2021年06月14日

加藤茂雄さん一周忌 『浜の記憶』期間限定無料配信

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本日、6月14日は、俳優・加藤茂雄さんのご命日です。亡くなられて、丸1年が過ぎました。月日の経つのは本当に早いものです。

一周忌に際し、加藤さんが93歳で初主演した映画『浜の記憶』を、東宝撮影所がある「ゆかりの地」世田谷で上映するイベントを企画していたのですが、時節柄実現に至らず、その代案として、同作品を明日(15日)から、期間限定で無料配信することにしました。2019年7月の公開初日の舞台挨拶の模様も合わせて配信します。

※配信は8月31日で終了しました。

【期間限定配信】映画『浜の記憶』
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【期間限定配信】『浜の記憶』初日舞台挨拶
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視聴の詳細についてはこちらのページをご覧ください。

コロナ禍からすでに1年以上が過ぎ、猫も杓子もオンラインという世の中ですが、自分の作品については、あまりそういう発想はありませんでした。しかし、今月初めから『影たちの祭り』がNIPPON CONNECTION(ニッポン・コネクション)で配信される運びとなり、そうか、そういう手もあったか、と、今さらのように気がついた次第です(ある物事が行われているのを知識としては知っていても、それを自分のこととして考えられないというケースは案外多いものです)。

『浜の記憶』はすでに出来上がっている作品なので、データを配信用に軽くするだけですみましたが、舞台挨拶の記録映像の編集は思った以上に時間と手間がかかりました。初日の舞台挨拶は、加藤さんのトークが弾みすぎて30分以上に及んだのですが、ノーカットではいくらなんでも長すぎます。しかし、加藤さんの話はよどみなく続くので、なかなか切りどころが見つかりません。おかげで、何度も何度もトークを聞き直すことになり、久しぶりに加藤さんのあの懐かしい語りに長時間耳を預けることになりました。また、撮影した動画は劇場の後方に設置した固定カメラのものなので、映像にまったく変化がありません。そこで、当日、助監督の内田さんと特撮ライターの友井さんが撮影してくれたスチールを適宜、インサートすることにしました。トークの動画にスチールを入れ込むという編集も、私はこれが初めての経験で、なかなか面白いものでしたが、写真の点数がかなり多く、そのセレクトにも思った以上の時間を要しました。当然、それらの写真はほぼすべて加藤さんがメインで映っているので、この数日間は、実によく加藤さんのお声を拝聴し、同時に、そのお顔をじっくりと拝見しました。これもまた、故人をしのぶ営みのひとつなのでしょう。

※配信は8月31日で終了しました。
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2021年06月01日

『影たちの祭り』、NIPPON CONNECTIONにて無料配信

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本日、6月1日、NIPPON CONNECTION(ニッポン・コネクション)が開幕しました。NIPPON CONNECTIONはドイツのフランクフルト市で毎年初夏に開催されており、海外で行われる日本の映画祭としては最大規模のものです。2021年は新型コロナの影響もあり、6月1日から6日までオンラインで行われます。

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そのNIPPON CONNECTIONにおいて、劇団かかし座のパフォーマンス「Hand Shadows ANIMARE」(全編英語)と影絵ワークショップ(日独語通訳付き)のライブ配信が行われることになり、そのつながりで、「Hand Shadows ANIMARE」の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画である『影たちの祭り』(ドイツ語字幕版)も、合わせて配信されることになりました(6月24日まで)。

詳細はこちらのページをご覧ください。視聴ページはドイツ語表記なのでちょっと面倒くさいですが、メールアドレスとお名前、そしてパスワードを2回入力すれば、全編無料で視聴できます。

『凍える鏡』はこれまでGyao! などで何度か無料配信してきましたが、『影たちの祭り』の配信は完全にこれが初めて。しかも、なかなかお目にかかれないドイツ語字幕つき。見初めは字幕が少し邪魔なようにも思いますが、慣れてくると、いかにも「映画祭での上映」という感じがしてきます。
思い起こせば今から26年前、私の初めての劇場用映画『カナカナ』も、ドイツのベルリン国際映画祭においてドイツ語字幕で上映されました。あのころからドイツは日本映画に対する理解が深い国だと感じていましたが、いつの間にかこんな大規模な日本映画のフェスティバルが開催されるようになっていたのです。ちなみにドイツ語字幕での上映はその時以来なので、何だか初心に返ったような気分です。

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ベルリン国際映画祭1995のパンフレット

『カナカナ』でデビューして、すでに26年というのもわれながら驚きますが、この『影たちの祭り』も、2012年の作品ですから、来年で撮影してから10年を数えることになります。月日の経つのは本当に早いものです。しかし嬉しいことに、移り変わりが激しい昨今の情勢にも関わらず、かかし座のメンバーは相変わらず倦まずたゆまず、われわれを楽しい気分にさせてくれるパフォーマンスを送り続けてくれています。「Hand Shadows ANIMARE」を2012年に演じた時のメンバー4人(飯田周一、石井世紀、菊本香代、櫻本なつみ)は全員、今もかかし座に在籍しており、6/5のライブ配信も、最初はこのメンバーで、と、リーダーの飯田さんは考えていたようなのですが、他の公演との兼ね合いで、今回は石井さんの代わりに、松本侑子さんが入ることになったそうです。

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そうそう、現在かかし座では、「影絵女子」という4人の女性ユニット(かよっぺ=菊本香代、さく=櫻本なつみ、ゆーゆ=松本侑子、ちっぴ=梅原千尋)を結成して、かなり意欲的に活動しているのですが、そのうち菊本さんと櫻本さんは、「Hand Shadows ANIMARE」の2012年当時のメンバーでもあるので、『影たちの祭り』には9年前の、今より少しだけ若い「影絵女子」おふたりの姿が記録されています。

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でも、これがびっくりするくらい変わっていない……。いやもちろん、それだけの時間が経っているので、パフォーマンスの方は目覚しい上達を遂げているのですが、屈託のない笑顔と初々しさはまったく失われていません。これは、長年劇団を応援している者としては大変嬉しく感じるところです。

菊本さんと櫻本さんといえば、今でも忘れられないエピソードがあります。『影たちの祭り』は、基本的に影絵のパフォーマンスを記録したドキュメンタリーなので、場面のほとんどは稽古場、しかも大変暗いのです。スクリーンに映った影はとても美しいのですが、対照的に、バックステージは常に光が足りない状態で、「このままだと、いささか彩りに欠けた映画になってしまうのでは?」と撮影中感じるようになりました。

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そんな時、櫻本さんが「動物のリアルな動きを観察するために、ときどき動物園に行きます」と話していたのを聞いて、「よし、それなら」と、菊本さんと櫻本さんが野毛山動物園を訪ね、キリンや亀、白鳥、ペンギンたちの前で、その姿を作ってみる、いわば動物たちとコラボするシーンを入れたのです。結果としてこれは大変いいアクセントになりました。おふたりの表情も生き生きしていて、今でも大好きな場面です。

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なお、映画の中では、これは「休日のひとコマ」ということになっていますが、実際にはこの撮影が正午すぎに終わると、おふたりはすぐ、待機していたほかの劇団員と合流し、地方公演に出発したのでした。今も昔も、かかし座メンバーは大忙しです。

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もちろんそれ以外にも、東京公演初日の前日に新しい演目を急遽作りあげるプロセスや、後半、少しだけ明らかになる個々のメンバーのプライベートライフなど、90分弱という尺の割には、いろいろと見所の多い作品だと自負しています。影絵の魅力に取り付かれ、影絵とともに生きる彼ら彼女たちのひたむきな姿と、その比類なき作品を、是非この機会に、映画と、そしてライブ配信の双方で、ご高覧いただければと思います。

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映画とライブ配信の両方に出演のお三方(左から 櫻本なつみ、菊本香代、飯田周一)。どうぞお楽しみに!

◇ライブ配信パフォーマンス『 Hand Shadows ANIMARE 』
6月5日(土)21:00〜22:15(JST 日本時間) ※配信終了
◇オンライン・ハンドシャドウ・ワークショップ
6月5日(土)23:00〜24:00(JST 日本時間) ※配信終了
◇ドキュメンタリー映画『影たちの祭り』(ドイツ語字幕版)(無料)
6月1日(火)〜6月24日(木) ※配信終了

2021年05月26日

ルリ子をめぐる冒険(10)メディアミックスとしての「緑はるかに」

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↑オーディション終了後の記念写真か。右から、まだ髪の毛を切る前の浅井信子(浅丘ルリ子)、その隣りが主題歌を歌う安田祥子、その前がマミ子役の渡辺典子、水の江滝子(ターキー)、安田章子(由紀さおり)、左後ろの女性は不詳(1954年11月)

「緑はるかに」に関する出来事を時系列でまとめると、だいたい以下のとおりである。

1954(昭和29)年

4月12日 読売新聞夕刊にて絵物語(作・北條誠、絵・中原淳一)の連載開始。
5月19日 読売新聞夕刊に映画化決定の記事が掲載。
8月2日 ニッポン放送にて連続放送劇として放送開始(提供は森永製菓)。
8月6日 読売新聞夕刊にヒロイン・ルリ子役募集の告知記事が掲載。
11月23日 ルリ子役の最終面接(調布・日活撮影所にて)。
11月30日 ニッポン放送の連続放送劇、放送終了(全87回)。
12月6日 映画脚本審査。読売新聞夕刊に「ルリ子役」決定の第一報掲載。
12月6日 『ジュニアそれいゆ』1955年早春号発売。「ルリコさん決定」の記事が掲載。
12月14日 読売新聞夕刊の絵物語連載終了(全210回)。
12月24日 映画クランクイン。
?月?日 コロムビアレコードより主題歌発売。

1955(昭和30)年

2月12日 映画クランクアップ。
2月19日 映画ダビング終了。
3月15日 映画完成試写。
3月22日 映画審査試写。
4月5日 トモブック社より「映画物語シリーズ1 緑はるかに」刊行(画・わちさんぺい)。
5月1日 豊島公会堂にて一般試写。2,700人を招待。
5月8日 劇場公開。併映は「天城鴉」「ペンギンの国を訪ねて」。
8月5日 ポプラ社より原作単行本刊行(カバー絵・松本昌美、挿絵・花房英樹)。

という感じで、約1年4ヶ月の間に、

1)新聞連載の絵物語
2)ラジオの連続放送劇
3)レコード
4)コミカライズ
5)劇場映画
6)原作単行本

と、6つのメディア展開がなされたことがわかる。当事としてはかなり多角的と言えるのではないか。これが70年代以降であれば、確実にテレビドラマ化も行われただろうが、この当時はまだテレビは始まったばかりでドラマといえばすべてスタジオでの生放送、まだ主要メディアのひとつとは言えない状態であった。

さて、1954年8月1日の読売新聞夕刊には以下のような記事が載っている。

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緑はるかに を連続ドラマに
ニッポン放送

本紙に連載中の北条誠作「緑はるかに」は、日活入りした水の江滝子プロデューサーのプ第1回作品として映画化されるに先だち、ニッポン放送で、2日から11月末まで87回にわたり、土、日を除く毎夕5時50分から10分間、子供と母親向け、耳できく絵物語風の異色連続ドラマとして放送される。

この放送がきまってから電波にのるまでに、二週間近くしかなかったので、原作者の北条誠は放送の打合せやら台本を書くのにてんてこ舞、盲腸の手術後禁酒していたのを、はじめて破り、アルコールの助けをかりた始末。「おかげでまた酒飲みにされた」とは本人の弁。

テーマ・ソングを作るのに西条八十作詞、米山正夫作曲の案がたてられたものの、短期間のうちに引受けてもらえるかどうか不安が持たれた。それを聞いた水の江プロデューサーは西条八十くどきの役≠買ってでて、気分がのらなければ仕事をしない、わがままな叙情詩人に傑作をものさせた。(中略)米山正夫の作・編曲は、童謡と歌謡曲の中間をゆくロマンチックなメロディーで放送のたびに少年少女ファンをわかすコロムビア専属の童謡歌手安田祥子が歌う。

映画で流れる主題歌は、映画用にではなく、まずはこのラジオドラマのために作られたことがわかる(当初からラジオと映画の両方で使うことになっていたのかも知れないが)。しかしこの「緑はるかに」の主題歌のレコードがいつごろ発売されたのか、そしてどんなジャケットデザインだったのかはまったくわからない。ご存知の方がいたらご教示いただきたいところである。

父母を失い、形見のオルゴールの小箱を求めてさまよう不幸な少女ルリ子役に、児童劇団こけし座の小島くるみが登用された。彼女は映画俳優小島洋々の娘で中学1年生、去年母親と死別した哀しみが小さな胸によみがえるのか「録音中あの子がお母さん、お母さんと呼ぶセリフの時など妙に実感がこもっていて…」と係をはじめ大人の出演者の胸をいためさせている。

不幸な主人公をかばって大活躍する浮浪児チビ真を、これもこけし座の磯部正己(中学2年生)が主演するほか、出演者はほとんど同劇団員の競演である。(中略)悪漢田沢役を元NHK放送劇団の真弓田一夫、解説をこれまた元NHK、現在ニッポン放送所属の石原アナが担当(中略)。

こうした悲喜こもごもの話題を呼んだこのプロ(プログラム=番組)が、これほど急いで製作されたのも映画、レコード、放送と立体的に広報するチャンスをのがさないようにと考えられたからで、いよいよ競争の激化した民放プロの最も理想的な企画の一つのテスト・ケースとして注目を集めている。

この記事の最後には、明らかにマルチメディア戦略を匂わす記述があり、そこには誰か音頭を取る人間がいたことは確実である。そして、西条八十くどきの役≠買って出たのが水の江滝子、という一文からも、一連の仕掛け人が往年の大女優・ターキーであったことはほぼ間違いないと思う(戦前のターキー人気は大変なもので、なんと西条八十も私設後援会「水の江会」の会員だったという)。

それにしても、ラジオドラマ化決定から放送まで2週間しか時間がなかったというのもすごい。このころは今より万事のんびりしていたかと思いきや、とんでもない突貫工事である。また、原作の北條誠が、病みあがりの体で新聞連載と平行してラジオドラマのシナリオも書いていたというのも泣かせる。若いころ熱烈なファンだったというターキーの頼みだけに断れなかったのだろうか。

とにかく、水の江滝子という人は、私の想像のはるか上を行く敏腕プロデューサーだったようだ。今回「緑はるかに」にまつわる記事を書くにあたり、本人のインタビューをまとめた『ひまわり婆っちゃま』と本人および日活関係者の証言をまとめた『みんな裕ちゃんが好きだった』の2冊を読んだのだが、彼女の柔軟な発想や行動力、そして人間を見る目(それらはすべて女優時代に培われたものであろう)には何度も舌を巻いた。浅丘ルリ子を筆頭に、岡田眞澄、フランキー堺、石原裕次郎、和泉雅子、吉永小百合と、彼女が発掘した新人は枚挙にいとまがない。撮影所システムが機能していた時代の記録という意味でも大変興味深く、まさに日本映画が一番元気だったころの息吹きに触れた気分であった。お時間のある方には、ぜひご一読をお勧めする。

さて、水の江滝子が女優業に区切りをつけ、プロデューサーに転身したのは1954年3月、「緑はるかに」の連載が始まるひと月前のことであった。ターキーには当時、マネージャー兼恋人のような存在の兼松廉吉という男がいたのだが、その兼松が2月10日、借金問題を苦に自殺。兼松は読売新聞の企画部長だった深見和夫(後に報知新聞社長)に、「滝子のことをよろしく頼む」という遺書を残しており、深見はそれに応える形で、ターキーを日活に紹介し、プロデューサーの座に据えたのだという。

昭和29年(1954年)の3月に初めて日活に行ったのかな。ところが、会社に行ったって何したらいいのかわからない。(中略)自分の机なんかないから、江森さんていう常務の席の隣にあった応接セットにふんぞり返って、新聞とか雑誌とかいっぱい積んであったのを、手当たり次第読んでたの。

『ひまわり婆っちゃま』水の江瀧子(1988年・婦人画報社)

そんな生活が続く中で、4月に読売新聞で「緑はるかに」の連載が始まり、ターキーがそれに目を止めた、というのがオフィシャルなストーリーのようだ。映画化決定を報じる1954年5月19日の読売新聞夕刊には、

女性プロデューサーとして、また多年の舞台生活の経験から、明るい、そしてロマンチックな音楽映画や喜劇をやわらかいタッチで描く作品を製作すべく、その素材をさがしていたターキーがこれこそ≠ニばかりとびついたのがこの「緑はるかに」だった。

との一文がある。だが、この時のターキーはまだ入社2ヶ月、プロデューサー業務の何たるかもわからなかったはずで、この時点ですべての舵取りを一人で行ったとは考えにくい。そこで浮かんでくるのが先ほども書いた、ターキーを日活に入社させた深見和夫の存在である。深見は当事、読売新聞の企画部長。自社の新聞で連載が始まったばかりの絵物語「緑はるかに」を、ターキーに推薦したことは大いに考えられる。実際、この時期に読売新聞夕刊で、「緑はるかに」と同じページに連載されていた小説「女人の館」(原作・白川渥)も、連載終了後間もなく日活で映画化されている(1954年11月23日公開)。監督は春原政久、主演は三國連太郎と北原三枝、そしてこの映画になんとターキーは役者で出演しているのである。本人の発言によれば、小銭稼ぎのためだったようだが、結果として、新聞小説を映画化するプロセスを体得する場になったようにも思われる。

ちなみに、「緑はるかに」の原作者である北條誠は、今では名前を聞いてもあまりピンとこないが、当事は映画化向けの小説を量産する、文字通りの売れっ子作家であった。以下は松竹のプロデューサーだった山内静夫の『松竹大船撮影所覚え書』(2003年・かまくら春秋社)からの引用である。

1950年代、松竹映画で最も活躍した作家の双璧は、中野実と北条誠である。文芸作品とは言い難いが、中野実の小説には明るさとホームドラマ風の暖かさがあり、女優王国の松竹には向いていたし、北条誠はその若さのもつカラッとした恋愛ドラマで、従来のメロドラマ路線にありながら、戦後の世相を捉えた現代性が観客には好感を与えた。(中略)北条誠は昭和24(1949)年から32(1957)年までの9年間に実に13本の原作を提供した。しかも北条の「この世の花」という作品は2年間(1955年3月〜1956年10月)で第1部から第10部まで作られた。短期間にこれだけ連続して作られた例はあまり見ない。これなどは、映画の反響を受けて、逆に原作の内容が出来ていったと言えなくもない。掲載雑誌とも連動して宣伝効果を高めたり、ロケ地なども土地土地の要望を入れる等、立体的に興行性を高めることに成功した。

これから察するに、読売新聞サイドは、北條誠に連載を依頼した時点で、密かに映画化の機会をうかがっていたのではないだろうか。映画のヒットは当然自社の宣伝にもなる。そこで深見和夫を通じ、これを日活入社間もないターキーに委ねたのではないか、などと勝手な想像を働かせてしてしまうのである。

そしていよいよ8月6日、読売新聞夕刊においてヒロイン・ルリ子役の募集告知がなされた。ひまわり婆っちゃま』には以下の一文がある。

その時も役者がいなくて、「主役を募集しようか」って私が言って、それで選ばれたのがルリちゃん(浅丘ルリ子)だったの。このやり方も結構宣伝になったのかな。

このころはもう、ターキーもプロデューサーとしてエンジンがかかっていたようで、ヒロイン募集のアイデアのみならず、ルリ子を最終的に選んだのもターキー自身だったようだ。いくら中原淳一が猛プッシュしたとしても、彼は衣裳デザイナーの立場、最終決定権を持つのはターキーである。そしてプロデューサーと並んで作品に権限があるとされる監督は、このオーディションにはまったくタッチしていなかった。以下は井上梅次監督の回想である。

僕は新東宝育ちなんですね。その頃、江利チエミがテネシーワルツで大ヒットしたのに対抗して、雪村いづみをスターにしようという話があり、「東京シンデレラ娘」という音楽映画を撮った。(中略)それを水の江さんが日活のプロデューサーとして見ていてくださったんですねぇ。その後別のルートから引き抜きがあり、日活へ移ったんですが、水の江さんとは「緑はるかに」が最初ですね。(中略)「緑はるかに」のヒロインを募集したんですが、私は日活に移る前の東宝の仕事が宝塚でありまして、審査会に出られなかったんです。(中略)浅丘ルリ子という名前は私がつけたんですけどね、選んだのは水の江さん。

『みんな裕ちゃんが好きだった』水の江瀧子(1991年・文園社)

このとおりだとすれば、井上梅次を監督に抜擢したのもターキーだったことになる。井上の「東京シンデレラ娘」(1954年4月26日公開)を見て、これはいけると思ったのだろう。なお、井上は日活に移籍する前、雪村いづみ出演の映画を立て続けに5本撮っているが、そのうちの3本にフランキー堺が出ている。ターキーの著書では、フランキー堺について、「数寄屋橋のライブハウスでドラムを叩いているのを見つけて、映画に出ないかとスカウトした」という話になっているが、実際にはターキーが日活に入社する1年以上前からフランキー堺は映画に出ているので、このエピソードは少し事実と違っているように思う。どちらかといえばフランキーは井上梅次人脈という印象が強い。ついでに言うと、「東京シンデレラ娘」につづく「乾杯!女学生」(1954年6月29日公開)では、ターキーは雪村いづみの母親役で出演している。この映画の撮影時はすでに日活に在籍していたはずで、もしかすると井上梅次監督の演出を見聞するために出演を引き受けたのかも知れない。

なお、この「緑はるかに」がターキーの初プロデュース作品と喧伝されることが多いようだが、実際の第1作は、1955年1月8日公開の「初恋カナリヤ娘」(58分)である。ただ、これは田中絹代監督作品「月は上りぬ」(102分) との併映で、SP(Sister Picture=2本立て興行用の中編)として製作されたため、正式な長編作品としては「緑はるかに」ということになるのだろう。このあたりは前回書いた、「日活初の総天然色映画」と位置づけが似ているように感じる(実際の第1作は「白き神々の座」だが、記録映画であったため、劇映画作品としては「緑はるかに」が最初)。ちなみに「初恋カナリヤ娘」には、ターキーが1本釣りしてデビューさせた岡田眞澄と、前述のフランキー堺がメインで出演、このつながりで「緑はるかに」にもカメオ出演をすることになる。

さて、こうして製作され、メディアミックス的な展開も試みられた「緑はるかに」だったが、実際のところ、どれくらいヒットしたのかはよくわからない。ターキーはこの映画について「それがまた偶然あたってね。それからプロデューサーってのがやったら面白くなってきたんです」と書いているから、そこそこの数字をはじき出しはしたのだろう。しかし、私などは生まれていなかったせいもあるかもしれないが、この映画がそれ程の大ヒットを飛ばしたとは考えられないし、「ルリ子カットが巷で大流行」などと言われても、それはごく限られた年齢層の女学生にアピールしただけで、世代を超えた、社会現象的なうねりを生み出すには至らなかったように思われる。
実際、1955年の邦画配給収入トップ10を見ても、日活作品でランクインしているのは「力道山物語 怒濤の男」だけである(第9位)。

しかしこの「緑はるかに」が、浅丘ルリ子のデビュー作であり、水の江滝子のプロデューサー第1作であるのはまぎれもない事実である。この2つの芽が、やがて一連の裕次郎映画という大木に育ち、日活の黄金時代を築くことになるわけで、そういう意味ではまことに眩しい「緑」が茂っていくきっかけとなった忘れがたい作品だと思う。

この作品でヒロインの名を与えられ日活専属となった浅丘ルリ子は、「緑はるかに」公開から4ヵ月後の9月14日に公開された「銀座二十四帖」で、銀座の花売り娘・ルリ子(通称ルリちゃん)を演じる。

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物語に直接からむ役ではなかったが、その分気負いもなくのびのびと演じており、「緑はるかに」よりも明るい表情が多いのが印象的だった。この時のルリ子は戦災孤児という設定。そして1956年1月3日公開の「裏町のお転婆娘」でも、またしても銀座の花売り娘で孤児のルリ子役。しかもこの時彼女がいる孤児院は「光の家」といい、「緑はるかに」に出てくる孤児院とまったく同じ名前。役名が毎度「ルリ子」なのは、浅丘ルリ子の名前を観客に早く覚えてもらうための日活の配慮だと思うが、どうしてこう似たような設定が続くのか(映画「緑はるかに」でもルリ子は物語終盤まで孤児という扱いだった)。やはり古今東西、ヒロインには幸福よりも不幸が似つかわしいということなのだろうか。

さて、「銀座二十四帖」と同じ1955年夏の銀座に、今ひとりの「ルリ子」が降誕しようとしていた。彼女もやはり花売り娘。父親を戦争で亡くし、花を売って暮らしを助けるけなげな少女。その声はカナリアのように美しく、いつか日本一の少女歌手になることを夢見ている。

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彼女こそ、梶原一騎・原作、吉田竜夫・画による絵物語「少年プロレス王 鉄腕リキヤ」(『冒険王』1955年3月号〜1957年12月号)に登場するヒロイン・ルリ子である。

○ルリ子という名前と可憐な容姿
○銀座の花売り娘(「銀座二十四帖」「裏町のお転婆娘」と同じ)
○孤児ではないが母子家庭(父親のみ死亡という設定は原作の「緑はるかに」と同じ)
○歌の才能がある(これも原作の「緑はるかに」と同じ)

これら属性の類似はただの偶然なのか?それとも? ルリ子をめぐる冒険は、次回から新章に突入します!(いつか書くと思うので気長にお待ちください)

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2021年05月08日

ルリ子をめぐる冒険(9)映画「緑はるかに」公開まで

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上は浅丘ルリ子(本名:浅井信子)が「緑はるかに」のルリ子役に応募した時の写真。
読売新聞紙上での募集告知が1954年8月6日、締切は8月31日。この写真も8月に撮影したようで、かなり日焼けしている。

さて、今日、5月8日は、今からちょうど66年前に映画「緑はるかに」がロードショー公開を果たした記念すべき日である。というわけで、いつも以上に画像多めで話を進めていこう。

まずは前回のつづき。『ジュニアそれいゆ』1955年早春号から、中原淳一デザインによるルリ子の衣裳の数々を見ていこう。

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この映画の中の衣裳は、中原淳一先生が受け持たれています。ルリコのお母さまとか、他の大人の方たちのも中原先生のデザインですが、ここではルリコのドレスを御紹介しましょう。
「緑はるかに」は日活初のテクニカラー(天然色)の映画なので、ドレスの色彩にも中原先生はいろいろ心をくばられたようです。連載された物語では、ルリコのお父さまは病気の場面しか出ていませんが、映画では幻想の場面が多くあって、ルリコがお父さまと一しょに暮らしていた頃の愉しい美しいシーンが沢山見られるということです。(※実際はほんの少しです)
浅丘さんは、本当は中学二年生なのですが、映画では小学校六年のルリコです。それでこれらのドレスも子供っぽく見えますが、これはスカートをそのまま膝の下位まで長くするだけで中学から高校までの方たちにも似合うデザインです。(後略)

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「これはずっと旅をしている時に着ているジャンパー・スカート。下にスウェターを着るのです」……中原先生がデザイン画をかかれて、ルリコさんに説明していられます。或る日の撮影所での打合わせの一コマ。

当時、女学生の憧れだった中原淳一デザインの洋服を着られるというのは、大変な栄誉だったに違いない。浅丘ルリ子自身、『徹子の部屋』で、「(ルリ子役に)受かったことよりも、中原先生のお洋服が着られることの方が嬉しくって。すごく可愛いお服なんですよね」と語っている。

なお、「旅をしている時に着ているジャンパー・スカート」の写真は『ジュニアそれいゆ』には掲載されていないが、要するにこれである。

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このキャプチャ画像でわかるように、ジャンパースカートはライトグレー、セーターは薄いピンクなのだが、どういうわけかDVDのジャケット写真では、ジャンパースカートはスカイブルー、セーターはクリーム色になっている。

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白黒写真に後から着色したものだが、どうして映画オリジナルのカラーリングにしなかったのだろう。

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ピンクのウールで作ったこのワンピースは、最初の場面に着る普段着です。衿にそった小さな丸いヨークは、可愛いギャザーを両側にちょっととって、胸のふくらみを出しています。ヨークと身頃の境を共布のループで押え、そのギャザーの上に飾られた二つのボウは、蝶々のようで可愛い。

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「小さな丸いヨーク」とか「可愛いギャザー」とか「共布のループ」とか、何のことだかさっぱりわからないが、映画だとこんな感じ。

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これはまだお父様がお家にいらっしゃった頃、いろいろの花が一杯咲いている春のお庭で遊んでいた時の回想の場面で着る、薄いグレーのジャンパースカートです。胸に飾られた花のアップリケは、ピンク、クリーム、ブルーといった淡い色のものばかりで、ピッタリさせずに、浮き上ったようにつけます。

ということなのだが、この「春のお庭で遊んでいた時の回想の場面」というのは映画本編のどこにも存在しない。撮影したのに尺の関係でカットされたか、それとも撮影さえされなかったのか……。もはや永遠の謎である。

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これもやはり楽しかった頃の回想の場面のクリスマスパーティの時に着るものです。真黒で張りのあるタフタで作った、地味な色合いのこの服は、ふっくらふくらんだスカート、ケープ風の肩を覆う様なカラー、スカート丈までの長いビロードのリボンによって、ジュニアらしい可愛いカクテルドレスとなりました。

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はいはい、このシーンはたしかにあったのだけど、座っている姿が引きで一瞬映っただけで、バストアップのショットは人形やプレゼントを抱えているためドレスはほとんど見えず。素敵なデザインなのに、実にもったいない。もう少し撮り方を考えて欲しかった。井上梅次監督はこれら一連の衣裳が、天下の中原淳一デザインだということを本当にわかっていたのだろうか?

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美しいスミレ色の薄手のウールでつくったこの服は、最後の場面で、お父様が無事にお帰りになって、一家揃って愈々ルリコに幸わせが訪れた時に着るものです。胸に飾ったボウは、濃い紫のグログランリボンです。後も前も浮いてつけられた肩幅一杯の真白いカラーは、取りはずしが出来るようにしてもいいでしょう。

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やっとまともにフルショットで見えるワンピースが……、と言いたいところだが、これも、映ったのはごくごく短い時間(ちなみに、白黒スチールでは胸元の大きなリボンがポイントだが、劇中ではかなり細身なものに変更されている)。

以上が中原淳一デザインによるルリ子衣裳のすべてである。1着1着コンセプチュアルに、丁寧にデザインされているのに、それがあまりうまく映画に活かされていないのはいささか残念に思う。

『ジュニアそれいゆ』には「ルリコ人形」の作り方も載っている。

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中原淳一いわく、

「緑はるかに」のルリコは、苦しさの中にもやさしい美しい気持を失わない、本当に良い少女です。さしえを画く時も、いつもそういう少女をあらわしたいと思っていました。(後略)

たしかに原作のルリ子は、映画の何倍も苦しい目、辛い目に遭ってきた。原作のストーリーを8ヶ月間追いかけてきた中原は、映画のルリ子が迎えた甘すぎるラストをどう感じたのだろう。

さて、日活の記録によると、映画「緑はるかに」は1954年のクリスマスイブ(12月24日)にクランクインし、1955年2月12日にクランクアップしたとのこと。90分という尺の割に撮影が長期間なのは、いかなる理由によるのだろう。撮影終了間際、読売新聞には次のような記事が載った。

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日活 緑はるかに 完成迫る

本紙に連載され好評を得た北条誠作「緑はるかに」は、日活初の色彩作品として最後の追い込みに入っているが、井上梅次監督の配慮から、子供たちに美しい夢を誘うようなみなみならぬ努力がつづけられている。(中略)
中原淳一考証の衣装、木村威夫の美術も国産色彩のコニカラー・フィルムに美しくうつるよう研究された。森の中、ルリ子の家、ショウ乳ドウ(鍾乳洞)内の科学研究所、幻想に出てくる月の世界、サーカスの内部セットなど文字通り目もまばゆい色のシンフォニーで、しかもうやわらかい感じが出るよう原色に白をまぜたハーフ・トーン(中間色の調子)が使われた。父親のとじこめられる科学研究所や幻想の月の世界もすべてこれビニールとナイロン製といったきらびやかなもので、おとぎの国にまよいこませようと努力している。
こうして去年の十二月末撮影に入ってからすでに五ステージ二十四セットを使い、セット数だけでも日活撮影所再開以来の最高記録といわれる。
読売新聞1955年2月10日夕刊

これを読む限り、美術セットの作り込みや組み替えに時間を取られたことが、長丁場の理由のように思われるが、水の江滝子は後年、こんなことを語っている。

小西六(コニカ)で出したカラーフィルムを初めて使うことになったんだけど、それが今のフィルムとは全然違うんですよ。三原色フィルムといって、フィルムを三本使って、それを一緒に回して撮るわけ。だから、カメラもものすごく大きくて、それが三色の色がうまーく重なって出るととってもきれいな色になるんだけど、試作品みたいなものでしたからね、三本のフィルムがしょっちゅうからまるの。そうなると撮影は中止になって、機械を小西六へ持って行って、向こうで全部ばらして直してくれて、「もう大丈夫です」って持って来て、撮影を再開するとまた二、三日でからまっちゃう。そういうことばっかりやってたの。結局あの時は撮影が一ヵ月半ぐらい遅れたのかな。
『ひまわり婆っちゃま』水の江滝子(1988年・婦人画報社)

というわけで、実際には、開発途上中のコニカラー・システム(※)のトラブル多発が最大の原因のようだ。それに加え、メインの出演者5人がすべて義務教育期間中である(基本的に平日昼間は学校に行かなくてはいけない)ことも、少なからず進行に影響したと思われる。

※コニカラー・システム…1台の大型カメラの中に3本のフィルムを入れ、プリズムで赤・緑・青の3色に分光露光し、3色分解ネガを作り、最終的に1本のポジフィルムに焼き付ける方法

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こちらは同時期の「家庭よみうり」の記事。水の江滝子おばさん、という呼び方がおかしい。

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貴重な現場スチール。洞窟で初めてルリ子と三人組(チビ真、デブ、ノッポ)が出会うシーンを演出する井上梅次監督(後姿)。「キネマ旬報」3月上旬号より。

年度が代わり、4月9日の夕刊児童欄には、ついに映画の完成を知らせる記事が。

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美しい色、楽しい物語
えい画になった「緑はるかに」

日活でさつえいしていました、本紙連さいの「緑はるかに」(北条誠作)のえい画ができ上がりました。総天然色で、あらすじは、お父さまの研究のひみつが入っているオルゴールを中心に(中略)、ついに悪ものたちはつかまって、ルリ子は、お父さまとお母さまにめぐりあい、チビ真たちにも、幸福な日がおとずれます。
読売新聞1955年4月9日夕刊

公開1ヶ月前にもかかわらず、ネタバレ全開である。この時代はあまりそういうことは気にしなかったのだろうか。

約1週間後の4月17日には、「子供の日記念・児童映画会」の囲みで、試写会開催の告知記事。

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5月1日(日)午前10時、午後0時半、3時
池袋 豊島公会堂

◇招待方法◇ 小・中学校生徒に限り一校5名以上、20名以下まで招待します。申込み希望者は各校引率教員が往復ハガキに学校名、参加人数記入のうえ京橋局区内読売新聞社企画部あて申込んで下さい。締切(4月)22日までに必着のこと。抽選により各回900名計2,700名を招待します。

対象が小・中学校生のため、生徒個人ではなく、引率する教師が応募するという形になっている。これは言うまでもなくクチコミ宣伝のための一般試写なのだが、それにしても2,700名を招待というのは、結構な太っ腹である。

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5月4日の夕刊広告。左には大映のカラー映画「楊貴妃」が。大女優・京マチ子vs新人女優・浅丘ルリ子という構図。この時点では「緑はるかに」は5月10日からの公開を予定していたようだ。

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5月6日の夕刊広告。スペースの関係か、チビ真がハブられている。

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5月7日、公開前日の夕刊広告。今度はデブがハブられてしまう。メインのルリ子以外に4人も配置するのは難しかったのだろうか。

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よく見ると、ノッポの足元に「漫画本 トモブックス社」の文字が。

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なんと、公開に先立つ4月5日には、トモブック社より「映画物語シリーズ1 緑はるかに」と題したコミカライズも刊行されていたのである(画・わちさんぺい)。

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この漫画版、表紙と裏表紙、そして中扉まで映画版のスチールを使っているため、てっきり映画版のストーリーかと思いきや……

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中原淳一の魅力的な挿絵とは似ても似つかぬ、なんとも牧歌的なタッチの絵にまず軽いめまいを覚え……

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しかもあろうことか、ストーリーは完全に新聞連載の原作版を踏襲しているのだ!
これは、ルリ子とマミ子が「スミレ劇団」で悲惨な巡業生活を送っているところ。

映画版を期待して手に取った多くの少年少女も、これには肩透かしを食らった気分になったのではないだろうか。

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さて、話を映画版に戻そう。今も昔も興行界の慣例は変わらないようで、初日の8日には早速、「満員御礼」「スゴイ爆発的人気で日活系上映中!」の広告(追いパブ)が。個人的にはお隣りの資生堂の香水の広告も気になる。余白の美と呼ぶべきか…(値段が150円から18,000円ていうのも幅がすごいね)。

時を同じくして読売新聞系列の「週刊読売」に映画評が載るが、これが、思ったよりも辛口だった。

緑はるかに 日活作品 児童向きの色彩編

読売新聞に連載された北条誠作、中原淳一画のコドモ向き読物を原作として、女性プロデューサーに再生した水の江滝子がコニ・カラーを使用して製作した天然色作品。だから、あくまで観客の対象を小学校低学年に向けて、井上梅次脚本・監督も、つとめてその線を守ろうと努力している。(中略)
主役に選ばれた浅丘ルリ子も達者な児童劇団のワキ役に助けられ、まずまず、さしたる破たんはみせない。むしろおとなの俳優のまずさ、わざとらしさの方が目ざわりになるくらいである。ただ、前後の貝谷バレー団が出演する夢の場面は、コドモたちの幻想をさそうよりも、音楽にマッチしない動きや、白っぽけた色彩が、かえってブチこわしになりはしまいかと思うのだが、どんなものであろう。コドモたちの目もディズニー・プロ作品で案外こえているのではあるまいか。
コニ・カラーも前作の東映作品「日輪」とくらべたら大進歩のあとを、その技術的な所置にみとめるが、大映のイーストマン・カラーを念頭におくと、まだまだ研究の余地は十分にある。
週刊読売 1955年20号

ひとつ気になったのが、カラー作品としてどうか、という視点が前面に出ていること。しかし、これは当時の状況を考えるとやむを得ないのかも知れない。同年3月上旬の「キネマ旬報」の作品紹介記事にも、

この映画は今日本を風靡しているイーストマンカラーを使用せず、コニカラーシステムを使用して撮影されるが、国産カラーシステムの成果を知る意味で、作品そのものとはちがった大きな興味が持たれる作品である。

という一文があり、この時期、日本映画界は白黒からカラーへと、大きな時代の転換期を迎えていたことがわかる。

ちなみに、日本における映画会社ごとの最初のカラー作品は以下のとおり。

松竹 「カルメン故郷に帰る」(1951.3.21公開 フジカラー)
東宝 「花の中の娘たち」(1953.9.15公開 フジカラー)
大映 「地獄門」(1953.10.31公開 イーストマンカラー)
東映 「日輪」(1953.11.18公開 コニカラー)
新東宝 「ハワイ珍道中」(1954.9.14公開 イーストマンカラー)
日活 「緑はるかに」(1955.5.8公開 コニカラー)

ただ、日活は「緑はるかに」の前年の1954年に「白き神々の座」という山岳記録映画をイーストマンカラーで撮影、11月23日に公開している。だから、厳密に言えば、日活初のカラーは「白き神々の座」ということになるのだが、劇映画というカテゴリにおいては、「緑はるかに」が第一作で間違いはない。

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ここからは「緑はるかに」関連ビジュアル。まずはポスター2種。

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劇場配布用のチラシ。

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プレスシート(報道関係や業界向けの配布資料)。

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このプレスシートには、井上梅次監督の「コニ・カラーについて」という文章が掲載されているが、内容はまさに題名のごとしで、

その色の調子は、イーストマンよりはずっとハーフ・トーン(中間色)が出ます。つまりどぎつい色よりも自然の儘の調子が出るわけです。

などと、映画の内容はそっちのけ、ほぼテクニカルな説明に終始している。カメラマンや照明、美術などの技術スタッフではなく、監督みずからがこういう文章を書いていることからも、当時のカラー映画への関心の高さがうかがわれる。

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「緑はるかに」パンフレット(一般販売用)。

井上監督みずからが、「コニカラーはハーフ・トーン(中間色)が…」「どぎつい色よりも自然の調子が…」と書いているのに、それをまったく顧みない着色センス。特にこのパンフはひどい。ポスターやプレスシートはそれなりだったのに、これはどうしたことだろう。

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このまゆげはもはやギャグの域。

こうして次世代の期待を集めたコニカラーだったが、間もなく、3色を1本のフィルムで感光できる、いわゆるカラーフィルムが開発されたことにより、1950年代終盤には映画の世界から姿を消してしまう。そのため、コニカラー独自の3色分解ネガを処理できる現像所はなくなり、「緑はるかに」も長らくモノクロのプリントしかない状態が続いていたが、1993年に東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)がオリジナルネガからカラー版を復元、そのおかげで現在も、DVDなどで当時の色彩をしのぶことができる。

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長々続いた「緑はるかに」小論も、一応次回で完結としたい。最後は、メディアミックスとしての「緑はるかに」、そして、「ルリ子」のその後などについて書いていく予定。
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2021年03月14日

ルリ子をめぐる冒険(4)映画「緑はるかに」(後)

前回までのあらすじ

小学6年生のルリ子は、北海道にいる科学者の父が病気になったと聞き、母とともに迎えの車に乗ったが、それは父の研究の秘密を盗もうとする某国スパイ一味の罠だった。両親とともに奥多摩にある研究所に捕らえられたルリ子は、発明の秘密を隠したオルゴールを瀕死の父から託され、どうにか脱出。孤児院から抜け出してきたという三人組と行動をともにすることになるが、スパイ一味に追われ、オルゴールを橋から川に落としてしまう。失われたオルゴールを求めて一行は東京に向かい、そして古道具屋の店先でそれを発見。靴磨きをして金を貯め、オルゴールを買い戻そうとするが…


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5日が経って無事に1500円が貯まり、5人はいさんで古道具屋に向かうが、ショーウィンドーにオルゴールの姿はなかった。店主に聞くと、今朝、「27、8歳くらいのキレイな奥さん」に売ったと言う(妙に具体的だ)。

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ルリ子たちが気を落として店を出た直後、大入道とビッコが店を訪れる。緑のオルゴールが店先に並んでいたことを聞きつけてやって来たのだ。それがすでに売れてしまったこと、そして、ルリ子たちも買いに来ていたことを店主から聞いた2人はすぐそれを田沢に報告。田沢は、
「いい手があるぞ。オルゴールかルリ子か、どっちかが引っかかる罠だ」
と2人に耳打ちする。

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田沢の命を受けた大入道とビッコがピエロの格好で、
「明日、サーカスに緑のオルゴールをご持参の方には、5万円を差し上げます」
と歌いながら町中を宣伝して回る(フランキーを出すならこのシーンでもよかったんじゃないかと思ったが、それだとフランキーも直接の共犯になるから無理だったのだろうか?)。それにしてもこの時代に5万円とは…。大変な太っ腹である。

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その話は5人の耳にも届いたが、チビ真は「あの広告を見てサーカスを調べに行ったら大入道がいた」と報告、ルリ子たちは、「ユニオンサーカス」が田沢一味の本拠地であることを知る。このままでは緑のオルゴールは田沢たちの手にわたってしまうかも知れない。しかし、顔を知られている自分たちがうっかり出て行けば捕まってしまう…。

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チビ真は、自分が以前いた孤児院「光の家」に行き(どう見ても絵です)、

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仲間たちに応援を要請(子供たちが浴衣姿で坊主刈りか坊ちゃん刈りなのが時代を感じさせる)。

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翌日、「ユニオンサーカス」の前には、オルゴールを持った子供たちの長蛇の列が。

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列には、面を被り顔を隠したルリ子、三人組とマミ子、そして「光の家」の孤児たちも混じっていた。

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そんな中、並んでいる子供の顔をうかがおうとする27、8歳くらいの婦人が…

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楽屋で田沢は、集まったオルゴールを調べていたが、どれもこれも偽物。

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だが、最後の最後に本物を発見する。
「これだ!」

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それを廊下で聞いていたチビ真たちは、楽屋に飛び込み、

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田沢の手からオルゴールを奪い取る。

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ルリ子と三人組、「光の家」孤児たちと田沢一味との、サーカス小屋での大乱闘。
ついにノッポからルリ子に、オルゴールが手渡された!

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そんな中、先ほどの婦人がマミ子を見つけ抱きしめる。彼女こそマミ子の母親だった。

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ドタバタの乱戦が続く中、警官隊がなだれ込んで来る。「光の家」から子供が集団脱走してサーカスに向かったとの通報を受け出動して来たのだ。

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警官隊の隊長は山田禅二(当時40歳)。「特別機動捜査隊」の田中係長など、叩き上げの刑事役がよく似合う俳優だが、こんなに昔から警官役だったのか、と思わず頬がゆるむ。

チビ真は隊長に、「こいつらは外国のスパイです」と告げるが、田沢は、「こいつらこそスリや不良です」とうそぶき、また、ルリ子の手にあるオルゴールは自分のものだから返させて欲しいと要請する。ルリ子は思わず激昂し、

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「いいえ! この中には大事な秘密が隠されています。ほんとにこいつらはスパイなんです!」
と、この作品で初めて、感情をあらわにした金切り声をあげるが、この声のトーンは、明らかに後年の浅丘ルリ子に通じるものがあった。

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そんなルリ子の熱弁も空しく、隊長は田沢に言われるまま、ルリ子のオルゴールに手をかけるが、

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その時「隊長、奥に木村博士が」という部下の声。

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そしてルリ子の父母、まさかの再登場。

え、え、え???

完全に、口(くち)ポカーン状態。あんたたち死んだはずでしょう? それなのに、ちゃんと立って歩いてますよ。

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「お父様、お母様!」
抱きつくルリ子。感激の再会、と言うのとは明らかに違う、強烈な違和感。

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木村博士ははっきりした口調で隊長に「この男たちを捕まえてくれ」と伝え、田沢らはあえなく逮捕される。

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「お父様も、お母様も、生きてらっしゃったのね」
「秘密を言えと毎日責められてね、今度こそダメかと思ったよ」
と言いつつ、あの時よりずいぶん元気そうな木村博士。奇跡の回復力。
三人組は自己紹介し、博士は、
「ルリ子が大変にお世話になったようだね」
と礼を言う(あんた、なんで知ってるの?)。

うーん。これはダメなんじゃないかなあ。子供向けだからいいの? こういうことをやるから「子供だまし」って言われるんじゃないの? いろいろと大変納得の行かないクライマックスである。

さらにここからも、いささか首を傾げる展開。

木村博士はチビ真から渡されたオルゴールの蓋を開けるが、流れてきたメロディが違う。ルリ子は「あ! これじゃない!」と顔色を変える。これだけ苦労してきたのに、偽物だったのか…と肩を落とす一同。

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その時、本物のオルゴールのメロディが聞こえて来る。

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曲の流れている園長室に向かったルリ子が見たのは、母親とともに緑のオルゴールに耳を傾けているマミ子の姿だった。

マミ子の母は、マミ子が一人で東京に向かったという手紙が届いたので、毎日、子供が集まりそうな所を探していたのだと言う。有島店主の言っていた、「27、8歳のきれいな奥さん」とはこの母親のことだったのだ。母親はオルゴール好きなマミ子のために、これを買い求めたというわけ。

これまでの事情を理解したマミ子は、そのオルゴールをすぐルリ子に渡す。そしてルリ子から博士の手に。

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博士はオルゴールの蓋の鏡をはずし、方程式らしきものが書かれた数枚のメモを取り出す。それにしても鏡の裏とはずいぶん単純な隠し方である。その程度の細工なら、以前、田沢たちがオルゴールを入念に調べた時に発見されそうなものだが…。ちなみに原作のオルゴールの秘密はこれよりずっと「高度」であるが、それについては後述する。

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木村博士は警官隊の隊長からライターを借りると、なんと、そのメモに火をつけて燃やしてしまう。どんな研究だったのかは、結局最後までわからずじまい。
「これは永久に悪い人たちに追われる秘密なんです。焼いた方がいいんですよ」
と博士。これにも口(くち)ポカーンである。
だったらどうしてそんなものをオルゴールに隠してルリ子に託したのか。

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ネットでこの作品の感想を検索していたら、以下のような文章があった。まったく同感である。

一番解せないのは、この世にない方が良いと判断した自らの研究を、わざわざオルゴールの中に入れ、娘に持って逃げさせると言う危険で愚かな行為をする木村博士。
それを必死に追い求めたルリ子ちゃんの目の前で、博士自ら書類を焼いてしまうと言う行為は、娘の気持ちを逆なでするだけだと思うのだが…
通常、この手の争奪戦で敵が破れ、秘密が守り抜かれた場合、ラストでその研究が実現し、みんなで「平和利用」などを誓って喜びあう…と言うのがパターンではないかと思うだけに、正に意表を突かれる展開と言うしかない。
http://www.ne.jp/asahi/gensou/kan/eigahyou69/midoriharukani.html

原作では、上の感想にあるように、作品の終盤で父の残した研究が実用化されることになり、ルリ子たちがそれを喜びあう描写もある(これについても後述する)。ただ「緑はるかに」の映画化は原作の連載と並行して進んでおり、映画の脚本が完成した時には原作はまだ完結しておらず、したがって原作のラストを映画のラストに反映することができなかったという事情もある。

以下は完全にエピローグ。

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プロローグでは、たった一人でベランダに佇んでいたルリ子だったが、今、ルリ子のそばには、三人組とマミ子の姿が。

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ルリ子の両親の計らいで、三人組はこの家から学校に通うことになり、母親と暮らし始めたマミ子も、今日は泊りがけで遊びに来たというわけ(ちなみに、自分の家にみなし児を引き取って一緒に暮らす、という設定は、「タイガーマスク」の若月ルリ子とまったく同じである。ルリ子が兄と運営する孤児院「ちびっこハウス」はもともとはルリ子の父母が私財を投じて始めたもので、ルリ子と兄はそこで孤児たちとともに育ったのだ)。

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ルリ子がオルゴールの蓋を開けると、例のメロディが流れてきて、またしてもストーリーと無関係な幻想の世界へと誘われる。しかも今度はルリ子単独ではなく、三人組、マミ子も一緒に…

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「5人の夢は大空へ飛びます」とナレーションは語るが、これは一体どう解釈したらいいのだろう。プロローグでは単なるルリ子の脳内妄想に思えたが、5人が共通の幻覚を見るということは、「星の世界」とやらはこの作品の中では実在するということなのか。

もしそうであるなら、岡田眞澄扮する月の王子様とやらが、人智を超えた力で、一度は死んだ父と母を生き返らせた、という展開にすればよかったのではないか。もともと現実離れしたストーリーだし、こういう異世界のセットまで組んだのだから、完全なファンタジー作品にした方が潔かったように思う。

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妙にガタイのいい人が踊っているなあ、と思っていたら、後の石原裕次郎夫人(北原三枝)であった。

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ルリ子を先頭に、以下、三人組とマミ子がカメラ目線で行進してくる。おそらくカーテンコール的な意味合いだろうが、映画でこういう趣向はいかがなものか。

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そんなこんなで、音楽だけが盛り上がる中、ヒロインみずからエンドマークを持って「おわり」。

レビューが思った以上に長くなってしまったので、映画と原作との違いなどについては次回に。

※動画の一部がYoutubeに上がっていたので、さりげなくリンクを張っておきます。

○プロローグ(星の世界)
○ダイジェスト&主題歌

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。
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2021年03月12日

ルリ子をめぐる冒険(3)映画「緑はるかに」(中)

前回までのあらすじ

小学6年生のルリ子は、北海道にいる科学者の父が病気になったと聞き、母とともに迎えの車に乗ったが、それは父の研究の秘密を盗もうとする某国スパイ一味の罠だった。両親とともに奥多摩にある研究所に捕らえられたルリ子だが、研究の秘密を隠したオルゴールを瀕死の父から託され、どうにか脱出。孤児院から抜け出してきたという三人組と行動をともにすることに。


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翌朝、洞窟で目を覚ました4人は、近くの池まで行き顔を洗う。

「まあ、キレイなお水ね」
なんて言ってはいるものの、どこからどうみてもスタジオにあつらえた小さいプール。

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デブ(右端)がうがいをしているそのすぐ隣りでルリ子が同じ水で顔を洗っているのを見ると、何だか気の毒に思えてしまう。

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三人組は朝食の木の実や果物を探しに行き、ルリ子は池のほとりで野菊(食用?)を摘み始めるが、繁みに隠れていた田沢、大入道、ビッコのスパイトリオに拉致される。

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戻って来た三人組は、地面に落ちていた野菊からルリ子の拉致を悟り、彼女が故意に落として行ったと思われる野菊の後を追って吊り橋をわたり、エレベーターに乗って、研究所までたどり着く。

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前にも出てきた洞窟の断面(すごい特撮)。右に吊り橋の端が見える。

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研究所では、ルリ子が大入道に両腕を押さえられ、田沢がオルゴールを入念に調べているところだった。

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三人組は壁のスイッチを適当にいじくり、

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一部の機械をショートさせる。このあたりもコント風演出全開で、

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これにはルリ子も苦笑い、である(笑っているのがわかる)。

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途中でエレベーターを止められ、扉をこじ開け脱出したら、今度はそのエレベーターに押しつぶされそうになるなどの危険に遭うが、どうにか難を逃れる。

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なおも追ってくる田沢一味と、吊り橋の上でオルゴールの奪い合い。

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ここら辺は実際の橋ではなくオープンセットで撮られている感じ。

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ここでもルリちゃん笑ってるんだよね。案外楽しかったのか? あるいは照れ笑い?

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敵が手にしたオルゴールをチビ真が奪おうとしたその時、

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オルゴールは橋の下の川に真っ逆さま。一同呆然。

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と同時に、重量オーバーのためか吊り橋の綱が切れ、橋は真っ二つに(特撮班ご苦労様)。

絶対に死傷者が出るレベルの事故だが、子供向け映画なので敵味方とも全員無事。ルリ子&三人組と田沢一味が川の両岸に分かれてしまう。

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こんな時も笑っているルリちゃん。劇団出身の子役たちは必死で芝居をしているのに。でも、演技経験ゼロの素人がいきなりヒロインに抜擢されたのだから、随所に「素」が出てしまうのは仕方がない。むしろ、現在の「大女優・浅丘ルリ子」からは想像もできない初々しさが好印象。

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橋が分断されたおかげで、4人は田沢一味の追跡をひとまず逃れる。
「あの流れはどこまで行ってるのかしら」
「東京さ」

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落ちたオルゴールは、川を下って東京方面に流れていく。この辺の描写は、映画「緑の小筐」(1947年・大映・監督 島耕二)との類似を指摘する意見もある。

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ルリ子&三人組も、オルゴールを追いかけるように川に沿って東京へ向かう。

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旅を続ける4人のバックに主題歌(作詞・西條八十 作曲・米山正夫)がフルコーラスで流れる。

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緑はるかな 地平の彼方(あなた)
だれかよんでる まねいてる
汽車もいく 馬車もいく
思い思いの 夢のせて
ああ しあわせは どこにある

旅の小鳩の 翼が折れて
青いリボンに 雨がふる
父いずこ 母いずこ
歌え形見の オルゴール
ああ しあわせは どこにある

ビルの都(みやこ)は つめたいけれど
のぞくやさしい 青い空
泣かないで 行きましょう
今日も希望(のぞみ)の 花摘みに
ああ しあわせは どこにある

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その途中、4人はマミ子(渡辺典子)という家出少女と道連れになる。田舎で祖母と暮らしていたが、東京で歌を歌っている母親に会いたくなり、東京に行くところだと言う(父親はいない様子)。こうして一行は5人にふくれあがる。

※このマミ子は原作でも途中から登場するキャラなのだが、ルリ子の妹分的な存在として作者が思いつきで投入した感じで、大した活躍もしないまま、後半はほぼ忘れられて終わる。そんなわけで、映画でもあまり存在価値がない、と言いたいところだが、実は、伏線回収という点で、原作よりはきちんとした役割が与えられている。

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ところ変わってこちらは東京のある街。
空き地に小屋が建てられ「ユニオンサーカス」の公演が行われている。

フランキー堺(当時25歳)演じるピエロがいきなり登場し歌い踊る。呼び込みをしているという設定のようだが、同一画面に映っているのはエキストラばかり。他のキャストとまったく絡まない、フランキーの完全独演会である(しかもメイクが濃いので、言われないとフランキーなのか谷啓なのかよくわからない)。

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いささか不可解な出演形態だが、実は、この「緑はるかに」の公開5日前に封切りされた日活の「猿飛佐助」の主演がフランキー堺で、製作・水の江滝子、監督・井上梅次、スタッフも撮影・照明・録音が同じで、市川俊幸、内海突破、有島一郎など出演者もかなりダブっている(一部撮影期間が重なっていたのかも知れない)。そういうつながりでの「特別出演」のようだが、登場時間わずか1分40秒、カット数2カット。テストと本番で2時間もあれば撮影は終わったのではないか。

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どんな形であれ、当時売出し中のフランキー堺の名前を入れておけば、少なからず集客がアップするだろう、という製作側の思惑が透けてみえるようだが、せっかく出演するのであれば、単独ではなく、どんなに短くてもいいから浅丘ルリ子との掛け合いを見てみたかったと思う。

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さて、そのフランキーは出番の最後に「ユニオンサーカス」の園長室のドアを差し示すのだが、その中にいたのが何と田沢であった。世を忍ぶ仮の姿としてサーカス団を運営していた、ということなのだろうが、いささか唐突な話だ(フランキーの演じるピエロも田沢の手下だったことになる)。

田沢に、オルゴールもルリ子たちの行方も皆目わからないと報告している大入道とビッコ。
「この世の中から消えてなくなったわけではあるまいし。草の根を分けても探し出せ!」
と発破をかける田沢。

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一方、東京に着いたルリ子たちは、廃墟を隠れ家にして共同生活を始めていた。デブとノッポが靴磨きをして生計を立てているのだった。
全員分のおむすびを作っているルリ子。終戦からほぼ10年が過ぎているのだが、どうにも「戦後」を感じる光景である。

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ルリ子たちがオルゴールの話をしているのを聞いたマミ子は、オルゴールなら持っていると言いバスケットの中から取り出して見せるが、それは桃色と黄色の別物だった。
マミ子はオルゴールが大好きなので、去年、母親が買ってくれたのだと言う(これ伏線です)。

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マミ子のオルゴールの音色を聞くうちにルリ子は、幸せだったかつてのクリスマス(1年or2年前)を思い出し、
「あのころはよかったわ〜 父もいたいた母もいた〜」
と口パクで歌い出す(歌はやっぱり安田祥子)。

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絵に描いたような回想シーン。

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プレゼントをもらい満面の笑みのルリ子。

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父も母も元気そうだ。

それにしても庶民とはかけ離れた、なんともゴージャスな暮らしぶり。木村博士は何かの発明で巨大なパテント料でも手にしていたのだろうか。

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しょぼ〜んとしてルリ子の歌を聞く一同だったが(映画は開始からすでに1時間が過ぎてあと30分しかないため)、泣いてばかりいるわけにもいかず、ノッポ、デブ、マミ子は靴磨きに出かけ、ルリ子とチビ真はオルゴールを求め、当てもなく河口付近にたたずむ。

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そこでたまたま大入道&ビッコと遭遇(たまたまにも程がある)。

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またも追いかけっこが始まり、

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ルリ子とチビ真は古道具屋のタンスの中に身を隠す。

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大入道とビッコが去った後、2人は店主に謝って一度店を出るが、その店のショーウィンドーに、緑のオルゴールが飾られているのを発見する。
余談だが、チビ真のボロボロの服とルリ子のシミひとつない洋服との対比が笑える。ルリ子だって(推定)10日以上は着たきりすずめのはずなのに…。この辺はさすがのヒロイン待遇である。

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蓋を開けてメロディを聞くと、まぎれもなくルリ子が持っていた、あの緑のオルゴールだった(奥多摩で落としたオルゴールが巡り巡ってこの店にあったというのだが、もう少し経緯が語られないと話に説得力がないような…)。

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これはルリ子のオルゴールだから返して欲しい、と店主に頼むチビ真。しかし店主いわく、
「元は誰の物だろうと、金を払って仕入れてきたものだから。1500円なら売りましょう」
演じるは有島一郎。岡田眞澄とフランキー堺には裏切られたが、有島はきちんとルリ子と「共演」していた。この当時38歳とは思えぬ落ち着きで、もう芸風も完成されている。

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ルリ子とチビ真は隠れ家に戻り、あとの3人にことの次第を報告。デブは、
「靴磨きを5人でやったら、1日300円。5日間で1500円ぐらい貯まるさ」
と言い、5人は翌日から早速ガード下で靴磨きを始める(ガード下の靴磨きというのも時代を感じるが、この当時はまだ日常的な風景だったようだ)。

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可愛いルリ子にお客が殺到し、あとの4人はヒマを持て余す、などというシーンがあってもいいような気がしたが、それはなかった(この靴磨きのシーンもそうだが、どうも全体的にルリ子のアップが少ない。あまりアイドル的な売り方をすることは考えていなかったのだろうか)。

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1日の仕事が終わるごとに、ショーウィンドーのオルゴールを眺める5人。このあたりの展開はテンポもよく、明るい音楽と相まっていい感じ。

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雨の日には閑古鳥が鳴くが、翌日は靴が汚れているため繁盛するという流れも、さながら人生の縮図のようである。

さて、4人は無事にオルゴールを手に入れることができるだろうか? というところで次回につづく。

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。
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2021年03月10日

ルリ子をめぐる冒険(2)映画「緑はるかに」(前)

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まずは浅丘ルリ子の映画デビュー作「緑はるかに」から紹介していこう。

正直に言うと、今回、浅丘ルリ子の経歴をネットで調べるまで、こういう作品があったことはまったく知らなかった。不勉強と言われても仕方ないが、概要を知るほどに食指が動く映画である。何より興味を引かれたのは、まったく演技経験のない普通の中学2年生が、一般公募で選ばれていきなり主演デビューを果たしたこと、そしてそれが「ザ・女優」のイメージが強い浅丘ルリ子だったという意外性である。しかも、ヘアカットと衣裳デザインは、美少女イラストで一世を風靡したあの中原淳一(これもかなり異色)。フランキー堺、有島一郎、岡田眞澄といった、個性派俳優陣との共演も興味をそそる。そしてメガホンを取るのは、「嵐を呼ぶ男」「鷲と鷹」から「江戸川乱歩の美女シリーズ」「スーパーガール」「ミラクルガール」まで、何でもござれの井上梅次監督。というわけで、かなりの期待を胸に早速DVDを注文し、視聴してみたのだが……。

以下、私的な感想も交えつつレビューをしていきたい。

全国の少年少女を湧かせた讀賣新聞連載絵物語の映画化。
全国2千人から選ばれた浅丘ルリ子主演、
日活初の豪華総天然色映画巨篇!

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製作/水の江滝子 原作/北條誠(讀賣新聞連載)
撮影/柿田勇 照明/岩木保夫 録音/橋本文雄
美術/木村威夫 衣裳考証/中原淳一 舞踊構成/飛鳥亮
編集/鈴木晄 助監督/井田探 色彩技術/小林行雄(日本色彩)
音楽/米山正夫
主題歌=コロムビアレコード
作詞・西條八十 作曲・米山正夫
「緑はるかに」河野ヨシユキ、安田祥子
「ルリ子の歌」安田祥子
コロムビア ひばり合唱団 
現像/日本色彩映画株式会社
脚本・監督/井上梅次
日活公式ページ

※このページのキャプチャ画像は、日活株式会社が製作した映画「緑はるかに」(1955年)からの引用であり、すべての著作権は日活株式会社が保有しています。

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牧歌的なメロディーの主題歌が流れ、ほのぼのした映画なのかなあ、と想像していると…

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自宅のベランダで、ひとり淋しげに空を見つめる主人公・ルリ子(生身の人間というよりお人形さん的な可愛らしさですな)。
科学者の父親が北海道へ行って1年も経つのに、便りがないのが心配なのだ。

実際の浅丘ルリ子は当時中学2年生(14歳)だが、物語の設定は小学6年生(12歳)なので、中原淳一はそのあたりを考慮してやや幼くみえる衣裳デザインにしたらしい。

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ルリ子は父からもらったオルゴールを開く。するとたちまち幻想の(星の)世界へ…

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学芸会的というか、なんとも児童劇的なセット。リアリズムの排除という点では、木村威夫らしいと言えないこともないが。

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ルリ子の右側にいる月の王子様が当時19歳の岡田眞澄(ただ立っているだけでひとことのセリフもなし。がっくり)。ちなみにこのシークエンスは物語とはまったく関係がない(なくても問題なし)。ただ単に「ミュージカル風の群舞シーン」を作品に入れたかっただけのように思える。

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ルリ子はここで「さみしいさみしいルリ子です〜」と自己紹介の歌を歌うが、残念ながら口パクで、実際に歌っているのは安田祥子。浅丘ルリ子本人が語るところでは、「美空ひばりに憧れて、歌手を目指していたが、小学校6年生の時、テイチクのオーディションに落選。そこで歌は諦めた」とのこと。あまり歌唱は得意ではなかったということか(それでも後年、そのテイチクから30枚以上のシングルを発表しているのだが)。

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無駄に長い幻想シーンが終わると、母が慌てた様子でルリ子を呼びにくる。

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「お父様がご病気なんですって。ひどくお悪いから、すぐ、私とルリ子に来るようにですって」
母親役は藤代鮎子。この人のプロフィールはよくわからないが、当時40歳ぐらいか。日本映画データベースによると、大映京都(1948〜1951)、松竹京都(1953〜1954)、日活(1955〜1957)と渡り歩いた脇役俳優のようだ。

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父の病気を知らせて来たのは北海道の研究所長を名乗る田沢という男。

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演じるは植村謙二郎。『ウルトラセブン』第9話「アンドロイド0指令」のおもちゃじいさんの若かりし日の姿である(といってもこの時すでに40歳)。一目見ただけで堅気でないと誰もが気づく、わかりやすいキャスティング。

ルリ子は母とともに、田沢の案内で父の元へ向かうことに。

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しかし田沢の部下が運転する車は、駅とは違う方向へ。いぶかしがるルリ子と母に、田沢は拳銃を突きつける。彼らは某国のスパイであった。

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田沢の部下・ビッコ(役名)と大入道(役名)。演じるは内海突破と市村俊幸。

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一行は奥多摩に作られた秘密の研究所へ(吊り橋とエレベーターを利用)。

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近未来的(?)なイメージの研究所セット。

田沢いわく、ルリ子の父・木村博士は「ここですげー研究を完成した」とのこと。
「宅がここに?」と母。自分の夫のことを「宅」と言うのが何ともレトロ(今はまず言わないだろう)。

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しかし完成したとたん、博士は書類を全部焼いてしまい、そして病気になってしまったという。
「お前たちが博士から研究の秘密を聞き出せ。そうすれば博士ともども東京へ返してやる」と田沢。

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木村博士と、ルリ子&母の涙の対面。
博士は病気でかなり弱っているようだったが、
「殺されても、お前たちを犠牲にしても、研究の秘密をあいつらに教えるわけにはいかん。善良な地球の人々のためにも」
と、悲壮な決意を語る(その研究は、平和利用すれば人類に幸福をもたらすが、悪用すれば災厄をもたらすものらしい。まあ定番の説明ですな)。

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木村博士を演じているのは往年の二枚目俳優・高田稔。私の世代では『ウルトラQ』の実質第1話「マンモスフラワー」の源田博士が思い出されるが、この時すでに55歳。14歳の娘の父親にしては少々年を取りすぎでは? もう少し若い俳優はいなかったのだろうか。まあ、年がいってる分、衰弱している感はよく出ていたが…。

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誰かの視線を感じてはっとするルリ子。

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壁に飾られた仮面越しに、田沢たちが様子をうかがっていたのだ。

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この演出はどこかで見覚えが…と思ったら、『江戸川乱歩の美女シリーズ』第2作「浴室の美女」(1978年)のワンシーンであった(こちらも井上梅次監督作品)。

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一夜明けて、ルリ子が目を覚ますと、母の姿がない。

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あわれ母は隣室で鞭打たれていた。鞭の音と悲鳴が響き渡る。思わず耳を塞ぐルリ子。

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木村博士に精神的な揺さぶりをかける田沢の卑劣な作戦なのだ。

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このあたりも『美女シリーズ』的で、とても子供向け映画とは思えない。ネットの感想で「和服の御婦人を縛り上げて、鞭打つなんて、伊藤晴雨の(責め絵の)よう」というのを見たが、まさにそんなノリである。これも監督の趣味だろうか。

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博士はルリ子に、「わしはもうダメだ。秘密を持って逃げてくれ…」と言い、それからは衰弱のため会話不能となり、筆談でやり取りするのだが、その間(2分ぐらい)ずっと母が鞭打たれる音と悲鳴が聞こえ続けている。なんともサディスティックな演出。

「オルゴール ハヤクニゲロ」とノートに記す博士。
博士は昨夜のうちに、ルリ子が持ってきていた緑のオルゴールに、研究の秘密を隠したらしい。

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ルリ子に後事を託した博士はついに力尽き、

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その20秒後に母もこときれる。子分のビッコが「親分、死んでますぜ」と言う(よく覚えておいてください)。

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「お父様…ルリ子は行きます。さようなら!」
ルリ子は父の亡骸に別れを告げ、オルゴールを持って決然脱出。

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木村博士の様子を見に行った大入道は「博士がくたばってますぜ!」と田沢に報告(これもよく覚えておいてください)。
田沢は博士の枕元にあるノートを見て、ルリ子がオルゴールを持って逃げたことを知り、大入道、ビッコに後を追わせる。

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ルリ子はエレベーターで外に出て、吊り橋をわたり、

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洞窟の中に逃げ込むが、

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突然現れた、赤、黄、青の鬼(の面)を見て気絶してしまう。

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追ってきた大入道とビッコも、鬼(の面)に驚いて逃げ出す。このあたりの演出は妙に喜劇的で、先ほどの「伊藤晴雨の責め絵的世界」とのギャップが激しい。

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気絶したルリ子を抱えて洞窟の奥に運ぶ3人の鬼たち。どさくさにまぎれて触りまくり。

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ルリ子が気づくと、被っていた面をはずして正体を見せる。

冒険を探して東京の孤児院「光の家」を飛び出してきたと言うチビ真(浅沼創一)、デブ(石井秀明)、ノッポ(永井文夫)の3人。さながら「ズッコケ三人組」(以下「三人組」と表記)。

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頼まれもしないのに下手クソな自己紹介の歌を歌い始める三人組。無理にミュージカル仕立てにしなくてもいいのに…。すでに作品が始まって30分、全体の3分の1を過ぎているというのに、一向に盛り上がっていかないのが残念。

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「あたしがヒロインなのに、どうしてアップも見せ場も少ないの」
と泣き出すルリ子(嘘です)。

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実際は、
「あたしもみなし児なの。お父様もお母様もスパイに殺されちゃったの」
と言って泣くのだが、父親が絶命したのはそばにいたからわかるとして、母親の死は認識していないはずなんだけどね。

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ルリ子の涙が呼び水になって、三人組も泣き出す。どうにも湿っぽくていただけない。

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今度はルリ子が三人組を慰めるという展開。4人は指切りで友情を誓う。

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おや、みなし児たちとともに夜空を見上げ明日の幸福を祈るその姿は…

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「タイガーマスク」のルリ子さんを彷彿させるものがあるじゃないですか! と勝手にわくわくしつつ、だいぶ長くなったので今回はこの辺で。
posted by taku at 12:48| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする