2018年04月02日

『鎌倉アカデミア 青の時代』上映会終了

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一昨日(3/31)、『鎌倉アカデミア 青の時代』の上映会が、横浜市教育会館ホールで開催されました。上映後には、主催元である春風社の三浦衛代表と監督の私(大嶋拓)による対談も行われ、盛況のうちに閉幕しました。

対談時間は1時間とたっぷり取ってあったのですが、それでも、事前の打ち合わせの時、「この話は是非入れましょう」と示し合わせておいた話ができなかったり、時間はいくらあっても足りない感じでした。会場には鎌倉アカデミア演劇科第一期生の加藤茂雄さん(今年93歳!)や、昨年ご逝去された文学科一期生・若林泰雄さんのご長女もお見えになっており、最後にひとことずつお言葉を頂戴しました。

年度末のご多忙な時期にもかかわらず、たくさんの方々にご来場いただき、まことにありがとうございました。
posted by taku at 11:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

平成最強寒波!

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平成最強の寒波が来ているそうです。この間の大雪の後始末にも閉口しましたが、ここ2日間の朝の冷え込みといったら!

現在の住居に移って4年が経ちますが、朝、水道管が凍っていてお湯が出ないなんていうのは今回が初めてです。昼間も暖房が手放せない底冷えで、電気代の請求が恐ろしい…。

ポール星人の陰謀で、ガンダーが冷凍光線でも吐いているのでしょうか。

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ウルトラセブン 第25話「零下140度の対決」より

下のような恐ろしい物語もありましたが、最近の状況を見ていると絵空事とも思えません。少し前まで地球温暖化の危険がささやかれていましたが、実は寒冷化に向かっているのでは??

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ウルトラQ 第14話「東京氷河期」より

連日の異常低温のため、モロボシ・ダン並に寒さに弱い私の身体機能はすっかり麻痺してしまい、長めの文章は当分書けそうにありません。もう少し生き物にやさしい気温に戻るまでお休みしたいと思います。どちら様もどうぞお元気で。
posted by taku at 16:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

謹賀新年(もうすぐブログ10周年)

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明けましておめでとうございます。

今まで、ブログで年頭のご挨拶をしたことはなかった(と記憶している)のですが、今年はこのブログを始めてちょうど10年という節目の年でもあるので、朝日の写真などあしらって、ちょっと華やかな気分を出してみました(といってもこれは一昨年の暮れに撮ったもので、今年の初日の出ではありません。撮影場所は熱海、相模湾の朝日です)。

まあ、10周年だからといって特に何かやるわけではありませんが、時の経つのは本当に早いものです。このページを立ち上げた時には45歳直前だった私が、もうすぐ55歳ですからね。それから、この10年でブログというツールそのものが、後発のSNSに押されてかなり衰退し、無料のブログサービスがずいぶん消えてなくなってしまいました。そんな中で、このseesaaブログは、よく持ちこたえていると思います。数年前に、一度すべてのページがgoogle検索から飛ばされた時には「seesaaブログも終了か?」とあせりましたが…(その時の様子はこちら)。

それから、ブログについてもうひとつ言えば、ほぼ1年前から、アクセス解析でキーワードを調べることができなくなったのが結構ショックでした。もっともこれは、GoogleやYahoo!の、「ウェブ検索ページのSSL化導入」によるものなので、ブログに限らず、ホームページに設置したアクセス解析でも同様なのですが…。この事態は、ブログやホームページ記事執筆のモチベーションに、かなりマイナスの影響を与えているように思います。2016年暮れぐらいまでは、「このページを閲覧した人は、どういう単語を検索してここにたどりついたのか」がアクセス解析を使えばわかったわけです。具体的に言うと、私のことなどまったく知らない人が、

「ナゾー様 素顔」とか、
「ウルトラ兄弟 誕生」とか、
「大船観音 シルバー仮面」とか、
「倉田室長 大平透」とか、
「樹海 死体 発見 警察」とか、

そういうキーワードを打ち込んだ結果、ここにアクセスしてきていた、ということが詳細に把握できたわけで、そんな言葉の羅列を見るのが、小さな発見、ささやかな喜びでもありました。しかし現在では、どのページがどれくらい閲覧されているかはわかっても、その経路を知ることはできません。読んでくれた方との接点がまったく失われたようで、いささか淋しい状況であります(コメント欄を設ければいいのかも知れませんが、根がズボラな私には、迅速かつ的確なコール&レスポンスは難しいのです)。

というわけで、かなり一方通行の情報発信ではありますが、今年も、気が向くままに更新していくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。
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2017年12月31日

2017年、年の瀬に

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今年(2017年)も、あと7時間ほどで終わる。

1年を振り返って、いろいろ思い出すことはあるが、やはり自分にとっては、10年越しの映画『鎌倉アカデミア 青の時代』を世に出せたというのが一番大きい。何と言っても最初にカメラを回したのは2006年の5月、まだビデオの基本フォーマットがHD(16:9)ではなくSD(4:3)だった時代である(したがってこの時の映像はSDでテープ収録)。このあとに、『凍える鏡』を撮って、『龍の星霜』を書いて、『影たちの祭り』を撮って、実家も改築して、その間には東日本大震災もあって…と、今年1年を振り返るはずが、いつの間にかこの10年あまりを振り返ってしまう。

そんな長大な作品がひと区切りついたということもあり、目下、完全な抜け殻状態である。「次は何を撮るんですか?」と聞かれることもあるが、まったく答えられない。ネタはあるけれど隠している、のではなく、本当に何もないのである。まあ、こういう時期はこういう時期ということで、普段見ないものを見たり、行かない場所に行ったりして、鋭気を養うべきなのだろう。

今年は『鎌倉アカデミア 青の時代』の公開に関連して、実に多くの方々のお世話になった。その方たちにあらためて感謝の意を捧げつつ、2017年を送りたいと思う。
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2017年12月17日

「つくる」ということ

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とある日の夕暮れ、近くの公園を通りかかったら、砂場のところで、父親と3歳ぐらいの子どもが何かをやっている。暗かったのでよく見えなかったが、どうやら砂をカップに入れて、それを木枠に並べているようだ。それが、どうもかなりきちんと為されているようなので、気になって、翌朝ふたたび、同じ場所に出かけてみたのだが…。

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早朝散歩の犬などにだいぶ荒らされたようだが、まだかなり前日の形を留めていた。

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砂場のオブジェはきちんと等間隔に並べられ、ご丁寧に、花まであしらっている。

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この冬にどこから花を? と不思議に思ったが、よく周囲を見ると、砂場のすぐ近くにこんな可憐な花が咲いているのだった(ウインターコスモスというらしい)。

父親と3歳の子どものどちらが主導して作ったのかわからないが、こういう素朴な造形に心惹かれてしまうのは、ここには「つくる」という目的以上の何も存在しないからだ。ただ、作りたいから、面白そうだから、作った。そこには他者からの視線や評価を気にするいやしい気持ちなどは毛頭なく、また、自分たちが作っているものが芸術なのか工芸なのか、役に立つのか立たないのかなどという、内面の問いかけもない。作ったものが翌日には形をとどめていなくとも、少しも意に介さない。

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本来、ものをつくるとは、そうした無心の行為であるべきなのに、今日世の中にあふれているものは、おしなべて、「つくる」という目的以上の何物かに縛られ、規定されている。まあこれは文明社会においては仕方のないことなのかも知れないが、それゆえ、まだ自我が形成されていない幼児の原初的で内発的な「つくる」という行為が、大変気高く貴重なものに思えてくるのだ(実際、これは未就学児までの特権なのではないだろうか)。子どものいる人は、恐らくこうした幼児の自然な創造行為と日常的に接しているわけで、子どもがいない私としては、大変うらやましく思うのである。

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砂場のオブジェは、同じ日の夕方にはすでにほぼ消失していたが、そこから持ち帰った一輪のウインターコスモスは、グラスに入れて何日か経っても、花びらは生き生きしたままである。冬に咲くだけあって強い花のようだ。
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2017年12月09日

陽射しの下で

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先週末、知り合いが運営する保育園の開園記念イベントと内覧会があったので出かけてみた。

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好天に恵まれ、多くの親子連れでにぎわっていたが、園庭に出てみると、最新の児童心理学などに基づいて作られたかのような(筆者の想像です)、カラフルでいかした遊具は意外にもガラガラで、

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子どもたちの多くは、ただ土を盛り上げて人工芝を敷いただけの小山がお気に入りの様子。何度も何度も、上から転げ落ちて、そしてまた登って、を繰り返しているのだった。

何となく、わかる。

まだ生まれて数年しか経たない彼ら彼女らは、「文明」よりも「自然」に近い存在である。したがって、より原初的なものに親近感を抱くのだ。最初はそう考えたが、しかしそれは、子どもだけでなく、ひょっとすると大人にも当てはまるのではないか。実は私も、知り合いに勧められるまま、その小山に登り、滑り落ちてみたのだが、なかなかにいい気分であった。しかし、すぐそばにある、作りこまれたカラフルな遊具で遊んでみようという気はついに起きなかった。

現代人は、今やその生活の大部分をPCやスマホといったテクノロジーに依存しており、その便利さ、快適さを当然のように享受しているが、その一方、どこかでもっと体感的なもの、原初的なものを求めているのではないのだろうか。などという独言を、デジカメで撮った画像を使い、PCに向かいながら打ち込んでみるのである。

※ちなみに、こういう話の流れになるとよく引き合いに出されるルソーの「自然に帰れ」だが、実は彼の著作にはそういう言葉は書かれていないという。ただ、ルソーの思想を端的に表現すると、「自然に帰れ」ということになるらしい。
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2017年12月06日

リニューアル!『物理基礎』

先週の放送では肩透かしを食った『物理基礎』だが、今日の放送では、母親の不在について落とし前をつけたというか、番組がリニューアルしたことを冒頭できっちりアピールしていた。

この間のブログで、「連続ドラマなどで、Aという役を演じていた俳優Bが、何らかの事情で出演を続けることができなくなった場合、製作側の処置には、おおむね以下の4パターンが考えられる」と書いた。以下の4つである。

(1)Aを劇中で殺す
(2)Aを遠く(外国など)に行かせる(転勤などを含む)
(3)Aを俳優Bからほかの俳優に交代
(4)Aという役そのものを消滅させ、なかったことに(劇中でも語られない)

私は(2)か(4)ではないかと予想していたが、結論から言うと、(2)の、「遠くへ行かせる」パターンであった。しかし斬新だったのは、母親だけが家を離れたのではなく、父親も一緒だったこと。要するに父親は「新しい工場」(現状より広い)に付帯した家で暮らすことになり、一方、兄と妹は今までの家に2人だけで住むという。でもねえ、新しい工場が現状より広いところなら、普通一家揃って引っ越すんじゃないのか?

とにかく、父親は「ここからちょっと遠くなっちゃったけどね」と言いつつ、「でも、ちょくちょく戻ってくるから」と、事もなげに言う。要するに、「物理についての薀蓄を傾ける時だけは出かけてきますよ」ということだ。そして「お母さん」という単語は、ついに誰の口からも発せられることはなかった(そういう意味では「役そのものを消滅させ、なかったことに」のパターンでもある)。恐らく、母親は父親とともに新しい工場に行ったということなのだろうが、いくら口ではそう説明しても、3人だけの場面は妙にがらんとした雰囲気で、一家の華を失った寂寥感に包まれているようだった(収録現場ではどうだったのだろう)。

それにしても、これだけのトンデモ設定を冒頭のわずか30秒で説明してしまうとは、さすが物理(ものり)家の人々、やることにそつがない。それからは、いつもと変わらない流れで静電気と電流についての解説になったが、終盤の〆の言葉で、父親がいつになくしんみりと「共通の悲しい思い」について語ったのが印象的だった。親や教師は、いつか成長した子どもから「もういらない」と言われる日が来る。愛おしく、手放したくない子どもからそう言われるのは悲しいことだが、子どもをそこまで自立させるのが、子育てや教育の目的である、というもので、どうしてこんな、最終回で話すような内容を、ここにぶち込んできたのか大いに気になった。これはやはり、「愛おしく、手放したくなかった」けれど、こういう形にせざるを得なかった。それがみんなの「共通の悲しい思い」です、という、製作サイドから母親役だったS・Yへの秘めたるメッセージのように思えてならないのだが…。
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2017年11月30日

むかしの話

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今年はほぼ『鎌倉アカデミア 青の時代』の宣伝と上映活動で明け暮れた感じだが、製作中のインタビューにおいても、上映イベントのトークショーなどでも、アカデミアで実際に学んだ方たちから、あの学校の教師たちが、人間としても、学者としても、いかに素晴しかったかを聞かされることが多く、その度に実にうらやましく感じたものだ。感受性豊かな10代後半から20代前半に、そうした優れた師と巡り合い、教えを受け、時間を共有することは、生涯にわたる精神的な糧となることだろう。

顧みて、私自身はどうだったか。残念ながら、高校、大学時代とも、そういう師との出会いには、まったくと言っていい程恵まれなかった。大学時代については、私自身が積極的に「よき師」を探そうとしなかった怠慢も否定できないが、こちらが選択する余地のない高校時代の教師連中に関しては、まさに思い出すのもはばかられる「体たらく」であった。もっとも、教師のことに限らず、高校時代のことは全般的に自分の中の黒歴史なので、このブログでもそのころの話はほとんど記したことがない。しかし少し前、たまたま某質問サイトで、次のような質問を見かけたため、封印していた記憶がにわかに蘇り、そして改めて、当時の腐敗した状況にムラムラと怒りが湧き起こってきたのである。

都立高校の教員についてお聞きします。かれこれ30年近く前、都立高校の教員…完全週休二日(すでにこの制度が適用されていた…研究日の名目で)、予備校でのアルバイト(能力のある教員はかなりやっていた)、何かあると授業ボイコット(1時間目の授業の自習が多かった…ストなどで)、勤務時間のいい加減さ(授業終わると生徒と一緒に帰ってた)等々、結構好き勝手にやっていて、高校生だった自分は「あれで仕事になるなら…自由な人生が送れる」と思ったものでした。今でも都立高校の教員はそうなのでしょうか?(後略)(2011年2月)

この質問に対しては、「昔は週に1日、自宅研修日という制度があったが、10年ほど前になくなった。長期の休みも、夏休みや年末年始以外は有休を使う。今の都立高校は、タイムカードもあり、かなり管理が厳しい」との回答が寄せられていた。となると、予備校でのバイトも当然アウトだろう。あのころのいい加減な勤務形態が、完全に過去のものとなったのなら幸いである。

どうやら私が都立高校に通っていた1970年代後半から1980年代初めにかけては、都立のレベルが(学力、風紀とも)最も低かった時期のようで、学校全体にもまったく覇気がなく、教師は十年一日のごとく同じ授業をお経のように唱えるティーチングマシンと化し、しかもそれを学校内だけでなく、夕方以降の「副業の場」でも繰り返していたのだから呆れ返るほかない。私の通っていた都立X高校は(そのころは落ち目の最右翼だったが)、かつては府立○中と呼ばれたナンバースクールで、それなりに知名度があったためか、駿台、河合塾、代ゼミなどの大手予備校に、偽名を使って教えに行く教師がかなりの数存在した。言うまでもなく、都立高校の教員はれっきとした地方公務員なので、アルバイトは禁止である(昨年来、政府は正社員の副業を、原則禁止から原則容認へと方針転換し、それは公務員にも適応される可能性を帯びているようだが、上の事例は今から30年以上前の話)。

地方公務員法の第35条を見ると、
「職員は(中略)その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」
と、職務に専念する義務を謳っているし、また第38条では、
「職員は(中略)自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」
と、副業をはっきり禁じている。

にも関わらず、当時、教師が夕方以降、学校から予備校に足を向けるのは、生徒のみならず保護者にも公然の事実であった。本来なら、自分の勤務する学校での授業に全力を傾注し、少しでも生徒の学力をアップさせるのが教師の務めであるのに、手抜きの授業でお茶を濁し、体力気力を温存し、夕方以降は、予備校生相手の副業に精を出すのである。そんなに小遣いが欲しかったのだろうか。
うちの母などは、筋の通らないことが大嫌いな性格だったので、保護者会でそれを問題にしたことがあったのだが、事を荒立てることを好まない者が多数を占め(教師を敵に回して、あとあと内申書などで報復されることを恐れたのだろうか)、結局、教育委員会に提訴するなどの思い切った方策が講じられることもなく、3年が無風状態のまま過ぎていった。だから、少なくとも私が在学していた3年間は、教師は大手を振って副業に勤しんでいたし、その後も、すぐにその悪習がなくなったとは思えない。今思い返しても、ああいう不誠実な勤務態度には腹が立つし、そんな教師を尊敬しろと言われても無理な話だ。

一番タチが悪かったのは、3年の間私の担任だった△という教師で、自分自身もX高校の卒業生である△は、日頃から「母校に奉職できるのは何よりの幸せ」などとお題目のように唱えながら、その一方で平然と駿台に教えに行っていた。しかも彼は3年間ずっと学年担任(いわゆる学年主任)を務めており、8人いたクラス担任を統括すべき立場だったのである。しかし、上には上がいるもので、やはりX高校出身で△の後輩に当たる▽は、教務主任という教頭に次ぐ職責にありながら、悪びれもせず長年代ゼミの教壇に立っていた。もう何をかいわんやである。

そういう教師への不信もあり、卒業以降、ほとんど高校関係者と接触することはなくなっていたのだが、今から20数年前、最初の劇場用映画を撮った時、旧知の人たちに案内の通知を出したところ、その△という元担任は大層喜び、同窓会名簿の私の職業欄に、私に無断で「映画監督」と書き込むよう同窓会事務局に指示したらしい。あとでそれを知った私は、「1本撮っただけで監督を名乗るのはおこがましいので、職業欄は空欄にしてください」とあらためて事務局に頼んだのだが…。△という教師は、元文学青年を気取っていたものの、実際にはかなりの俗物で、肩書きを何よりありがたがる人種だということがその時はっきりわかった。

最近、△がある同窓会に招かれた時のことを、自費出版したエッセイ集に書いているのをネットで読んだのだが、言葉を交わした生徒が「わがクラスでひとり東大に進んだ生徒」だったり、欠席だったけれど「どうしても逢いたいな、と思う女生徒」が「A賞(著名な文学賞)受賞作家」だったり、ここでも教え子を「東大」や「文学賞」といった肩書きで品定めしているようでげんなりした。教師が教え子の成功を喜ぶのは無理からぬことかも知れないが、「東大」も「文学賞」も所詮は通過点に過ぎず、それをわが身の栄光であるかのように浮かれ騒ぐのは鼻白む行為である。教育者というのはもっと長い目で、そして俯瞰的な視点から、生徒ひとりひとりの成長を静かに見守るべきではないだろうか。いや、「母校に奉職できるのは何よりの幸せ」と言いながら、嬉々として予備校での副業に励んでいた実利主義者の△先生には、そんな境地は生涯望むべくもなかったのだろう。

今、「生涯望むべく…」と書いたが、実は△という元担任は、しばらく前に亡くなっていた。私がそれを知ったのは昨日、同窓会のホームページにおいてである。高校の同窓会など一生行かないと決めているので、ホームページも実に久しぶりで見たのだ。
訃報を知った私は、自分が、自分でも意外なくらい何も感じないことに驚いた。いやしくも高校時代3年間担任だった人である。にも関わらず、私の心は微動だにしない。記憶力は悪くないはずなのに、ただひとつのエピソードさえ、はっきりと浮かんでこないのだ。こういうこともあるのか、と首を傾げながら、その無感動の原因を探ってみた。
そして、答えはすぐに出た。真に人間的な魅力に溢れた教師であれば、生徒とともに真理を探求し、感動を共有しようとする情熱を持った教師であれば、おのずから生涯忘れ得ぬ鮮明な印象を残してくれたはずである。しかし、△はそうした理想的な教師像からはあまりに遠かった。もっとも、ここで△だけを責めるのは少々酷というものだろう。「デモシカ教師」という言葉がまだ現役だった80年代、あの高校に在職していた教師のほとんどはただのサラリーマンで、教育者であるという自覚も矜持も、はなから持ち合わせてはいなかったからだ。

かえすがえす、鎌倉アカデミアに学んだかつての学生諸氏をうらやましく思う。当時一流の知識人が揃っていたアカデミアの教師陣は、財政難で閉校になるまで、1年近くほぼ無給で授業を続け、その一方、学校存続のための資金集めに奔走していたが、それは後年明らかになったことで、当の教師たちは、学生にそんな苦労は少しも見せなかった。結構な額の給料をもらいながら、なおも偽名まで使って小遣い稼ぎのバイトに励んでいたX高校の教師連中とは、人間としての品格も器の大きさもまるで違うではないか。
私が年を経るごとに鎌倉アカデミアに心酔していくのは、もしかすると、若いころ果たせなかった麗しき師弟関係への渇望のなせる業なのかも知れない。

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2017年11月29日

こう来たか!『物理基礎』

さてさて、ドキドキしながら本日の放送分を見たのですが、いやあ、思いきり肩すかしを食らいましたね。

今日のタイトルは、「物理の力でゲームに挑戦! 〜波〜」でして、これまでも何度かあった、高校の生徒さん参加のゲーム回。父親役の先生が現場まで出かけて進行を務めるのですが、これまでの放送ではスタジオ収録部分も必ずあって、一家で同様のゲームをしたり、解説を加えたり、勝敗を予想したり、と、それなりにキャストの出番もあったのですが、今回はそういう場面は一切なく、したがって母はもちろん、兄も妹も出演せず。いきなり母親不在の物理(ものり)家を描写するのを避け、ワンクッション置く作戦に出たのでしょうか。いやはや、現場スタッフの苦労がしのばれるというか…。

思い起こせば、「快傑ライオン丸」で虎錠之介役が変わった時も、「ウルトラマンタロウ」で白鳥さおり役が変わった時も、いきなり別の俳優が出てきたわけではなく、「ライオン丸」では2週、「タロウ」では3週のブランクがありました。それを考えると実に妥当な措置といえましょう。しかし、この番組におけるゲーム回は、ひとつの章の総まとめ的な位置づけで、今日の放送分で「波」は終わり。来週(12/6)からいよいよ新しい「電気」の章に突入です。となると、番組も通常パターンで進めざるを得ず、来週こそ、リニューアルした『物理基礎』を見ることができると確信します。さて、(1)〜(4)のいずれのパターンになるのか? 来週を楽しみに待ちたいと思います。
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どうなる?『物理基礎』

さて、気になるのは今日からの『物理基礎』である。今年の4月から父、母、兄、妹という4人家族の設定で番組が進んでいたが、母役のS・Yがもろもろの事情により先週(11/22)で降板となった。番組中ではっきりその告知がなされたわけではなかったが、報道によるとそうらしい。しかし、その後母役をどうするのかという情報はほとんど出てきていない。あと数時間で結果は明らかになるだろうが、それまでの間を使って、今後の番組がどうなるか推理してみたい。

連続ドラマなどで、Aという役を演じていた俳優Bが、何らかの事情で出演を続けることができなくなった場合、製作側の処置には、おおむね以下の4パターンが考えられる。

(1)Aを劇中で殺す
(2)Aを遠く(外国など)に行かせる(転勤などを含む)
(3)Aを俳優Bからほかの俳優に交代
(4)Aという役そのものを消滅させ、なかったことに(劇中でも語られない)


以下、思いつくまま、それぞれのパターンについて該当するもの(大部分が特撮、たまに一般ドラマ)を挙げてみたい。

(1)Aを劇中で殺す

これは、一番過激だがわかりやすい方法である。死んでしまったのでは、出てこないのも当然だ。有名なところでは、「仮面ライダー」で本郷猛役の藤岡弘がバイク事故を起こして出演の継続が困難になった時、テレビ版では平山亨Pの提案で、一文字隼人(演じるは佐々木剛)という第2の主人公を出し、本郷は外国に行ったと一文字に説明させたが、石森章太郎の原作版では、劇中で本郷をなぶり殺しにしている(当時小学2年の私にも、これは結構キツかった)。なぶり殺しといえば、「帰ってきたウルトラマン」における岸田森&榊原るみ(坂田兄妹)の惨殺もトラウマものである。降板させるにしても、もう少しやり方はなかったのかと今でも思う。また、「超電子バイオマン」の初代イエローフォーも、担当俳優が撮影現場に現れないという非常事態が起きたため、やむなくイエローはコスチュームのままで敵に殺され、絶命後も素顔を見せないという、いささか無理のある展開となっている。こういう事例は、特撮に限ったわけではなく、「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事の殉職(厳密にいうと勤務中ではないため殉職ではなく殺害)も、役を演じた萩原健一が「そろそろ役を降りたい」と言ったことで決まったというし、「赤い激流」の緒形拳の場合は、翌年からの大河ドラマ「黄金の日日」とのスケジュールの兼ね合いで出演が難しくなったため、何者かに殺されたという話にして姿を消し、その犯人探しがドラマ後半の大きな柱となっていった。さらに言うと、赤いシリーズは、ひとつ前の「赤い衝撃」でも田村高広が、その前の「赤い運命」でも志村喬と前田吟が、割と唐突に劇中で死んで降板している。

しかし、この過激な方法が『物理基礎』で適応される可能性はほとんどないと思うので、以下のパターンに話を移そう。

(2)Aを遠く(外国など)に行かせる(転勤などを含む)

これは、(1)に比べればかなり穏便なやり方である。時間が経って俳優Bの「枷」がなくなれば復帰することもできるし、実際、このパターンでのドラマ降板はかなり多い。先ほど書いたように、「仮面ライダー」のテレビ版はこのやり方で、半年後に藤岡弘は見事番組に返り咲き佐々木剛と共演、ダブルライダーの雄姿をお茶の間に披露するに至った。ちなみにこの方法はこれが初めてではなく、やはり平山Pの担当番組である「悪魔くん」において、初代メフィストを演じた吉田義夫の体調不良により、二代目メフィスト・潮健児への主役交代が行われたことがあった。「仮面ライダー」でのダブルライダーのように、「悪魔くん」でもシリーズ後半、1話だけだが、ダブルメフィストの共演が実現している。なお「太陽にほえろ!」で石原裕次郎が病気治療のため長期に渡り欠場になった時の理由は「長期研修」で、石原は半年後に研修から戻ったという設定で復帰している。長寿番組などではこのパターンが結構あるかもしれない(「星雲仮面マシンマン」でも天本英世が一時期スペイン旅行のため番組を降板したが、劇中でもスペインに傷心の旅に出た、という設定にし、ラスト3話で復帰した)。
他にも、復帰はしなかったが、「キャプテンウルトラ」の小林稔侍(キケロのジョー)、「ウルトラマンタロウ」の三ツ木清隆(西田次郎隊員、降板後、1話だけゲスト的に出演)と東野孝彦(荒垣修平副隊長)「バトルフィーバーJ」のダイアン・マーチン(初代ミス・アメリカ)、「太陽戦隊サンバルカン」の川崎龍介(初代バルイーグル)などがこのパターンで画面から姿を消している。一般ドラマになるが、「湘南物語」における石立鉄男の途中降板も、この範疇に入れていいだろう(石立の遅刻をめぐって、石立と共演者のFが殴り合いの喧嘩をしたのが降板の理由、と当時の週刊誌に書かれたようだが真相はどうなのだろう。それにしてもこの番組の主役を演じたのが、今回の降板劇の当事者S・Yであるのも興味深い)。

さて、このパターンは、『物理基礎』でも通用しそうである。番組の冒頭で帰宅した信長(兄)かリコ(妹)が、居間にいた博(父)に向かって、
「あれ、お母さんは?」
と問いかけ、それに対して博がいつもの棒読み口調で、
「ああ、実は今朝電話があってね。お母さんは、田舎のおばあちゃんの具合があんまりよくないんで、しばらくは田舎でおばあちゃんの面倒を見ることになったんだよ」
と答える。それに対して2人は不満をもらすが、博は平然と、
「2人とももう子どもじゃないんだから、もっとしっかりしなくちゃあ。それはそうと、信長が今手に持っているのは、また新しい楽器かな。じゃあこれを使って、どんな音の波ができるか調べてみようか」
などと、強引に話を物理に持っていき、あとは一切、母については触れない。どうだろう、こういうのは一応ありじゃなかろうか。しかしこれでは、今までと比較して画面が明らかに殺風景である。そこで次のパターン。

(3)Aを俳優Bからほかの俳優に交代

まさかの俳優交代。いきなり違う人がその役になってしまう、視聴者ポカーンの、ある意味禁じ手である。しかし、これまでかなりの数のドラマが、この禁じ手を強行している。一番有名なのは、やはり「赤い疑惑」におけるヒロインの母親であろう。八千草薫が何の前振りもなく、いきなり7話から渡辺美佐子に交代。まったく似ていない。一応交代回の初めにテロップによるお断りは出たらしいが、キャラクターまで山手風から下町風に変わってしまい、多くの視聴者を困惑させたのは今も語り草である。最終的には渡辺母の下町風キャラの方が、深刻に傾きすぎるドラマにおいての救いになっていると高評価を得たのだが…。ほかにも、一時的に俳優が変わった「マグマ大使」のガム、前任者が急逝したため交代するしかなかった「快傑ライオン丸」の虎錠之介(タイガージョー)、前任者が逮捕されたため交代するしかなかった「バトルフィーバーJ」のヘッダー指揮官、前任者が演技に難がある(?)という理由で交代になったとも噂される「ウルトラマンタロウ」の白鳥さおり(実際は初代の女優さんの方が今も現役で、二代目はすでに活動していないようだが)、など次々浮かんでくる。一般ドラマでも、NHKの大河ドラマ「勝海舟」では主人公が病気のため交代になったこともある。果たして今回Eテレはこの方法を踏襲するのだろうか。しかし、シリーズが折り返しを過ぎてからの俳優交代は、視聴者に敬遠される危険性もある。となると、もう選択はひとつしかない。

(4)Aという役そのものを消滅させ、なかったことに(劇中でも語られない)

主役や準主役ならいささか厳しいが、三番手以降のポジションの場合、案外行われる方法である。
古くは「ウルトラマン」のホシノ少年で、前半あれだけ悪目立ちして、中盤では隊員にまで昇格するのに、突然姿を消し、何の説明もなし。「ジャイアントロボ」における片山由美子(U5)も、当初はユニコーン隊員のメインの一人だったが、桑原友美(U6)の登場以降影が薄くなり、後半はほとんど出番もなく最終回にも姿を見せていない。「仮面ライダー」の歴代ライダーガールズ&五郎や、「太陽にほえろ!」の歴代お茶くみ嬢も、ほぼ同様の扱いである(初登場時にはきちんと紹介されるのに、消える時はひっそりとフェードアウト)。一番ひどいのは「シルバー仮面」における松尾ジーナ(春日はるか)で、当初は春日5兄弟の末の妹という設定だったのに、いつの間にか単身大阪に行って、いつの間にかいなかったことにされてしまう(「シルバー仮面」は大変思い入れのある作品だけに、このあたりの「粗さ」がどうしても気になる)。同時期に放送された「変身忍者嵐」でも、ヒロインのポジションだった林寛子が、中盤からじわじわ出なくなり、ついに音もなく消滅したのは大変残念だった。こうした途中降板組は思いのほか多く、中堅&ベテラン俳優でも、「ジャンボーグA」の田崎潤(伴野大作)、「ウルトラマンレオ」の藤木悠(大村正司)、「時空戦士スピルバン」の伊藤克信(小山大五郎)、「仮面ライダーBlack」のセント(東堂勝)や久富惟晴(坂田代議士)、北見治一(大宮会長)などの顔が浮かんでくる。特撮ものはそれなりに重要なキャラクターを、説明なしに消しすぎるように思う。

と言いつつ、特撮に限らずテレビドラマ全般において、レギュラーキャラが消滅するのはいわば不文律のようなもので、俳優のスケジュールの都合で当然出るべき回に登場しない、などというのは珍しくない。「赤い激流」で岸恵子とともに特別出演待遇だった山口百恵は、当然最終回には顔を出すとほとんどの視聴者に思われていたが不登場だったし、同様に、「赤い衝撃」「赤い嵐」で特別出演待遇だった宇津井健も、かなり重要なポジションでありつつ、ラストで顔を見せなかった。同様の例はいくらもあるはずである。こうしたテレビドラマの歴史を振り返れば、今回『物理基礎』においてこの不文律を適応させても何の不思議もない。そうするとどうなるか。

今日の放送では、物理(ものり)家は、あたかも最初から3人家族であったように全員がふるまう。母の話は一切なし。そもそもこの家に母親はいるかいないのか、別居したのか離婚したのか死別したのか…そんなことは一切顧みず、今までどおり、居間で物理談義を戦わせる。

どうだろう。これが一番可能性としては高いように思うのだが…。

などと書いているうちにそろそろ放送時間である。さて、結果はいかに??
posted by taku at 14:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする