
昨日(11/5)はプロデューサーの露木栄司氏と、平幹二朗・渡辺美佐子の二人芝居「黄昏にロマンス」(アレクセイ・アルブーゾフ作)を観に吉祥寺シアターへ。
渡辺美佐子さんに「凍える鏡」という映画に出ていただいてからかなりの年月が経つが、いまだにお芝居の招待状を送って下さるのは嬉しい限りである。と言うものの、ここ何回かは公私の雑事に取り紛れ、ご無沙汰を申し上げてしまったのだが。露木氏も同様だったらしく、久々に顔を揃えての観劇となった。
ちなみにこの作品は、どういう事情か、公演の度にタイトルが変更されており、これが日本では5回目の舞台化となる。参考までにこれまでのタイトルと出演者を挙げてみると、
ターリン行きの船 (1979) 尾上松緑 杉村春子
古風なコメディ (1980) 米倉斉加年 越路吹雪
ふたりのカレンダー (2005) 団時朗 黒柳徹子
八月のラブソング (2013) 加藤健一 戸田恵子
といった具合で、かなりの実力派俳優が演じてきた演目であることがわかる。物語は、フライヤーの言葉を借りれば、「人生の黄昏を迎えた孤独な男と女。二人に奇跡のロマンスが…」といったもので、成熟した大人のためのラブ・ファンタジーということになるのだろうか(もっと詳しくお知りになりたい方は、「黄昏にロマンス」特設サイト)。
客席を見渡す限り、観客の年齢層はかなり高めで、50少し過ぎの私や40代後半の露木氏が、あきらかに年少者に分類されるような印象だった。老境を迎えた男女の話を、実際に八十代の男女優が演じるわけだから、客層もまたそれに近くなるのは当然なのかも知れないが…。しかし、そのせいだろうか、上演時間前までにすべての方がきちんと着席されており、芝居が始まってからのこのこ入場してくる不埒者(ほとんどすべての映画、演劇でこういう輩が数人はいる)がゼロだったのは、実に気持ちがよかった。
さて、肝心のお芝居についてだが…、正直、芝居と割り切って見ることがなかなか難しい作品であった。物語はサナトリウムの外科医ロディオン(平幹二朗)と、動脈硬化で入所中のリダ(渡辺美佐子)との出会い(面談)から始まり、場面を変えつつ、性格がまるで異なる二人の距離が、巧みなセリフの応酬とともに少しずつ縮まっていく。同時に、互いの半生や現在の孤独な境遇が少しずつ明らかになっていくのだが、その語られる内容が、どうしても演者の方と重なってしまい、単なるセリフとして聞き流すことができなかったのだ。
周知のことだが、渡辺さんはこの芝居の稽古に入る直前の10月5日、ご主人の大山勝美氏を亡くされている(それも長い闘病ではなく、わずか数日の入院で)。それを考えると、別れてもなお最愛の夫のことを誇らしげに語るリダ(=渡辺さん)の姿はことさら痛々しく、何だか見てはいけないものを見ている気持ちになってしまったのである。
もちろん、これはこちらの勝手な、そして余計なイマジネーションの為せる業で、渡辺さんは元来、経験に基づく「私生活的」な芝居はよしとしないタイプの女優さんであることもわかっている。出産を経験してからの方が、出産シーンを演じるのが難しくなったというエピソードもあるくらいだ。だから、上記のような印象を私が抱くのは、渡辺さんとしても本意ではないだろうが、先日(10/22)放送の「徹子の部屋」で、大山氏は結婚当初から渡辺さんが女優を続けることに賛成で、出演する舞台は必ず初日に見に来ていたこと(ただ一度だけ、入院中で見られないことがあったらしい)、今回の舞台も大山氏のために初日のチケットを取ったばっかりだったこと、などを知っていたので、勝手に想像力がたくましくなってしまったのだ。
繰り返しになるが、これは私の観劇態度にこそ問題があるのであって、芝居そのものはさすが大ベテラン二人の顔合わせで、セリフに歌にダンスに早替えと盛りだくさん、舞台美術もしゃれていて、ほろりとさせつつ最後は安らかに見終えることのできる上質な舞台作品に仕上がっていたと思う。
終演後、ロビーで一瞬渡辺さんとお目にかかり、露木氏ともども、ご無沙汰のお詫びとご挨拶を申し上げたが、ほかにも渡辺さんお目当てのお客様も多くいらしたため、われわれ「若輩」は早々にその場を引き上げた。当然、芝居の感想などをお伝えする余裕はなかったが、舞台がはねた後の渡辺さんは、これまで何回となく拝見した終演後の晴れやかな表情と何ら変わることなく、私の勝手な感傷がいかに的外れなものであったかを痛感したのであった(もちろん、その心中はご本人しか知る由もないが)。今回、私と露木氏は、ささやかなお菓子とともに、大山氏のご霊前に捧げる意味合いの品も用意したのだが、それはいささか場違いな差し入れだったのかも知れない(ただ、露木氏も私も、大山氏が主導した時代のTBSドラマにはかなりの影響を受けているので、この機会に哀悼の意を伝えることは、われわれにとっては意味のある行為だったのである)。
人生の黄昏を迎えた孤独な男女・ロディオンとリダは、物語の幕切れでパートナーとしての関係をスタートさせ、それを舞台上で演じる女優・渡辺美佐子は、人生の黄昏の中でパートナーを失いながら、今日も、明日も、あさっても舞台に立つ。これほど不条理な現実に一片の戸惑いも見せずに対処する彼女は、まさに生粋の舞台人と言うべきであろう。しかしそう思う一方、5年ほど前、渡辺さんのライフワークとも言える「化粧」の座・高円寺こけら落とし公演 初日打ち上げの場で、人目をはばかることもなく大山氏の腕に自分の腕をからませ、「今もラブラブ」といった様子の渡辺さんの笑顔がはっきりと脳裏に浮かぶ。彼女がこれからも舞台に立ち続けることは、それを望んだ大山氏への供養にもなるのかも知れない。
「黄昏にロマンス」はウィルメイドなファンタジーとして、観客の期待を裏切らないハッピーエンドを迎えるが、今から40年近く前に書かれたということもあり、今日の超高齢化社会の中で見ると、「添い遂げる相手が見つかれば幸せ」という価値観にはいささか前時代的なものを感じる。私などはこの物語よりも渡辺さん自身の生き方から、現代の黄昏世代のたくましさや「あるべき姿」を強く教えられたのであった。
※「黄昏にロマンス」東京公演は11月10日まで
※ 過去のブログ:渡辺美佐子さんの一人芝居

