても始まらないが、「脳細胞破壊銃でパーにする」というペナルティは、一見のびやかなパーマンワールドの中に潜む「黒い十字架」であり、それを背負いながら戦っている、というところに、この作品の奥深さがあるようにも思えるのだ。

perman07.jpg

「パーマン全員集合!!」より。パーマンセット(マスクとマント)を奪われたみつ夫は、「やくそくどおりパーにする」とスーパーマンに銃口を向けられる(でも、実際は「約束」したわけではないんだけどね。初回でスーパーマンが一方的に宣告しただけ)。修正後のセリフは「やくそくどおり動物にする」。

perman08.jpg

「クルクルパーにされちゃって、一生わけもわからずにくらすんだ」と涙ぐむみつ夫。これはホントに怖いだろう。現在は「動物にされちゃって、一生つらくくらすんだ」というセリフに変えられているが、恐怖の質がまったく違う。

私自身の小学校時代を振り返ってみても、自分が「気ちがい」になるというのは、想像するだけで底知れぬ恐怖心が沸き起こることであった。私の住んでいた生田には、その当時から精神科専門の大きな病院があったのだが、頭がおかしくなった者は「黄色い救急車」でそこに連れて来られ、鉄格子で仕切られた病室に収容されているのだと、まことしやかにささやく同級生がいて、近所にそんな施設があるのか、と恐れおののいたものである。そして同時に、自分は今は自分のことがわかっているけれど、頭を強打するなど何かのはずみで、自分で自分のことがわからない状態になることもあるのではないか、そうしたら自分もそんな病院に入れられてしまうのだろうか、などという不吉な妄想で頭がいっぱいになったこともある。少年期には、誰しもそうしたアイデンティティ崩壊の恐怖を覚えることがあるのではないだろうか。そして、「パーマン」における「脳細胞破壊銃でパーにされる」というペナルティは、そうした少年少女の潜在的な恐怖心をかなり鋭く、リアルに刺激するものだったように感じる。それだけに、「動物にする」という現実離れしたぺナルティへの変更は残念で仕方がない。「すべての記憶を消す」なら、アイデンティティは確実に崩壊するわけで、同じような恐怖心を喚起することは可能だと思うのだが…。

perman09.jpg

「パーマンはつらいよ」より。自分がパーマンであることを家族や友人に打ち明けたいと言い出すみつ夫に「そんなことをしたらパーにする」と恫喝するスーパーマン。現在では「ぜったいにゆるさん」というセリフに変更。

もっとも、このペナルティが物語の中で取り上げられるのは、100話以上ある旧原作の中でもほんの数話であり、この改変が作品全体に大きな影響を与えているということではない。

perman10.jpg

どちらかといえば、これから述べる「スーパーマン」から「バードマン」への名称変更の方が、いろいろと面倒を引き起こしているように思う。旧原作ではみつ夫をパーマンに任命したのは「スーパーマン」で、彼は、
「マスクやマントをつければだれでも超人的な力をもてるんだ。しかしほんもののスーパーマンにはおよばないのでこれをパーマンとよぶ」
と説明している。

つまり、

スーパーマン>パーマン>パー(秘密がばれた時)

という図式になり、呼称が短くなるにつれ、能力も落ちるというシャレになっていたわけである。しかし、1983年のカラーアニメ化の際には、権利関係で「スーパーマン」の名前が使えなかったのか、

スーパーマン→超人→鳥人→バードマン

という発想の転換(?)でバードマンに名称変更し、同時に、マスクのデザインも鳥をイメージしたものに変更されたが、バードマンとパーマンでは言葉の関連性も乏しく、旧パーマン世代にはおおむね不評のようである。もっともこれは、リアルタイムで「帰ってきたウルトラマン」を見ていた世代が、後付けの「ウルトラマンジャック」という名称に拒否反応を起こすようなものだろう。幼少期に見たものが「原型」として脳に刻印されるというのは本能的なものなのかも知れない。

とにかく83年以降は、パーマンの上司といえばバードマンで統一されていたのだが、前回も書いたように、2009年の「藤子・F・不二雄大全集」では、「バードマン」の名称を当初の「スーパーマン」に戻している。「大全集」という性質上、初出時の設定を尊重したということなのだろうが、それなら「パーにする」設定も復活させるべきで、どうにも一貫性がない。しかも、2016年のてんとう虫コミックス新装版では、原稿のスキャンデータは「大全集」のものを使いつつ、名称は「バードマン」になっており、もはやこの問題はまったく集結点が見えない。一度設定に手を加えてしまうと、どこまでも混乱が続くものなのだろうか。

しかし、以上は原作マンガに限った話であり、アニメにおいては2014年に画期的な事件が起きた。それは、言うまでもなく白黒版アニメのDVD発売で、何とこのソフトでは、「パーにする」設定も「スーパーマン」の名称も放送当時のままだったのである。

permanDVD_okotowari.jpg

こういう「おことわり」を入れておけばいいわけですよ。

per01.jpg

「パーマン誕生の巻」より。パーマンのマスクを被らされたみつ夫が「パーマン? この人パーじゃなかろか」とつぶやけば、

per02.jpg

per03.jpg

per04.jpg

スーパーマンは「もし人にきみの秘密を漏らせば、その場できみは本物のパーになる」と警告する(ご丁寧に、「クルクルパー」の指の動きまで)。

per05.jpg

カバ夫とサブの計略でマスクを取られたみつ夫、初回からピンチ!「顔を見られたらパーになっちゃうよ〜」とベソをかく。この第1話だけで5回「パー」と言っている。

per06.jpg

「パーマン全員集合!!」より。「脳細胞破壊銃だ! 約束どおりパーにするぞ!」と迫るスーパーマン。

per07.jpg

震え上がるみつ夫。

per08.jpg

「ぼくはもうダメだ! クルクルパーにされちゃって、一生わけもわからずに暮らすんだ!」と、みつ夫はパー子の目の前で泣きわめく。アニメだけあって原作より感情表現が派手。

……というわけで、マンガ版の自主規制に納得の行かないものを感じていただけに、この2作品は実に痛快だった。このままでも、まったく問題ないじゃないか!

マンガはネームを貼り替えればセリフの変更が容易にできるが、アニメは再録音が必要になり、まして50年近く前の作品ともなると、当時の声優を集めるのもひと苦労である(もっとも、そうした事例がないわけではなく、たとえば「奥さまは魔女」では、オリジナルのキャストを招聘し、差別用語に当たる言葉だけを他の言葉に変えて録音し直している。以前、ダーリンの吹替えをやっていた柳澤愼一氏に聞いたところでは、「めくら蛇におじず」などということわざも今ではNGらしい。ご本人は「いろいろ面倒くさい世の中になったねえ。40年以上も前の若いころの声と同じに喋ってくれなんて言われても、そんなのできるわけないよ」と苦笑いをしていらした)。今回はそこまで手間をかけるのは見合わないという判断だったのかも知れないが、とにかく、オリジナルのままの状態でソフト化したのは英断だと思う。と同時に、これまで長らく封印されていた「パーにする」設定と「スーパーマン」の名称を広く世に出してしまった以上、マンガもこちらに合わせて原形に戻してしまえば、すべてがすっきりすると思うのだが…。

しかし、そう考えるのは私が旧パーマン世代だからであり、1980年代の新パーマンを見て育った世代は、「動物にする」設定や「バードマン」でなければしっくり来ないのかも知れない。実に悩ましい問題である。ともあれ、2017年の現在「パーマン」という作品は、入手可能な正規のメディアにおいて、「パーにする」設定と「スーパーマン」(旧作DVD)、「動物にする」設定と「バードマン」(原作マンガと新作DVD)、「動物にする」設定と「スーパーマン」(大全集における原作マンガ)、という3パターンが存在する、何ともカオスな状態を呈しているのである。

permanBW.jpg
posted by taku at 16:49| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

パーマン放送開始50年(1)

permanBW50th.jpg

昨年(2016年)来、「ウルトラマン」については、放送開始50年ということで、当ブログでも何度か取り上げてきたが、実は、今年(2017年)は、60年代のもうひとりのスーパーヒーロー、「パーマン」の放送開始50年でもある。というわけで、何とか今年のうちにと思って書き始めたのだが(遅いよ)、「パーマン」については、漫画版とアニメ版が新旧それぞれ2つあるため、名称や設定の変更など気になる点、書きたいネタが頭の中に山積しており、とても1回ではまとまりそうにない(いつものこと)。というわけで、何回かにわけて、思いつくままに記していきたいと思う。

まず、50周年についてだが、私は当初、この記事のタイトルを、「パーマン生誕50年」としていた。しかし、ネットで検索してみると、公式的には、昨年(2016年)がパーマン生誕50年のメモリアル・イヤーということらしい。ショック! これは、『小学三年生』『小学四年生』での連載が1966年の12月に始まったからで、それに合わせて、てんとう虫コミックスでは昨年6月に全7巻の新装版も発売されている。

□『パーマン』新装版 全7巻|小学館

上の事実を知ったのが今から15分前。手元にあった「藤子・F・不二雄大全集」の『パーマン』3、4巻巻末でも確認したので間違いない。…何かね、一気に書く気が萎えてしまいましたよ。すっかり時流に取り残されていたということを知って…。もう、書くのはやめた方がいいのだろうか。

いやしかし! メインの掲載誌というべき『週刊少年サンデー』での連載は1967年の2号からだし、白黒版アニメは4月2日にスタート。当時の私はアニメでパーマンを知ったクチだから、少なくとも私の中では、そして多くの当時の少年少女にとっても、今年がパーマンと出会って50年で間違いないのだ!と考え直し、タイトルも、絶対に誤りでない「パーマン放送開始50年」と改め、書き進める所存である。

sunday1968_02_01.jpg

こちらが連載開始号である『週刊少年サンデー』1967年2号。表紙は白土三平の「カムイ外伝」。

sunday1968_02_02.jpg

よく見ると、パーマンのデザインが『小学三年生』『小学四年生』だけに登場した初期バージョンである。

sunday1968_02_03.jpg

背表紙も同じく初期バージョン。表紙の印刷は本文より早く、その時点では新デザインは未完成だったということだろうか?

perman01.jpg

カラー扉はおなじみのパーマン。ちなみに、この号に掲載された「パーマン誕生」は、最初に単行本化された際(虫コミックス・1970年)、かなり加筆修正されており、その後、再アニメ化にともなう設定変更などもあって、現在出回っているものとはかなり違っている。「パーマン」のマスクとマントを与えるのは「スーパーマン」。

perman02.jpg

2009年の「藤子・F・不二雄大全集」では、1983年以来「バードマン」だった名称が「スーパーマン」に戻ったが、2016年のてんとう虫コミックス新装版ではまた「バードマン」に逆戻りしている。このあたりはそろそろ統一して欲しいところなのだが…(名称や設定変更の問題については、かなり長くなりそうなので次回以降に)。

sunday1968_16_01.jpg

こちらは『週刊少年サンデー』1967年16号。

sunday1968_16_02.jpg

同誌に連載中の「パーマン」「キャプテンウルトラ」「仮面の忍者赤影」「冒険ガボテン島」の4作品が4月から放送開始となるため、その宣伝記事が掲載されている。

sunday1968_16_03.jpg

スーパーマンの紹介に、「パーマンの親分」と書かれているのが何だがおかしい。

さて、1967年4月といえば、「ウルトラマン」が最終回を迎えた月である。当時、「ウルトラマン」は日曜7時TBSの「タケダアワー」枠、「パーマン」は同じ日曜7時半TBSの「不二家の時間」枠。そのころの多くの子どもたちが、その2枠をワンセットで見ていた。
4月2日は「ウルトラマン」が最終回ひとつ前の38話「宇宙船救助命令」で、その直後に記念すべき「パーマン」第1回(「パーマン誕生の巻」「ロボット・ママの巻」)が放送されたわけである。そして翌週、4月9日は「ウルトラマン」があの最終回「さらばウルトラマン」、「パーマン」は第2回(「マル秘パーマン2号の巻」「そうなん救助の巻」)。その翌週から「タケダアワー」枠では東映製作の「キャプテンウルトラ」が始まるので、ウルトラマンとパーマンが連続放送されたのは、わずか2週だったということになる。

以上は記録に基づく客観的事実だが、私のぼんやりとした記憶の中では、「ウルトラマン」は「パーマン」よりもだいぶ前の作品として位置づけられており、だから、わずか2週とはいえ、重なっていた時期があったのは少し意外だった。これは、ちょうどこの時期に実家の引っ越しが行われたことが関係していると思う。すでにいろいろなところで書いたが、実家が読売ランドから現在の生田に越したのが、ちょうど「ウルトラマン」が最終回を迎えた4月9日だった。それゆえ、「ウルトラマン」といえば前の実家で見た番組(=古い)、「パーマン」は現在の実家で見た番組(=新しい)、という記憶の区分けが為されたのであろう。「ウルトラマン」はその後、再三再放送やビデオなどで見返しているので、おのおののエピソードは頭にインプットされているが、リアルタイムで視聴していた記憶は大変薄いのである。

それに対し、現在の実家に移ってからの特撮やアニメは、どれも、きちんと視聴した記憶が残っている(まあ、だいたい4歳ごろから記憶は鮮明になるものだが)。「パーマン」もその例に漏れず、毎週家族で楽しみに見ていた覚えがある(「キャプテンウルトラ」より熱心に見ていた気がする)。特に印象深いのは最終回で、それまでのライトなコメディ路線はどこへやら、えらく深刻でしんみりした雰囲気だったのが忘れられない。物語はよくわからなかったが、パーマンが屋根の上でスーパーマンに何かを諭され(当時は責められているように思った)、やがてパーマンは口を結んだまま(笑顔は一切なく)空に飛び立つ。その姿がえんえん写り、結局どこまで何をしに行ったのか見せないままで終わる、という突き放したようなラストが何とも淋しく、それゆえ長年記憶にとどまっていた(下画像は、その白黒版アニメの最終回「パーマンよいつまでも」の原作にあたる「パーマンはつらいよ」。無償の善意と承認欲求との間で葛藤する人間の姿を見事に描いた傑作。今読み直しても深く考えさせられるが、未就学児童には難しかったようだ)。

perman03.jpg

とにかく、4歳児の私は、当時かなり「パーマン」を気に入り、しっかり毎週見ていたのはたしかである。しかし「ウルトラマン」が、怪獣という強力アイテムを持っていたのに対し、「パーマン」にはそういったものがなく、また、再放送の機会も少なかったため、数年も経たず、私の中で「パーマン」は過去の番組となっていった。1983年にアニメがリメイクされた時も、まったく食指が動くことはなく、500回以上放送されたのに、見事に1回も見ていない。興味が再燃したのは割と最近のことで、2009年に刊行された「藤子・F・不二雄大全集」の『パーマン』を懐かしさ半分で手に取ってからである。
一読して大きくうなった。私はそれまで「21エモン」がF作品の中での一番のお気に入りだったのだが、その認識を改めなくてはならないと思った。「パーマン」は、学校や家庭といった日常的な場に「SF(=スコシ・フシギ)要素」(F先生が好んだ表現)が加わったことで笑いが生まれる「ほのぼのギャグマンガ」であると同時に、そのSF要素を駆使して、悪人と対決したり人命救助を行ったりという非日常的な冒険アクションが展開する「ヒーローマンガ」でもある。このふたつが無理なくスマートに融合され、この作品でしか味わえない爽快感を生み出しているのだ。みつ夫をはじめとする各パーマンのキャラクターは実に魅力的で、設定やアイテムも気が利いている(特にコピーロボットの使い方が秀逸)。ストーリーはバリエーション豊富かつスピーディーで、大いに笑い、何度か泣かされた。「これほどクオリティの高い一話完結作品を週一以上のペースで書いていたとは…」と、F先生の稀有な才能に、改めて敬意を表した次第である。
そして、2014年に長年幻とされてきた白黒版アニメのDVDが発売されたことで、47年ぶりで動画のパーマンとも再会を果たし、長年気になっていた最終回も確認することができ、やっと「パーマン」について少し語れるようになってきたという感じだ。

モノクロ版TVアニメ『パーマン』DVD BOX 上・下巻


全然本筋に入らなかったが、今回は一応ここまでにしたい。しかし、せっかくなのでお宝(?)画像をひとつ紹介しておこう。

permanT01.jpg

こちらの写真は4歳の私である。1967年の夏に実家の庭で撮影されたもので、注目すべきはTシャツ。

permanT02.jpg

不二家の「ハイカップ」(カルピスそっくりの乳酸飲料)の王冠を送って当たった景品である。

permanT03.jpg

背面はこんな感じ(ちゃんと写真を撮ってあるのがすごいと思う)。

fujiya_hi-cup01.jpg

『週刊少年サンデー』に掲載の「ハイカップ」広告ページ。

fujiya_hi-cup02.jpg

抽選で毎月20,000名に当たるとのこと。ずいぶん太っ腹である。

fujiya_hi-cup03.jpg

デザインは2パターンあったようだ(何とレナウン特製!)。今でも残っていれば結構なお宝だと思うのだが…。
posted by taku at 20:33| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

これが「ゴールデンボーイ」だ

前回まで、幻の漫画「かんごく島」を5回にわたってご紹介してきたが、今回は、さらに知っている人が少ないと思われる「ゴールデンボーイ」(1976)を取り上げてみたい。掲載されていたのは、前々年に100万部を突破し、「ブラック・ジャック」「がきデカ」「ドカベン」「750ライダー」「マーズ」「エコエコアザラク」などが誌面を飾っていた、黄金時代の『週刊少年チャンピオン』。伝説の編集長・壁村耐三が采配をふるっていたころである。

gb01.jpg
『週刊少年チャンピオン』1976年第37号

gb02.jpg

今、劇画の新世紀が轟音とともに扉を開く!!
鬼才・榊まさるの熱情ほとばしる巨大新連載!!


gb03.jpg

gb04.jpg

力・汗・熱情のすべてをこめて、
新世紀の旗手が衝撃のデビュー!!
『劇画』の魅力がこの巨編に結実!!


巨大長編40ページ新連載!!

とにかく大変な力の入れようである。

これをリアルタイムで読んだ時、私は中学1年だったが、作者の榊まさるのことはまったく知らなかった。しかしだいぶ後になって、この当時すでに、官能劇画誌『漫画エロトピア』(1973年創刊)などで健筆をふるっていた売れっ子であることを知り、「なるほど」と納得したものである。この「ゴールデンボーイ」は全編汗臭い男のドラマで、女性キャラはほとんど出てこなかったが、時おり画面に現れる主人公オルフェの姉・静江や少女サチの体のラインが妙にむちむちして、ただならぬ色香を放っていたからである。

前置きはこれくらいにして、早速作品を見ていくことにしよう。

gb05.jpg

舞台はとある田舎町。激しい嵐の中、どうにか港に降り立つ「剣・大サーカス」団の一行。
そんな厳しい状況の中でもショーマン精神を忘れない主人公・オルフェ。

gb06.jpg

オルフェのちゃらい振る舞いに、体育大学出身の圭司が苛立ち、2人のいさかいが始まる。泣いてそれを止めるサチと、オルフェを叱る姉・静江(ここら辺はキャラクター紹介)。
そこへトラックの運転手が戻ってきて、崖崩れのためトラックは大破、道路も塞がれていると伝える。

gb07.jpg

テントが設営されている山の上公園(おそらくここが公演予定地なのだろう)にたどり着くには、山の中腹にある荒れ寺を突っ切って行くしかない。
主人公・オルフェは動物たちを連れての徒歩移動を主張するが、慎重派の圭司は反対する。結局団長はオルフェの意見を採用、嵐の中の行進がスタートする。

gb08.jpg

ここまでは物語のほんの序盤なのだが、すでに全体の半分、20ページを消費。さらっと流してもいい会話や状況の説明まで、すべてを過剰に描き込んだ線で描写しているためだ。とにかく、登場人物のすべてが暑苦しく粘っこい。何なんだこの空気圧は、と、呆れながら読んだのを覚えている。

gb09.jpg

と、そこに地元の暴走族「地獄クラブ」が登場。一行の行く手をさえぎる。

gb10.jpg

「ここはわれわれ「地獄クラブ」の持ち場だ。てめえらが一歩たりとも立ち入ることは許さねえ!!」
とリーダーの文字山(もんじやま)大吾がすごみ、ケンカっ早いオルフェが応戦する。

gb11.jpg

これで初回の40ページが終了(なんて薄いシナリオだ! 「ブラック・ジャック」ならこの半分のページ数でひとつの物語を完結させてるぞ)。

でもって続き、第1話の(2)。この回もカラーページである。

gb12.jpg

文字山とオルフェの戦いがしばらく続く。オルフェのピンチに猿のチコが加勢するが、文字山の錫杖でブチのめされ絶命。

gb13.jpg

マジ切れしたオルフェに、
「てめえら全部血祭りにあげてやるぜっ」
と、殺る気満々の殺人集団「地獄クラブ」。

gb14.jpg

暴走族とサーカス団の全面戦争か、と思ったその時、突如荒れ寺からコジキ坊主が鳥をくちゃくちゃ食べながら登場。
文字山が「道神さま」と呼んで畏れるその坊主は、文字山を諌め、オルフェたちに非礼を詫びる。

しかしその後が超展開。

gb15.jpg

一行が「剣・大サーカス」だと知るや、坊主は顔色を変え、
「雨野……雨野大介はおらんか!?」
と尋ねる。

gb16.jpg

雨野大介はオルフェ(本名は大平)の父で、オルフェが8歳の時に死んでいた。
そのやりとりを聞いていたオルフェの姉・静江は、
「あなた神さん……神さんでしょう」
と問いただす。どうやらこの坊主は、過去にサーカス団と何か関わりがあった様子。

gb17.jpg

だが坊主はそれを否定し、突如暴れ出した馬を持ち上げるという離れ業を披露し(もはや超人です)、大吾とともにいずこかへ去っていく(あんた荒れ寺にいたんじゃなかったっけ?)。

gb18.jpg

その去り際、坊主は、
「これで安心できると思うなよ! テントに着いてもおまえたちに休息はないっ!!」
と、まるで悪役のような捨てゼリフを残す。

gb19.jpg

そして山の上公園に着いた一行が見たものは、暴風雨のため無残に倒壊したテントだった…。オルフェたちの愕然とした表情で第1話(2)は終了。

さてさて、次からどうなるのか、と、あまり楽しみにしていたわけではなかったが、その翌週の『チャンピオン』を見て、こちらもオルフェたちのように愕然とした。

gb20.jpg

★休載のおわび★
「ゴールデンボーイ」は作者の榊まさる先生急病のため、今週は休ませていただきます。
連載開始と同時に、読者の皆様から絶大な声援と激励をいただきました。が、榊先生が張り切りすぎたのか右手首けんしょう炎≠ノかかり、ペンが握れなくなったためです。
一刻も早く完治して、次号では再び熱筆をたたきつける決意ですのでご諒承ください。
週刊少年チャンピオン編集部


連載3回めにしてまさかの休載である。その穴埋めとして、この39号には、西崎正「奇妙なできごと」(19ページ)と吾妻ひでお「ゴキブリくん」(5ページ)が掲載されている。

gb21.jpg

翌40号、連載は再開されたものの、1、2回めが巻頭カラーまたはカラーだったのに対し、いきなり巻末ページに追いやられており、中学生ながら、「この漫画は長くないのでは?」と直感した。そしてそれは現実のものとなり、「ゴールデンボーイ」はその翌週であっけなく終了してしまうのである。

gb22.jpg

一夜明けたテント内、オルフェと女性陣とのやりとり。本筋とは関係ないが貼ってみた(色っぽいシーンが少ないので)。

gb23.jpg

オルフェは、サーカス団の長老・源じいさんと圭司の会話から、オルフェの父・雨野大介とコジキ坊主・神竜造との過去のいきさつを知る。15年前、「剣・大サーカス」での大介は空中ブランコの飛び手で大スター、一方の神はその受け手で、2人はライバルだった。空中ブランコは飛び手と受け手の呼吸・信頼で成立する。

gb24.jpg

しかしある公演の千秋楽で、大介が荒技『スクリュー飛行』を行った際、神はそれを受けそこね、大介は20数メートル下の舞台に転落、再起不能となってしまったのである。

gb25.jpg

事実を知ったオルフェは、その事故は、ライバルだった神が、父をスターの座からひきずり降ろすために故意にやったものだろうと勘ぐるが、姉の静江に一蹴される。

gb26.jpg

しかし、幼少期に父の自殺をその目で見たオルフェにとって、姉の言葉は素直に納得できるものではなかった。真相を神の口から聞くため、オルフェはふたたび荒れ寺に向かう。

gb27.jpg

と、その内部は、サーカスの舞台そっくりに改造されており、サスペンダー姿の神が待ちうけていた(かなりのトンデモ展開)。

gb28.jpg

神は「おまえの父・雨野大介を殺した男」と名乗りながら、その直後には、「ステージで個人の怨念は持たぬ!! 雨野大介はわしとの勝負に負けたのだっ!!」などと、どっちなのかわからないことを言う。

gb29.jpg

激高したオルフェは、
「父ちゃんのアダ討ちだっ 覚悟しやがれっ!!」
と神に突進していく。

というところでこの回は終了。

さて、この翌週41号の「追跡」で「ゴールデンボーイ」は終了するのだが、残念ながら私の手元には40号までしか残っていないので、最終回は、今から40年前のおぼろな記憶を頼って書くことにする(国会図書館に行って見ればいいのだが、この作品だけのために行くのはさすがにしんどい)。

神は、向かってくるオルフェに、自分の技を受けてみるかと提案、サーカスに生きるもの同士なので、オルフェもそれに同意し、難易度の高い技で勝負を決する展開となる。たしか15年前と同じようなシチュエーションで、オルフェが飛び、神が受けるということになったと思うが、結果としてオルフェもまた、父親のように技に失敗し転落、失神する。幸運にも大した怪我をすることなく、しばらくして意識を回復したが、目を開けた時、神の姿はなく、オルフェを介抱していたのは文字山だった。オルフェは、なおも神を追うことを決意し、神を師と慕う文字山もまた、オルフェともども神を求めて旅立つ。ラストのコマは、オルフェが「神…」と心でつぶやきながら夜道を歩いているというものであった(ページ下には、「おわり」ではなく、「第1部 完」と記されていたように思う。読者からの熱烈な要望があれば、第2部が書かれる可能性もゼロではなかったのかも知れない)。

今、劇画の新世紀が轟音とともに扉を開く!!

という強烈なアオリとともに鳴り物入りでスタートしながら、わずか4回で終了した「ゴールデンボーイ」。サーカス団の話だというのに、肝心のサーカスそのものの場面は(回想シーンをのぞいて)ついに一度も出て来なかった。したがって、オルフェは一座のトップスターという設定だったが、彼がステージでどんな技を使うのかも不明だし、威厳たっぷりの団長や個性豊かな団員たち(源じいさん、圭司、大男、小人、サチ)も、最後まで活躍の場を与えられることはなかった。

gb30.jpg

上の画像は36号に載った次週予告。本編には登場しない、華やかな衣裳のお姉ちゃんやピエロが描かれており、サーカス場面も出てくる予定だったことがうかがえる。

この作品は「打ち切り」なのか、それとも、最初から短期集中連載の予定だったのか。40年が経過した今も、依然、解けない謎であるが、少しだけ想像をたくましくしてみたい。

同じ1976年夏、『週刊少年マガジン』誌上で「聖マッスル」という劇画の連載が華々しく始まっている(32号からなので、こちらの方が約1ヵ月早い)。こちらは、原作・宮崎惇、劇画・ふくしま政美で、ふくしま政美も榊まさる同様、官能劇画ですでに名を馳せていた漫画家である。これはただの偶然だろうか。

ここからは私の勝手な推測だが、『マガジン』での「聖マッスル」のプッシュぶりを見た壁村編集長が、『チャンピオン』でも、それまで同誌では見かけなかった、男性的な匂いの強い「聖マッスル」系の劇画をラインナップに入れることを思いつき、割と急ごしらえで実現させたのが、この「ゴールデンボーイ」だったのではないか。しかし、フタを開けてみたらアンケートなどでの人気は予想以上に低く、これはいかんと頭を抱え、3週目、作者が腱鞘炎で休載したのを幸いに、その1週の間に打ち切りを申し渡した、といったところではないだろうか。少なくとも、第1回の気合いの入れ方を見る限り、はなから短期集中連載と決まっていたようにはみえない。巻頭カラーでスタートというのは、新連載なら必ず、というものではなく、かなり「破格」の扱いである。何しろ、今では長寿作品として誰でも知っている「エコエコアザラク」や「750ライダー」(ともに1975年〜)でさえ、ともに1色ページで、地味にスタートしているくらいなのだ。編集部としては、「ゴールデンボーイ」を『チャンピオン』の新たな目玉のひとつにしたいという野望を抱いていただろうし、作者の榊まさるも、これを機会に、官能劇画誌から少年誌への「職場替え」を画策していたかも知れない。

しかし、結果として「ゴールデンボーイ」はヒット作とならなかった。敗因はいろいろ考えられるだろうが、個人的意見として、まず「サーカス団の物語」という基本設定が、1976年の時点で、すでにひどく古臭く感じられたこと。その前年だったか、父が、木下大サーカスのただ券が手に入ったから一緒に行こうと誘ってくれたことがあるのだが、正直、まったく気乗りがしなかった。まあ、せっかくなので、と、たしか後楽園ゆうえんちに見には行ったものの、肝心のサーカスの演目はまったく覚えていない。2016年現在、サーカス団は世界的にも存亡の危機に瀕しているというが、すでに40年前から、斜陽傾向にあったのだと思う。

そして、これは決定的というか、致命的な問題なのだが、男は過剰に汗臭く、女は妙な色香を醸したこの作家の描線が、手塚、横山、水島、藤子といった『チャンピオン』レギュラー陣の漫画的描線になじんだ少年たち(私も含む)にとっては、リアルすぎ、重たかったということ。それに尽きるのではないだろうか。

とはいえ、成人してかなり経った今、あらためて榊まさるの絵を見ると、そのうまさ、そそる女性の描き方の巧みさに圧倒される。この人の作品が掲載された『エロトピア』は、発売と同時に書店から在庫がなくなったというのも納得だ。「ゴールデンボーイ」以降、榊まさるが少年誌に作品を描くことは二度となく、彼は古巣の官能劇画誌で、その後も大いに世の男性諸氏のエロティックな妄想を掻き立てていくことになる。それはまさに、適材適所というにふさわしいだろう。

aitoyume07.jpg
『愛と夢 第7集』(ベストセラーズKK 『漫画エロトピア』増刊 1977年10月13日発行)

さて、こうして『チャンピオン』誌上から劇画の存在はあえなく消えたかに見えたが、壁村編集長の執念なのか、その約3ヵ月後、同誌第50号において、またしてもマッチョ系劇画「格闘士ローマの星」の連載が始まる。

roma01.jpg
『週刊少年チャンピオン』1976年第50号

前述の「聖マッスル」の劇画を担当したふくしま政美(ほぼ同時期、「聖マッスル」は連載打ち切り)を起用し、原作者はあの梶原一騎。表紙には「夢の黄金(ゴールデン)コンビ」と書かれている。

roma02.jpg

この「格闘士ローマの星」も巻頭カラー30ページ。かなりの力の入れようである。

roma03.jpg

こちらはそこそこ連載も継続し、後年単行本化もされたようだが、大ヒットとはいかず、結局、『チャンピオン』に劇画というジャンルが根づくことはなかった。

mars01.jpg

ここからはおまけだが、この50号には、私が編集部に送った投書が掲載されている(下画像の右サイド)。

mars02.jpg

「マーズ」については以前こちらにもいろいろ書いたが、とにかくこの時代の『チャンピオン』は本当に面白かった。
posted by taku at 20:27| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

「かんごく島」の謎を解け

kangoku_nazo01.jpg

しつこく「かんごく島」ネタである。正直、現在(9/15)までのところ、ほとんど反響はないのだが、前回のラストで《「かんごく島」には、まだまだ未解明な謎が多く残っているため、章をあらためてその追求をしていくことになるかも知れません》と書いてしまったので、責任を果たす意味でもう1回だけ取り上げてみたい。

(1)なぜ、一行が島に着いて1週間以上経過しても、本土から一切救援が来なかったのか?

言うまでもなく、これが「かんごく島」最大の謎だろう。外部との連絡が完全に絶たれたまま10日近くが過ぎ去ったために、ついに全員死亡という最上級のバッドエンドを迎えてしまったわけである。これに関しては(3)の第9回のところでも述べたように、連続する台風などの自然災害で、本土から船が出港できないといった物理的な制約があったと解釈するしかないだろう(そうでなければ話が成立しないので)。実際、今年(2016年)などは台風が次から次へと発生しているため、2週間近く物資が届いていない離島もあるようだ。残念ながら作品中で台風の連続発生を描いた場面はないが、第9回でエリが、「このごろ海があれているのよ。さかなは海のそこにかくれてるわ」と話すコマがあり、決して晴天に恵まれていたわけではないことがわかる。
というわけで、本土から救援が来なかった理由は、「荒天のため」で決着。

(2)なぜ遠藤幸助は、森川伸介生き埋め事件の一部始終を知っているユミを引き取って、10年も一緒に暮らしたのか?

これも、作品成立の根幹に関わる重要事案なのだが、(4)の第10回で述べたとおり、遠藤は潮見のおばばに命じて、ユミの記憶を一旦消させた、と私は解釈している。第9話で遠藤が、「(ユミが)事件のことをおぼえているわけがない!」と和巳に言うのは、それを踏まえてのことだろう。しかし、一旦は消されたユミの記憶だが、ムサシの子ネコ虐待事件がきっかけで、過去の出来事を思い出し…という流れもすでに述べたとおりである。
これは想像だが、遠藤は、記憶を失っていたユミに対しては、おそらくそれなりによき父親だったのではないか。それは第5回で、ユミへの殺害予告状を見た時の遠藤の言動によく現れている。「ユミがあぶない!」と叫ぶ和巳に続き、遠藤は「よし、みんなで海岸へいってみよう!」と、自分も殺されかけたばかりだというのに、現場に急行しているのである。そして岸壁では「ヤスヨがおよぎにくるのはいつもこのあたりなんですがねえ」という赤七に対し、「しかしどこにもおらんじゃないか」と激しく叱責している。
森川の娘であるという点さえ目をつぶれば、美しく成長したユミは、遠藤にとって和巳とならんで可愛い「わが子」であったに違いない。最終回のラスト前で、和巳とユミが仲よく乗馬を楽しんでいる回想シーンがあるが、これなども、遠藤が和巳とユミを分け隔てなく寵愛したあかしのように思われる。それだけに、ユミが第11回で「わたしはユミ! 森川ユミよ」と名乗り、復讐を宣言した時の遠藤の衝撃は大きかったに違いない。まさに「可愛さ余って憎さ百倍」で、その結果があの最終回の猟奇的殺人方法だったとすれば納得がいく。
というわけで、遠藤が、事件の一部始終を知っているユミを引き取り、10年も一緒に暮らした理由は、「ユミは一旦は事件の記憶を失っていたから」で決着。

(3)一連の連続殺人や不可解な現象は、本当にすべてユミの単独犯行なのか?

ついに来ました。これが最大の難関にして、大嶋(自称)探偵が一番知恵を絞ったところである。まあこの当時の連載漫画やドラマなどは、展開がかなり思いつきというか行き当たりばったりというか、伏線を張っておきながらきちんとそれを活かさなかったり、トリックや動機が解明されないまま話がどんどん先に進んだりするのは何ら珍しくないので、それをいちいち真面目に取り上げるのもナンセンスな話なのだが、私の「かんごく島」への思い入れは通常とはちょっとレベルが違うため、この機会に徹底検証を試みたい。

では「かんごく島」全12回を振り返り、殺人や殺人未遂、不可解な現象等をすべて抜き出してみよう。

<1>船上にて、コップの水を舐めた猫が変死、毒殺?(第1回)
<2>島到着後、坑道内にて炭車が暴走、沢渡の妻スミエ轢死(第1回)
<3>沢渡、死体のようになって潮だまりに浮かぶ(第2回)
<4>事務所2階にてヘビの死骸発見、頭部に森川のナイフ(第2回)
<5>第三坑道から謎のうめき声、続いて森川らしき白骨死体の出現(第2回)
<6>事務所の電話線が切断される(第2回)
<7>徳田のモーターボートと小型船が爆破、徳田焼死(第2回)
<8>沢渡、遠藤と第三坑道調査中に油まみれになり焼死(第3回)
<9>遠藤、つり橋の板を踏み抜き転落しそうになる(第4回)
<10>ユミ宛の殺害予告状が発見される(第4回)
<11>ユミ、ヤスヨの計略でサメに襲われ生死不明(第4回)
<12>ユミ、赤七の用意した毒入り水筒を転用して敏子を殺害(第5回)
<13>ユミ、水野を第三坑道の竪穴に突き落としネズミに喰わせて殺害(第6回)
<14>ユミ、草むらにロープを張って赤七を転倒させ殺害(第7回)
<15>ユミ、第三坑道であほうの松に穴を掘らせ上から土砂を落として殺害(第8回)
<16>ユミ、海岸でヤスヨの足を鎖で固定し満潮になる時刻に溺死させる(第9回)
<17>ユミ、潮見のおばばに岸壁から飛び降りるよう迫りおばば転落死(第10回)
<18>ユミ、遠藤とエリを第三坑道に生き埋め、遠藤は半発狂しエリを窒息死させる(第11回)
<19>遠藤、ユミ殺害をもくろむも和巳に阻止され事故死(最終回)
<20>和巳、ユミを助けた時に重傷を負い事故死(最終回)
<21>ユミ、自殺(最終回)

だいたいこんなところだろうか。犯人がユミであると明らかになった<12>以降は、すべて漫画の中で描かれていることなので、説明の必要はないだろう。問題は<1>から<11>までである。

<1>については一旦保留にして<2>から話を始めたい。<2>の炭車暴走、そして<5>の第三坑道からのうめき声&森川らしき白骨死体の出現、この2つに関しては、ユミが単独で行うのはどう考えても不可能である。<2>でのユミは、一行の中の1人として坑道を歩いていたので、炭車を操作する人間は別にいたはずだ。また、<5>の白骨死体などは作り物としても大変手が混んでおり、事前に入念な準備をしておく必要がある。しかし、作品を最後まで読んでも、ユミに共犯者がいた形跡はないし、かといって16歳のユミが家族に内緒で、事前にたった一人で島にわたってこつこつ準備をしていたとは到底考えられない。これには私も頭を抱えてしまったのだが、何度か作品を読み返すうちに、次第に真相がつかめてきた(おそらく原作者もそのつもりで書いたのだろう)。

結論から言うと、第3回での遠藤の推理が当たっている。あの白骨死体など一連の怪奇現象はすべて沢渡の仕組んだものである。遠藤いわく、
「きみはわしをこわがらせて東京へかえそうとしている。わしがにげかえればこの島をうりとばしたきみはまるもうけだからな」
これが動機のすべてである。

kangoku_nazo02.jpg

第1回で明らかになっているように、沢渡は2年前、遠藤に無断で島の名義を書き換えて第三者に転売していた。おそらく、長崎で営む自分の事業が思わしくないため、その運転資金に充てたのだろう。なぜそんな詐欺まがいの行為が出来たかといえば、かんごく島が10年前に廃坑となって以降、東京在住の遠藤はその存在をなかば忘れており、島の権利証等(登記簿謄本のたぐい)も、沢渡に預けっぱなしにしていたからだろう。しかし、遠藤は何かのはずみに島の存在を思い出し、島全体をレジャーランド化する計画を構想する。

「東京での事業もうまくいっているし、廃坑の一つや二つほうっておいてもいいんだがね。まあこの遠藤幸助、どえらい道楽でもやってみようと思ってな!」
というのが本人の弁である。これに慌てたのが沢渡だ。すでに島を売却してしまっていることが発覚しては、文書偽造と詐欺の容疑で確実にお縄になってしまう。
そこで沢渡は、遠藤が自分から島の所有権を放棄したくなる状況を作ることを思いついた。島の中で怪奇現象が頻発すれば、遠藤が「こんな恐ろしい島はもういらん。沢渡、適当に処分してくれ」とでも言い残して東京に逃げ帰るだろうと計算したのである。たしかに、10年前の事件を知る者にとっては、森川の幽霊や死体が出たというのはかなりのダメージになるはずだ。
しかし、小心者の沢渡は、島に向かう船の中で、すでに馬脚を現し始めていた。遠藤のプランに対して、
「けっこうなアイデアで、社長!」
などと必死にご機嫌を取っているが、妻のスミエともども目が泳いでいる。

kangoku_nazo03.jpg

また、島に着いてからも、沢渡の不審な挙動を遠藤がいぶかしがる描写がある。
「おかしいねえ、船にいたときからどうもへんだ! わしにかくしていることでもあるのかね?」
「め、めっそうな、社長にかくしごとなど!(汗)」
という二人のやりとりに着目すれば、沢渡が何もしていない方が不自然なくらいだ。

以上の前提から導き出された答え、すなわち、<2>から<6>までの怪奇現象は(スミエの殺人以外)すべて沢渡の主導によるものである。この一連の騒動により、「かんごく島には森川や大勢の鉱夫の亡霊がとりついている」という不吉なイメージを遠藤に植え付けようとしたのだ。

では、ひとつひとつについて具体的に検証していこう。まず<2>の炭車暴走に関しては、事前に沢渡から指示を受けた赤七が、娘のヤスヨとあほうの松を使って行わせたものであろう(一行が坑道に入る直前、ヤスヨとあほうの松が意味ありげにその場を去るのがポイント)。

kangoku_nazo04.jpg

廃坑の管理人である赤七は、
「あの坑道をぬけるのが事務所への近道でさあ」
と、もっともらしく説明するのだが、船着き場から事務所に行く道はほかにもあるのに、東京から来た(それなりにいい靴を履いているであろう)一行を、わざわざ足場が悪くて暗い坑道に案内するのは不自然である。こうなってくると、これが炭車騒動に遭遇させるための誘導であり、赤七も共犯であったことは確実である。
坑道の中で、赤七の持つたいまつの火が突然消えたのも、赤七がわざと消したとすれば辻褄が合う。そしてそれを合図に、入り口附近で待機していたにいた松とヤスヨが、力まかせに炭車を軌道に押し出したのだ(炭車の走ってくる音は入り口の方から聞こえる、というセリフが作品中にある。すなわち、炭車を押し出した犯人は明らかに外にいたことになる)。

しかし、沢渡の目的は、あくまで遠藤に恐怖心を植え付けることであり、殺人などは思いもよらぬことであった。だが、復讐心に燃えるユミは、島に着いて以来、密かに殺人の機会を狙っていたのであり、坑道内でいきなりその絶好のチャンスに遭遇したわけだ。そこでまず敏子を、と狙いをつけ背中を押し、走ってくる炭車に接触させたのだが、それは、敏子の羽織を着ていた沢渡スミエであった。あの場で敏子は「スミエは人違いで殺された」可能性を示唆していたがその考えは正しい。こうして、ユミの殺人は錯誤からスタートしたのである。

kangoku_nazo05.jpg

その晩、遠藤と沢渡は事務所で口論になり、いきなり殴られてブチ切れた沢渡は、「すでにかんごく島は第三者に転売した」と口走ってしまうのだが、いくら妻の死で動転していたとはいえ、これは明らかにミステイクであった。その場を立ち去った後で冷静になり、すぐ自分の失態に気づいた沢渡は、このままでは遠藤にどんな仕打ちをされるかわからないと考え、自分も「被害者」になることで遠藤の追及を交わそうと考えた。遠藤が本土と連絡を取り、翌日には徳田が島に着くこともわかっていたので、その到着時間より少し前に、自分から船着き場近くの潮だまりに入って、水死体を装っていたのである。徳田出迎えのため、誰かが船着き場に出た際、自分を発見してくれるだろうという周到な計画であった。実際、和巳が沢渡を発見して引き上げる場面の直後に、徳田のモーターボートが到着している。これが<3>の真相である。

kangoku_nazo06.jpg

<4>の、事務所2階でヘビの死骸が発見され、その頭部に森川のナイフが刺さっていたのも、事前に森川の遺品(ナイフ)を入手できる立場にあった元所長の沢渡ならば、簡単に行えたはずである。
この場面は、最初のうちは遠藤と徳田の2人だけが話しており、沢渡は途中から「生きかえりましたよ」などと言いつつ事務所に入ってくる。2階でヘビの死骸をセッティングして(ヘビはおそらく赤七にでも用意させたのだろう)、それから部屋に入ったと考えれば納得がいく。

kangoku_nazo07.jpg

次に、<5>の白骨死体出現について。まずこれが、実際の森川の白骨なのか、あるいは精巧に作った模型なのか、判断に苦しむところである。第6回で、ユミが白骨を見て、「パパ…」と意味ありげにつぶやく場面があるが、これだけではどちらとも言えない。とにかく、事前にああいう形状(うらめしや〜のポーズ)にしたものを土の中に埋めておいて、遠藤たちが現場に来たのを見計らって赤七が操作したものと思われる。土中から飛び出す仕掛けは、おそらくピアノ線か何かで引っ張ったのだろう(赤七は第4回において、第三坑道内で和巳と鉢合わせているが、これも、そのピアノ線などの細工を隠蔽するためだったと考えられる)。遠藤たちを坑道に誘い出した「うめき声」も、赤七が拡声器か何かを使って声を響かせたのだろう。

kangoku_nazo08.jpg

なお赤七に関しては、遠藤や敏子の手先といった印象が強いが、彼は報酬さえ得られれば主人を選ばない、いわば仕事人タイプの悪党である。遠藤に内緒で沢渡の依頼を受けていたとしても何の不思議もない(実際、第3回の回想シーンでも、沢渡の命を受け猛犬を森川にけしかける場面がある)。

これに続く<6>、事務所の電話線切断も沢渡の仕業である。遠藤や徳田とともに事務所を出る時、素早くナイフか何かで切ったのだろう。そしてこれが「脅かし」のいわばフィナーレで、ここまでやれば遠藤は徳田とともに島を飛び出ると沢渡は計算していたのである(これらはすべて事前に予定していた行動なので、妻の死というアクシデントはあったものの、段取りの変更はしなかったと考えられる)。

しかし、沢渡の予想に反して遠藤は島に残り、徳田だけがモーターボートに乗った。もはや沢渡の手札は尽きたのである。ここからの彼は、ユミに殺されるのを待つだけの、あわれな標的でしかない。そしてここから、ユミが一気に動き出す。徳田が本土に戻って警察関係者を多数連れてきては、ユミの復讐殺人は不可能になる。そこでユミは思い切った行動に出た。それが<7>の、モーターボートと小型船の爆破(結果として徳田は焼死)である。16歳の少女の犯行として本当に可能なのか、いろいろ考えてみたが、ここで忘れてはならないのが、ユミが「炭鉱現場主任」森川の娘であるということだ。

kangoku_nazo09.jpg

どうやら幼少期のユミは大変なパパっ子で、森川の仕事場にもひんぱんに出入りしていたようだ。それは落盤事故の時、ユミも一緒に生き埋めにされたことでも明らかだろう。であるならば、現場で岩盤を崩すための発破作業なども一度ならず見ていた可能性が高く、ダイナマイトの使い方もおおよそはわかっていたはずである。ただ、さすがに起爆装置は作れないだろうから、単純に、導火線に火をつけて船に投げ込んだと考えるのが自然だろう。では、そのダイナマイトはどこから調達したのか。ポイントは、かつての炭鉱事務所が現在のユミたちの宿舎であるという点だ。建物のどこかに、未使用の爆発物が残留していたとしても不思議ではない。おそらくユミは、到着した日の夜、みなが寝静まるのを待って、事務所の中を探索し、それを発見したのだろう。では、徳田のモーターボートだけではなく、自分が乗ってきた小型船まで爆破した理由は? それは、この島からの脱出を不可能にし、復讐殺人を確実に実行するためである。最終回のセリフ「全員に復讐をとげたとき、このとりかぶとの毒をのむつもりだった…」でもあきらかなように、ユミ自身、生きてこの島を出る気はなかったのだから、船の破壊には何のためらいもなかったのだろう。

また例によって長くなって来たのでやや駆け足で。<8>の沢渡が油まみれになって焼死したのも当然ユミの犯行である。ユミはその少し前、意識を失った和巳を第三坑道の入り口で発見して連れ帰ったと自ら語っている。

kangoku_nazo10.jpg

しかし、そもそもなぜユミは第三坑道に行ったのか。そう、沢渡か遠藤のどちらかが足をすべらせ窪みに落ち込むよう、廃油を足元に撒きに行ったのである。そして改めて坑道に出向き、油まみれになっている沢渡に火を投げたというわけだ。

<9>の、遠藤がつり橋の板を踏み抜き転落しそうになるのも、ユミの仕業と考える以外ないのだが、つり橋というのは誰が渡るかわからないので、遠藤をピンポイントで狙ったとは考えにくい。もっとも、ユミの目的は、島にいる全員を殺すことなのだから、「こういう細工をしておけば、いつか誰かが落ちるはず」という、いわばトラップだったと考えるのが妥当だろう。ただ、こういう微妙な細工を果たしてシロウトができるのかという疑問は残る。細工をしている最中に自分が転落する危険もあり、まさに命がけである。もっとも、元から命を捨てるつもりだったユミには、すでに怖いものはなかったのかも知れない。

kangoku_nazo11.jpg

<10>の、ユミ宛の殺害予告状、これは、これまでの殺人が予告なしで行われてきたことを考えると何とも唐突で嘘くさいのだが、ユミの洋服から落ちたことでも明らかなように、当然ユミの自作自演である。では、なぜそんなことをしたのか。これは次の、ヤスヨの計略とも関連してくるのだが、ユミは、第3回冒頭で和巳に抱きしめられた時、その様子をヤスヨが密かにのぞいていたことに気づいており、ヤスヨが和巳に好意を寄せていることを直感的に察知していた。

kangoku_nazo12.jpg

とすれば、あの赤七の娘のことだ。自分の欲望のためなら、ためらいなく目の前の邪魔者を消そうとするに違いない。折りしも、10年前の事件が掘り起こされ、連続殺人の動機を持つ者として、ユミに疑いがかかるのも時間の問題となっていた。
「それなら、この機会にいっそのこと、自分は殺されたことにしよう。その方が好都合だ」
おそらくユミはそう考えたのだろう。ちなみに、本家というべき「そして誰もいなくなった」でも、真犯人はある方法を使い、途中で殺されたことになり、容疑者候補からはずれている。

であるから、<11>にあるように、ユミはヤスヨの計略によりサメに襲われ生死不明となるのだが、それもユミにはある程度、想定内の出来事であった。大して親しくもないヤスヨが、いきなり「いっしょに泳ぎましょう」と言って来た時から、多分海で何かを仕掛けてくると予想はしていただろう。しかし、まさかヤスヨが、みずからの血でサメをおびき寄せるという離れ業を使うとは考えていなかっただろうから、ある意味命がけの大芝居だったわけだ。このあと、ユミは再会した敏子に、
「ええ、ほんとにあのときはあぶなかったわ」
と語っている(第5回)が、これはユミの本音だろう。

<12>以降については、もはや説明の必要はないと先ほど書いたが、ひとことだけ。敏子と赤七の会話(エリの殺害計画)を盗み聞きしていたと思われるユミは、エリと水野の行動をマークし、2人が水筒を置いて立ち去ったあと、それを持ち去り、敏子殺害に用いた。これは周知のとおりなのだが、最終回でユミが自ら飲んだとりかぶとの毒は、もしかしたらこの時の水筒の水の残りかも知れない。もっとも、島にはとりかぶとが自生しているので、そこから毒を取ることはユミ本人にも可能だったのだろうが。

いずれにせよ、死んでいることになっている<12>以降のユミは、もはや鳥のように自由である。そして殺人方法はすべて、さして力の強くない少女でも充分可能な、ある種「他力本願」的なものになっている。実は、<13>で殺害した水野の遺体を載せた炭車が、坑道から猛スピードで飛び出してくるという難易度の高そうな描写が第7回の冒頭にあるのだが、坑道は斜面になっているため、一番高い場所から炭車を走らせればかなりの加速度がつくはずで、ユミにもあながち不可能な作業ではない。また、<16>でヤスヨの足を固定した鎖(足枷)は、かつて炭鉱で、坑夫の逃亡防止用に使われていたものの再利用であろう。
さらに補足するなら、<18>で遠藤とエリを生き埋めする際に使ったのは、徳田を殺した時に使ったのと同じダイナマイトで、おびき出しに使った肉については、ユミが洋服(ワンピース)を取りに宿舎に戻った時(この時はまだ食料のストックは充分にあった)、厨房から盗み出して保存しておいたものと思われる。

これで、ほぼすべての怪奇現象についての解明が終わった、と言いたいところだが、最後に、一旦保留にしておいた<1>について改めて考えてみたい。実はこの<1>こそが、最後の難問なのである。もしあの猫が本当に毒で死んだとして、そして犯人がユミだったとして、肝心の毒はどうやって手に入れたのか。とりかぶとの毒は、島に着いてからでないと調達できないはずである。

kangoku_nazo13.jpg

となると、これは沢渡による遠藤への「脅かし」だろうか。島に着く前から、この島は不吉な場所ですよ、と印象づける狙いだったのだろうか。しかし、あの水はもともと敏子が飲むはずだったわけで(それを敏子が甲板にこぼしたため、たまたま猫が舐めて死んだ)、「脅かし」にしては悪質すぎる気がするのだが…。
あるいはエリが言うとおり、初めから水に毒などは入っておらず、猫は単に病気か、あるいは長旅の疲れで死んだのだろうか。すべての関係者が死に絶えた今、この猫の死だけが、永遠に解けない謎となってしまった。

というわけで、「一連の連続殺人や不可解な現象は、本当にすべてユミの単独犯行なのか?」の答えは、「これまでの殺人はみんなわたしがやったのよ」というセリフ(第5回)もあるように、殺しについては100%ユミの犯行。しかしそれ以外のほとんどは沢渡によるもの、という結果になった。

長い長い「かんごく島」ツアー、これにて完全終了です。ここまでお読み下さった方、本当にお疲れ様でした。
posted by taku at 19:59| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

幻の「かんごく島」(4)

kangoku104.jpg

血もこおる恐怖の復讐物語「かんごく島」の魅力を、私見を多分に交えてお届けするレビュー第4(死)弾にして最終回!

第10回

kangoku105.jpg

kangoku106.jpg

松とヤスヨの墓を立てている遠藤と和巳。エリは酒をあおるだけで手伝おうとしない。今や島は死人が8人、生存者5人という状況である。

kangoku107.jpg

「いずれはあたしたちもころされるんだわ。だからそのぶん(の墓)もいまからつくっておく?」
というエリの提案に対して、
「そりゃいいかんがえだ! たしかにわしらの墓はだれがつくってくれるというんだ」
と、ハイテンションに応じる遠藤。空腹と恐怖でかなり情緒不安定になっているようだ。しかしやがて、
「墓などつくってなんになるというんだ。ああ、金はいくらでもやるからくいものをくれーっ」
と、その場に倒れ込む。和巳は、潮見のおばばが何を食べて生きているのか、その食料事情を探りに行く。
そのころ、おばばの棲む洞窟には、先客が訪れていた。

kangoku108.jpg

「やっぱりのう…。こんどはわしのばんじゃったか」
と、ユミの復讐を淡々と受け入れようとするおばば。しかし、世捨て人にしか見えないおばばが、森川伸介・ユミ父子に対し、いかなる「罪」を犯したというのか。

kangoku109.jpg

kangoku110.jpg

…と言うことだそうだが、これは何度読んでもしっくりこない。以前にも書いたように、ユミが島にいる人間全員を殺していくことがドラマ後半の「見どころ」なので仕方ないのだろうが、遠藤ら4人以外については、無理やり理由づけをしているようにしか思えないのである。特に島の巫女であったおばばは、俗世の価値観や生死をも超越した存在のはずで、「さからえばこのおばばの命がなくなるんじゃ」などという理由で、遠藤たちの要求に応ずるとは思えないのだが…。しかし、おばばの関与には、実はかなり重要な意味があるとも考えられる。

ここで、10年前の事件を時系列的に整理してみよう。

(1)遠藤の指図で、森川とユミ、第三坑道に生き埋め(実行犯:沢渡・徳田・赤七)
(2)1週間後、森川、排水パイプから沢渡と徳田の話を聞き、復讐を誓う
(3)その後、あほうの松によって排水パイプの地上露出部分が破壊される
(4)10日〜2週間後、森川、抜け穴を開けてそのまま絶命
(5)ユミ、穴から這い出て倒れているのを赤七に発見される
(6)赤七、ユミの生存を遠藤と敏子に報告
(7)遠藤・敏子・赤七、口封じのため、ユミをおばばの元に監禁
(8)おばば、遠藤の依頼で、術(または薬草)を使ってユミの記憶を消そうと試みる
(9)ユミ、それ以降、事件のことは口にしなくなったので遠藤と敏子もひと安心
(10)敏子、ユミを連れて遠藤と再婚する

という流れになるだろうか。

(8)と(9)については私の「脳内補完」なのだが、そう考えるのが自然なように思われるので入れてみた。ユミを閉じ込めている檻の前でおばばが「ムニャムニャクチャ…」とやっているコマや、猿ぐつわを噛まされたユミが朦朧としているコマがあるが、これらを記憶抹消の呪術あるいは薬草の投与ととらえることは一応可能だろう。しかし、きちんとした説明が一切ないのが実に惜しい。監禁した翌日、遠藤がおばばの元を訪れ、謝礼のヘビを渡し「これからもよろしくたのむぞ」と声をかけるシーンはあるのだが、この言葉の意味もはっきりしない。
ここは是非とも、遠藤がおばばに対し、
「ユミの頭の中から、第三坑道での記憶をすべて消して欲しいのだ。さすがに殺すのはしのびないのでな。おばばならできるだろう」
と依頼する場面が欲しかった。どう考えても、森川の生き埋め事件の一切を知っているユミを、そのままにしておくのは遠藤たちにとって危険すぎるだろう。ただ一時的に監禁するだけでは、根本的な解決にはならないはずである。そしてそんな娘を家族として迎えるなど、なおさらあり得ないことだ。ここはどうしても、ユミの記憶は一旦は消されていなくては話が成り立たない。
かくて、おばばの呪術によってユミは事件に関する一切の記憶を失い、晴れて遠藤と敏子は再婚。和巳とユミも実の肉親以上に仲のよい兄妹として成長、そのまま何ごともなく10年近い年月が流れた。しかし思春期の訪れとともに、ユミの体に流れる実の父親の血が騒ぎ出し、そんなさなか、ムサシが子猫をいたぶる場面に遭遇して、眠っていた記憶や復讐心が「覚醒」した――というのが私の解釈である。

kangoku111.jpg

ユミはおばばを坑道から岸壁に連れ出し、そこから飛び降りろと迫る。運命を悟ったように、おとなしくその言葉にしたがうおばば(こういう態度を見るにつけ、10年前、命惜しさに遠藤に協力したというのが嘘くさく思える)。

kangoku112.jpg

おばばが崖から足を離したその瞬間、和巳がおばばの枯れ木のような左腕をつかむ。

kangoku113.jpg

思いもかけない形で再会を果たす和巳とユミ。

kangoku114.jpg

和巳、おばばの腕をつかんだままでユミとかなり長い会話を交わす。肉体的にも精神的にもこれはキツイ!

kangoku115.jpg

「このままではいっしょにおちてしまいますじゃ!」
と、みずからの右手で左腕を切り落とし、海に落ちていくおばば(第9の殺人)。

kangoku116.jpg

和巳は、ついに真相をしった。だが、ユミの心は、かたくとざされたままだ! つぎにころされるのは、だれ?(44号アオリ)

【ひとこと】今回から登場人物紹介欄の序列が変わりました。前回までは黒縁が飛び飛びだったのですが、今回から死者と生存者できっちり区切られています。死者の方が圧倒的に多くなり、この物語も終焉に近づいていることを無言のうちに示しています。

ついに6話ぶりで和巳とユミが再会。しかも、ユミが連続殺人を実行しているさなかに、という衝撃的なシチュエーションでした。おばばの腕をつかんだ状態での和巳とユミのやりとりにも緊迫感があります。
ユミは前回の回想シーンにもあった「弱者の生存権」について持論を語ります。前回は「弱いもの、力のないものも生きていく権利がある」と言っていましたが、今回はさらに論を進め、「弱いものが生きていくためには自分の手で戦うしかない(法律は権力者の味方はしても、弱者のの味方にはならないので)」と自衛のための戦闘を宣言します。このあたりのことは、「どこまでが防衛でどこまでが武力行使なのか」みたいな大変難しい問題です。
しかし、ユミの行動は、実はそうした頭でっかちなイデオロギーに基づいているわけではなく、もっと情緒的というか、体感的な要素が大きいように思います。それはすぐあとのユミの、
「復讐のためにひとりのこらずころせという、パパの声がきこえるのよ」
というセリフでも明らかです。まあ、どんな場合でも理論や理由は後付けのことが多いものですが。ユミの連続殺人は、第9回で和巳が指摘したとおり「ころされた父親のうらみが、ユミにのりうつった」その結果と考えるのが自然でしょう。そしてこの、「誰かが『殺せ』と言っている声が聞こえる」「その命令には従うしかない」というのは、まぎれもなく統合失調症の基本症状で、ある時からユミは正気ではなくなっていたという見方も成り立つと思います。過去のトラウマに10年間フタをし続けた結果、そういう陽性症状が発現した、というのはあながち突飛な解釈でもないでしょう。

何か、ラストが近づくにつれ、レビューから逸脱し私見が多くなってしまい、読んでいる方には申し訳ないです。この作品については、私も、46年間、トラウマにフタをし続けていたもので、一度それがはずれてしまうと、自分の思いがドロドロとめどなく出てきて、もう後には引けない感じなのです。実際、この「かんごく島」レビューを始めた9/1以来、私は、ここ数年味わったことのない妙な高揚感に取り付かれています(多分、変な脳内物質が出ているのでしょう)。ブログを、こんなにハイテンションで書くなんて、ほんと、滅多にないことなのです。しかし、それもあと2回…。何か淋しいです。

第11回

kangoku117.jpg

和巳はユミを追いかけるが、やがて見失ってしまう(ユミの方が足が速いのか?)。

kangoku118.jpg

同じころ宿舎では、食料を食べ尽くしたエリが、ネズミを取って食べようとしていたがうまくいかない。
「からだをうごかせばそれだけはらがへるんだ、よせよせ」
ソファに寝そべり、水木しげる御大のようなことを言う遠藤。と、エリが肉の焼ける匂いを察知する。遠藤も匂いに反応、2人はそれに釣られて外に飛び出し、ついに第三坑道の中まで入り込む。

kangoku119.jpg

一片の肉を巡って醜く争う遠藤とエリ。肉をゲットした時の遠藤の得意そうな顔がたまらない。この2人には、「半分ずつ食べる」という選択肢はなかったのか…。

kangoku120.jpg

その時、坑内で落盤が起き、2人は坑内に閉じ込められてしまう。これは言うまでもなく10年前の事件の再現であった。

kangoku121.jpg

排水パイプから、ユミの高笑いが聞こえてくる。
ふふふ、やっとわかったようね! そのとおり、わたしはユミ! 森川ユミよ
(ここら辺は、何度読んでもゾクゾクしますねえ)

kangoku122.jpg

エリは、自分は事件には無関係だから助けてと懇願するが、それに対するユミの答えがすごい。
「わたしが生きうめにされたとき、父 森川伸介の肉をたべて生きのびたの! くるしかったわ。だから遠藤のパパにも、おなじくるしみをあじわわせてあげなくちゃ。そのためにエリさんをいっしょにとじこめたのよ!」
前にも書いたが、水野とエリは完全に10年前の事件とは無関係なので、この仕打ちには納得できないのだが、ユミからすれば、「自分も何の非もないのに生き埋めにされたのだから」ということなのだろうか。

kangoku123.jpg

閉じ込められた遠藤とエリが、かつての森川とユミのように、土の壁を掘り進め、やがて飢えと乾きで衰弱していく様が描かれる。やられた方法をそっくりやり返す、というのはまさに復讐の王道であるが、ユミと遠藤の直接の対面、対決がないので少し物足さも感じる(まあ、それは最終回のお楽しみということで)。

kangoku124.jpg

3日後、島内をさまよい続けた和巳は、第三坑道の中からエリの悲鳴らしきものが聞こえてくることに気づき、ツルハシを使って必死に声のする場所を掘り進める。

kangoku125.jpg

そしてついに穴が開くが、そこで見たものは、エリの肉を喰う遠藤…と思いきや、実は、土を肉だと思い込み、むさぼり喰う発狂した遠藤と、その土塊を口に突っ込まれて窒息したエリの姿だった(第10の殺人)。

kangoku126.jpg

絶叫する和巳。そのすぐ近くには、非情な目をしたユミが…。

【ひとこと】この回は、正直、あまりコメントすべき点が見つかりません。うーん、遠藤への復讐ということになると、やはりこの方法以外ないというのはわかりますが、巻き添えを食ったエリが返す返す哀れでなりません。それについて、これまた個人的な改変アイデアなのですが、エリの人物設定を「遠藤の若い愛人」にしておけばよかったのではないかと思います(モデル設定も生かしたままで)。そうすれば、第1回から敏子とエリがお互いを敵対視していたことの説明もつきますし、閉じ込められたあとの感情変化も、もっと複雑なものが描けたのではないかと思います。少年漫画というくくり上、愛人設定はNGだったのでしょうか。
それから、2人のおびき出しに使った骨付きの肉ですが、これをユミがいかなる方法で調達したのかが気になるところです。まさかこれまでに殺した誰かの肉ってことはないですよねえ。

さて、泣いても笑ってもあと1回で終わりです。私は当然ラストを熟知しているのですが、どういう風に自分の言葉でしめくくるか、いまだ想像がつきません。

最終回

kangoku127.jpg

kangoku128.jpg

土の塊をむさぼり喰う狂った遠藤だったが、ユミの姿を見つけ、にわかに正気に返る(この時代のマンガやテレビなどでは、一時的に発狂→何かのはずみに正気に戻る、という描写が結構ある)。

この悪魔!」(これはどっちのセリフなのか??)

ついに直接対決! ユミは尖った石片を遠藤の眉間に突き立てる。遠藤、絶命か?

kangoku129.jpg

しかし! まさかの展開。次のページでは、そんなことはまるでなかったかのように遠藤がユミをタコ殴りしている。3日間、土しか食べていなかったのに元気すぎるだろう。火事場の馬鹿力って奴だろうか(それにしてもこの展開…正直ついていけません。最終回だというのにギャグみたいです)。

kangoku130.jpg

「ユミ! さあたて、おまえのためにわしはどんなにおそろしいめにあってきたか…。こんどはわしがおまえを半殺しのめにあわせてやるぞ」

何か、この局面におよんで、「半殺し」ってのも妙に手ぬるいこと言ってるなあ、単純に「殺してやる」でいいんじゃないかなあ、などと思い、ページをめくると…


kangoku131.jpg

いきなりの猟奇殺人モード。
「この土が炭車にいっぱいになるとき、おまえのからだはまっぷたつにひきちぎられるのだ」
と、ほくそえむ遠藤。
そうか、「半殺し」っていうのは体を半分に切って殺すことなのね、と思わず納得…しないって。そもそも、餓死寸前で衰弱しきった人間が、どうしてこういう無駄に体力を使う、非効率的な(そして趣味性の高い)殺害方法を考えるのか、まったく理解できない。まあ「作品の世界観に忠実にやってます」ってことなのだろうが。それにしても、これまで超人的な能力を発揮して復讐殺人を続けてきたはずのユミが、いきなり無力すぎる。抵抗もせず、黙って縛られてたのか?

kangoku132.jpg

とにかく、いきなり無力化してしまったユミは、炭車の重みで、最後の時を迎えようとしていた。そこに飛び込んできた和巳が、驚異的な運動神経で炭車とユミをつないでいたロープを切る。最終回にふさわしい主人公の活躍!

kangoku133.jpg

しかしそのはずみに、加速していた炭車に足を突っ込んだ和巳は、炭車もろとも坑道の壁に衝突、重傷を負う。
「ば、ばかやろう、なぜユミをたすけようなどと…」
と、駆け寄った遠藤に対し、和巳は、
「パパ、わかってよ。つぐないをしなければならないのはぼくらのほうなんだ」
と告げる。

kangoku134.jpg

その言葉にほだされたか、遠藤は、ユミへの報復は後回しにし、和巳のために救急箱を取りに行く。その隙に、和巳はユミの拘束を解いてやる。

宿舎で救急箱を探す遠藤。棚の上にある箱に手を伸ばすが、その時に誤って塩酸の瓶が遠藤の頭上に落ち、遠藤の顔は溶解、のたうち回って苦しむうち、階段から落下し、鉄製の突起物に体を貫かれて絶命する(第11の殺人、ではなく事故死)。

kangoku135.jpg

坑道を出て、どうにか宿舎に戻った和巳とユミは、変わり果てた遠藤の死体を発見する。

kangoku136.jpg

「これでよかったんだよ…パパは天のさばきをうけたんだ」
そして和巳は、
「ユミ、これでもうパパをゆるしてくれるね」
と尋ね、ユミもうなずく。続いて和巳は、自分はもう助からないから、自分が死んだら、遠藤と一緒の場所に葬って欲しいと告げる。先ほどの遠藤の行動にしてもそうだが、この父子の絆もなかなかに深いものがあったことが感じられる。

kangoku137.jpg

すべてが終わっていくことを強く印象づける、いわゆる走馬灯シーン(走馬灯だけに馬?)。
「ああ、こうして目をつぶるとユミとの楽しかったころをおもいだすよ」
「…にいさんと、よくいっしょにあそんだわね」
この2人は日常的に乗馬をしていたようだ。

kangoku138.jpg

そしてこれまたお約束の、禁断の愛の告白。
「ぼくがもしまた生まれてくることがあったら、こんどはユミのあにきじゃなく、ユミを、ユミを…」
ここで和巳は息を引き取る。かもめが激しく「クァーッ」と鳴く。

kangoku139.jpg

ただひとり、島に残されたユミは、かねて用意してあった「とりかぶと」の毒をあおって和巳のそばに身を横たえる。すべての復讐が完了した時、これを飲むことは最初から決めていたのだった(遠藤と和巳を同じ場所に葬るという話は完全にスルー)。
「でもよかった、和巳にいさんをわたしの手で殺すようなことにならなくて…」
そしてユミは、先ほど和巳が言い残した愛の告白に対して、次のように答える。
「わたしがもういちどうまれかわるとしても、人間はいや…、にくみあう人間なんていやよ。あの鳥のように…あの鳥のようにうまれてきたい…」
(このあたりのセリフは、おそらく「私は貝になりたい」からの援用でしょう)
2人の頭上には、広い空を自由に飛ぶ2羽のかもめの姿があった。

kangoku140.jpg

毒の花がわらっている
赤い血をすって
すみれ色の花びらをふるわせて
死の歌をうたっている


kangoku141.jpg

ユミの復讐はおわった。だが、復讐のあとにのこったものは、むなしく風にゆれる、とりかぶとの花だけだった。(46号アオリ)

【ひとこと】いやあ、ついに終わってしまいました。どうにか、無難なところに着地してほっとしています。炭車が衝突するところまでは全編ギャクみたいで、おいおい、どうしちゃったんだよ、とヒヤヒヤしながら読んでいたのですが、要するに、あのトチ狂った(と思われた)殺害方法も、和巳に瀕死の重傷を負わせるための作者の計略だったんですねえ。まあ、ユミが和巳を殺害することはよもやあるまいと思っていましたが、こんな形で和巳を死なせるとは想像できませんでした。でも、これは悪くない方法だと思います。しかし、遠藤の最後は、何といったらいいのか…。ユミの最後のターゲット、いわばラスボスである遠藤については、やはりきっちりユミに本懐を遂げさせてやりたかったように思います。しかしそれだと、意外に父親思いの和巳とユミとの間に大きな心理的亀裂が入ったでしょうから、若い2人が穏やかに死を迎えるに当たっては、遠藤は事故死(和巳いわく「天のさばき」)で正解だったのかも知れません。

ラスト近くには、これまでの血なまぐささを洗い流すかのような、美しい回想シーンが入りますが、欲をいえば、乗馬シーンではなく、もっと和巳とユミが、本当に仲のよい、精神的な結びつきの強い兄妹だったことが伝わるエピソードが描かれればなおよかったように思いました。
しかしながら、10年近く同じ環境で生活しながら、楽天的で人間の善意を信じる好青年に育った和巳と、幼少期のトラウマから、どこか影のある美少女へと成長していったユミが、その対照的な性格ゆえ、互いに強く魅かれていったであろうことは作品全体から感じることができました。

さて、4回にわたってレビューをお届けしてきましたが、いささか感慨深いものがあります。思い起こせば、この「かんごく島」と初めて出会ったのは1970年、私が小学1年生の夏で、その当時は夏休み期間限定で、『ぼくらマガジン』を買ってもらっていました。具体的にいうと34〜38号で、「かんごく島」は35号に連載開始ですから、第1回のオールカラー40ページは今も鮮やかに記憶しています。残念ながら、34〜36号は処分してしまいましたが、37、38号は今も手元に残っており、レビューの3、4回分で使用した画像は、その時の本誌からスキャンしたものです。

kangoku_color.jpg
「かんごく島」第1回の巻頭カラー(ヤフオクの出品画像より拝借)

では第5回(39号)以降、私は「かんごく島」は読んでいなかったのかといえば、大変気になる展開だったため、発売日に毎週本屋で立ち読みをして内容を確認していました。当時の『ぼくらマガジン』の看板マンガは何といっても「タイガーマスク」でしたが、その「タイガー」と「かんごく島」そして「ド超人ド3匹!」だけは、自分の中での要チェック作品だったのです。しかし、毎週立ち読みというのも、実は結構しんどい作業でして、本屋のオヤジに目をつけられるというプレッシャーもあり、結局、第10話(44号)でリタイヤしてしまいました。第10話といえば、今回の冒頭でご紹介した、潮見のおばば殺害回で、おばばが崖から落ちる場面は、その立ち読みで脳裏に刻まれ、30数年間頭から離れませんでした(他にも、敏子が血を吐いて死ぬところや、赤七、松、ヤスヨらの絶命時の状況なども、はっきり記憶に焼きついています)。

そんな印象深い「かんごく島」ですが、『ぼくらマガジン』自体が短命だったせいもあるのでしょうか、一度として単行本化されることはなく、いつしか私にとって、そして私と同世代のかつての子どもたちにとっても、幻の作品となっていきました。ですから、この作品のラストがどんなものだったのか、私も最近まで知らないままだったのです。転機が訪れたのは2008年の秋で、どうしても「かんごく島」をもう一度通しで読んでみたくなり、半日かけて国会図書館で『ぼくらマガジン』を閲覧してすべてを読みました。実に38年ぶりの再会でした。

一読して、殺人の方法や描写よりも、何よりユミのキャラクターに強く魅きつけられました。可憐なヒロインでありながら、冷徹な殺人鬼でもあるというそのギャップ、そして、みずからの欲望などはまったく顧みず、亡き父に運命づけられた復讐を、ただ粛々と遂げていくストイックさ。
彼女は幼少期の体験から、かなりペシミスティックな人生観、人間観を植えつけられており、第5回では、「人間はみんなきたないわ、わがままで、じぶんかってで…人間はもともといきていくねうちもないんだわ、死んだほうがいいんだわ!」とつぶやき、最終回のラストで和巳が「もしまた生まれてくることがあったら、ユミを、ユミを…(恋人にしたい)」と愛を告げた時でさえ、「私も同じ気持ちよ」と応じることはせず、代わりに、「もういちどうまれかわるとしても、人間はいや…、にくみあう人間なんていやよ。あの鳥のようにうまれてきたい…」と、最後まで人間不信を貫いています。
父・森川と死に別れてから終始孤独だったユミの安住の場は、ついにこの地上にはなかったのかと思うと、フィクションと知りつつ、じんわり涙が溢れてくるのを禁じ得ません。そういうわけなので、このレビューも、かなりユミにウエイトを置いたものになったことをご了解下さい。

さて、これでレビューは終わりですが、この「かんごく島」には、まだまだ未解明な謎が多く残っているため、章をあらためてその追求をしていくことになるかも知れません。

※全4回にわたる画像は、『週刊ぼくらマガジン』(講談社)1970年35〜46号に掲載された「かんごく島」(原作:生田直親 漫画:田中憲)から引用したものです。やや頁数が多くなってしまいましたが、これまで一度も単行本化されておらず、今後も刊行される可能性は低いであろうこと、その一方、半世紀近く前の少年誌に連載された「異色の連続殺人もの」として資料的価値が高いこと、などに鑑み、当ブログで紹介させていただくことにしました。
posted by taku at 14:22| 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする