2018年06月16日

さらばキユーピーエルドレッシング

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左が新ラベル、右が旧ラベル。もともとは1/3ドレッシングという商品名だった(2008年、名称とラベルの変更時に撮影)

「キユーピーエルドレッシング」が、残念ながら販売終了となった。10年越しのヘビーユーザーとしてはかなり深刻なダメージである。なぜなら、これに変わる商品が見当たらないから(具体的な点は後述する)。

異変に気づいたのは数ヶ月前くらいだった。近所のバリューローソンの棚から姿を消し、代わりにローソンのオリジナル商品が並んでいたのである。しかし、そのあとで訪ねた駅前のCan☆Doではその姿が確認できたので、単にバリューローソンが取り扱いをやめただけかと思っていた。しかし、先日Can☆Doに行ってみたところ、ここでもその姿を見ることはできず、嫌な予感がして、帰宅後すぐにキユーピーの公式サイトを閲覧してみたが、エルドレッシングの名前はどこにもなかった。

最終確認の意味で、メーカーのお客様相談室に電話を入れてみた。

私「10年以上、おもに100円ショップで見かけていた『エルドレッシング』…、イタリアン、ごま、サウザンアイランドなど何種類か出ていたと思うんですが、最近まったく見かけないくなってしまいました。これは製造中止ということでしょうか」
相談室「そうなんです。100円ショップ専用で出していたんですけど、もうそのシリーズ、製造はしておりませんで…」
そうか、エルドレッシングは100円ショップ「専用」商品だったのか。どうりで普通のスーパーで見かけなかったわけだ。
私「代替商品の発売予定とかはないんですか?」
相談室「そうですね…。エルドレッシングは油の少ないタイプで、さっぱりした口当たりがご好評だったんですが、今のところ、オイルを使っていて低オイルという商品は、お出ししていないですね」
私「今おっしゃった、オイルを使っているんだけど低オイル、というのがすごくいい具合で(これがこの商品の唯一無二のところなのだ!)、割とファンの方もいらっしゃったと思うんですが」
相談室「そうだと思います…」
私「個人的には『イタリアン』が一番お気に入りでして。今現在、キユーピーさんがお出しの通常の『イタリアン』だと、ちょっと油が多めなんですよね」
相談室「そうですね…」
実際、ラベルの原材料名を見ても、通常の『イタリアン』が「醸造酢、食用植物油脂、ぶどう糖果糖液糖、食塩…」なのに対し、エルドレッシングの『イタリアン』は「醸造酢、ぶどう糖果糖液糖、食用植物油脂、レモン果汁、食塩…」となっている。原材料名は使用重量の多い順に記載するきまりがあるので、これを見ても、エルドレッシングが低油脂であることは明らかである(もともとの名称だった「1/3」は、油脂が従来品の3分の1という意味だろう)。
私「結構長いこと使っていまして、いつまでもあるとあるように思っていたものですから…」
これは事実である。通常のサラダ、マリネ、時には冷奴にもかけたりした。一体何本消費したのか、数え切れないくらいだ。
相談室「そういったご意見はよくうかがっていまして、担当部署には伝えてありますので…」
どうやら、私以外にもエルドレッシングについての問合わせをする人は少なからずいるようだ。まあ、あれだけのロングセラー商品だし、それも当然だろう。
私「じゃあ、是非復活リクエストがきていることを上にお伝えしてください!」
相談室「わかりました。お電話ありがとうございました」
ということで電話は終わったのであるが、果たしてエルドレッシングの復活はありうるのだろうか。そもそも、そこそこ売れていたように思っていたこの商品が、どうして販売中止になったのかがわからない。価格が安いため、あまり利益が見込めなかったのか。いや、それを言うなら、キユーピーの商品はどれもそれほど高価格ではないぞ。…などと、経済音痴の私が、電話を切ったあとも、あれこれ想像をめぐらしたのだった。

「ドレッシングひとつでどうしてそこまで熱くなるのか。他のメーカーの商品を探せばいいじゃないか」
という声も聞こえてきそうである。実際、私もこの電話のあと、大型スーパーのドレッシングコーナーに立ち寄って、かなりの時間を費やして「後任」候補を探してみた。しかし、エルドレッシングに代わるものは容易に見つからない。種類自体はものすごく増えているのだが、なんだか新奇な趣向を凝らしたテイストのものが多く、シンプルなイタリアンなどは一番軽視されている感じだ。また、オイルありかノンオイルか、という区分けがきっちりなされていて、先ほどから何度か書いた、オイルを使っているんだけど低オイルという商品はなかなか見出すことができない。

もともと、歯磨きにせよ、シャンプーにせよ、肌着にせよ、日常的に使うものに関しては、一度ベストフィットするものに出会うと、他を使う気がしなくなる「本命第一主義」なので、今回のように、それが突然になくなった時には、かなり難儀な思いをするのである。
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2018年06月12日

森田童子の訃報

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森田童子が4月に亡くなっていたという。引退宣言をするでもなく姿を消し、「高校教師」で話題を集めた際にもカムバックせず、ついに本名も素顔も明らかにすることなく静かにこの世を去った。最後までおのれの美意識に忠実な人生を送った人という印象を受ける。

かつて1度だけ、彼女のコンサートを聴きに行ったことがある。1981年の12月、冷たい雨の降る夜だった。場所は両国だったか(当時の日記を見ればはっきりするのだが)、駅前広場に特設テントをしつらえての公演だった。

当時の私は高校3年生。大学受験の2ヵ月前だが、もはや現役合格はなかば諦めていた。何も面白いことが見出せず、鬱々と日を送っており、そんな当時の心情に彼女の切ないボーカルがマッチしたのだろう。そのころ増え始めていたレンタルレコード店(まだレンタルビデオ店はなかった)でアルバム4枚を借り、カセットテープに録音して繰り返し聴いていた。

さて、そのコンサートだが、残念ながら、細かい記憶はほとんど抜け落ちている。本物の森田童子を間近かで見たという胸の高鳴りも、感じたのか感じなかったのか…。もっとも、曲が曲なので、観客も全体にテンションは低めであり、公演は淡々と始まり、淡々と進行していった。数曲ごとにぽつりぽつりとMCをはさんで…、という流れは、アルバム「カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」と同じ感じで、代表曲というべき「さよならぼくのともだち」「ぼくたちの失敗」「セルロイドの少女」「雨のクロール」などはすべて歌われたはずだ。そして、終盤ではそれなりに盛り上がって、アンコールも2曲くらいはあったような気がする(そのうちの1曲は「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」だったような…。この時は観客一同手拍子をして会場も結構盛り上がった)。大変寒かった日で、私はコンサートの中盤ごろから尿意を催しており、さりとて中座するのはもったいなく、何とか終演までガマンしたのだが、アンコールあたりはかなり辛く、早く終わってほしいという生理的欲求と、もっと聴いていたいという文化的欲求が大いに葛藤していた。そして終演後、駅のトイレに駆け込んだ時は、人間の膀胱はこんなに広がるものかと驚くほど、とめどなく放尿が続いたことを鮮明に覚えている(追悼文なのにこんな内容ですみません)。

その翌年、私は予想通り大学受験に失敗、その翌年も失敗し、計2年間の浪人生活を送ることとなり、一方、森田童子はその間(1983年)に活動を休止してしまうので、まさにその夜のコンサートは「一期一会」であった。彼女は、たしかこの時に、「私たちのコンサートができなくなる様を観てほしい」というような意味深なことを言っていたが、実際そのとおりになってしまったのである。早いもので、あれから37年の歳月が流れ去っていった。

森田童子の歌の魅力については、すでに多くの人が語っているし、またこれからも語られていくだろうから、あえて口をはさまずにおきたい。ただ、ひとつだけ特筆しておきたいことがある。
私は当時、フォークギターをかじっていたので、お気に入りの「かぐや姫」や「風」を弾くのに飽きると、少し趣向を変えて、森田童子のナンバーの弾き語りに手を染めたりしていた。彼女の歌はメロディもコード進行もシンプルなので、楽譜がなくても割と楽に音を拾うことができたのである。
しかし、湧き水のように冷えびえと透き通ったあの「歌声」、そして、その底に流れる「諦観」は、真似ようとしても真似られるものではなかった。1度、多重録音で「ぼくを見かけませんでしたか」のコピーに挑戦したのだが、仕上がりを聞いて、そのお粗末さに嘆息したことがある。心象風景は、コピーのしようがないのだ。

報道によれば、森田童子は1952年生まれ。当時はまだ20代だったはずなのに、すでに人生におけるあらゆる戦いに敗れたような疲労感や絶望感、悲哀などを幾重にも身にまとっている印象だった。彼女の歌には「悲しい」「淋しい」という単語が割と頻繁に登場するが、そんな言葉など使わなくても、ただあの声で歌われるだけで、充分に人生の哀感は伝わるように感じたものだ。
今回の訃報に接して、「まだ生きていたのが意外だった」という声が少なからずあるようだが、自分もある意味で同感だ。森田童子は青春のただなかにいながら、すでにして人生の終わりの淵に腰を降ろし、そこで歌をうたい、ギターを奏でていたのである。
「若さは必ずしも生の躍動と結びつくものではない、そしてまた、若さゆえに絶望は鮮血を噴き出す…」
そんなことを教えてくれた不世出のシンガーソングライターに、あらためて哀悼の意を表したい。
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2018年05月25日

大嶋、奄美大島へ(2)

早いもので旅行から1週間が過ぎてしまいました。

もはやかなり記憶も遠のいてしまいましたので、写真のみにて失礼します。

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奄美はすでに梅雨入りしていましたが、ほとんど雨に遭うこともなく、穏やかな3日間でした。
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2018年04月02日

『鎌倉アカデミア 青の時代』上映会終了

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一昨日(3/31)、『鎌倉アカデミア 青の時代』の上映会が、横浜市教育会館ホールで開催されました。上映後には、主催元である春風社の三浦衛代表と監督の私(大嶋拓)による対談も行われ、盛況のうちに閉幕しました。

対談時間は1時間とたっぷり取ってあったのですが、それでも、事前の打ち合わせの時、「この話は是非入れましょう」と示し合わせておいた話ができなかったり、時間はいくらあっても足りない感じでした。会場には鎌倉アカデミア演劇科第一期生の加藤茂雄さん(今年93歳!)や、昨年ご逝去された文学科一期生・若林泰雄さんのご長女もお見えになっており、最後にひとことずつお言葉を頂戴しました。

年度末のご多忙な時期にもかかわらず、たくさんの方々にご来場いただき、まことにありがとうございました。
posted by taku at 11:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

平成最強寒波!

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平成最強の寒波が来ているそうです。この間の大雪の後始末にも閉口しましたが、ここ2日間の朝の冷え込みといったら!

現在の住居に移って4年が経ちますが、朝、水道管が凍っていてお湯が出ないなんていうのは今回が初めてです。昼間も暖房が手放せない底冷えで、電気代の請求が恐ろしい…。

ポール星人の陰謀で、ガンダーが冷凍光線でも吐いているのでしょうか。

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ウルトラセブン 第25話「零下140度の対決」より

下のような恐ろしい物語もありましたが、最近の状況を見ていると絵空事とも思えません。少し前まで地球温暖化の危険がささやかれていましたが、実は寒冷化に向かっているのでは??

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ウルトラQ 第14話「東京氷河期」より

連日の異常低温のため、モロボシ・ダン並に寒さに弱い私の身体機能はすっかり麻痺してしまい、長めの文章は当分書けそうにありません。もう少し生き物にやさしい気温に戻るまでお休みしたいと思います。どちら様もどうぞお元気で。
posted by taku at 16:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

謹賀新年(もうすぐブログ10周年)

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明けましておめでとうございます。

今まで、ブログで年頭のご挨拶をしたことはなかった(と記憶している)のですが、今年はこのブログを始めてちょうど10年という節目の年でもあるので、朝日の写真などあしらって、ちょっと華やかな気分を出してみました(といってもこれは一昨年の暮れに撮ったもので、今年の初日の出ではありません。撮影場所は熱海、相模湾の朝日です)。

まあ、10周年だからといって特に何かやるわけではありませんが、時の経つのは本当に早いものです。このページを立ち上げた時には45歳直前だった私が、もうすぐ55歳ですからね。それから、この10年でブログというツールそのものが、後発のSNSに押されてかなり衰退し、無料のブログサービスがずいぶん消えてなくなってしまいました。そんな中で、このseesaaブログは、よく持ちこたえていると思います。数年前に、一度すべてのページがgoogle検索から飛ばされた時には「seesaaブログも終了か?」とあせりましたが…(その時の様子はこちら)。

それから、ブログについてもうひとつ言えば、ほぼ1年前から、アクセス解析でキーワードを調べることができなくなったのが結構ショックでした。もっともこれは、GoogleやYahoo!の、「ウェブ検索ページのSSL化導入」によるものなので、ブログに限らず、ホームページに設置したアクセス解析でも同様なのですが…。この事態は、ブログやホームページ記事執筆のモチベーションに、かなりマイナスの影響を与えているように思います。2016年暮れぐらいまでは、「このページを閲覧した人は、どういう単語を検索してここにたどりついたのか」がアクセス解析を使えばわかったわけです。具体的に言うと、私のことなどまったく知らない人が、

「ナゾー様 素顔」とか、
「ウルトラ兄弟 誕生」とか、
「大船観音 シルバー仮面」とか、
「倉田室長 大平透」とか、
「樹海 死体 発見 警察」とか、

そういうキーワードを打ち込んだ結果、ここにアクセスしてきていた、ということが詳細に把握できたわけで、そんな言葉の羅列を見るのが、小さな発見、ささやかな喜びでもありました。しかし現在では、どのページがどれくらい閲覧されているかはわかっても、その経路を知ることはできません。読んでくれた方との接点がまったく失われたようで、いささか淋しい状況であります(コメント欄を設ければいいのかも知れませんが、根がズボラな私には、迅速かつ的確なコール&レスポンスは難しいのです)。

というわけで、かなり一方通行の情報発信ではありますが、今年も、気が向くままに更新していくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by taku at 11:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

2017年、年の瀬に

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今年(2017年)も、あと7時間ほどで終わる。

1年を振り返って、いろいろ思い出すことはあるが、やはり自分にとっては、10年越しの映画『鎌倉アカデミア 青の時代』を世に出せたというのが一番大きい。何と言っても最初にカメラを回したのは2006年の5月、まだビデオの基本フォーマットがHD(16:9)ではなくSD(4:3)だった時代である(したがってこの時の映像はSDでテープ収録)。このあとに、『凍える鏡』を撮って、『龍の星霜』を書いて、『影たちの祭り』を撮って、実家も改築して、その間には東日本大震災もあって…と、今年1年を振り返るはずが、いつの間にかこの10年あまりを振り返ってしまう。

そんな長大な作品がひと区切りついたということもあり、目下、完全な抜け殻状態である。「次は何を撮るんですか?」と聞かれることもあるが、まったく答えられない。ネタはあるけれど隠している、のではなく、本当に何もないのである。まあ、こういう時期はこういう時期ということで、普段見ないものを見たり、行かない場所に行ったりして、鋭気を養うべきなのだろう。

今年は『鎌倉アカデミア 青の時代』の公開に関連して、実に多くの方々のお世話になった。その方たちにあらためて感謝の意を捧げつつ、2017年を送りたいと思う。
posted by taku at 16:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月17日

「つくる」ということ

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とある日の夕暮れ、近くの公園を通りかかったら、砂場のところで、父親と3歳ぐらいの子どもが何かをやっている。暗かったのでよく見えなかったが、どうやら砂をカップに入れて、それを木枠に並べているようだ。それが、どうもかなりきちんと為されているようなので、気になって、翌朝ふたたび、同じ場所に出かけてみたのだが…。

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早朝散歩の犬などにだいぶ荒らされたようだが、まだかなり前日の形を留めていた。

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砂場のオブジェはきちんと等間隔に並べられ、ご丁寧に、花まであしらっている。

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この冬にどこから花を? と不思議に思ったが、よく周囲を見ると、砂場のすぐ近くにこんな可憐な花が咲いているのだった(ウインターコスモスというらしい)。

父親と3歳の子どものどちらが主導して作ったのかわからないが、こういう素朴な造形に心惹かれてしまうのは、ここには「つくる」という目的以上の何も存在しないからだ。ただ、作りたいから、面白そうだから、作った。そこには他者からの視線や評価を気にするいやしい気持ちなどは毛頭なく、また、自分たちが作っているものが芸術なのか工芸なのか、役に立つのか立たないのかなどという、内面の問いかけもない。作ったものが翌日には形をとどめていなくとも、少しも意に介さない。

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本来、ものをつくるとは、そうした無心の行為であるべきなのに、今日世の中にあふれているものは、おしなべて、「つくる」という目的以上の何物かに縛られ、規定されている。まあこれは文明社会においては仕方のないことなのかも知れないが、それゆえ、まだ自我が形成されていない幼児の原初的で内発的な「つくる」という行為が、大変気高く貴重なものに思えてくるのだ(実際、これは未就学児までの特権なのではないだろうか)。子どものいる人は、恐らくこうした幼児の自然な創造行為と日常的に接しているわけで、子どもがいない私としては、大変うらやましく思うのである。

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砂場のオブジェは、同じ日の夕方にはすでにほぼ消失していたが、そこから持ち帰った一輪のウインターコスモスは、グラスに入れて何日か経っても、花びらは生き生きしたままである。冬に咲くだけあって強い花のようだ。
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2017年12月09日

陽射しの下で

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先週末、知り合いが運営する保育園の開園記念イベントと内覧会があったので出かけてみた。

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好天に恵まれ、多くの親子連れでにぎわっていたが、園庭に出てみると、最新の児童心理学などに基づいて作られたかのような(筆者の想像です)、カラフルでいかした遊具は意外にもガラガラで、

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子どもたちの多くは、ただ土を盛り上げて人工芝を敷いただけの小山がお気に入りの様子。何度も何度も、上から転げ落ちて、そしてまた登って、を繰り返しているのだった。

何となく、わかる。

まだ生まれて数年しか経たない彼ら彼女らは、「文明」よりも「自然」に近い存在である。したがって、より原初的なものに親近感を抱くのだ。最初はそう考えたが、しかしそれは、子どもだけでなく、ひょっとすると大人にも当てはまるのではないか。実は私も、知り合いに勧められるまま、その小山に登り、滑り落ちてみたのだが、なかなかにいい気分であった。しかし、すぐそばにある、作りこまれたカラフルな遊具で遊んでみようという気はついに起きなかった。

現代人は、今やその生活の大部分をPCやスマホといったテクノロジーに依存しており、その便利さ、快適さを当然のように享受しているが、その一方、どこかでもっと体感的なもの、原初的なものを求めているのではないのだろうか。などという独言を、デジカメで撮った画像を使い、PCに向かいながら打ち込んでみるのである。

※ちなみに、こういう話の流れになるとよく引き合いに出されるルソーの「自然に帰れ」だが、実は彼の著作にはそういう言葉は書かれていないという。ただ、ルソーの思想を端的に表現すると、「自然に帰れ」ということになるらしい。
posted by taku at 13:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

リニューアル!『物理基礎』

先週の放送では肩透かしを食った『物理基礎』だが、今日の放送では、母親の不在について落とし前をつけたというか、番組がリニューアルしたことを冒頭できっちりアピールしていた。

この間のブログで、「連続ドラマなどで、Aという役を演じていた俳優Bが、何らかの事情で出演を続けることができなくなった場合、製作側の処置には、おおむね以下の4パターンが考えられる」と書いた。以下の4つである。

(1)Aを劇中で殺す
(2)Aを遠く(外国など)に行かせる(転勤などを含む)
(3)Aを俳優Bからほかの俳優に交代
(4)Aという役そのものを消滅させ、なかったことに(劇中でも語られない)

私は(2)か(4)ではないかと予想していたが、結論から言うと、(2)の、「遠くへ行かせる」パターンであった。しかし斬新だったのは、母親だけが家を離れたのではなく、父親も一緒だったこと。要するに父親は「新しい工場」(現状より広い)に付帯した家で暮らすことになり、一方、兄と妹は今までの家に2人だけで住むという。でもねえ、新しい工場が現状より広いところなら、普通一家揃って引っ越すんじゃないのか?

とにかく、父親は「ここからちょっと遠くなっちゃったけどね」と言いつつ、「でも、ちょくちょく戻ってくるから」と、事もなげに言う。要するに、「物理についての薀蓄を傾ける時だけは出かけてきますよ」ということだ。そして「お母さん」という単語は、ついに誰の口からも発せられることはなかった(そういう意味では「役そのものを消滅させ、なかったことに」のパターンでもある)。恐らく、母親は父親とともに新しい工場に行ったということなのだろうが、いくら口ではそう説明しても、3人だけの場面は妙にがらんとした雰囲気で、一家の華を失った寂寥感に包まれているようだった(収録現場ではどうだったのだろう)。

それにしても、これだけのトンデモ設定を冒頭のわずか30秒で説明してしまうとは、さすが物理(ものり)家の人々、やることにそつがない。それからは、いつもと変わらない流れで静電気と電流についての解説になったが、終盤の〆の言葉で、父親がいつになくしんみりと「共通の悲しい思い」について語ったのが印象的だった。親や教師は、いつか成長した子どもから「もういらない」と言われる日が来る。愛おしく、手放したくない子どもからそう言われるのは悲しいことだが、子どもをそこまで自立させるのが、子育てや教育の目的である、というもので、どうしてこんな、最終回で話すような内容を、ここにぶち込んできたのか大いに気になった。これはやはり、「愛おしく、手放したくなかった」けれど、こういう形にせざるを得なかった。それがみんなの「共通の悲しい思い」です、という、製作サイドから母親役だったS・Yへの秘めたるメッセージのように思えてならないのだが…。
posted by taku at 17:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする