
『週刊少年チャンピオン』1976年第37号

今、劇画の新世紀が轟音とともに扉を開く!!
鬼才・榊まさるの熱情ほとばしる巨大新連載!!


力・汗・熱情のすべてをこめて、
新世紀の旗手が衝撃のデビュー!!
『劇画』の魅力がこの巨編に結実!!
巨大長編40ページ新連載!!
とにかく大変な力の入れようである。
これをリアルタイムで読んだ時、私は中学1年だったが、作者の榊まさるのことはまったく知らなかった。しかしだいぶ後になって、この当時すでに、官能劇画誌『漫画エロトピア』(1973年創刊)などで健筆をふるっていた売れっ子であることを知り、「なるほど」と納得したものである。この「ゴールデンボーイ」は全編汗臭い男のドラマで、女性キャラはほとんど出てこなかったが、時おり画面に現れる主人公オルフェの姉・静江や少女サチの体のラインが妙にむちむちして、ただならぬ色香を放っていたからである。
前置きはこれくらいにして、早速作品を見ていくことにしよう。

舞台はとある田舎町。激しい嵐の中、どうにか港に降り立つ「剣・大サーカス」団の一行。
そんな厳しい状況の中でもショーマン精神を忘れない主人公・オルフェ。

オルフェのちゃらい振る舞いに、体育大学出身の圭司が苛立ち、2人のいさかいが始まる。泣いてそれを止めるサチと、オルフェを叱る姉・静江(ここら辺はキャラクター紹介)。
そこへトラックの運転手が戻ってきて、崖崩れのためトラックは大破、道路も塞がれていると伝える。

テントが設営されている山の上公園(おそらくここが公演予定地なのだろう)にたどり着くには、山の中腹にある荒れ寺を突っ切って行くしかない。
主人公・オルフェは動物たちを連れての徒歩移動を主張するが、慎重派の圭司は反対する。結局団長はオルフェの意見を採用、嵐の中の行進がスタートする。

ここまでは物語のほんの序盤なのだが、すでに全体の半分、20ページを消費。さらっと流してもいい会話や状況の説明まで、すべてを過剰に描き込んだ線で描写しているためだ。とにかく、登場人物のすべてが暑苦しく粘っこい。何なんだこの空気圧は、と、呆れながら読んだのを覚えている。

と、そこに地元の暴走族「地獄クラブ」が登場。一行の行く手をさえぎる。

「ここはわれわれ「地獄クラブ」の持ち場だ。てめえらが一歩たりとも立ち入ることは許さねえ!!」
とリーダーの文字山(もんじやま)大吾がすごみ、ケンカっ早いオルフェが応戦する。

これで初回の40ページが終了(なんて薄いシナリオだ! 「ブラック・ジャック」ならこの半分のページ数でひとつの物語を完結させてるぞ)。
でもって続き、第1話の(2)。この回もカラーページである。

文字山とオルフェの戦いがしばらく続く。オルフェのピンチに猿のチコが加勢するが、文字山の錫杖でブチのめされ絶命。

マジ切れしたオルフェに、
「てめえら全部血祭りにあげてやるぜっ」
と、殺る気満々の殺人集団「地獄クラブ」。

暴走族とサーカス団の全面戦争か、と思ったその時、突如荒れ寺からコジキ坊主が鳥をくちゃくちゃ食べながら登場。
文字山が「道神さま」と呼んで畏れるその坊主は、文字山を諌め、オルフェたちに非礼を詫びる。
しかしその後が超展開。

一行が「剣・大サーカス」だと知るや、坊主は顔色を変え、
「雨野……雨野大介はおらんか!?」
と尋ねる。

雨野大介はオルフェ(本名は大平)の父で、オルフェが8歳の時に死んでいた。
そのやりとりを聞いていたオルフェの姉・静江は、
「あなた神さん……神さんでしょう」
と問いただす。どうやらこの坊主は、過去にサーカス団と何か関わりがあった様子。

だが坊主はそれを否定し、突如暴れ出した馬を持ち上げるという離れ業を披露し(もはや超人です)、大吾とともにいずこかへ去っていく(あんた荒れ寺にいたんじゃなかったっけ?)。

その去り際、坊主は、
「これで安心できると思うなよ! テントに着いてもおまえたちに休息はないっ!!」
と、まるで悪役のような捨てゼリフを残す。

そして山の上公園に着いた一行が見たものは、暴風雨のため無残に倒壊したテントだった…。オルフェたちの愕然とした表情で第1話(2)は終了。
さてさて、次からどうなるのか、と、あまり楽しみにしていたわけではなかったが、その翌週の『チャンピオン』を見て、こちらもオルフェたちのように愕然とした。

★休載のおわび★
「ゴールデンボーイ」は作者の榊まさる先生急病のため、今週は休ませていただきます。
連載開始と同時に、読者の皆様から絶大な声援と激励をいただきました。が、榊先生が張り切りすぎたのか右手首けんしょう炎≠ノかかり、ペンが握れなくなったためです。
一刻も早く完治して、次号では再び熱筆をたたきつける決意ですのでご諒承ください。
週刊少年チャンピオン編集部
連載3回めにしてまさかの休載である。その穴埋めとして、この39号には、西崎正「奇妙なできごと」(19ページ)と吾妻ひでお「ゴキブリくん」(5ページ)が掲載されている。

翌40号、連載は再開されたものの、1、2回めが巻頭カラーまたはカラーだったのに対し、いきなり巻末ページに追いやられており、中学生ながら、「この漫画は長くないのでは?」と直感した。そしてそれは現実のものとなり、「ゴールデンボーイ」はその翌週であっけなく終了してしまうのである。

一夜明けたテント内、オルフェと女性陣とのやりとり。本筋とは関係ないが貼ってみた(色っぽいシーンが少ないので)。

オルフェは、サーカス団の長老・源じいさんと圭司の会話から、オルフェの父・雨野大介とコジキ坊主・神竜造との過去のいきさつを知る。15年前、「剣・大サーカス」での大介は空中ブランコの飛び手で大スター、一方の神はその受け手で、2人はライバルだった。空中ブランコは飛び手と受け手の呼吸・信頼で成立する。

しかしある公演の千秋楽で、大介が荒技『スクリュー飛行』を行った際、神はそれを受けそこね、大介は20数メートル下の舞台に転落、再起不能となってしまったのである。

事実を知ったオルフェは、その事故は、ライバルだった神が、父をスターの座からひきずり降ろすために故意にやったものだろうと勘ぐるが、姉の静江に一蹴される。

しかし、幼少期に父の自殺をその目で見たオルフェにとって、姉の言葉は素直に納得できるものではなかった。真相を神の口から聞くため、オルフェはふたたび荒れ寺に向かう。

と、その内部は、サーカスの舞台そっくりに改造されており、サスペンダー姿の神が待ちうけていた(かなりのトンデモ展開)。

神は「おまえの父・雨野大介を殺した男」と名乗りながら、その直後には、「ステージで個人の怨念は持たぬ!! 雨野大介はわしとの勝負に負けたのだっ!!」などと、どっちなのかわからないことを言う。

激高したオルフェは、
「父ちゃんのアダ討ちだっ 覚悟しやがれっ!!」
と神に突進していく。
というところでこの回は終了。
さて、この翌週41号の「追跡」で「ゴールデンボーイ」は終了するのだが、残念ながら私の手元には40号までしか残っていないので、最終回は、今から40年前のおぼろな記憶を頼って書くことにする(国会図書館に行って見ればいいのだが、この作品だけのために行くのはさすがにしんどい)。
神は、向かってくるオルフェに、自分の技を受けてみるかと提案、サーカスに生きるもの同士なので、オルフェもそれに同意し、難易度の高い技で勝負を決する展開となる。たしか15年前と同じようなシチュエーションで、オルフェが飛び、神が受けるということになったと思うが、結果としてオルフェもまた、父親のように技に失敗し転落、失神する。幸運にも大した怪我をすることなく、しばらくして意識を回復したが、目を開けた時、神の姿はなく、オルフェを介抱していたのは文字山だった。オルフェは、なおも神を追うことを決意し、神を師と慕う文字山もまた、オルフェともども神を求めて旅立つ。ラストのコマは、オルフェが「神…」と心でつぶやきながら夜道を歩いているというものであった(ページ下には、「おわり」ではなく、「第1部 完」と記されていたように思う。読者からの熱烈な要望があれば、第2部が書かれる可能性もゼロではなかったのかも知れない)。
今、劇画の新世紀が轟音とともに扉を開く!!
という強烈なアオリとともに鳴り物入りでスタートしながら、わずか4回で終了した「ゴールデンボーイ」。サーカス団の話だというのに、肝心のサーカスそのものの場面は(回想シーンをのぞいて)ついに一度も出て来なかった。したがって、オルフェは一座のトップスターという設定だったが、彼がステージでどんな技を使うのかも不明だし、威厳たっぷりの団長や個性豊かな団員たち(源じいさん、圭司、大男、小人、サチ)も、最後まで活躍の場を与えられることはなかった。

上の画像は36号に載った次週予告。本編には登場しない、華やかな衣裳のお姉ちゃんやピエロが描かれており、サーカス場面も出てくる予定だったことがうかがえる。
この作品は「打ち切り」なのか、それとも、最初から短期集中連載の予定だったのか。40年が経過した今も、依然、解けない謎であるが、少しだけ想像をたくましくしてみたい。
同じ1976年夏、『週刊少年マガジン』誌上で「聖マッスル」という劇画の連載が華々しく始まっている(32号からなので、こちらの方が約1ヵ月早い)。こちらは、原作・宮崎惇、劇画・ふくしま政美で、ふくしま政美も榊まさる同様、官能劇画ですでに名を馳せていた漫画家である。これはただの偶然だろうか。
ここからは私の勝手な推測だが、『マガジン』での「聖マッスル」のプッシュぶりを見た壁村編集長が、『チャンピオン』でも、それまで同誌では見かけなかった、男性的な匂いの強い「聖マッスル」系の劇画をラインナップに入れることを思いつき、割と急ごしらえで実現させたのが、この「ゴールデンボーイ」だったのではないか。しかし、フタを開けてみたらアンケートなどでの人気は予想以上に低く、これはいかんと頭を抱え、3週目、作者が腱鞘炎で休載したのを幸いに、その1週の間に打ち切りを申し渡した、といったところではないだろうか。少なくとも、第1回の気合いの入れ方を見る限り、はなから短期集中連載と決まっていたようにはみえない。巻頭カラーでスタートというのは、新連載なら必ず、というものではなく、かなり「破格」の扱いである。何しろ、今では長寿作品として誰でも知っている「エコエコアザラク」や「750ライダー」(ともに1975年〜)でさえ、ともに1色ページで、地味にスタートしているくらいなのだ。編集部としては、「ゴールデンボーイ」を『チャンピオン』の新たな目玉のひとつにしたいという野望を抱いていただろうし、作者の榊まさるも、これを機会に、官能劇画誌から少年誌への「職場替え」を画策していたかも知れない。
しかし、結果として「ゴールデンボーイ」はヒット作とならなかった。敗因はいろいろ考えられるだろうが、個人的意見として、まず「サーカス団の物語」という基本設定が、1976年の時点で、すでにひどく古臭く感じられたこと。その前年だったか、父が、木下大サーカスのただ券が手に入ったから一緒に行こうと誘ってくれたことがあるのだが、正直、まったく気乗りがしなかった。まあ、せっかくなので、と、たしか後楽園ゆうえんちに見には行ったものの、肝心のサーカスの演目はまったく覚えていない。2016年現在、サーカス団は世界的にも存亡の危機に瀕しているというが、すでに40年前から、斜陽傾向にあったのだと思う。
そして、これは決定的というか、致命的な問題なのだが、男は過剰に汗臭く、女は妙な色香を醸したこの作家の描線が、手塚、横山、水島、藤子といった『チャンピオン』レギュラー陣の漫画的描線になじんだ少年たち(私も含む)にとっては、リアルすぎ、重たかったということ。それに尽きるのではないだろうか。
とはいえ、成人してかなり経った今、あらためて榊まさるの絵を見ると、そのうまさ、そそる女性の描き方の巧みさに圧倒される。この人の作品が掲載された『エロトピア』は、発売と同時に書店から在庫がなくなったというのも納得だ。「ゴールデンボーイ」以降、榊まさるが少年誌に作品を描くことは二度となく、彼は古巣の官能劇画誌で、その後も大いに世の男性諸氏のエロティックな妄想を掻き立てていくことになる。それはまさに、適材適所というにふさわしいだろう。

『愛と夢 第7集』(ベストセラーズKK 『漫画エロトピア』増刊 1977年10月13日発行)
さて、こうして『チャンピオン』誌上から劇画の存在はあえなく消えたかに見えたが、壁村編集長の執念なのか、その約3ヵ月後、同誌第50号において、またしてもマッチョ系劇画「格闘士ローマの星」の連載が始まる。

『週刊少年チャンピオン』1976年第50号
前述の「聖マッスル」の劇画を担当したふくしま政美(ほぼ同時期、「聖マッスル」は連載打ち切り)を起用し、原作者はあの梶原一騎。表紙には「夢の黄金(ゴールデン)コンビ」と書かれている。

この「格闘士ローマの星」も巻頭カラー30ページ。かなりの力の入れようである。

こちらはそこそこ連載も継続し、後年単行本化もされたようだが、大ヒットとはいかず、結局、『チャンピオン』に劇画というジャンルが根づくことはなかった。

ここからはおまけだが、この50号には、私が編集部に送った投書が掲載されている(下画像の右サイド)。

「マーズ」については以前こちらにもいろいろ書いたが、とにかくこの時代の『チャンピオン』は本当に面白かった。