2017年04月15日

光明寺山門に上る

20170415_01.jpg

現在、鎌倉・材木座の光明寺では寺宝の特別公開が行われており、普段は閉ざされている山門の楼上にも上ることができるというので、去る4月6日、久しぶりにかつての「鎌倉アカデミア仮校舎跡」に行って参りました。

20170415_02.jpg

ここで授業が行われていたころ、休み時間に演劇科の学生が勝手にこの山門に上って怒られたことがあったとか(上写真参照)。ということは、当時からあまり大々的に公開はしていなかったのでしょうか。

20170415_03.jpg

本堂も地上から見るのとは違う趣(おもむき)

20170415_04.jpg

海側の眺望。空が霞んでいなければ富士山も見えるはずでしたが…

20170415_05.jpg

楼上には釈迦三尊、四天王、十六羅漢の像。

20170415_06.jpg

この光明寺は浄土宗の総本山で、したがって本堂のご本尊は阿弥陀如来なのですが、ここにはなぜかお釈迦様の姿が。この山門はもともと鶴岡八幡宮にあったものを移築したそうで、これらの仏像も鶴岡八幡宮時代から祀られていたものでしょうか。

実はこの日の光明寺行きは、単なる物見遊山ではなく、いくつかの所用を兼ねたものでした。まずは山門見学をする一方で、『かまくら春秋』さんの「タウンスポット」コーナーの取材を受け(担当のGさんは私と同学年のバブル世代で、久々にその時代のマスコミ業界話で盛り上がりました)、Gさんを見送ってから寺宝の「當麻曼荼羅縁起」を拝見、その後「鎌倉アカデミアを伝える会」メンバーの加藤茂雄さん、平田恵美さん、小泉親昂さん、川喜多映画記念館の増谷文良さんらと合流、同寺の三浦正順さんをお訪ねして、今後の「アカデミア行事」のことをいろいろと相談してきた次第です。映画『鎌倉アカデミア 青の時代』のチラシもお渡ししてきました。

ちなみに4月6日は私の誕生日でして、またひとつ年を取ってしまったのですが、なぜか1年前のこの日も、私は実景撮影のため光明寺を訪れているのです(その時の記事はこちら)。この時に撮影した境内の桜やダイヤモンド富士は、映画の中でしっかり使われております。それにしても、1年経つのが早すぎてびっくりしますね。

20170415_07.jpg

上写真は『かまくら春秋』のGさん撮影。光明寺バックのスナップというのは手元になかったので、いい記念になりました。なお、このページの写真はすべて4月6日に撮影したもので、この時は桜はまだつぼみでしたが、今ではもう満開を過ぎているでしょう。なお、寺宝の特別公開は5月7日(日)まで行われています。

※本日より、鎌倉市川喜多映画記念館で5月14日(日)に行われる《鎌倉シネサロン》(『鎌倉アカデミア 青の時代』の特別先行上映とトークショー)のチケットが発売になりました。記念館窓口、たらば書房、島森書店鎌倉店、上州屋(大船駅前の文房具店)でお求めいただけます。イベントの詳細はこちらをご覧ください。
posted by taku at 16:19| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

『昭和声優列伝』

seiyuretsuden.jpg

先月、勝田久さんが『昭和声優列伝』という本を上梓された。勝田さんといえば、「鉄腕アトム」のお茶の水博士(の声)としておなじみだが、実は鎌倉アカデミア演劇科の第一期生で、5月に公開される私の映画『鎌倉アカデミア 青の時代』にもインタビュー出演していただいている。

さて、この『昭和声優列伝』、なかなかに興味深い一冊で、第一部の「そして声優が始まった」は勝田さんの幼少期から声優になるまでの半生記、第二部の「声優列伝」は、以前『月刊マイアニメ』に連載された声優35人の証言(勝田さんが聞き取りを行い文章に起こしている)をまとめたものだ。

第一部については、終戦時の状況や、鎌倉アカデミアでの思い出など、インタビューでうかがったお話もいくつかはあったが、ほとんどが初めて知る内容で、出演していた東宝の『鐘の鳴る丘』を地方公演途中、労働争議のために降ろされた話や、狭き門を突破したNHK東京放送劇団の研修で、スタニスラフスキー研究の山田肇教授を講師にと所望し実現したが、内容が高踏的すぎてほかの研修生には不評で、最後には山田教授とふたりきりのゼミのようになってしまった話、名調子として知られる「サスケ」のオープニングナレーションは、実は担当ディレクターと意見の相違があり、会心の出来とは思っていなかったという話など、印象的なエピソードも多い。

また、さすが「声優」の草分け世代の方だけあって、用語の使い方がきわめて正確で、その説明もとてもわかりやすい。

…スタジオ内のスクリーンに映写、スタジオ内のマイク前で映しだされた画を見ながら、その演技者の唇を掴んで、それに台詞を当てていく。その方法をアテレコといった。映画撮影のとき、音声部分をあとで録音する方法をアフレコというので、声優の場合は外国語に日本語を当てる方法だからアテレコと呼ばれるようになった。(76ページ)

最近では「アフレコ」と「アテレコ」を混同して使う若い世代が増えているように思うが、上の文章を読めば違いは明白である。具体的に言えば、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」など、撮影現場に録音部がいないフィルム制作の作品で、俳優自身が自分の演技にあとからセリフを入れるのがアフレコ、「奥さまは魔女」や「スパイ大作戦」などの海外ドラマに、日本の俳優(声優)がセリフを当てるのがアテレコである。

さらにいえば、日本に「声優」なる職業が生まれたのは前述の海外ドラマが日本に輸入されるようになったためである。

昭和32年ごろから、アメリカのテレビ映画が輸入され、日本語版にして放送されるようになった。いわゆるアテレコ番組の誕生である。輸入されるテレビ映画の本数が増えるにしたがって、若い舞台俳優も、にわかに忙しくなってきた。1秒間に24コマ、あっという間に流れていくフィルムの動きに合わせて、日本語をピタリと当てていく仕事には、鋭い反射神経と演技力、正確な標準語をしゃべることが必要で、若い俳優にはうってつけの仕事だったのだ。(中略)後に、この俳優たちは声優と呼ばれるようになった。(132ページ)

これは、野沢雅子の項で書かれた文の抜粋だが、「声優」誕生に至る経緯が、実に簡潔にまとめられていると思う。勝田さんの文章は、30年以上も勝田声優学院で後進の指導に当たってきたからか、大変にわかりやすく、同時に、自分たちがしてきた仕事がどういうものだったかを、きちんと後世に伝えていこうという意思が感じられ、大いにシンパシーを感じつつ読み進めることができた。

そして第二部の「声優列伝」。これは、1963年生まれの私にとっては、ド真ん中すぎるというか、まさに鳥肌もののラインナップである。

1963年というのは「鉄腕アトム」の放送開始の年であって、したがって私は「アトム」をリアルタイムで視聴した記憶がほとんどない。だからお茶の水博士というキャラも、正直いって今ひとつなじみが薄いのである(世代のなせる技です。勝田さん、ごめんなさい)。しかし、この「声優列伝」に名前を連ねた面々は「アトム」以降のアニメや特撮で活躍した人が多く、私の幼少期のお気に入り作品の、いわば常連ばかり。ここに挙がった声優の9割は、名前を見ただけで、反射的にその声が耳に浮かぶくらいだ。富山敬といえば「タイガーマスク」の伊達直人だし、野沢雅子は「タイガーマスク」の健太と「ゲゲゲの鬼太郎」だし、内海賢二はサリーちゃんのパパか「黄金バット」のマゾ、富田耕生は「もーれつア太郎」のブタ松か「マジンガーZ」のDr.ヘル、森功至なら「ガッチャマン」の大鷲の健か「キューティーハニー」の早見青児…といった具合で、次々キャラクターの顔と声が脳裏によみがえる。たてかべ和也大平透はこのブログで追悼文を書いたくらい思い入れがあったし、納谷悟朗(「仮面ライダー」のショッカー首領)、小林清志(「宇宙猿人ゴリ」のゴリ・初代)、柴田秀勝(「デビルマン」の魔王ゼノン)とくれば、悪の組織のラスボス オンパレードである(これに飯塚昭三が加われば完璧の布陣)。

そういった人たちの多様な生い立ちや人生の浮沈が、実にくわしく書かれているのだ。納谷悟朗は一時ヤクザの世界に足を踏み入れていたとか、内海賢二は八奈見乗児の新婚家庭に居候したことがあるとか、広川太一郎は、あのコミカルな芸風とは裏腹に、生涯フリーランスを貫いた一匹狼だったとか、田の中勇の手作り幕の内弁当は絶品だとか、シリアスな話もあれば笑える話もあり、それぞれの声をイメージしながら読み進めると、味わいもひとしおである。勝田さんはご自身が優れた演者であるだけでなく、相手の話を巧みに引き出す名インタビュアーでもあったのだなあと、あらためて感嘆した次第である。
(声優諸氏の敬称は省略させていただきました)


昭和声優列伝 (お茶の水博士の声優 勝田久が贈る) -
昭和声優列伝 (お茶の水博士の声優 勝田久が贈る)
posted by taku at 12:00| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

『鎌倉アカデミア 青の時代』チラシ&公式サイト完成!

告知です。

映画『鎌倉アカデミア 青の時代』のチラシと公式サイトが完成しました。

chirashi_omote_s.jpg chirashi_ura_s.jpg

チラシはこんな感じ。デザインは『凍える鏡』『影たちの祭り』に続いて3度めのお付き合いとなる秋山京子さん。もうね、この人にまかせておけばっていう感じの完成度です。いつもながら感謝感謝です(画面クリックで拡大します)。

公式サイトは kamakura-ac.blue です。ドメインの末尾が「com」や「net」ではなく「blue」というのは、もちろんタイトルの「の時代」に引っかけたわけで、けっこう気が利いているんじゃないかと密かに思っているのですが、果たして何人の人が気づいてくれるのでしょうか。こちらのデザインは、既存のテンプレートをベースに私が作りましたので、チラシよりぐっと地味ですが、とりあえず読みやすさと見やすさを重視しました。

さらに、新宿K's cinemaでの公開日が5月20日(土)から26日(金)までと、これも正式に決まりました。1週間しかやりませんので、どなた様もお見逃しのないよう。連日12:30からの上映となります。ランチタイムではありますが、早お昼をお召し上がりの上、是非お越し下さい。初日には舞台挨拶も予定しています。

なお、その1週間前の5月14日(日)には、ご当地の鎌倉でも1回だけのイベント上映を鎌倉市川喜多映画記念館で行います。春風社社長の三浦衛さんとのトークもあります。その辺のことも公式サイトに書いておきましたので、どうぞよろしくお願いします。
posted by taku at 18:05| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

鈴木清順監督を偲ぶ

鈴木清順監督の訃報が届く。第一報は今日の15時過ぎ、鎌倉市川喜多映画記念館のキューレーターの方からの電話で、一瞬言葉を失った。

93歳という年齢を考えれば、世間的には大往生ということになるのかも知れない。しかし、昨年と一昨年、直接お目にかかってお話しした時の印象からすれば、酸素吸入は常時行っているものの体調は安定、頭もしっかりしており(奥様の献身的な介護の賜物だろう)、まだまだお元気であり続けると信じていただけに、ショックは大きかった。

清順監督は、今年5月に公開される私のドキュメンタリー映画『鎌倉アカデミア 青の時代』に、アカデミア映画科の第一期生として出演しておられる。そのインタビューでお会いしたのが2015年の5月。都内のご自宅マンションにうかがっての収録だったが、最初は30分程度のはずが、意外なほど話がはずみ、気がつけば2時間近くもお邪魔してしまっていた。

次にお目にかかったのは、その鎌倉アカデミアの創立70周年記念祭が行われた2016年6月で、なんと清順監督は、不自由なお体にも関わらず、鎌倉・光明寺での記念祭に奥様同伴でご参加されたのである。その際には、話はアカデミアから離れて「ツイゴイネルワイゼン」や「陽炎座」の鎌倉ロケのことにもおよび、思いがけず楽しいひとときを過ごすことができた。

昨年の10月下旬に、映画が完成したというご報告をした時も、その日のうちにyoutubeの予告編をご覧になったというお話だったから、
「じゃあ是非、本編は映画館でご覧になって下さい。鎌倉までお出かけになれるんだから、新宿なんて余裕でしょう」
と、奥様に伝言をお願いし、電話を切ったのであった。それからわずか4ヶ月足らずで、今日の訃報である。こんなことなら、先にDVDをお送りして見ていただくべきだったと悔しくて仕方ないのだが、もはやどうにもならない。

鈴木清順監督の映画界における輝かしい功績については、語ってくれる人がいくらでもいるだろうからここではあえて触れまい。ただ私は、それまで一面識もなかった私に対し、大変真摯かつ紳士的な対応をしてくれた監督に、心からの感謝を申し上げるだけである。

10年近く前から、清順監督が公の場に姿を見せることはほとんどなく、インタビューなどもすべて断っているという話は複数の関係者から聞いていた。しかし、私はどうしても、清順監督が映画を志す原点となった鎌倉アカデミアでの日々を、直接お会いして聞きたかった。そしてダメもとで交渉したところ、何と、あっさりOK。
「3ヵ月しか通ってないし、ほとんど覚えていないけれど、それでもよかったら」
というお返事で、こちらが拍子抜けしたくらいだ。しかも「ほとんど覚えていない」などとはご謙遜、入学のきっかけから野田高梧のシナリオの授業、恩師・重宗和伸との交流、松竹入社のいきさつ、幻の処女シナリオ「生きながらえて」のことや、アカデミアの同級生だった前夫人とのなれそめまで、ひとつひとつ丁寧に、誠意を持って答えて下さったのである。

そして、この時にいろいろお話になったことで過去のあれこれが心に蘇ってきたのだろうか、翌年の70周年記念祭は、誰の誘いでもなく監督ご自身が、「行ってみようかな」と腰を上げたのだという。

20170222_01.jpg

今も目を閉じると、顔をほころばせた清順監督の温顔が脳裏に浮かび、こちらも自然と心がじんわり温かくなってくる。数々の修羅をくぐった末に到達した菩薩の境地とでもいうのだろうか。インタビューの時、珍しくガチガチに緊張してすぐにカメラを回そうとしていた私に、
「まあ、もっとゆっくりして下さいよ」
と優しく声をかけて下さり、帰り際には、
「また遊びに来て下さい」
とにこやかに見送ってくれた清順監督。結局、それが叶うことはなかったのだが…。

わずか2度の邂逅であったが、その印象は今も強く心に刻まれている。監督という職業において、最後にものを言うのは、やはりその人間自身の魅力なのではないだろうか。日活での解雇事件の際、多くの映画関係者が清順監督を支持したのは、作品の魅力もさることながら、その人間的魅力も大きな要因だったように感じられるし、そしてまた後半生において、個性派俳優として鳴らしたのも、やはりその人間としての輝きが、多くの人を惹きつけたからではないかと、私には思えてくるのである。

突然の訃報に接し、いまだ頭の中がまとまらないが、まずは清順監督に心からの感謝と哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りしたいと思う。どうぞ安らかにお眠り下さい。

20170222_02.jpg
2015年5月29日撮影
posted by taku at 18:12| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

映画『鎌倉アカデミア 青の時代』



告知です。かなり前から製作していたドキュメンタリー映画『鎌倉アカデミア 青の時代』がようやく完成しました。119分という長尺ですが、最初は3時間近くあり、削るのにかなり苦労しました。

公開も決まりました。来年(2017年)5月、新宿K's cinemaを皮切りに他都市にも広げていく予定です。

いやあ、それにしても長い道のりでした! 今から10年前の創立60周年記念祭の時からカメラを回し始めていますので、実に足かけ11年! そのころの映像素材はハイビジョン(16:9)ではなく、DV(4:3)だったりするのも時代を感じます。そして何より、この10年の間に黄泉路へ旅立たれた関係者の方たちの御顔を思い浮かべると、時の流れの速さ、無常さに言葉を失います。

映画『鎌倉アカデミア 青の時代』公式サイト:kamakura-ac.blue

鎌倉アカデミア創立70周年記念作品
鎌倉アカデミア の時代
-ある「自由大学」の記録-

インタビュー出演:鈴木清順/岩内克己/勝田 久/加藤茂雄/川久保 潔/若林一郎/岡 喜一/小池 榮/斎藤昌男/近藤信行/栗原治人/堀 久子/服部博明ほか
再現映像出演:劇団かかし座

構成・撮影・編集・監督:大嶋 拓
再現映像撮影:石田 直
宣伝デザイン:秋山京子

テーマ曲「鎌倉アカデミア学生歌」
作詞:吉野秀雄 作曲:矢代秋雄
指揮:川合良一 合唱:鎌倉市民混声合唱団

資料提供:鎌倉市中央図書館 近代史資料室
特別協力:鎌倉アカデミアを伝える会
鎌倉アカデミア創立70周年記念祭実行委員会
製作・配給:「鎌倉アカデミア 青の時代」製作委員会
posted by taku at 19:35| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月05日

鎌倉アカデミア創立70周年記念祭レポート

0604_01.jpg

昨日(6/4)、鎌倉市材木座の光明寺にて「鎌倉アカデミア創立70周年記念祭」が開催されました。周年行事ということで、新聞やネットなどのメディアでも事前にかなり取り上げられたため、予想を上回る数の方々が来場され、盛況のうちに幕を閉じました。以下、簡単ですがそのレポートを。

※Yahoo!ニュース配信記事:自由の学び思いはせ 鎌倉アカデミア創立70年祝し式典

0604_02.jpg

まずは実行委員長の加藤茂雄氏(演劇科1期生)のご挨拶からスタート。今月16日で91歳を迎えられますが、相変わらずご壮健。

0604_03.jpg

教育学者・寺崎昌男(中央)、山嵜雅子(左)、渕上皓一朗(右)の三氏による鼎談「学びの原点をたずねて」。

0604_04.jpg

進行の平田恵美氏(右)を交えて。午前の部の会場となった書院には、入りきれないくらいのお客様が。スタッフが急遽、追加の椅子を運び入れる一幕も。

0604_05.jpg

劇作家の若林一郎氏(演劇科2期生)による青江舜二郎(演劇科教授)の授業再現。古典戯曲「オイディプス王」(ソフォクレス作)を通じて演劇のカタルシス作用を語っておられました。

0604_06.jpg

服部博明氏(文学科1期生)と考古学者・佐々木達夫氏が語る、三上次男(文学科教授)にまつわるエピソード。「謙虚に一途に学ぶ」ことの素晴しさが伝わってくるお話でした(写真は佐々木氏)。

この後の昼食時間には、「鎌倉アカデミアから未来の学びの種を蒔く」と題したルートカルチャー有志による座談会が行われたのですが、私はこの時、遠方から来られたあるアカデミアOBの方の対応をしていたため、ほとんど拝聴することができませんでした。90代の加藤茂雄氏と、かなり若い世代の方が同じ土俵で語り合うという、とても興味深い試みだったのですが…(文学科教授・吉野秀雄のお孫さんである吉野秀樹氏も参加されていました)。

0604_07.jpg

午後からは会場を本堂に移し、アカデミア関係の物故者に向けて声明念仏。

0604_08.jpg

お隣りの開山堂では、終日「鎌倉アカデミア回想展」と題した展示が。

0604_09.jpg

見覚えのある人形の姿も(人形劇団ひとみ座は演劇科1期生の渡辺信一氏らが設立)。

0604_10.jpg

その劇団ひとみ座による人形劇「花咲かじいさん」。演ずるは劇団の重鎮・伊東史朗氏。

0604_11.jpg

フィナーレは鎌倉市民混声合唱団による鎌倉アカデミア学生歌(作詞:吉野秀雄 作曲:矢代秋雄)。

とまあ、実に盛りだくさんの1日イベントでありました。こちらは映像を記録するのが精一杯で、講演もお芝居も、ほとんど頭に入って来なかったのですが…。イベントの企画・運営に当たった地元鎌倉の有志スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。

0604_12.jpg

閉幕後、ほっとした表情の加藤茂雄氏と、2006年の60周年記念祭以来、会計を務めてきた吉田皓二氏。
posted by taku at 12:37| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

鎌倉アカデミア創立70周年記念イベント(2)

sanmon.jpg

来たる2016年6月4日(土)、鎌倉・材木座の光明寺にて「鎌倉アカデミア創立70周年記念祭」が下記の要領で実施されます。鎌倉アカデミア発祥の地である光明寺での開催となります。皆様お誘い合わせの上ご参加下さい。

鎌倉アカデミア創立70周年記念祭

日時:平成28年6月4日(土)10:00〜

 10:00〜 書院にて講演・トーク・座談会
 14:00〜 本堂にて 
        法要(声明念仏)
        人形劇団「ひとみ座」公演(「花咲かじいさん」ほか)
        鎌倉市民混声合唱団による合唱(「鎌倉アカデミア学生歌」ほか)
 10:00〜17:30 開山堂にて展示  

※内容の詳細はこちらのチラシをご覧下さい

場所:材木座光明寺(鎌倉市材木座6-17-19)
JR鎌倉駅より逗子駅行きバス20分、「光明寺」下車

参加費:1,000円(小中学生無料)

主催:鎌倉アカデミア創立70周年記念祭実行委員会 後援:鎌倉市/鎌倉市教育委員会
協力:鎌倉市中央図書館

お問い合わせ:鎌倉市中央図書館 0467-25-2611
       実行委員会(小泉)090-3007-9025
posted by taku at 14:09| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

後藤圭氏が語る劇団かかし座

早いもので、鎌倉アカデミア創立70周年記念イベントから10日あまりが経過してしまいましたが、あらためて、大変盛りだくさん、かつ意義深いイベントであったと感じています。

さて、前回は劇作家・若林一郎さんのトークの一部を公開しましたが、今回は、劇団かかし座の後藤圭代表のトークを、30分のダイジェスト版でお届けします。鎌倉アカデミアに学んだ劇団創立者の故・後藤泰隆氏の思い出や、現在に至るまでのかかし座の歴史、影絵の尽きせぬ魅力などを、たっぷり語っていただきました。お蔵出しフィルム作品「アリババと40人の盗賊」「金のがちょう」などのダイジェスト映像や、鎌倉アカデミアで泰隆氏と同級だった加藤茂雄さんによる「秘話」も収録しています。大型連休のひとときに、是非ご覧下さい。


https://www.youtube.com/watch?v=PbKXkRdczY8

前回の若林さんのトークはほぼ撮影素材のまま公開しましたが、今回は気合を入れて60分以上のものを半分に編集してみました。これまでの劇団かかし座の歩みが、大づかみではありますが、お分かりいただけるかと思います。かくいう私も、『影たちの祭り』という映画でかかし座の人たちと親近するようになったため、どうしても「かかし座=手影絵」とイメージが強く、それ以前の歴史やかつての作品については、今回のイベントで見知ったことも多かったのです(かかし座が制作に携わった「千代太郎子ども劇場」の声の出演が、昨年亡くなった熊倉一雄氏であったことも、この間の上映で知りました)。
posted by taku at 19:33| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

イベント終了

鎌倉アカデミア創立70周年記念イベント<影絵劇と映画≠楽しむ 劇団かかし座との3日間>は盛況のうちに終了しました。

大変内容の濃い3日間でしたが、中でも最終日の17日は、かかし座の貴重な16mm作品の上映をはさみつつ、劇作家の若林一郎さん(鎌倉アカデミア演劇科2期生)をゲストにお迎えした秘話続出のトークショーが行われ、会場を大いに沸かせました。終盤には、後藤圭かかし座代表、俳優の加藤茂雄さん(演劇科1期生)も壇上に上がり、イベントの掉尾を飾りました。ご来場いただいた皆様に心より御礼を申し上げます。

20160417_01.jpg

会場となった鎌倉市川喜多映画記念館前で記念撮影。(左から西垣勝、菊本香代、後藤圭《以上劇団かかし座》、加藤茂雄、若林一郎の各氏と大嶋拓)

若林一郎さんのトークについては、最初のパート(30分)をyoutubeにて限定公開しました。このパートでは、かかし座との出会いのさらに前、鎌倉アカデミアでのエピソードを中心にお話しされています。幼少期に見たという無声映画の活弁の口真似も必聴!


https://www.youtube.com/watch?v=LJgz0m67yjc

下の写真は初日(15日)の帰りがけに撮影したもので、かかし座の前身「小熊座」が稽古場として利用していた雪ノ下公会堂前での1枚。何と、川喜多映画記念館から歩いてわずか2分ほどのところにありました。かかし座にとって、まさに「里帰り」イベントであったわけで、加藤茂雄さんが「川喜多さんも粋な計らいをする」とおっしゃっていたのも納得です。

yukinoshita.jpg

後列左から後藤氏、大嶋、平田恵美氏(鎌倉市中央図書館)西垣氏、前列左から菊本氏、中村絵里氏(劇団かかし座)。
posted by taku at 17:19| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

いざ鎌倉

komyoji_sakura.jpg

いきなり大げさなタイトルで恐縮ですが、いよいよ明日(4/15)から、鎌倉市川喜多映画記念館において、鎌倉アカデミア創立70周年記念イベント<影絵劇と映画≠楽しむ 劇団かかし座との3日間>が始まります(フライヤーはこちら)。

すでにいろいろな媒体で告知をしており、昨日はYahoo!ニュースでも配信されましたが、一応最終確認ということで、今一度お知らせしておきます。

kage_g09.jpg
『影たちの祭り』

15日(金)は、10:00〜、13:30〜 映画『影たちの祭り』の上映。
13:30〜の回終了後に、劇団かかし座代表の後藤圭さんによるゲストトークと、影絵短編作品『アリババと40人の盗賊』『キリスト(パイロット版)』『やまなし』の上映があります。『アリババと40人の盗賊』(1957年)は創立者の後藤泰隆氏が自主制作したもので、当時のかかし座の影絵技術を結集した力作だそうです。かくいう私も未見なので、この機会に是非拝見したいと思っています。

info08.jpg
『影たちの祭り』より。演出中の後藤圭さん

16日(土)は、10:00〜、かかし座舞台部の菊本香代さんを講師にお迎えして、影絵制作のワークショップ(親子影絵教室)が行われます。当日までには定員に達してしまうかも知れませんので、参加を希望される方はお早めに記念館までお電話(0467-23-2500)を。

13:30〜 映画『影たちの祭り』の上映。
上映終了後に、私こと『影たちの祭り』監督の大嶋拓と、本作の出演者、というよりヒロインのおひとりである菊本香代さんのゲストトークがあります。菊本さんには、もしかすると簡単な手影絵をいくつかレクチャーしてもらえるかも?

kage_g05.jpg
『影たちの祭り』より。石井世紀さん(左)と菊本香代さん(右)

17日(日)は、10:00〜、映画『影たちの祭り』の上映。
13:30〜、<鎌倉シネサロン「かかし座の思い出」>と題して、影絵短編作品『笠地蔵』『吉野の鼓』『町のねずみと田舎のねずみ』『お百姓とライオン』『ウサギとハリネズミ』『空とぶ木馬』の上映と、かかし座作品の脚本を多数手がけてきた劇作家の若林一郎さんをゲストにお迎えしたトークショーを行います。聞き手は、つたないながら私が務めさせていただきます。若林さんも創立者・後藤泰隆氏と同じ、鎌倉アカデミアのご出身なので、当時の話をいろいろうかがえるのを私も楽しみにしています。

mokuba.jpg
『空とぶ木馬』

会場となる鎌倉市川喜多映画記念館では、現在、特別展「映画女優 原節子」が開催されており、7月までの間に、小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男といった巨匠の作品が日替わりで上映されます。そういう、日本映画黄金期の名作と並んで、自分の作品が同じスクリーンで上映されることに、言葉にならない喜びを感じています。

さらに言うなら、川喜多映画記念館を運営する公益財団法人 川喜多記念映画文化財団は、今から約20年前、私が『カナカナ』という初めての劇場映画を製作した折、海外の映画祭への参加について懇切丁寧な助言や推薦をいただくなど、大変にお世話になったことがあるのです。もう担当者は変わられてしまいましたが、自分のデビュー作でご縁があった財団と、こうしてまた関わりが持てるのも、細々ながら作品を撮り続けてきたからなのだなあ、と、あらためて過ぎ去った20数年を振り返ったりしました。

桜はあらかた散ってしまいましたが、鎌倉は今が春の盛り。花咲き乱れる古き都で、皆様方のご来場を心よりお待ちいたしております。

20160414s.jpg

現在、記念館手前の案内板には、「映画女優 原節子」と『影たちの祭り』のポスターが仲良く並んで掲示されています。白と黒のコントラストが絶妙!
posted by taku at 13:45| 鎌倉アカデミア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする